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そして、その夜。
恒一の私用メールに、見覚えのない差出人から一通の連絡が入った。
件名は、素っ気ない。
ご相談(業務効率化について)
本文はさらに短い。
突然のご連絡失礼します。
レグナント・ソリューションズご出身と伺い、連絡しました。
小規模な業務整理支援をされているとのことで、一度お話できればと思っています。
当方、技術系の受託事業を行っています。
差出人名に、見覚えはない。
だが、“レグナント・ソリューションズご出身”という一文が、妙に引っかかった。
紹介経路が書かれていない。
誰づてかも不明。
なのに、こちらの出自だけは知っている。
「……おい」
『はい』
ルイゼの声が少し低くなる。
『違和感がありますね』
「ある」
『判定しますか』
「頼む」
『妥当。あなたの経歴経由で接触してきた』
「うん」
『不確実。純粋な仕事相談か、情報収集か』
「……」
『不明。誰経由で、どこまであなたを調べているか』
部屋の空気が、少しだけ冷えた。
まだ小さい。
ただの営業かもしれない。
だが、違和感はある。
成功が小さいうちは、疑われにくい。
そう思っていた。
でも、小さい成功ほど、“知っている誰か”を経由して、静かに覗かれることもあるのかもしれない。
恒一はメール画面を閉じずに、しばらく見つめていた。
「……どう返す」
『今すぐは返さない方がいい』
「理由は」
『前提が足りない』
「……」
『紹介元の確認、相手の法人情報、事業実態、公開情報の整合性。そのくらいは先に見るべきです』
「だな」
創作の中の不穏。
だが、現実的な不穏でもある。
まだ大事ではない。
でも、放置して雑に乗るのも違う。
「……少し、気を引き締めるか」
『はい』
『あなたの成功は、まだ小さい』
「うん」
『ですが、だからこそ、目立たない形で見られることがあります』
「分かった」
恒一はメールをアーカイブせず、星も付けず、ただ“保留”フォルダへ移した。
今すぐ答えない。
でも消さない。
その態度が、たぶん今は一番正しい。
不審なメールは、翌朝になっても不審なままだった。
恒一はベッドの上でスマホを見つめながら、三回くらい同じ結論に戻っていた。
今すぐ返すな。
でも無視しきるな。
まず調べろ。
「……めんどくせぇ」
率直に呟く。
『妥当な感想です』
ルイゼの声。
「お前、最近ほんと判定から入るな」
『便利ですので』
「気に入ってるだろ」
『かなり』
否定しない。
最近のルイゼはそういうところがある。
恒一は起き上がり、ノートPCを開いた。
メールの差出人名。
署名欄。
会社名。
電話番号。
ドメイン。
公開情報を確認する。
法人登記はある。
小さい会社だ。
技術系受託と書いてあるが、サイトは薄い。
事業実績も曖昧。
代表者名はある。
SNSはほぼ動いていない。
「……グレーって感じだな」
『判定。妥当』
「だからそれだよ」
だが、まさにその通りだった。
真っ黒でもない。
真っ白でもない。
こういうのが一番面倒だ。
『紹介元不明が気になります』
ルイゼが言う。
「そこだよな」
『あなたの前職情報だけ掴んでいるのに、接触経路を書かない』
「うん」
『自然な営業なら、そこは書く方が通りやすい』
「……そうだな」
恒一はメモに整理する。
事実
•会社実在
•サイトはある
•レグナント出身を知っている
•紹介元不明
解釈
•純粋営業の可能性あり
•情報収集目的の可能性あり
不明
•誰経由で恒一を知ったか
•なぜ今連絡してきたか
•何を知りたいのか
「……返信するとしても、先に聞くべきこと多いな」
『はい』
「じゃあ後回し」
『妥当です』
そう結論を置くと、少しだけ頭が静かになった。
今優先すべきは、目の前の案件だ。
不穏は不穏として保留。
それでいい。




