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その夜。
恒一は机に向かい、簡単な“就寝前整理シート”を三種類作っていた。
会社員向け。
個人事業者向け。
雑多な不安が多い人向け。
どれも一枚。
質問は少ない。
難しくしない。
考え込ませすぎない。
「……こういうの、地味すぎるかな」
『地味でいいのです』
ルイゼが言う。
『今のあなたに必要なのは、“派手に驚かせるもの”ではなく、“静かに効くもの”です』
「……」
『あなた自身が、そういうものに救われた』
「そうだな」
リングもそうだった。
派手な破壊力ではなく、少し楽になること。
少し眠れること。
少し整理できること。
結局、人はそういう小さな救助で生き延びる場面が多い。
「なあ」
『はい』
「お前の星にも、眠れない奴っているのか」
『います』
「へぇ」
『任務前。判断の重い者。失敗を引きずる者。喪失の直後』
「……普通に人間くさいな」
『人間ではありませんが』
「そういう意味じゃなくて」
ルイゼの側から、少しだけ流れてくる。
暗い艦室。
薄い光。
横になっているのに、意識が休まらない感覚。
呼吸の浅さ。
明日の判断が頭の中で循環して止まらない感覚。
「……お前もあるのか」
『あります』
「艦長でも」
『艦長だから、かもしれません』
「……」
それは少し意外で、少し当然だった。
「そういう時、どうするんだ」
『私たちには、思考の負荷を一時的に分散する訓練があります』
「分散?」
『一人で抱えすぎないように、処理単位を切る。共有可能部分は切り出す。今やれないことに境界を引く』
「……」
『地球語にすると、かなり味気ないですね』
「でも分かる」
分かる。
むしろ、すごく分かる。
「それ、今作ってるやつと近いな」
『だから提案したのです』
「最初からかよ」
『はい』
恒一は少しだけ笑った。
「お前、ほんと地味にえぐい補助してくるな」
『派手にやると危険ですので』
「それはそう」
そこで、ふとルイゼの方から別の感情が漏れた。
微かな照れ。
いや、照れに近い躊躇。
「どうした」
『……一つ』
「うん」
『もし、あなたがそれを地球向けに形にするなら』
「うん」
『私の文明の方法を、そのままではなく、あなたの言葉で落としてほしい』
「……」
その一言が、妙に重かった。
「なんで」
『私は、あなたの文明をまだ十分には知りません』
「うん」
『だから、あなたが苦しんできた形、あなたが少し楽になった形に合わせてほしい』
「……」
『その方が、きっと、届く』
恒一はしばらく何も言えなかった。
それは、技術を渡す側の言葉でもある。
同時に、信頼の言葉でもある。
ただの翻訳ではなく、お前の言葉でやれ。
そう言われたのだ。
「……分かった」
『はい』
「それは、ちゃんとやる」
『お願いします』
向こう側で、少しだけ安堵が広がる。
恒一はメモ帳の端に、小さく書いた。
異星技術を、そのまま持ち込まない。自分の痛みを通して、地球の言葉に落とす。
それが、今の自分の仕事の核なのかもしれない、と思った。
◇
数日後。
先輩案件と会計事務所案件の両方で、簡単な就寝前整理テンプレを試しに使ってもらった結果が返ってきた。
先輩からは、
寝る前に「明日やる」と「今考えなくていい」を分けるだけで、頭の暴れ方が少し減った。
地味だけどこれいい。
牧野からは、
正直、睡眠時間そのものはまだ短いです。
でも、寝る前のぐるぐるは少し減りました。
翌朝に“何から手を付けるか”も見えやすいです。
「……」
恒一は画面を見つめた。
派手ではない。
革命でもない。
世界は変わらない。
でも、効いている。
少なくとも、ゼロではない。
『外部評価、二件』
ルイゼが言う。
『妥当。小さく効いている』
「うん」
『不確実。広い市場で通るかはまだ不明』
「そうだな」
『ただし、方向性は悪くない』
「……」
恒一はゆっくりと息を吐いた。
「眠りを売るっていうと、なんか変だけど」
『実際には、“眠りやすくなるための整理”ですね』
「そっちの方が正確だ」
『はい』
「……悪くないかも」
『はい』
その答えは短い。
だが、妙に確信があった。




