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受託二件目が動き始めて四日。
恒一は、自分の部屋の机に突っ伏していた。
時刻は午前一時七分。
ノートPCの画面は白い。
メモ帳は散らかっている。
コーヒーは冷めた。
肩が重い。
目の奥も痛い。
「……きつ」
素直に口から出た。
案件は回っている。
先輩案件の定着支援も、会計事務所案件の初期整理も、どちらも手応えはある。
でも、疲れる。
普通に。
かなり。
『判定。妥当です』
ルイゼの声。
「急に判定するなよ」
『あなたの状態に対してです』
「うるさい……」
『成功の兆しと、体力の限界は両立します』
「それは今すごい分かる」
『でしょうね』
恒一は顔を上げた。
机の横に置いてある、小さな銀色のリング。
小型生体負荷緩和端末。
最近は使いどころをかなり絞っている。
便利すぎるからだ。
便利すぎるものは、依存する。
それが怖い。
「……使うか迷う」
『判定しますか』
「頼む」
『妥当。現在の疲労は、回復補助を入れてもいい水準』
「うん」
『不確実。使用頻度が増えると、あなたの心理依存が強まる可能性』
「だよな」
『不明。あなたがどこで“自力では無理”の線を引くか』
「……」
全部その通りだった。
恒一はリングを手に取り、少しだけ眺める。
「なあ」
『はい』
「これ、今の地球向けに落とすなら、どういう形がいいと思う」
『睡眠補助、集中補助、過緊張緩和』
「やっぱそこか」
『はい。あなたの文明は、眠れていない人間が多い』
「耳が痛いな」
『事実です』
ルイゼは少しだけ間を置いて続けた。
『ただし、異星技術そのものを出すのは危険です』
「分かってる」
『なので、“完全に眠らせる”ではなく、“眠りやすい状態へ導く補助”の方向が自然です』
「アプリとか、音とか、記録とかか」
『はい。呼吸誘導、情報遮断、認知負荷低減、就寝前整理』
「……」
就寝前整理。
その言葉に、恒一は少しだけ身を起こした。
「それ、ありだな」
『はい』
「眠れない原因って、仕事とか不安とか、頭の中が散らかってるのも大きいし」
『そうです』
「じゃあ、単なる睡眠アプリじゃなくて、“寝る前に頭を片づける補助”みたいな形なら……」
『自然です』
そこで、何かが繋がった。
今、自分が受けている仕事。
業務整理。
締切管理。
混線の分解。
そして、自分自身が苦しんできた“寝る前に頭の中が騒がしい状態”。
それらは、バラバラではなかったのかもしれない。
「……人は散らかったままだと眠れない」
『はい』
「逆に、整理されると少し眠れる」
『はい』
「それって、仕事だけじゃなく生活でも同じか」
『その通りです』
恒一はメモ帳を引き寄せ、一気に書き始めた。
•寝る前3分の頭出し
•明日の不安を分類
•今やれないことを一旦預ける
•緊急/保留/忘れてよい の切り分け
•低刺激の呼吸誘導
•視覚情報を減らす
•通知遮断
「……これ、いけるかも」
『“いけるかも”の根拠は?』
「また判定モードかよ」
『必要です』
恒一は少し考える。
「妥当なのは」
「自分が欲しい。たぶん同じタイプの人もいる」
『はい』
「不確実なのは」
「市場に刺さるか。ありふれた睡眠アプリとの差別化ができるか」
『はい』
「不明なのは」
「俺がそこまで作れるか」
『はい』
ルイゼが少しだけ柔らかい気配を返す。
『良い整理です』
「ありがとう」
『珍しく素直ですね』
「たまにはな」
机に突っ伏していた疲労は残っている。
でも、そこに少しだけ熱が混ざる。
新しい形が見えた時の熱だ。
「……ただ」
「ん?」
『今は作り込みすぎない方がいい』
「だよな」
『まずは人力で試してください』
「案件のついでに?」
『はい。疲れている個人事業者や事務職に、“寝る前の整理”として提案できる』
「……」
それは自然だった。
いきなり製品にしない。
今ある仕事の中で、効くかを見る。
地味だ。
でも、かなり筋がいい気がした。
◇
翌日。
会計事務所案件の打ち合わせで、牧野の顔は前回よりさらに疲れていた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないですね」
「そうですか」
「正直でしょ」
「かなり」
オンライン越しでも分かる。
目の下の隈。
言葉の切れ方。
話している途中で、何度か視線が泳ぐ。
業務の話を一通り整理したあと、恒一は少し迷ってから言った。
「今の話、仕事の整理だけじゃなくて、寝る前に一回頭の中を外に出した方がいいかもしれません」
「……寝る前?」
「はい。今、やることと、不安と、保留を全部頭の中だけで持ってる感じがします」
「……めちゃくちゃあります」
「なので、寝る前三分でいいので、紙でもメモでも、“明日やる”“今は保留”“自分だけじゃない”の三つに分けて出すと、少し楽になるかもしれません」
「……」
牧野が数秒黙る。
刺さらなかったか。
余計だったか。
そう思った瞬間、牧野がぽつりと言った。
「それ、今ほしいです」
「え」
「仕事の整理もなんですけど、寝る前に全部頭の中で回ってて、全然切れなくて」
「……」
「それ、簡単にできます?」
「簡単に、なら」
恒一は咄嗟にメモ帳を引き寄せ、簡単なテンプレをその場で画面共有した。
【寝る前3分整理】
1.明日やること
2.気になってるけど今はやれないこと
3.誰かに確認が必要なこと
4.今夜は考えなくていいこと
さらに、小さく一文。
全部終わらせるためではなく、頭の中から外へ出すために書く。
牧野がそれを見て、ゆっくり息を吐いた。
「……これ、地味に助かるかも」
「地味です」
「でも必要です」
「たぶん」
「相馬さん、こういうの他の人にも出してるんですか」
「いや、今思いついたのを少し整えただけで」
「……」
牧野の目が少しだけ細くなる。
観察している目だ。
「もったいないですね」
「何がですか」
「仕事として出せそうなのに」
恒一は少しだけ固まった。
自分で思いついた。
でも、まだ“仕事になるかも”の段階だった。
それを、外からも言われた。
小さい。
だが、確認になった。
『外部評価です』
ルイゼの声。
『かなり重要』
「……」
『事実として、“必要と感じた相手がいた”』
「うん」
『解釈として、“商品化の余地あり”』
「……」
『推測として、“同種の疲労を抱える人間は多い”』
「その切り分け助かるな」
『でしょう』
打ち合わせ後、恒一はすぐにメモした。
•寝る前整理テンプレ
•仕事整理支援の付加価値
•睡眠補助サービスの核候補
小さい。
でも、芽だった。




