222、体力の違い
それからも何ヶ所か瘴気溜まりを回り、似たような手順で問題なく浄化を終わらせることができた。三つ、四つと数を重ねるごとに、マルティナの緊張もなくなり、もうほとんど残っていないほどだ。
ディアスとハルカの組み合わせは、それほどに凄かった。
「今日はそろそろ終わりにする?」
時刻は夕方で、まだもう一ヶ所なら回れる余裕はあるのだが、お昼は持ってきていたパンを丸太に腰掛けて軽く食べただけで浄化を続けていたのだ。ほぼ何もしていないマルティナでさえ疲れている。ハルカは尚更だろう。
「そうだね。かなり魔力を使って疲れたし、今日はもう休もうかな」
「では、次の行き先は街にしよう。今夜泊まる予定にしていた街に問題なく行けそうだよ」
ソフィアンの言葉にハルカは頬を緩める。
「良かったです。明日の移動のための美味しいご飯も買いましょう」
「楽しみっす!」
「ハルカの理想を追求しようか」
「うん!」
マルティナの言葉にハルカが満面の笑みで頷き、一行は向かう先を街に変えた。
ディアスのことは通達されているとはいえ、竜の姿のままで街に近づいたら大騒ぎどころではないので、目立たぬように森の上を低空飛行して街に近づき、森から出る直前で地面に降りた。
マルティナたちは背中から降り、ディアスは人型に戻る。ここからは徒歩で街に向かう予定だ。
「徒歩でどのぐらいかかるでしょうか」
「そうだね……早ければ一時間、遅くとも二時間あれば着くはずだよ」
到着時間に幅がある場合、マルティナが最大予想よりも早く着くことはあり得ない。つまり、マルティナの足では最低二時間である。途中で体力が尽きたりした場合、もっとかかるかもしれない。
「頑張ります」
グッと胸の前で拳を握り締め、キリッとした表情で決意表明をしたマルティナだ。
しかしこの場にいる誰もが、マルティナに期待していないらしい。
「辛かったら俺が背負うので言ってくださいっす!」
「俺も変われるからな。無理はするなよ? 怪我されるのが一番大変だからな」
「最悪、我が抱き上げてやろう」
「私でもマルティナなら抱き上げられるかな?」
「私はハルカさんの護衛ですが、安全な街道でならば……」
「さすがにわたしには無理かな……あ、でも魔法を上手く使えば!」
期待度があまりにも低いことに、マルティナはガクッと肩を落とした。
(さすがに歩くだけじゃ怪我は……え、しないよね?)
ロランは心配しすぎだと言いたかったが、言う前に自分が信じられなくなるマルティナである。
頑張りたいという気持ちはあるのだが、徒歩二時間の距離を歩くのは自分にとってかなり辛いだろうことは明白であり、かつこの場にいる他の皆の速度に合わせられるとも思えないので、厚意はありがたく受け取ることにした。
「――皆さん、ありがとうございます。では無理そうならお願いします」
全員にいい笑顔を向けられて、マルティナはしょんぼりした。
「では行こうか」
ソフィアンの声かけによって森から街道に出て歩き始めること二十分。マルティナは必死に頑張った。皆の歩く速度はかなり速く、浄化の旅で鍛えられたのか元来の素質かハルカでさえかなり速く、マルティナは皆について行くために早歩きを超えて小走りだったのだ。
皆がマルティナの速度に合わせてくれようとしたのを、申し訳ないと断ったから当然なのだが。
そのため当然、二十分で息切れした。むしろよく持ったほうだろう。しかし運んでもらうのは悪いからと、もう少しだけ、あと少しだけ――と頑張っていたマルティナの腕を、ロランが掴んだ。
「マルティナ、そろそろ辛いだろ?」
「はぁ、はぁ、あの、――はい」
もう少し行けると言おうとしたが、虚勢すら張れなかった。そんな自分に落ち込んでいると、ロランが困ったような優しい笑みを浮かべてくれる。
「かなり頑張ってたな。マルティナの長所は体力じゃないんだし、そこを補うのは俺たちに任せとけ。マルティナは他のところで大きく貢献してくれてるんだからな」
優しい言葉はマルティナの胸に深く響いた。じんわりとした感動と共に嬉しさが湧き上がり、叫び出したいような恥ずかしいような、落ち着かない心地になる。
「ありがとう、ございます」
感謝を伝えてから、グッと拳を握りしめて決意を固めた。
「私、体力面以外ではもっとお役に立てるように頑張ります!」
「ははっ、そこで体を鍛えます、とか言わないのがマルティナだよな」
楽しげな笑みを見せたロランに他の皆も笑顔になる。
「マルティナが体力まで付けたら完璧すぎるから今ぐらいがいいと思う」
「そうっすよ。俺たちの活躍の場も残してくださいっす」
ハルカ、サシャと続けて声をかけられ、マルティナはこの場にいる皆と友人、同僚、仲間となれて良かったと心から思った。
「これからもよろしくお願いします」
そう言って笑ったマルティナは、後ろからヒョイっと軽く抱き上げられる。
「わっ」
少し焦りながら振り返ると、マルティナを抱き上げたのはディアスだ。まるで幼子を抱き上げるように軽々と持ち上げられている。
「我が同胞はもう少し強くならなければ心配だな」
眉間に皺を寄せたディアスはマルティナの体を上下に揺する。
「あまりにも軽すぎるぞ」
「……本を読んでると食べるのを忘れちゃって」
ちょっと気まずく思いながら伝えると、ディアスの眉間の皺はより深くなった。
「この世界の人間は毎日しっかりと食事をしなければダメではなかったか? 我ら竜のようにエネルギーを貯めることはできないと聞いたが」
「……そうです」
「ではしっかりと食べなければダメではないか!」
ディアスの大きな声は迫力があって、マルティナはビクッと体を縮こまらせる。助けを求めるようにロランやサシャ、ハルカと順に視線を向けたが、全員がディアス側に付くかのように何度も頷いていた。
「これでも前よりは、ちゃんと食べてて」
「それは大きなマイナスが少しのマイナスになっただけではないのか?」
「……その通りです」
「それではダメだろう?」
「うっ……はい」
あまりにも正論である。マルティナが全く反論できずに項垂れると、ディアスはマルティナを自分の肩の上に座らせた。まさに幼子にするような形だ。
「我が運んでやろう」
ディアスに運んでもらうのは申し訳なさすぎたが、その肩の上は驚くほどに安定感があり、マルティナは素直にお願いする。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「ディアス様、大丈夫っすか? 俺たちもマルティナさんを背負えるっすよ」
「問題ない。マルティナなど軽すぎて、鳥の羽を乗せてるのと変わらんからな」
「いや、さすがにもう少し重いと……」
そう言いかけたが、ディアスは大きな竜の姿にもなれるのだ。あの大きさと重さから考えたら、マルティナの重さなど本当に鳥の羽ほどにしか感じないのかもしれない。
改めて凄い存在が身近にいるのだと実感した。
「じゃあ、お願いします。変わった方がよければ言ってください」
ロランの言葉に頷き、ディアスはスタスタと歩き出す。自分が歩くのよりも早く流れていく景色が少し楽しい。肩の上に座っているので目線も高く、なんだか新鮮だった。




