6.悲しませたくはない。
次回、第1章終了ですかね。
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夕焼けに照らされた街を歩く。
まさか世間を賑わせているアイドルと、放課後を共にするとは思わなかった。とはいっても、今の彼女は後輩の女の子。
アイドルではなく、一人の少女としての木村エリナだった。
そう考えたら、どうということもない。
ボクはそう思ってこう訊ねた。
「どこか、行きたい場所でもあるの?」
後輩女子が先輩男子を誘う。
それって、なかなかハードルの高い行為だ。
だからボクは、エリナに何かしたいことがあるのだろうと考えた。
「うーん、そうですね……」
しかし彼女はそこに至って、ようやく何かを考え始めたらしい。
周囲の景色を見回して、それで満足げに頷いた。
「いまは、こうやって景色を見て回るだけで十分です」
「ん、それってどういうこと?」
「えへへっ……!」
瓶底眼鏡を少しずらして、悪戯っぽく舌を出しながら。
エリナはボクを上目遣いに見て言った。
「いつもはマネージャーと見る景色も、先輩と一緒に見ると違いますから。人の波も怖くない。誰もこんなアタシと、先輩のことなんて気にしないです!」
「え、あの……!?」
「あはは! 先輩、顔が赤いですよ?」
そして、不意打ちのように抱き着いてくる。
それによって何事かと見てくる人もいた。だけど、彼女が木村エリナだと気付く人は誰もいない。きっと傍から見れば、高校生が戯れているだけだった。
でも恥ずかしいことは変わりない。
ボクはとっさに振りほどきそうになって、気付いた。
「エリナ……?」
「すみません。いまは、もう少しこのまま」
「…………」
覗き見える彼女の顔が、とても寂しげなことに。
エリナの真意は分からない。でも、もしかしたらと思った。
この少女はアイドルであるということによって、普通の女子高生としての時間に憧れているのではないか、と。だから、ボクといることでそれを体感している。
そう考えたら、あまり乱暴に扱うこともできなかった。
なので、ボクは――。
「え、先輩……?」
「だめ、だったかな?」
ほんの少しだけ、エリナを抱き寄せる。
他意はない。ただ少しだけ、人波から少女を守るように。
ちょっとだけだけど、先輩らしいことをしてみた。
「……えへへ。嫌じゃ、ないです」
エリナはそう言って、それを受け入れる。
そして、こう訊ねてきた。
「あの、先輩。アタシのこと、悲しませないって約束してくれますか?」――と。
少しだけ、甘えるような口調で。
ボクは迷わず、頷いた。
女の子を悲しませるなんて、ボクはしたくない。
素直に、そう思ったから。
「ありがとうございます……!」
言葉がなくとも、その思いは通じたらしい。
エリナはボクを解放して、柔らかく微笑むのだった。
その笑みはテレビ越しで見るよりも、何倍も愛らしく見えたのだ。




