第7話 白聖水が店へもたらす影響
白聖水の試験を終えてから、数日が経ったある日。
店内には商品棚が並び、以前よりもずっと見やすくなっていて、カウンターの向こうでは、ルシェリアが来店したお客様に商品の説明をしていた。
俺は作業場で、新しい魔道具の構想を練っている。
そんな穏やかな午前中だった。
カラン、カラン。
「いらっしゃいませ」
扉の鈴が鳴り、商業ギルドの職員が入ってきた。
「ああ、アルトさん。先日の白聖水の件で、報告に参りました」
「白聖水ですか。現場で使ってみたんですね?」
「ええ。おかげさまで、アンデッドへの対策はうまくいきました」
職員は明るい表情で続けた。
「直接かけると、強い洗浄効果と白い光に反応して、アンデッドは逃げていきましたし、地面にまいた場所では邪気が取り除かれ、アンデッドが近づかなくなりました。」
「本当ですか! それはよかった!」
思わず声が弾んだ。
白聖水は、アンデッドを倒すために作ったものではない。強い洗浄効果と光で追い払い、地面に残った邪気も取り除く。
実際の現場で、その効果が役に立ったのだ。
「夜間の巡回も、以前より安全に行えるようになりました。住民たちも安心しています。ありがとうございました」
「いえ、役に立てたなら何よりです」
「そこで、追加の注文をお願いしたいのです」
職員は鞄から注文書を取り出した。
「今回は百本。三日後までに納品していただけないでしょうか?」
「百本ですか?」
思わず聞き返した。
これまでの注文は、数本から十数本程度だった。それが一度に百本となれば、月灯り工房にとっては大きな取引だ。
「対策を必要としている場所が複数ありますので、まとめて確保しておきたいのです」
俺は注文書に目を通した。
三日後の納品。
《オールクリエイト》なら材料を集める必要はない。ただし、商品は一つずつ生成する必要がある。
「わかりました。百本、用意します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
職員を見送ったあと、俺は注文書を見つめた。
「百本か……」
「大きな注文になりましたね」
ルシェリアが隣から声をかけてくる。
「ああ。白聖水が本当に役に立ったんだな」
「私たちが作った商品で、誰かが安心して暮らせるようになったんです。うれしいですね」
「そうだな」
店を始めたばかりの頃は、商品を作っても買ってくれる人がいるのかさえわからなかった。
それが今では、百本もの注文が入るようになった。
少しずつだけど、店が前に進んでいる。
◇
「みんな、ちょっと集まってくれるかな」
俺は作業場に四人を呼び、商業ギルドからの注文について説明した。
「白聖水が百本、三日後の納品で注文された」
「百本!?」
ミレーナが目を丸くした。
「すごいじゃない! いきなり大きな注文ね!」
「現場で効果が確認されたからな。追加で必要になったらしい」
エレノアは注文書を確認する。
「三日後ですね。では、私は納品書と受領記録を準備しておきます。荷車の手配もしておきますね」
「ありがとう、エレノア」
「私は店のほうを見ておきます。納品の準備に集中できるようにしておきますね」
ルシェリアが微笑んだ。
フィーネは注文書に目を通したあと、手元の記録帳を開いた。
「私は白聖水の技術記録を整理しておきます。使用上の注意も、納品先に渡せるようにまとめますね」
「頼むよ。洗浄力が強いから、素材によっては注意が必要だしな」
「はい。特に繊細な布や加工された品物には、薄めて使うよう案内したほうがよさそうです」
それぞれが自分の仕事を確認する中、ミレーナが元気よく手を挙げた。
「それなら、私も動いていい?」
「何か考えがあるのか?」
「白聖水って、アンデッド対策だけに使うのはもったいないと思うの」
「というと?」
「掃除にも使えるでしょう? だったら、食堂や宿屋、衣料品店なんかにも需要があるんじゃないかな」
「なるほど」
「まずは実家の食堂で試してもらうわ。お父さんなら遠慮なく感想を言ってくれるし、常連さんにも紹介できるもの」
「いい考えだな。営業は任せるよ」
「任された!」
ミレーナは得意げに笑った。
「それじゃあ、俺は百本の生成を始めるよ」
「無理はしないでくださいね」
ルシェリアが優しく声をかけてくれた。
「大丈夫。一本ずつ作るだけだから」
「その一本ずつが百回あるんですよ?」
「……そう言われると大変そうだな」
「休憩も忘れずにお願いします」
「はい」
俺は苦笑しながら作業台へ向かった。
◇
「……五十本」
作業台の上には、白聖水の入った小瓶が並んでいた。
俺は五十一本目を生成する。
完成した白聖水の姿を思い浮かべる。透明な瓶に、白く輝く液体。瓶も栓も含めて、一つの商品として形にする。
「《オールクリエイト》」
ぽんっ。
小さな音とともに、一本の白聖水が現れた。
「よし」
それを並べ、次の一本へ。
ぽんっ。
また一本。
ぽんっ。
さらに一本。
魔力も材料も必要ないとはいえ、百本を一つずつ作るのは単調な作業だ。
「アルトさん、お茶をどうぞ」
ルシェリアがカップを持ってきてくれた。
「ありがとう。ちょうど休憩しようと思っていたところだ」
「本当ですか? ずっと集中していたように見えましたけど」
「あと少しだけ、と思っていたら、ついね」
「ふふっ。そういうところは変わりませんね」
「前から知っているみたいな言い方だな」
「毎日一緒に働いていますから。少しずつわかってきました」
ルシェリアは作業台の上に並ぶ瓶を見た。
「もう半分以上できていますね」
「今のところ順調だよ。明日には完成すると思う」
「よかったです。これだけ並ぶと、なかなか壮観ですね」
「全部並べたら、もっとすごいだろうな」
「完成したら、ミレーナさんが宣伝に使いたがりそうですね」
「間違いないな」
二人で笑った。
こういう何気ない時間も、最近は楽しい。
前世では、仕事のために商品を作っていた。
今は、商品を作ることそのものが楽しい。
それに、完成した商品を一緒に喜んでくれる仲間がいる。
「さて、もう少し頑張るか」
「はい。でも、また時間になったら休憩を持ってきますね」
「お願いします」
ルシェリアはカウンターへ戻っていった。
俺はお茶を飲み干し、再び生成を始めた。
◇
三日目の朝。
「百本、すべてそろいましたね」
エレノアが作業台を見渡した。
透明な瓶の中で、白い液体が朝日を受けて淡く輝いている。
「終わった……!」
最後の一本を生成し終えた俺は、大きく息を吐いた。
「お疲れさまでした、アルトさん」
ルシェリアが笑顔で声をかけてくれる。
「こうして並べると、達成感がありますね」
「本当に。百本もあると、きれいなものだな」
フィーネは完成した瓶を一つ手に取り、技術記録と照らし合わせた。
「問題ありません。これなら納品できます」
「ありがとう、フィーネ」
「使用上の注意をまとめた紙も用意してあります。必要なら、納品先に渡してください」
「助かるよ」
エレノアは納品書を確認し、ミレーナは荷車の準備を終えていた。
「荷車も用意できたわ。百本なら、これで全部運べるはずよ」
「ありがとう。じゃあ、みんなで運ぼう」
俺たちは白聖水を丁寧に荷車へ積み込んだ。
瓶同士がぶつからないように、箱の中には緩衝材を入れてある。
こうして商品を並べてみると、改めて大きな注文を受けたのだと実感する。
「よし。出発しよう」
◇
商業ギルドに到着すると、注文を担当した職員が入口で待っていた。
「お待ちしていました。準備はできましたか?」
「はい。ご注文の百本です」
エレノアが納品書を渡し、職員が箱の数と中身を確認する。
「一箱目、十本。二箱目、十本……」
職員は一つずつ数を確かめていった。
最後の箱まで確認を終えると、納品書に受領の印を押した。
「間違いありません。百本、確かに受け取りました」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。これで、対策を必要としている地域へ配ることができます」
職員は箱を見つめながら続けた。
「前回の報告を受けて、白聖水を使いたいという場所が増えているんです。今回の百本も、すぐに各地へ届けることになるでしょう」
「それなら、作った甲斐があります」
「今後も追加注文をお願いすることになると思います。その際は、よろしくお願いします」
「もちろんです」
職員は深く頭を下げた。
俺たちは納品を終え、商業ギルドを後にした。
「これで百本の注文は完了ね」
エレノアが書類をしまいながら言った。
「ああ。みんなのおかげだよ」
「私は納品の準備をしただけです」
「それが大事なんだ。俺一人だったら、こういう手続きまで手が回らなかったと思う」
「ふふっ。そう言っていただけるとうれしいです」
ミレーナが両手を腰に当てた。
「さて、次は私の出番ね!」
「実家の食堂に行くんだっけ?」
「そう! 白聖水の使い道を知ってもらうには、実際に見てもらうのが一番だから」
「よろしく頼むよ」
「任せて!」
◇
その日の午後。
ミレーナは実家の食堂を訪れていた。
「お父さん、ちょっと新商品を試してみない?」
「新商品? 今度は何を持ってきたんだ?」
厨房にいた父親が、ミレーナの手元を見る。
「白聖水よ。アンデッド対策のために作ったものなんだけど、すごく汚れが落ちるの。調理場の掃除にも使えると思うわ」
「白聖水というと、商業ギルドに納めたっていうあれか?」
「そうよ。実際にアンデッドを追い払った商品だけど、洗浄効果もすごいの」
「へえ。じゃあ、ちょうどいい。見てもらいたいものがあるんだ」
父親はミレーナを調理場の奥へ案内した。
そこには、長年使い続けている調理台があった。
毎日きちんと掃除しているものの、油汚れが少しずつ染みつき、普通の洗剤では落ちにくくなっている。
「この辺りなんか、何度こすっても完全には落ちなくてな」
「じゃあ、ここで試してみましょう」
ミレーナは白聖水を少量取り、汚れた部分に使った。
布で軽く拭き取る。
すると、こびりついていた汚れが驚くほど簡単に落ちていった。
「おおっ!」
父親が声を上げた。
「これはすごいな!」
「でしょう?」
「いつもなら、もっと時間をかけてこすらないと落ちない汚れなのに……。これなら掃除がずいぶん楽になるぞ」
「毎日使う場所だから、少しでも手間が減ると助かるでしょ?」
「ああ。店で使う分を注文したいな。まずは十本ほど頼めるか?」
「もちろん! 月灯り工房に伝えておくわ」
「それにしても、お前がこんな商品を売る仕事をするとはな」
「私も驚いてるわ。でも、なかなか面白いのよ。作る人がいて、使う人がいて、その間をつなぐ仕事って」
ミレーナは白聖水の瓶を手に取った。
「せっかくいい商品ができたんだから、もっとたくさんの人に知ってもらいたいの」
「そうか。頑張っているんだな」
「もちろん!」
父親は笑い、厨房へ戻っていった。
そのとき、食堂の客席から声がした。
「おや? 何か新しいものでも使ったのかい?」
声をかけてきたのは、近所で宿屋を営む男性だった。
「調理台がずいぶんきれいになっているじゃないか」
「月灯り工房の新商品よ。白聖水っていうの」
「白聖水? アンデッドに使うものじゃなかったか?」
「そうよ。でも、洗浄効果もすごいの。今、お父さんが試してくれたところ」
ミレーナは宿屋の主人に、白聖水の使い方を説明した。
「うちの宿でも、掃除は毎日大変でね。特に食堂の床や厨房の壁なんかは、汚れが残りやすい」
「それなら、一度試してみませんか? 素材によっては薄めて使ったほうがいいので、使い方も説明しますね」
「なるほど。まずは少し試してみたいな」
「もちろん。月灯り工房に来てくれれば、私かルシェリアさんが説明するわ」
「月灯り工房だね。覚えておこう」
宿屋の主人は興味深そうに瓶を眺めた。
ミレーナはその様子を見て、心の中で小さくガッツポーズをした。
まず一人。
こうして使ってくれる人が増えていけば、きっと評判も広がる。
◇
それから数日後。
月灯り工房には、白聖水について尋ねる客が少しずつ増えていた。
「食堂で使っているのを見たんですが、こちらで買えますか?」
「宿屋の主人から聞いたんですけど、布の汚れにも使えるんでしょうか?」
「アンデッド対策に使う場合、どのくらいの量が必要ですか?」
ルシェリアは一人ひとりに丁寧に説明していた。
「はい。販売しています。掃除に使う場合は、汚れの程度や素材に合わせて薄めてください。アンデッド対策に使う場合は、使う場所や目的に合わせてご案内しますね」
客の質問に答えながら、商品の使い方を説明する。
その姿は、すっかり店の看板店員だった。
俺は作業場からその様子を眺めていた。
「ルシェリア、接客が板についてきたな」
「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」
「いや、本当に助かってる。俺一人だったら、こんなにお客様の相手はできないからな」
「ふふっ。そう言っていただけるとうれしいです」
そこへ、ミレーナが戻ってきた。
「ただいま!」
「おかえり。営業はどうだった?」
「上々よ! 実家の食堂から十本、宿屋からも試しに注文をもらえそう。それに、服屋さんにも話をしてきたわ」
「服屋?」
「ええ。衣服についた汚れを落とすのに苦労しているって聞いたから、白聖水を紹介してきたの。布の種類によっては注意が必要だってことも、ちゃんと伝えてあるわ」
「なるほど。いろいろなところに広がっているんだな」
「まだまだこれからよ。使ってもらって、気に入ってもらえたら、きっとまた注文してくれるもの」
ミレーナは得意げに笑った。
エレノアが帳面を持ってやってくる。
「今日までの注文をまとめました。商業ギルド以外からも、少しずつ問い合わせが増えています」
「本当か?」
「はい。まだ大口ではありませんが、個人のお客様からも購入したいという声が出ています」
「それはうれしいな」
「注文が入ったら、納期を確認してから受けるようにしましょう。アルトさんが一つずつ生成する必要がありますから」
「そうだな。無理に受けすぎて、約束の日に間に合わなくなったら困る」
「注文の整理は私が担当します。アルトさんは生成に集中してくださいね」
「頼りにしてるよ」
エレノアは穏やかに微笑んだ。
フィーネも作業場から顔を出した。
「白聖水について、もう一つ気づいたことがあります」
「何だ?」
「アンデッドに直接使ったときの反応と、通常の汚れを落としたときの反応には、共通する魔力の動きがありました。まだ仮説ですが、洗浄効果が邪気を取り除く働きにも関係しているのかもしれません」
「なるほど。そういう可能性もあるのか」
「はい。もう少し調べてみます」
「ありがとう。頼むよ」
白聖水は、アンデッド対策として作った商品だった。
それが今では、食堂や宿屋、衣料品店でも使えるかもしれないと注目され始めている。
思いがけない広がり方だった。
商品を作るだけでは、こうはならなかっただろう。
ミレーナが売り先を探し、ルシェリアが店で説明し、エレノアが注文を整理し、フィーネが技術面を支えてくれている。
みんながそれぞれの仕事をしてくれるから、月灯り工房は少しずつ前へ進めている。
「……いい店になってきたな」
俺がつぶやくと、ルシェリアがこちらを向いた。
「はい。私もそう思います」
「まだまだ小さな店だけどな」
「小さくても、お客様に喜んでいただけるなら、それでいいと思います」
「そうだな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。




