第6話 アンデットが綺麗になる白聖水
新装開店から数日。
月灯り工房は、少しずつ新しい日常を形にし始めていた。
入口近くには商品棚が並び、壁際には修理受付の机。奥の作業場にはアルトの製作スペースと、フィーネが魔道具を検査するための台が設けられている。
以前の雑然とした小屋を知っている人間が見れば、同じ店とは思わないだろう。
「アルトさん、昨日の売上ですが、こちらにまとめておきました」
エレノアが帳簿を差し出す。
「ありがとう。……おお、思っていたより売れてるな」
「改装前と比べれば、来店されるお客様も増えています。もっとも、材料費や人件費を考えると、まだ安心はできませんが」
「ですよねえ……」
「そこで、安心できるように働いていただくわけです」
「エレノアさん、笑顔で言うことじゃないですよ、それ」
彼女は穏やかに微笑んだ。
「冗談です。半分くらいは」
「半分も本気なんですか!?」
「アルトさん、帳簿の数字から目をそらしても、支出は消えませんよ」
「はい……」
その隣では、ミレーナが商品棚の並びを整えていた。
「でも、お店がきれいになったおかげで、お客さんが入りやすくなったよね! 昨日なんて、回復ポーションをまとめて買ってくれた人もいたんだから」
「ミレーナの宣伝のおかげだな」
「もっと褒めていいよ?」
「いつも助かってる。ありがとう」
「……っ。そ、そういうのは急に言わないでよ!」
ミレーナは赤い髪を揺らしながら、そっぽを向いた。
「こっちは仕事の話をしてるんだからね!」
「仕事の話じゃなかったのか?」
「仕事の話です!」
元気な声が店内に響く。
ルシェリアはその様子を見て、くすりと笑った。
「朝からにぎやかですね」
「ルシェリアさん、他人事みたいに言わないでくださいよ。助けてください」
「ふふ。私は帳簿も宣伝も担当ではありませんから」
「そんなあ……」
フィーネは作業台から顔を上げず、淡々と告げた。
「店主。昨日の魔石の検査記録、まだ確認印がありません」
「……はい、すぐやります」
「昨日も同じことを言っていました」
「本当にすみません!」
どうやら、店がきれいになっても、俺の立場が楽になるわけではないらしい。
そんなやり取りをしていたときだった。
カラン、カラン。
入口の鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ!」
ルシェリアが受付へ向かう。
入ってきたのは、商業ギルドの職員だった。以前、魔道具の仕入れについて相談を受けたことがある男性だ。
しかし、今日はいつもの落ち着いた様子とは違っていた。
「突然すみません。アルトさんはいらっしゃいますか?」
「俺ならここにいます。何かありましたか?」
「実は、お願いしたいことがありまして……」
男性は店内を見回したあと、声を少し落とした。
「このところ、北側の墓地や古い街道沿いで、アンデッドが大量に出現しているんです」
「大量に?」
ルシェリアの表情が引き締まった。
「どの程度ですか?」
「一度に数十体、場所によってはそれ以上です。特に夜になると数が増え、巡回中の冒険者だけでは対応しきれないこともあります」
「それは厄介ですね……」
ルシェリアは腕を組んだ。
「アンデッドは夜間のほうが活動しやすい種類もいます。数が増えているなら、討伐だけでなく、接近を防ぐ手段も必要になるでしょう」
「そのとおりです。そこで、聖水を追加で用意できないかと考えています」
「聖水なら、普通の道具屋でも販売していますよね?」
俺が尋ねると、男性はうなずいた。
「はい。ですが、今回の出現数では、既存の在庫だけでは足りません。周辺の店からも集めていますが、必要量を確保できる見込みが立っていないのです」
「なるほど……」
聖水は、アンデッドや邪気に対抗するために使われる一般的な消耗品だ。
ただし、効果は品質によって違う。強力なものほど高価で、数をそろえるのも簡単ではない。
「アルトさんの《オールクリエイト》なら、まとまった量を用意できるかもしれないと思いまして」
男性は、期待と不安が入り交じった目で俺を見た。
「もちろん、どんな聖水でもいいわけではありません。実際に使える品質であることが条件です。効果を確認していただいたうえで、購入量や価格を相談できればと」
「わかりました。まずは作って、試してみます」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ただ、効果が足りなかったら、そのまま売るわけにはいきません。そこはご了承ください」
「もちろんです。よろしくお願いします」
男性は何度も頭を下げて帰っていった。
扉が閉まると、俺は腕を組んだ。
「聖水か……」
「アンデッドの数が多いなら、撃退できるだけでも価値はありますね」
ルシェリアが言う。
「倒せるほど強力でなくても、相手を遠ざけられれば、避難や防衛の時間を稼げますから」
「でも、どんな聖水を作るかが問題だな」
俺の《オールクリエイト》は、頭の中で思い描いた品を形にする。
ただし、完成品には必ず何らかの欠点が生じる。便利な品ができても、思いどおりの性能になるとは限らない。
だからこそ、最初に何を思い描くかが重要だった。
「まずは、一般的な聖水を具体的にイメージしてみるか」
俺は作業台の前に立ち、目を閉じた。
思い浮かべるのは、教会の祭壇。
祭壇の前には、清潔な透明の瓶が置かれている。瓶の中には澄んだ液体。光にかざすと、ほんのかすかな白い輝きが見える。
不浄なものに触れれば、邪気を洗い流し、アンデッドの力を弱める。
特別な奇跡を起こす品ではない。一般的な聖水として、実際に使われている姿を想像する。
容器の形。
液体の透明度。
聖水としての性質。
それらをできるだけ具体的に思い描いた。
「――《オールクリエイト》」
作業台の上に、淡い光が生まれた。
光が収まると、そこには透明な小瓶が一本置かれていた。
「できた……」
俺は瓶を持ち上げ、窓から差し込む光にかざした。
液体は透明に近い。
しかし、完全に澄んでいるわけではなかった。
水の中に、ごく細かな白い粒子が浮かんでいるように見える。光の当たり方によって、薄く白く濁っているようにも感じられた。
「……少し白いな」
ルシェリアが隣から瓶をのぞき込む。
「普通の聖水とは、見た目が違うのでしょうか?」
「そうかもしれない。けど、見た目だけでは何とも言えないな」
「でしたら、成分と魔力の流れを確認しましょう」
フィーネが検査台を空けた。
俺は小瓶を渡す。
フィーネは慎重に魔力測定器を当て、しばらく数値を確認していた。
「……浄化作用はあります。ただ、強さは控えめです。アンデッドの力を弱める反応も確認できますが、これだけで討伐できるほどではありません」
「やっぱり、一般的な聖水に近いか」
「はい。ただし、液体の中にある白い成分については、まだ判断できません。浄化作用と関係がある可能性はありますが、現時点では推測です」
「わかった。夜に実地試験をしよう」
俺は小瓶を見つめた。
見た目が少し違うだけの聖水なのか。それとも、欠点のせいで予想外の性質を持っているのか。
それを確かめるには、実際のアンデッドを相手にする必要があった。
◇
その日の夜。
俺たち五人は、街外れにある古い墓地へ向かった。
試験に参加するのは、俺、ルシェリア、ミレーナ、エレノア、フィーネの五人だけだ。
ギルドの職員や冒険者を連れてくることはしなかった。まずは効果も危険性もわからない品を、こちらで確かめる必要がある。
もちろん、無策でアンデッドの群れに突っ込むつもりはない。
ルシェリアが周囲を警戒し、フィーネは魔力測定器を持つ。俺は聖水と護身用の道具を用意し、ミレーナとエレノアも、決めておいた退路から離れないようにしていた。
「本当に出てくるんだよね……?」
ミレーナが俺の袖をつまんだ。
「ギルドの報告では、夜になるとこの辺りに集まるそうです」
エレノアが周囲を見ながら答える。
「数が多いと聞いています。試験に必要な分だけ確認したら、深追いはしないようにしましょう」
「うん。危なくなったら、すぐに引き返そう」
俺がそう言った直後だった。
墓地の奥で、カタリ、と乾いた音がした。
続いて、土をかき分けるような音。
墓石の陰から、白い骨の腕が伸びてきた。
「……来ました」
ルシェリアが小声で告げる。
地面から起き上がったのは、剣を手にしたスケルトンだった。古びた服をまとい、錆びた武器を引きずっている。
その後ろにも、別の影が動いていた。
「まずは一体だけ。アルトさん、聖水をお願いします」
「わかった」
俺は瓶の栓を開けた。
スケルトンがこちらへ歩き出す。ルシェリアは一定の距離を保ち、いつでも下がれる位置に立っていた。
俺は瓶を傾け、聖水をスケルトンの胸元へ浴びせた。
その瞬間だった。
――パァッ!
液体が触れた場所から、まばゆい白い光が広がった。
「うわっ、まぶしっ!」
思わず目を細める。
光はスケルトンの全身を包み込んだ。
白い骨が、みるみるうちに輝きを増していく。骨の隙間にこびりついていた黒ずみが消え、まとっていた古い服から泥や汚れが落ちた。手にした錆びた剣まで、表面の汚れが消え、磨き上げたように光っている。
まるで、墓地から出てきたばかりの不死者を、誰かが丁寧に洗い上げたかのようだった。
「ギギギィィィッ!?」
スケルトンが甲高い悲鳴を上げた。
骨が砕けたわけではない。身体が崩れたわけでもない。
ただ、自分の全身が異様なほどきれいになったことに耐えられないかのように、両腕を振り回して後ずさりした。
そして、俺たちに背を向け、墓地の奥へと一目散に逃げていった。
「……逃げた?」
ミレーナがぽかんと口を開けた。
「逃げましたね」
ルシェリアも、さすがに驚きを隠せない様子だった。
「聖水が触れた瞬間、強く反応しました。ですが、倒したわけではありません」
フィーネが測定器を確認する。
「骨や武器に損傷はありません。魔力反応も消失していません。浄化によるダメージというより、別の理由で嫌がっているようです」
「洗われるのが嫌なのか……?」
「アンデッドが、ですか?」
エレノアが首をかしげる。
「普通は、浄化作用そのものを嫌うはずですが……」
「どちらにしても、逃げてくれたのは事実だ。もう一体で確かめよう」
俺たちは距離を取り、別のスケルトンが近づいてくるのを待った。
今度はルシェリアが少し前へ出て、相手の動きを見極める。
「こちらに気づきました。来ます!」
俺は瓶を構え、近づいてきたスケルトンの肩から胸にかけて聖水を浴びせた。
再び、白い光が弾けた。
「ギャアアアッ!」
スケルトンは全身を輝かせながら、剣を放り出して逃げていった。
「……本当に、きれいになるんだね」
ミレーナが呆然とつぶやく。
「しかも、ものすごく嫌がってる」
「ええ。ですが、これだけではまだ判断できません」
ルシェリアは逃げていった方向を見つめた。
「相手が嫌がる理由を特定できなくても、少なくとも接近を防ぐ手段にはなりそうです。ただし、追い払った相手が戻ってくる可能性はあります」
「そこは重要だな」
俺はうなずいた。
聖水を浴びせれば逃げる。だが、倒せるわけではない。
これだけで討伐を任せるのは危険だ。
「次は、地面に使ってみよう」
俺は小瓶に残った聖水を少量だけ取り、墓地の入口近くの地面にまいた。
液体が土に染み込んだ直後、淡い光が地表に広がった。
黒ずんで見えていた土の表面から、まとわりつくような邪気が薄れていく。光は強烈ではないが、地面の一角が清められたように、すっきりとした空気に変わった。
そのとき、墓石の陰から別のアンデッドが姿を現した。
こちらに気づいたそいつは、まっすぐ入口へ向かってきた。
しかし、聖水をまいた場所の手前で足を止めた。
「……?」
アンデッドは何度か前へ進もうとした。
だが、光の広がる地面に踏み込むことはなかった。
やがて、嫌悪するように身をよじり、ゆっくりと後退していく。
「入ってこない……」
エレノアが小さく息をのんだ。
「直接浴びせなくても、近づきにくくなるのですね」
「正確には、あの範囲を避けているように見えます」
フィーネは測定器を地面へ向けた。
「聖水が染み込んだ場所では、周囲の邪気が弱まっています。アンデッドは、それを嫌がっている可能性があります」
「だったら、入口や通路にまけば、防衛の時間を稼げるんじゃないか?」
俺の言葉に、ルシェリアがうなずいた。
「そうですね。直接浴びせれば一時的に追い払える。地面に使えば、近づかせないための時間を作れる。討伐そのものは別の手段が必要ですが、夜間の防衛では役に立ちそうです」
「ただ、どのくらいの範囲を維持できるかは、まだわかりません」
フィーネが付け加える。
「地面の状態や量によっても変わるはずです。広い場所を守るなら、必要量を測る必要があります」
「わかった。今日はここまでにしよう」
俺は残った聖水をしまった。
これ以上、無理に試験を続ける必要はない。
俺たちは周囲を確認しながら、墓地を離れた。
◇
翌朝。
月灯り工房では、昨夜の結果をもとに追加試験を行っていた。
アンデッドへの反応は確認できた。
だが、液体が白く濁っている理由も、強い光が生じる仕組みも、まだわからない。
そこでフィーネの提案により、今度は洗浄力そのものを調べることにした。
「まずは、汚れた革ですね」
フィーネが作業台に、泥のついた革片を置いた。
隣には、錆びの浮いた金属板、煤けた木片、染みのついた布が並んでいる。
「それぞれに少量ずつ使って、変化を見ましょう。量は記録しておきます」
「了解。じゃあ、まずは原液で試すか」
俺は革片に聖水を数滴垂らした。
すると、泥汚れが浮き上がり、布で軽く拭いただけで落ちていった。
続いて金属板。
表面の汚れが消え、こびりついていた錆びまで薄くなった。木片の煤も、布の染みも、同じように落ちていく。
「……これは、想像以上だな」
俺は思わず声を上げた。
単に汚れを落とすだけではない。素材の表面に残っていた不浄なものまで、まとめて取り除いているように見える。
「洗浄力がかなり強いですね」
ルシェリアが革片を手に取り、表面を確認した。
「ただ、原液を何にでも使うのは避けたほうがよさそうです。繊細な素材では、影響が出る可能性があります」
「そうだな。濃さを変えて調べよう」
俺たちは聖水を十倍に薄め、別の汚れた素材に使った。
こちらでも、普段の汚れなら十分に落とせる。
さらに五十倍に薄めると、頑固な汚れには時間がかかるものの、軽い汚れなら落とせた。
フィーネが測定結果を記録する。
「原液は強い洗浄が必要な場合向け。十倍希釈なら一般的な汚れに使えます。五十倍では効果が穏やかになるため、日常的な掃除に向いていそうです」
「掃除用の魔道具としても売れそうだね!」
ミレーナが身を乗り出した。
「お店だけじゃなくて、宿屋や飲食店にも需要があるんじゃない? 厨房の油汚れや、道具の汚れにも使えるかもしれない!」
「確かに。聖水としての用途だけでなく、洗浄用としても価値がありそうです」
エレノアは帳簿に新しい項目を書き加えた。
「ただし、販売するなら希釈倍率と使用上の注意を明記する必要があります。原液をどこにでも使えると誤解されては困りますから」
「そうだな。用途ごとに説明をつけよう」
俺は、少し白く濁った瓶を見つめた。
昨夜のアンデッドの反応。そして、今日確認できた強い洗浄力。
どちらも、一般的な聖水として思い描いたときには想定していなかった性質だ。
「フィーネ。白い成分と洗浄力には、関係がありそうか?」
「可能性はあります。ただし、まだ断定できません。白い成分が洗浄力を生み出しているのか、それとも別の性質と同時に現れているだけなのか、追加の分析が必要です」
「なるほど。じゃあ、今は仮説として記録しておこう」
俺は瓶を持ち上げ、光にかざした。
白く見える液体。
アンデッドが嫌がるほどの浄化作用。
そして、素材の汚れまで落としてしまう洗浄力。
「……白聖水、か」
自然と、その名前が口から出た。
「白聖水?」
ミレーナが首をかしげる。
「ああ。普通の聖水と区別するために、そう呼ぶのはどうかな。見た目にも特徴があるし、今のところ、名前としてはわかりやすいと思う」
「いいと思います」
ルシェリアが微笑んだ。
「効果を誤解させる名前でもありませんし、覚えやすいですね」
「私も賛成です」
エレノアが帳簿に商品名を書き込む。
「販売名は『白聖水』。ただし、説明書には浄化作用と洗浄力の両方を記載しましょう。アンデッドを討伐できるとは書かず、撃退や接近防止に使えることを明確にする必要があります」
「うん。それでいこう」
こうして、試作品は『白聖水』と名付けられた。
◇
その日の午後。
俺たちは、商業ギルドの職員に試験結果を報告した。
「アンデッドを倒すことはできません。ただし、直接浴びせると強く嫌がって逃げ出しました。地面にまいた場合も、一定の範囲に近づこうとしない反応が見られています」
俺が説明すると、男性は真剣な表情で聞いていた。
「つまり、討伐用というより、防衛や時間稼ぎに向いているのですね」
「はい。夜間にアンデッドが大量に出現した場合、通路や建物の入口に使えば、接近を防ぐ助けになる可能性があります。ただし、効果が続く時間や、必要な量については、場所や条件による違いを調べる必要があります」
「なるほど……」
俺は続けて、洗浄試験の結果も伝えた。
「もう一つ、想定外の性質がありました。白聖水には、かなり強い洗浄力があります。濃度を調整すれば、一般的な汚れ落としにも使えそうです」
「洗浄力まで?」
男性は驚いたように目を見開いた。
「それは、思わぬ副産物ですね」
「そうですね。ただし、原液は強力なので、使用する素材によっては注意が必要です。用途別の説明書も用意します」
「承知しました。こちらとしても、効果と注意点が明確なら、必要な量を検討できます」
男性は少し考えたあと、手帳を開いた。
「まずは、夜間の防衛に使う分を確保したいと思います。既存の聖水だけでは足りていませんから、白聖水を一定数まとめて購入できるか、相談させてください」
「必要な本数と納期を教えていただければ、こちらで製作数を検討します」
「助かります。正式な数量は、在庫と必要量を確認してから改めて連絡します」
男性は深く頭を下げ、帰っていった。
扉が閉まると、ミレーナがぱっと顔を輝かせた。
「すごいじゃない! ギルドから注文が来そうだよ!」
「まだ正式発注ではないぞ。必要量を聞いてからだ」
「わかってるって。でも、売り先が見えてきたのは大きいよ!」
エレノアもうなずいた。
「数量が決まれば、製作にかかる手間と瓶などの資材費を計算できます。洗浄用として販売する場合の価格も、別に考えられそうですね」
「アンデッド対策用と、洗浄用か……」
俺は作業台の上に並んだ瓶を見た。
最初は、ギルドから頼まれた聖水を作るだけのつもりだった。
それが、実際に試してみれば、思いもしなかった使い道が見つかった。
もちろん、白聖水だけですべてを解決できるわけではない。アンデッドを倒す力はないし、どんな状況でも接近を防げると保証することもできない。
それでも、使い方を工夫すれば、誰かの役に立つ商品になる。
「よし。必要量がわかったら、すぐに製作できるように準備しておこう」
「瓶と保管場所も確保しておきますね」
エレノアが帳簿を閉じた。
「私は希釈倍率ごとの説明書をまとめます」
フィーネが検査記録を手に取る。
「追加の分析も続けます。白い成分の正体は、まだ不明ですから」
「私は、洗浄用としての売り先を考えるね!」
ミレーナが勢いよく手を挙げた。
「宿屋や飲食店なら、試してみたいって人がいるはず!」
「では、私はギルドからの追加依頼に備えつつ、実際の使用方法を整理しておきます」
ルシェリアが穏やかに言った。
「安全に使えることが一番大切ですから」
それぞれの役割が決まると、工房は再び忙しく動き始めた。
俺は白聖水の瓶を手に取った。
白い粒子が、窓から差し込む光の中でかすかに揺れている。
この小さな瓶が、夜の街を守る助けになるかもしれない。
そして、思いがけず見つかった洗浄力が、別の商売につながる可能性もある。
「……《オールクリエイト》って、本当に何が出てくるかわからないな」
「アルトさんが作っているんですから、もう少し予想できてもいいと思いますけど」
ルシェリアが微笑む。
「それを言われると、何も返せないな……」
「次の商品も、期待していますね」
「期待はうれしいけど、できれば欠点のほうは控えめであってほしい」
「それは、作ってみないとわかりませんね」
彼女の言葉に、俺たちは小さく笑った。
月灯り工房に、新しい商品が生まれた。
アンデッドを倒せない聖水。
けれど、夜の防衛に使え、汚れまで落とせる、不思議な白い液体。
その価値を、俺たちはまだ知り始めたばかりだった。




