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第5話 壊れたランタンと三つ編みの技術担当

「アルトさん、少し相談があるのですが」


 朝の開店準備をしていると、ルシェリアが帳面を片手に声をかけてきた。


「どうした?」


「以前販売した魔法ランタンについて、修理の相談が来ています」


「ランタン?」


「はい。購入された方が、調子が悪くなったので見てほしいと」


「ああ、あれか」


 俺は作業台の上に置いてあった設計図を片づけた。


 魔法ランタンは、俺が最初に販売した商品の一つだ。


 明るさは十分。魔力の消費も少なく、長時間使える。


 ただし、一つだけ欠点があった。


 短時間に何度も点灯と消灯を繰り返すと、しばらく光らなくなるのだ。


 少し時間を置けば元に戻るものの、使い方によっては不便な商品だった。


「そのお客さん、どんな状態だって?」


「点灯しなくなったそうです。しばらく待っても直らなかったので、持ってきたいとのことでした」


「わかった。まずは状態を確認しよう」


「それがいいですね。ただ……」


「ただ?」


「修理を受けるのはいいのですが、今の工房には修理専用の場所がありません」


 ルシェリアが店内を見回した。


 確かに、そのとおりだった。


 商品を作る作業台はあるが、修理用の工具や部品を整理する場所はない。


 販売用の商品も、棚に並べているというより、空いている場所に置いているだけだ。


 帳簿や契約書も、俺の机の引き出しにまとめて押し込んである。


「うーん……。そろそろ、工房全体を整理したほうがいいかもな」


「私もそう思います」


「商品を作る場所と、修理する場所は分けたい。接客スペースも、もう少し見やすくしたいし」


「経理の書類を保管する場所も必要ですね。今のままでは、必要な書類を探すだけで時間がかかってしまいます」


「耳が痛いな……」


 俺が苦笑すると、ルシェリアも小さく笑った。


「それに、従業員も増えましたから」


「そうだな。前は俺一人だったから、多少散らかっていても何とかなったけど」


「今はそうもいきませんね」


 俺は改めて店内を見回した。


 商品棚、作業台、帳簿の置き場所。


 どれも、今の人数で働くには手狭だった。


「よし。ランタンの修理と一緒に、工房の改装も考えよう」


「改装ですか?」


「せっかく仲間が増えたんだ。みんなが働きやすい場所にしたい」


「いいですね。私も手伝います」


 そのとき、店の扉が開いた。


「おはよう! 朝から何の相談?」


 ミレーナが元気よく入ってくる。


「工房の改装を考えてたところだよ」


「改装? いいじゃない!」


「商品を並べる棚も増やしたいし、作業場も整理したいんだ」


「それなら、私に任せて!」


 ミレーナは胸を張った。


「お客様が入りやすい店にするなら、商品の見せ方が大事よ。どこに何を置くか、私が考えてあげる!」


「頼もしいな」


「でしょ?」


 そこへ、エレノアも帳面を持ってやってきた。


「改装のお話ですか?」


「そうなんだ。エレノアには、経理や書類を扱う場所を考えてほしい」


「わかりました。必要な机や棚、それから書類の保管場所も整理しましょう」


「予算も確認しておいてくれる?」


「もちろんです。無理のない範囲で進めましょうね」


「助かるよ」


 これで三人の意見はそろった。


 あとは、修理を担当できる人間がいればいいのだが。


「そういえば、ルシェリア」


 エレノアがふと思い出したように口を開いた。


「以前お話しした方のことですが、覚えていますか?」


「以前?」


「魔道具の修理に詳しい方です。私が商業ギルドにいた頃、何度か仕事で関わったことがあるんです」


「ああ、もしかして……」


「はい。フィーネさんです」


 ルシェリアが俺を見る。


「フィーネさんは、魔道具の構造や仕組みに詳しい方です。修理だけでなく、故障の原因を調べたり、部品を作ったりすることもできます」


「そんな人がいるのか」


「ええ。ただ、人付き合いは少し苦手な方ですが」


「腕がいいなら、ぜひ会ってみたいな」


「ちょうど、仕事を探していると聞いています。私から声をかけてみましょうか?」


「ぜひお願いしたい」


「わかりました。連絡してみますね」


 修理の相談に、工房の改装。


 新しい人材まで見つかるかもしれない。


 少しずつ、店が形になってきた気がした。


     *


 昼前。


 店の扉が開き、一人の男性が入ってきた。


「すみません。以前、こちらでランタンを買った者ですが」


「ああ、いらっしゃい。ランタンの調子が悪くなったんだって?」


「そうなんです。最初は問題なく使えていたんですが、急に光らなくなってしまって」


 男性は布に包んだランタンを作業台に置いた。


 俺はそれを受け取り、外側から状態を確認した。


「いつ頃から使ってる?」


「買ってから、だいたい一か月ほどですね。倉庫の中で使っています」


「なるほど。普段はどんなふうに使ってる?」


「仕事の始めに点けて、終わるまでつけっぱなしです。途中で消すことは、あまりありません」


「そうか。それなら、少し調べてみるよ」


 俺はランタンの魔石を取り外し、内部の魔力回路を確認した。


 魔石そのものに異常はない。


 回路も大きく損傷しているわけではなかった。


「……やっぱり、これか」


「原因がわかったんですか?」


「うん。短時間に点灯と消灯を繰り返すと、内部に魔力が残ってしまうんだ。一定量を超えると、安全装置が働いて光らなくなる」


「それは故障なんでしょうか?」


「厳密には故障というより、商品の欠点だね。しばらく時間を置けば、また使えるようになるはずだよ」


「そうだったんですか……」


 男性は少し困った顔をした。


「倉庫では、必要なときだけ点けたり消したりすることもあるんです。できれば、もっと気軽に使いたいのですが」


「そうだよな。説明が足りなかった。申し訳ない」


「いえ、長時間使えるので助かってはいるんです。明るさも十分ですし」


「それならよかった。今回は内部の魔力を調整しておくよ。今後の改良にも役立つと思う」


「お願いします」


 俺はランタンを作業台に固定した。


 余白魔法を使い、内部に残った魔力の糸を探る。


 青白い糸が、回路の隅に絡まっていた。


 その流れを整え、魔石へ戻る魔力の通り道を確認する。


 しばらくして、ランタンの光が戻った。


「よし。点灯するようになった」


「本当ですか?」


「うん。確認してみて」


 男性がスイッチを押す。


 ランタンが明るく光った。


「おお! 直った!」


「念のため、何度も点けたり消したりする使い方は避けてほしい。しばらく使ってみて、また問題があれば持ってきて」


「わかりました。ありがとうございます」


 男性は何度も頭を下げ、ランタンを持って帰っていった。


「修理も無事に終わりましたね」


 ルシェリアがほっとしたように言う。


「ああ。でも、やっぱり修理を専門に見てくれる人がほしいな」


「そうですね。アルトさんが商品開発に集中できるようにもなりますし」


「うん。フィーネさんに会えるといいんだけど」


 俺は作業台の上を片づけながら、そう答えた。


     *


 翌日。


「アルトさん、フィーネさんが来てくれましたよ」


 ルシェリアの声に、俺は入口へ顔を向けた。


 そこに立っていたのは、青い髪を左右で三つ編みにした小柄な女性だった。


 頭には作業用のゴーグル。


 腰には工具入れを下げ、手には小さな鞄を持っている。


 少し警戒するような目つきで、店内を見回していた。


「……ここが月灯り工房?」


「そうだよ。俺が店主のアルト・レインハルト」


「フィーネ・ランデです。エレノアさんから話は聞いてます」


 彼女は短く頭を下げた。


「魔道具の修理や調査ができると聞いたんだけど」


「はい。構造を調べたり、故障の原因を探したりするのは得意です」


「それは助かる。ちょうど修理を任せられる人を探していたんだ」


「……ふうん」


 フィーネは作業台の上に置いてあったランタンを見つけた。


「これ、魔法ランタン?」


「そう。昨日、修理の相談があってね」


「見てもいい?」


「もちろん」


 フィーネはランタンを手に取ると、ゴーグルを額から目元へ下ろした。


 外側を確認し、魔石の位置を確かめる。


 それから、内部の回路をじっと見つめた。


「……なるほど」


「何かわかる?」


「魔力の逃げ道が少ない。これだと、短時間に何度も点灯と消灯を繰り返したら、余った魔力が内部に残る」


「そのとおりだよ」


「安全装置が働くから、完全に壊れることはないけど……使い方によっては不便だね」


「昨日、購入した人にも同じことを言われた」


「だったら、最初から説明書に書いておけばいいのに」


「……耳が痛いな」


 フィーネはランタンを作業台に戻した。


「修理はできると思う。けど、根本的な構造を変えるなら、もう少し調べたい」


「ぜひお願いしたい」


「それより、こっちの魔道具も見ていい?」


 彼女の視線は、棚に並んだ試作品へ移っていた。


「もちろん。気になるものがあれば、自由に見ていいよ」


「……本当に?」


「うん。ただし、勝手に起動するのはやめてほしい。試作品だから」


「それは先に言ってよ」


「今言ったよ」


「遅い」


 フィーネは少しだけ頬を膨らませた。


 その様子を見て、ミレーナが笑った。


「ふふっ。フィーネちゃん、道具のことになると夢中になるんだね」


「ちゃん付けしないで」


「じゃあ、フィーネさん?」


「それならいい」


「わかったわ。よろしくね、フィーネさん」


 ミレーナが手を差し出す。


 フィーネは一瞬迷ったあと、その手を握った。


「……よろしく」


 エレノアも穏やかに微笑む。


「久しぶりですね、フィーネさん。元気そうでよかったです」


「エレノアさんこそ。前に会ったときより忙しそう」


「おかげさまで、仕事が増えましたから」


「そうなんだ」


 ルシェリアが俺に目配せした。


 どうやら、フィーネは少しずつ打ち解けているらしい。


「それで、フィーネさん」


 俺は改めて彼女に向き直った。


「もしよければ、うちで働いてみない?」


「……仕事の話?」


「そう。魔道具の修理や点検、試作品の調査を担当してほしい。俺が作った商品を確認して、問題があれば原因を調べてもらいたいんだ」


「給料は?」


「もちろん払うよ。条件は相談して決めたい」


「作業場所と工具は?」


「今は十分とは言えないけど、これから整えるつもりだ」


「部品の保管場所は?」


「……それも必要だな」


「修理した魔道具の記録は?」


「それも、これから作る」


「つまり、何も決まってないんだ」


「うっ……。正直に言うと、そうなるね」


 フィーネは腕を組んだ。


「それで、よく人を雇おうと思ったね」


「だから、フィーネさんの意見を聞きたいんだ。実際に働く人が使いやすい場所にしたい」


「……ふうん」


 彼女は店内をもう一度見回した。


「確かに、このままじゃ仕事にならない。工具も足りないし、部品を置く場所もない。修理と商品開発を同じ机でやるのも効率が悪い」


「そうなんだよ」


「でも、場所を整えてくれるなら、仕事はできる」


「本当?」


「条件次第。必要な工具や設備は、私がリストにする。勝手に安いものを買って、使えないってことになったら困るから」


「わかった。必要なものを教えてくれ」


「あと、修理の手順や記録方法も決めたい。誰が見てもわかるようにしておかないと、後で困る」


「そこも任せるよ」


 フィーネは少し考えたあと、俺を見た。


「……じゃあ、働いてみる」


「本当か!」


「ただし、仕事場がちゃんと整うこと。道具を雑に扱わないこと。それと、試作品を作ったら、必ず私にも見せること」


「もちろん。よろしく頼むよ」


「うん。こちらこそ」


 こうして、月灯り工房に新しい仲間が加わることになった。


     *


「まずは、工房の中を全部確認しよう」


 フィーネがそう言って、店内を歩き始めた。


 棚の寸法を測り、作業台の位置を確かめ、壁や床の状態まで調べていく。


「ここは商品を並べる場所にしたほうがいい。今の棚は高さがばらばらだから、見た目も悪いし、商品を取り出しにくい」


「確かに、そうだな」


「それから、修理用の作業台は奥。工具と部品をすぐ取り出せるように、壁に収納を作る」


「作業台は今のものを使える?」


「使えるけど、天板が傷んでる。補修したほうがいい」


「わかった」


「経理の机は、接客スペースから少し離したほうがいい。書類を広げることもあるから」


「それはエレノアに相談しよう」


 エレノアが帳面を開いた。


「そうですね。帳簿や契約書を保管する棚も必要です。鍵のかかる書類入れも用意しましょう」


「予算はどれくらいになりそう?」


「新品ばかり購入すると、かなりかかります。使える家具は再利用して、必要なものだけ買い足すのがよさそうですね」


「私が安く手に入る店を探してくる!」


 ミレーナが手を挙げた。


「家具や棚なら、商店街に知り合いがいるわ。値段も相談できると思う」


「助かるよ」


「それと、休憩する場所もほしいですね」


 ルシェリアが店の奥を指した。


「今はみんな、空いている場所で休んでいますから」


「確かに。従業員が増えたんだし、休憩室も作ろう」


「着替える場所も必要だと思います」


 エレノアが続けた。


「仕事着に着替えたり、荷物を置いたりできる場所があると便利です」


「トイレも、今のままだと少し使いにくいですね」


 ルシェリアが控えめに言った。


「そこも直そう。毎日使う場所だから、ちゃんとしておきたい」


 フィーネは手元の紙に、必要な改装内容を書き込んでいく。


「商品展示スペース。経理と事務の机。修理用の作業台。工具と部品の収納。更衣室。トイレ。休憩室……」


「結構あるな」


「当たり前。今までが不便すぎたんだよ」


「ごもっともです」


 俺は苦笑した。


 こうして、改装する場所が決まった。


 問題は予算だ。


「全部を新品にすると厳しいですね」


 エレノアが帳面を見ながら言った。


「今月の売り上げと、これから必要になる仕入れを考えると、使えるお金には限りがあります」


「優先順位を決めよう。まずは仕事に必要な場所から」


「修理用の作業台と工具は必須」


 フィーネがすぐに答えた。


「それから、商品棚。販売する商品が見やすくないと意味がない」


「経理の机と書類棚も必要です」


 エレノアが続ける。


「休憩室や更衣室は、できる範囲で整えましょう。トイレは使い勝手を改善したいですね」


「よし。その方針で進めよう」


 ミレーナが手を叩いた。


「じゃあ、私は家具を探してくる。安くて状態のいいものを見つけてくるから!」


「私は店内の掃除と、使わない道具の整理を手伝います」


 ルシェリアが言った。


「私は改装の手順を考える。必要な材料もまとめるよ」


 フィーネが紙を持ち上げた。


「俺は?」


「アルトさんは、まず必要な材料を用意してください。魔道具の作業もありますし、無理に全部やろうとしないでくださいね」


 ルシェリアが微笑む。


「わかった。みんなに任せるところは任せるよ」


 以前の俺なら、何でも一人でやろうとしていた。


 だが、今は違う。


 それぞれ得意なことがある。


 頼れる仲間がいるのだから、任せたほうがいい仕事もある。


     *


 改装は、翌日から本格的に始まった。


 まずは、店内に置いてある荷物を外へ運び出す。


「アルトさん、これは残しますか?」


 ルシェリアが古い棚を指した。


「うーん……。まだ使えそうだけど、商品を並べるには少し小さいな」


「では、部品の保管に使うのはどうでしょう?」


「それなら使えそうだ」


「わかりました。こちらに移動させますね」


 ルシェリアは棚を動かそうとしたが、思ったより重かった。


「ちょっと待って。俺も手伝うよ」


「ありがとうございます」


 二人で持ち上げ、壁際へ移動させる。


 その横では、ミレーナが新しい商品棚を運び込んでいた。


「これ、どう? 商店街で安く譲ってもらったの!」


「おお、いいじゃないか」


「でしょ? 傷は少しあるけど、磨けばきれいになるわ」


「十分だよ。助かった」


「任せておいて!」


 エレノアは事務スペースに置く机と書類棚を確認していた。


「この机なら、帳簿を広げても余裕がありますね。引き出しも多いので、書類を分類して保管できます」


「かなり使いやすそうだ」


「契約書や仕入れの記録は、こちらにまとめます。商品ごとの在庫表も作っておきますね」


「それがあると助かるよ」


 フィーネは奥の作業場で、古い作業台を調べていた。


「この天板は交換したほうがいい。表面が歪んでるから、細かい部品を扱うときに困る」


「新しい天板を買う?」


「木材を加工すれば使える。脚は問題ないから、そのまま残す」


「わかった。材料を買ってくるよ」


「あと、工具を壁に掛けられるようにしたい。よく使うものは手を伸ばせば届く位置に置く」


「そこも頼む」


「……アルト」


「ん?」


「この魔石、作業台の近くに置かないで」


 フィーネが、俺の持っていた魔石を指さした。


「どうして?」


「磁気に似た魔力の干渉がある。精密な部品の近くに置くと、測定に影響するかもしれない」


「そんなことまでわかるのか」


「見ればわかる」


 フィーネは当然のように答えた。


 俺は魔石を別の棚へ移した。


「これからは、そういうことも教えてくれ」


「最初からそう言ってる」


「そうだったな」


 フィーネは小さく息を吐いた。


 けれど、その表情は少しだけ柔らかかった。


 数日かけて、工房の中は少しずつ変わっていった。


 商品棚は入口から見やすい位置へ移動し、魔道具の種類ごとに並べられた。


 事務スペースには机と書類棚が置かれ、エレノアが帳簿や契約書を整理できるようになった。


 奥の作業場には、新しい天板を取り付けた修理用の作業台ができた。壁には工具掛けが設置され、細かな部品を保管する引き出しも並んでいる。


 更衣室には、着替えや荷物を置くための棚を用意した。


 トイレも傷んだ部分を直し、使いやすいように整えた。


 そして、店の奥には小さな休憩室を作った。


 テーブルと椅子を置き、簡単な飲み物を用意できる棚も設置する。


「これなら、仕事の合間に休めますね」


 ルシェリアが休憩室を見回した。


「前よりずっといいわね」


 ミレーナも満足そうだ。


「ここなら、お茶を飲みながら次の販売先を考えられそう」


「休憩中くらい、仕事のことは忘れてくださいね」


 エレノアが微笑む。


「えー、でも、いいアイデアって休んでいるときに浮かぶこともあるじゃない」


「それは否定しませんけど」


 フィーネは修理用の作業台を確認していた。


「工具の配置も悪くない。これなら、作業がかなり楽になる」


「よかった」


「ただ、部品の収納はもう少し増やしたい。今後、修理の依頼が増えたら足りなくなると思う」


「それは売り上げを見ながら追加しよう」


「うん。それでいい」


 俺は新しくなった工房を見渡した。


 以前は、商品を作る場所と生活する場所の境目も曖昧だった。


 今は、それぞれの仕事に合わせた場所がある。


 それだけで、ずいぶん違って見える。


「みんな、本当にありがとう」


「まだ終わっていませんよ」


 エレノアが帳面を閉じた。


「最後に、備品と予算の確認があります」


「そうだった……」


「大丈夫です。必要なものは揃っていますし、予算も予定の範囲内です」


「よかった」


「それに、アルトさんもよく頑張りましたね」


 ルシェリアが微笑む。


「俺は材料を運んだくらいだよ」


「それでも、みんなと一緒に作業してくれましたから」


「そうそう。店主が一番働いてない、なんてことにならなくてよかったわ」


 ミレーナがからかうように笑う。


「ちゃんと働いてたよ!」


「ふふっ。冗談よ」


 フィーネも小さく口元を緩めた。


「……まあ、最初よりはずっとマシになった」


「最初より、か」


「最初はひどかったから」


「はっきり言うなあ」


「事実だから」


 その言葉に、みんなが笑った。


     *


 改装を終えた翌朝。


 俺たちは、開店前の店内に集まっていた。


 入口から見える商品棚には、魔道具が種類ごとに並んでいる。


 修理受付の案内も設置した。


 奥には、フィーネが整えた作業場。


 事務スペースには、エレノアの帳簿や書類がきれいに収まっている。


 更衣室も休憩室も、必要なものが揃った。


 以前の雑然とした工房とは、まるで別の店のようだった。


「……よし。これなら大丈夫だ」


 俺がつぶやくと、ルシェリアが隣に立った。


「本当にきれいになりましたね」


「ああ。みんなのおかげだよ」


「これからは、商品を作ることにも、販売することにも集中できますね」


「そうだな」


 ミレーナが入口の看板を確認して戻ってくる。


「看板もきれいにしたわ。遠くからでも店の名前が見えると思う!」


「ありがとう。いい感じだ」


「お客様が入りやすいように、商品も見やすく並べておいたからね」


「さすがだな」


 エレノアが帳面を閉じた。


「経理関係も整理できました。これで売り上げや経費の確認も、以前よりずっと簡単になります」


「助かるよ。今まで俺が適当に管理していたからな」


「これからは、私に任せてください」


 フィーネは作業場から顔を出した。


「修理用の工具も揃った。部品の保管場所も決めたし、これなら作業できる」


「ありがとう。これから頼りにしてるよ」


「……うん。任せて」


 俺は、みんなの顔を順番に見た。


 ルシェリア。


 ミレーナ。


 エレノア。


 フィーネ。


 それぞれ違う得意分野を持ち、違う考え方をする仲間たち。


 俺一人では、ここまで工房を整えることはできなかっただろう。


 商品を作るだけでは、店は成り立たない。


 売る人がいて、管理する人がいて、修理する人がいて、使う人の声を聞く人がいる。


 みんなが力を合わせて、初めて一つの店になる。


「それじゃあ――月灯り工房、今日から新装開店だ!」


「おー!」


 ミレーナが元気よく声を上げた。


 ルシェリアも、エレノアも、フィーネも笑顔を見せる。


 こうして、月灯り工房は新しく生まれ変わった。


 俺一人で始めた小さな工房に、今では四人の仲間がいる。


 商品開発を支えてくれるルシェリア。


 販売を担当するミレーナ。


 帳簿や契約を管理してくれるエレノア。


 そして、修理と技術開発を任せられるフィーネ。


 それぞれ得意なことも性格も違う。


 これから先、きっと忙しくなるだろう。


 失敗することもあるかもしれない。


 それでも、もう一人で悩む必要はない。


「みんな、これからもよろしくな!」


「こちらこそ!」


「任せてちょうだい!」


「ちゃんと支えていきますね」


「……私も、できる限り頑張る」


 四人の声を聞きながら、俺は改めて工房を見回した。


 明るくなった店内。


 整然と並ぶ商品棚。


 使いやすくなった作業場。


 そして、みんなで過ごすための休憩室。


 ここが、俺たちの新しい居場所だ。


 月灯り工房の新しい一日が、今始まる。


 俺は仲間たちと顔を見合わせ、自然と笑みを浮かべた。


 ――ここから、俺たちの新しい工房生活が始まる。

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