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第4話 順番どおりにしか取り出せない魔法の収納袋と黒髪の経理担当

「……つまり、最初に入れた物からしか取り出せないってこと?」


 ミレーナが、作業台の上に置かれた袋を見つめていた。


「そういうことだ」


 俺は袋の口を広げ、中に入っていた小さな木箱を取り出した。


 続いて、二番目に入れた布袋。


 三番目に入れた金属製の水筒。


 取り出した順番は、入れた順番と同じだ。


「もう一度、試してみるぞ」


 俺は三つの品物を袋に戻した。


 今度は、木箱、水筒、布袋の順番だ。


「では、最後に入れた布袋を取り出してみます」


 ルシェリアが袋の口に手を入れた。


 しかし、出てきたのは木箱だった。


「……やはり、最初に入れた物が出てきますね」


「何度試しても同じだ。途中の物だけを取り出すこともできない」


「うーん……」


 ミレーナは腕を組んだ。


「これ、冒険者には使いにくいわね」


「やっぱりそう思うか?」


「だって、薬を取り出したいのに、その前に入れた着替えや食料まで出さないといけないんでしょ?」


「そうなるな」


「それじゃあ、戦闘中に必要な物をすぐ取り出せないじゃない」


 ルシェリアも小さくうなずいた。


「荷物をたくさん収納できる点は便利ですが、取り出す順番を選べないのは不便ですね」


「俺もそう思う」


 せっかく作った収納袋だ。


 容量は十分。重さもほとんど感じない。袋の中に入れた品物が潰れることもない。


 だが、最後の一点が致命的だった。


 必要な物を自由に取り出せない。


 冒険者向けの商品としては、かなり厳しい。


「《オールクリエイト》の不具合は、やっぱり消せないのか……」


 俺は袋の口を閉じた。


 この能力で作った商品には、必ず何かしらの欠点がある。


 同じ種類の商品なら、欠点も同じだ。


 欠点そのものを取り除くことはできない。


 ならば、考えるべきことは一つ。


 この欠点を、どうすれば役立てられるか。


「アルトさん」


 ルシェリアが袋を手に取った。


「この袋、冒険者以外の人が使うならどうでしょう?」


「冒険者以外?」


「商人や倉庫で働く人たちです。必ずしも、好きな順番で品物を取り出す必要があるとは限りません」


「……なるほど」


 俺は袋を見つめ直した。


 確かに、使う人が変われば評価も変わる。


 冒険者は必要な道具をすぐ取り出したい。


 しかし、倉庫ならどうだろう。


 入荷した商品を順番に取り出す。


 古い在庫から先に出荷する。


 そう考えれば、入れた順番どおりにしか取り出せないという欠点も、別の意味を持ってくる。


「先に入れた物が、必ず先に出てくる……」


「そうです」


「倉庫の商品管理に使えるかもしれないな」


 俺がそう言うと、ミレーナの表情が明るくなった。


「それ、いいじゃない!」


「本当に?」


「だって、倉庫って商品がどんどん増えるでしょ? 古い商品を奥に置いてしまうと、後から入った商品ばかり出荷して、古いものが残っちゃうこともあるんじゃない?」


「そのとおりだ」


「だったら、この袋に入れておけば、古い順番に取り出せるってことよね?」


「そういう仕組みになる」


「なら、売り先はあると思う!」


 ミレーナは自信ありげに胸を張った。


「さすが販売担当だな」


「ふふん。任せて!」


「ただし、実際に使ってもらわないとわからない。容量や耐久性も確認する必要がある」


「もちろん。そこは私が探してくるわ」


 ミレーナは袋を持ち上げ、口の部分を確かめた。


「でも、売るなら値段も決めないとね」


「それもそうだな」


「それから、売れたお金の管理も必要よ」


「……お金の管理?」


「そうよ。材料費、販売価格、仕入れ、経費。ちゃんと記録しないと、どれだけ儲かっているのかわからないでしょ?」


「それは……」


 俺は言葉に詰まった。


 工房を始めてから、売上の記録は一応つけている。


 ただし、帳簿と呼べるほど立派なものではない。


 売れた商品の名前と金額を書き、材料を買ったときに支出を記録する。


 それだけだ。


「アルトさん、先週の売上はいくらでした?」


「ええと……」


「材料費を引いた利益は?」


「それは……」


「今月の仕入れに、あといくら使えますか?」


「…………」


 ミレーナは俺の顔を見て、苦笑した。


「もしかして、ちゃんと計算してない?」


「いや、頭の中では把握しているぞ」


「頭の中で?」


「だいたいな」


「だいたいじゃ駄目よ」


 ルシェリアも帳簿を開いた。


「確かに、最近は商品の注文も増えています。売上だけでなく、材料費や人件費も整理したほうがいいですね」


「人件費って、俺たちの給料もか?」


「当然です。働いている以上、きちんと決めておかないと」


「うっ……」


 俺は机の上に積まれた帳面を見た。


 商品を考えるのは好きだ。


 試作品を作るのも好きだ。


 だが、数字を整理するのは得意ではない。


 売上が増えれば、その分だけ管理することも増える。


 工房が少しずつ大きくなってきた今、そろそろ限界なのかもしれない。


「誰か、経理に詳しい人がいてくれたら助かるんだけどな」


 俺が何気なく口にすると、ルシェリアが顔を上げた。


「それなら、紹介できる方がいます」


「知り合いか?」


「はい。以前、一緒に仕事をしたことがある方です。帳簿や契約の扱いに詳しく、とても几帳面な方ですよ」


「そんな人がいるなら、ぜひ紹介してほしい!」


「ただ……」


 ルシェリアは少し考えるように視線を落とした。


「今は仕事を探していると聞いています」


「何かあったのか?」


「勤めていた商業ギルドが廃業してしまったそうです」


「ギルドが廃業?」


「ええ。詳しい事情までは知りませんが、そこで働いていた人たちも職を失ったようです」


 それは大変だ。


 経験があっても、勤め先がなくなれば仕事を探さなければならない。


「名前は何ていうんだ?」


「エレノア・ヴェルナーさんです。落ち着いた方で、責任感も強い方ですよ」


「一度、話をしてみたいな」


「わかりました。連絡を取ってみますね」


 ルシェリアは柔らかく微笑んだ。


「きっと、アルトさんとも気が合うと思います」


「そうだといいな」


     ◇


 翌日の午後。


 工房の扉が開いた。


「こんにちは。ルシェリアさんからお話を伺って来ました」


 入口に立っていたのは、黒髪の女性だった。


 長い髪は艶やかで、肩から背中にかけて流れるようにまとまっている。


 落ち着いた色合いの服装に、控えめな装飾。


 立ち姿には品があり、穏やかな微笑みを浮かべていた。


「エレノアさん!」


 ルシェリアが嬉しそうに声をかけた。


「お久しぶりです」


「ええ、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」


 二人は親しげに挨拶を交わした。


「こちらが、月灯り工房の店主、アルトさんです」


「初めまして。アルト・レインハルトです」


「エレノア・ヴェルナーと申します。お招きいただき、ありがとうございます」


 彼女は丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます。どうぞ座ってください」


「失礼します」


 エレノアは椅子に腰を下ろした。


 その動作ひとつを見ても、落ち着いた人だとわかる。


「ルシェリアさんから、工房のお手伝いを探していると伺いました」


「はい。実は、売上や経費の管理が追いつかなくなってきまして」


「なるほど」


「商品の開発や販売に集中したいんですが、帳簿や契約の管理まで手が回らないんです」


 エレノアはうなずき、机の上に置かれた帳面へ目を向けた。


「少し拝見してもよろしいですか?」


「もちろんです」


 俺は帳面を差し出した。


 彼女はページをめくり、売上と支出の記録を確認していく。


 その表情は穏やかなままだった。


 だが、ページを進めるにつれて、指先が止まる回数が増えていく。


「……アルトさん」


「はい」


「こちらの支出ですが、材料費と道具の購入費が同じ欄に記録されていますね」


「そうですね」


「こちらは商品の売上でしょうか?」


「はい」


「試作品の材料費は?」


「その下に書いてあります」


「なるほど……」


 エレノアは数ページを行き来した。


「記録自体は残っています。ただ、項目を分けて整理したほうが、利益や今後の予算を把握しやすくなると思います」


「やっぱり、そうですよね」


「ええ。それに、従業員の方への報酬も決めておいたほうがよいですね」


「そこも相談したいと思っていました」


 彼女は帳面を閉じた。


「お店の規模に合わせて、無理のない管理方法を考えましょう。最初から複雑な帳簿にする必要はありません。必要な数字を、きちんと把握できるようにすれば十分です」


 その言葉に、俺はほっとした。


 難しい専門用語を並べられるのかと思っていたが、彼女の説明はわかりやすい。


「エレノアさんは、以前どちらで働いていたんですか?」


「商業ギルドです。商人の方々の取引記録や契約書、倉庫の在庫管理などを担当していました」


「それなら、かなり経験があるんですね」


「長く勤めていましたので、一通りのことはできます」


「どうして廃業してしまったんですか?」


 ミレーナが尋ねた。


「経営が立ち行かなくなったと聞いています。詳しい事情は、職員だった私たちには知らされませんでした」


 エレノアは少しだけ目を伏せた。


「仕事にはやりがいを感じていたので、残念でした。ですが、いつまでも落ち込んでいるわけにもいきません。今は新しい仕事を探しているところです」


「そうだったんですね」


 俺は彼女の顔を見た。


 仕事を失ったばかりなのに、こうして新しい場所へ足を運んでくれた。


 それだけでも、ありがたいことだ。


「もしよければ、うちで働いてみませんか?」


 俺は率直に尋ねた。


「え?」


「まだ小さな工房ですし、十分な給料をすぐにお支払いできるかは相談になります。でも、帳簿や契約、在庫管理をお願いできる方がいれば、本当に助かります」


 エレノアは少し驚いたように目を見開いた。


「私でよろしいのですか?」


「もちろんです。さっき帳面を見てもらっただけでも、お願いしたいと思いました」


「ありがとうございます。ただ、仕事内容や報酬については、きちんと確認させてください」


「もちろんです。そこは曖昧にしません」


 ルシェリアが優しく微笑んだ。


「エレノアさんなら、きっと大丈夫だと思っていました」


「ルシェリアさん……ありがとうございます」


 そのとき、ミレーナが作業台の上に置かれた収納袋を持ち上げた。


「そうだ。エレノアさん、これも見てもらえませんか?」


「これは?」


「アルトが作った魔法の収納袋です」


「収納袋……ですか?」


「ただし、ちょっと変わったところがあって」


 俺は袋の仕組みを説明した。


 物を入れることはできる。


 容量も十分にある。


 だが、取り出せるのは入れた順番どおり。


 後から入れた物を先に取り出すことはできない。


 説明を聞いたエレノアは、袋を手に取った。


「実際に試してもよろしいですか?」


「もちろんです」


 俺は木箱と水筒、布袋を用意した。


 彼女は木箱、水筒、布袋の順番で収納し、袋の口を閉じた。


「では、最初に入れた木箱から取り出してみます」


 彼女は袋に手を入れ、木箱を取り出した。


「次は水筒ですね」


 続いて水筒。


 最後に布袋が出てきた。


「なるほど……」


 エレノアはしばらく考え込んだ。


「これは、倉庫の商品管理に使えるかもしれません」


「やっぱり、そう思いますか?」


 ミレーナが身を乗り出した。


「はい。例えば、同じ商品を入荷した順番に収納しておけば、古い在庫から順番に取り出せます」


「古い在庫から?」


「ええ。食品や薬品のように、保管期間を意識しなければならない商品もあります。新しい商品ばかり出荷して古い商品が残ってしまうことを防げます」


「なるほど!」


 俺は思わず声を上げた。


「倉庫の中で、商品を置く場所や順番を間違えなくてもいいんですね」


「そうです。もちろん、すべての商品に向いているわけではありません。途中の品物を取り出せないため、自由に出し入れしたい倉庫では不便でしょう」


「でも、入荷順に出荷することが決まっている場所なら……」


「十分に役立つ可能性があります」


 エレノアは袋を丁寧に作業台へ戻した。


「欠点を無理に直すのではなく、その性質に合った使い道を考える。とても面白い商品だと思います」


「ありがとうございます!」


 俺は素直に嬉しかった。


 自分では失敗作に近いと思っていたものに、価値を見つけてくれる人がいる。


 それだけで、作った意味があったと思える。


「それなら、販売先を探してみるわ!」


 ミレーナが勢いよく立ち上がった。


「倉庫を持っている商人や、商業ギルドに話を持ち込めばいいんでしょ?」


「そうだな。ただ、実際に使ってもらって、問題がないか確認したい」


「任せて。私、知り合いの商人に声をかけてみる!」


「頼んだぞ」


「うん!」


 ミレーナは笑顔でうなずいた。


 その様子を見て、エレノアが穏やかに微笑む。


「皆さん、役割がはっきりしているのですね」


「そうですか?」


「ええ。アルトさんは商品を作り、ルシェリアさんは使う人の立場から確認する。ミレーナさんは販売先を探す。そこに管理を担当する人間が加われば、工房としてもっと安定すると思います」


「それは、ぜひお願いしたいです」


 俺は改めてエレノアを見た。


「エレノアさん。うちで働いてもらえませんか?」


 彼女は一度、ルシェリアを見た。


 それから、ミレーナを見て、最後に俺へ視線を戻した。


「私でお役に立てるのでしたら、ぜひお願いします」


「本当ですか!」


「はい。ただし、帳簿はきちんと整理させていただきます。今までのような記録方法では、これから先が大変になりますから」


「……はい」


「それから、契約や報酬についても、最初に決めておきましょう」


「わかりました」


「ふふ。よろしくお願いしますね、アルトさん」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 こうして、月灯り工房に四人目の仲間が加わった。


 帳簿と契約、在庫管理を任せられるエレノア。


 これで、俺たちの工房も少しはまともな経営ができるようになるだろう。


 ……たぶん。


     ◇


 数日後。


「アルトさん、こちらが今週の売上と支出の一覧です」


 エレノアが、整理された帳面を机に置いた。


「おお……!」


 売上、材料費、経費、残った金額。


 項目ごとに分けられ、数字がきれいに並んでいる。


「こんなに見やすくなるものなんですね」


「記録を整理しただけですよ。これなら、次に材料を仕入れる際の予算も考えやすくなります」


「ありがとうございます。助かります」


「どういたしまして」


 その横では、ミレーナが満足そうに笑っていた。


「それと、収納袋の販売先も見つかったわよ!」


「本当か?」


「倉庫を管理している商人さんが興味を持ってくれたの。まずは少数を試験的に使ってもらうことになったわ」


「やったな!」


「ええ。エレノアさんが説明してくれた使い方を話したら、すぐに試してみたいって!」


「それはよかったです」


 エレノアも嬉しそうに微笑んだ。


「実際の使用感を確認できれば、ほかの倉庫にも紹介できるかもしれません」


「よし。品質と容量をもう一度確認して、納品の準備をしよう」


「その前に、価格を決めましょうね」


 エレノアが穏やかな声で言った。


「……はい」


「材料費と製作時間を考えて、無理のない価格にしましょう」


「お願いします」


「ふふ。任されました」


 工房の中に、少しずつ仕事らしい活気が生まれていた。


 俺一人では、商品を作るだけで精いっぱいだった。


 だが、今は違う。


 ルシェリアが試験と接客を支え、ミレーナが販売先を探し、エレノアが数字と契約を整えてくれる。


 それぞれが得意なことを担当すれば、工房はもっと成長できる。


「……なんだか、本当に店らしくなってきたな」


「今までは店らしくなかったんですか?」


 ルシェリアが微笑みながら尋ねた。


「いや、そういう意味じゃないぞ」


「ふふ。冗談です」


「アルト、まだまだこれからよ。商品が売れたら、仕事も増えるんだからね」


「わかってる」


「帳簿も増えますよ」


 エレノアが静かに付け加えた。


「……それは、ほどほどでお願いします」


「数字は正直ですから」


「はい……」


 みんなの笑い声が、工房に響いた。

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