第3話 果実の恵みと、商売上手な赤髪の営業担当
「アルトさん、果実の恵みの在庫を確認してもいいですか?」
「ああ。作業台の横にある箱が販売用で、奥の棚が予備だよ」
「ありがとうございます。……ずいぶん減りましたね」
「おかげさまでね。最近は冒険者のお客さんが、何本かまとめて買ってくれるようになった」
「味を気に入ってくださったのでしょうね」
ルシェリアは瓶を一本手に取り、ラベルを確かめた。
「回復効果が弱いことも、きちんと説明できていますし、今のところ苦情もありません」
「それならよかった」
果実の恵みは、俺が作った回復ポーションだ。
ただし、傷を治す効果は通常の回復ポーションよりずっと弱い。その代わり、果実のような香りと甘さがあり、飲み物としてはかなり美味しい。
薬としては欠陥品。
けれど、休憩中に飲むものとして売り出してから、少しずつ評判が広がっていた。
「アルトさんが考えた売り方が、うまくいきましたね」
「いや、ルシェリアさんが使い道を一緒に考えてくれたからだよ。俺一人だったら、まだ回復薬として売ろうとしていたかもしれない」
「ふふ。そう言っていただけると嬉しいです」
ルシェリアが微笑む。
工房を手伝ってもらうようになってから、店の雰囲気はずいぶん変わった。
商品の説明も分かりやすくなったし、客の話を聞いて、必要なものを提案するのも上手い。
ただ、店をもっと成長させるには、まだ人手が足りない。
「そろそろ、外で商品を紹介してくれる人も必要だな」
「営業担当ですね」
「そう。取引先を増やしたいし、店に来られない人にも商品を知ってもらいたい」
「確かに、私が店を離れるわけにもいきませんからね」
「ルシェリアさんには、店頭を任せたいと思ってる。お客さんの相談にも乗ってもらいたいし」
「はい。私も、その仕事が好きです」
そんな話をしていたときだった。
カラン、カラン。
「おはようございまーす!」
明るい声とともに、赤髪の女性が店に入ってきた。
肩のあたりで揺れる赤い髪。大きな瞳には好奇心が浮かび、こちらを見るなり、ぱっと笑顔になる。
「ルシェリア! 久しぶり!」
「ミレーナさん。いらっしゃい」
「元気そうだね。あれ? そちらが店主さん?」
「そうだよ。こちらがアルトさん」
「初めまして! ミレーナ・クレインです。よろしくね!」
「アルト・レインハルトです。月灯り工房を経営しています」
ミレーナは差し出した手を、明るく握り返してくれた。
「へえ、あなたがアルトさんかあ。ルシェリアから話は聞いてるよ」
「どんな話を?」
「面白い魔道具を作る人だって。それと、ちょっと変わった商品が多いって」
「後半は否定しづらいな……」
「ふふっ。褒めているんですよ」
ルシェリアが楽しそうに笑った。
「それで、今日は何か用事?」
「うん。近くまで来たから寄ってみたの。あ、そうだ。前に話していた商品って、これかな?」
ミレーナの目が棚に並んだ瓶に止まった。
「果実の恵みですか?」
「そう、それ! ちょっと見せてもらってもいい?」
「もちろん。試飲もできますよ」
「やった!」
ルシェリアが試飲用のカップを用意する。
ミレーナは瓶を受け取り、蓋を開けた。
「わあ、いい香り!」
「果実の香りがするでしょう?」
「うん。これ、回復ポーションなんだよね?」
「はい。ただ、治癒効果はかなり弱いので、傷を治す目的には向きません」
「なるほど。じゃあ、味を楽しむ商品として売っているんだ」
「そうです。休憩中に飲んでいただくことを想定しています」
「へえ……」
ミレーナはカップに注ぎ、ひと口飲んだ。
そのまま、もうひと口。
そして、目を輝かせた。
「これ、おいしい!」
「気に入ってもらえましたか?」
「うん! 甘さもちょうどいいし、後味もすっきりしてる。これなら食事のあとにも飲みたくなるなあ」
ミレーナは瓶を持ち上げ、ラベルを眺めた。
「ねえ、アルトさん。これ、工房以外でも売ってる?」
「今のところは、店頭だけだよ」
「だったら、うちで扱ってみない?」
「うち?」
「あたしの実家。両親が食堂をやってるんだ」
ミレーナは身を乗り出した。
「食後の飲み物として出したら、きっと喜ばれると思う。甘い飲み物が好きな人もいるし、ちょっと珍しいものを試したいお客さんもいるから」
「飲食店で出すのか。面白い考えだね」
「でしょ? もちろん、回復薬としてじゃなくて、飲み物として紹介するよ。効果が弱いこともメニューに書けばいいし」
「それなら、こちらとしても問題ない。ただ、普通のジュースと誤解されないように、回復ポーションを使っていることは伝えてほしい」
「分かった。そこはちゃんと説明するね」
「それと、最初から大量に用意するのは難しい。まずは少ない本数からになると思う」
「もちろん! 最初は試しに出してみるだけで十分だよ」
ミレーナは嬉しそうに瓶を抱えた。
「じゃあ、両親に相談してくるね。うまくいったら、また来る!」
「待ってるよ」
「任せて! こういう話をまとめるの、得意なんだから!」
ミレーナは手を振ると、軽い足取りで店を出ていった。
カラン、カラン。
「元気な方ですね」
「うん。話しているだけで、店が明るくなる感じがする」
「それに、商品の特徴をすぐに理解していましたね」
「そうだな。売り方を考えるのも早かった」
俺は、空になった試飲用のカップを片づけた。
「営業の仕事に向いているかもしれない」
「私もそう思います。ミレーナさんなら、きっと楽しんで仕事をしてくれそうですね」
「まずは、返事を待ってみよう」
◇
その日の夕方。
工房の扉が勢いよく開いた。
「アルトさん! ルシェリア!」
「おかえりなさい、ミレーナさん」
「ただいま! 話がまとまったよ!」
ミレーナは満面の笑みで、こちらに駆け寄ってきた。
「両親に飲んでもらったら、二人とも気に入ってくれたの。食後の飲み物として出してみたいって!」
「本当ですか?」
「うん。母さんは香りが気に入ったみたい。父さんは味を褒めてたよ。料理のあとに飲んでも、口の中が重くならないって」
「それは嬉しいな」
「それで、まずは一日五本くらいから仕入れたいんだって。売れ行きを見ながら増やしていきたいみたい」
「もちろん大丈夫だよ。納品の曜日や本数は相談しよう」
「ありがとう!」
ミレーナは嬉しそうに手を合わせた。
「それとね、メニューには『果実の恵み』って名前で載せることになったよ。回復効果が弱いことも、ちゃんと書いておくって」
「それなら安心だ」
「うちの両親も、変な売り方をしたくないって言ってた。お客さんに気に入ってもらって、また注文してもらえるのが一番だからね」
その言葉に、俺はうなずいた。
長く商売を続けるなら、信用が大切だ。
商品の欠点を隠して売れば、いずれ客は離れてしまう。
この取引は、最初から無理をせず、丁寧に進めていこう。
「じゃあ、明日、俺も一緒にお店へ行っていいかな。商品の説明をしておきたい」
「もちろん! 両親も会いたがってたよ」
「私もご一緒しますね」
「ルシェリアも来てくれるの?」
「はい。実際に店頭で説明する場合、どんな案内が必要か確認しておきたいので」
「助かるよ。じゃあ、明日三人で行こう」
「うん!」
◇
翌日。
ミレーナの実家が営む食堂『木の実亭』を訪れた。
「いらっしゃい。あなたがアルトさんね?」
出迎えてくれたのは、ミレーナによく似た明るい表情の女性だった。
「初めまして。アルト・レインハルトです」
「ミレーナの母です。いつも娘がお世話になっています」
「こちらこそ、商品を扱っていただけることになってありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくていいのよ。まずは座って。お父さんもすぐ来るから」
店内はこぢんまりとしているが、温かみのある食堂だった。
木のテーブルが並び、厨房からは料理のいい匂いが漂ってくる。
「母さん、例の瓶を持ってきたよ!」
「はいはい。今、グラスを用意するわね」
ミレーナは手際よく瓶を取り出し、母親に渡した。
「これが果実の恵みです。回復ポーションを使っていますが、治癒効果は弱く、飲み物として楽しんでいただく商品です」
「ええ、ミレーナから聞いているわ」
「メニューにも、その点を明記していただければ大丈夫です」
「分かったわ。お客さんが誤解しないように書いておくわね」
厨房から、がっしりした男性が出てきた。
「おう、君がアルト君か」
「はい。よろしくお願いします」
「ミレーナの父だ。こっちは母さんと二人で店をやってる。娘が面白い飲み物を見つけたって騒いでいたぞ」
「ちょっと、騒いでないよ!」
「昨日からずっと話していただろう」
「それは、いい商品だから紹介してたの!」
父親は楽しそうに笑った。
「まあまあ。実際に飲んでみて、うまかったからな。いいものを見つけてきたと思うぞ」
「ありがとうございます」
俺は瓶を一本取り出し、父親に渡した。
「味はそのまま楽しんでいただけます。保管方法については、直射日光を避けて、涼しい場所に置いてください」
「分かった。店の棚に置いておけばいいな」
「はい。開封後は早めに飲み切ってください」
「了解だ」
商品の説明を終え、納品本数と価格を確認する。
最初は一日五本。売れ行きがよければ、週単位でまとめて納品する。
無理のない取引条件だ。
「それじゃあ、明日から試しに出してみるわね」
「よろしくお願いします」
「楽しみだね!」
ミレーナは、まるで自分の店の新商品が決まったかのように喜んでいた。
「ミレーナ、あなたが紹介したんだから、ちゃんと様子を見ておくのよ」
「もちろん!」
「お客さんの感想も聞いておいてね」
「分かってるって!」
両親とのやり取りを見て、俺は少し笑った。
ミレーナは、この店で大切に育てられたのだろう。
商売の話をするときの明るさにも、家族との自然な会話にも、それが表れている。
◇
数日後。
木の実亭から、嬉しい知らせが届いた。
「アルトさん! 売れたよ!」
工房に飛び込んできたミレーナは、開口一番そう言った。
「果実の恵み?」
「そう! 初日は五本だけ出したんだけど、夕方には全部なくなっちゃった!」
「五本全部?」
「うん。それでね、次の日は十本に増やしたの。それもほとんど売れたんだよ!」
「すごいな」
「食事のあとに頼む人が多いみたい。甘いものが好きな人にも好評だし、冒険者のお客さんも気に入ってくれたって」
ミレーナは、両手を使って客の反応を再現する。
「『これ、どこの果実を使ってるんだ?』とか、『また来たときに飲みたい』とか。そういう声が多かったんだって!」
「実際には果実を使っているわけじゃないけどね」
「そこは説明してあるよ。果実のような風味を楽しめる飲み物だって」
「ありがとう。きちんと伝えてくれて助かる」
「えへへ。こういうのは大事だからね」
ミレーナは少し得意げに胸を張った。
「それで、両親から定期的に仕入れたいって話が来てるよ。まずは週に三十本。売れ行きがよければ、もっと増やしたいって」
「週に三十本か。十分ありがたい話だ」
「でしょ? これなら、うちの店だけじゃなくて、ほかの飲食店にも紹介できそうじゃない?」
俺はミレーナを見た。
「ほかの店にも?」
「うん。食堂だけじゃなくて、宿屋や酒場でも、食後の飲み物や休憩用の飲料として扱ってもらえるかもしれない。もちろん、相手のお店に合うかどうかは考えるけどね」
「なるほど。売り先を広げるのか」
「そう! あたし、こういうことを考えるのが好きなんだ」
ミレーナの表情は明るかった。
商品を作るだけでは、売上は伸びない。
必要としている人に知ってもらい、使い方を伝え、継続して買ってもらう。
彼女は、その部分を自分の力でやりたいのだろう。
「ミレーナさん」
「なあに?」
「月灯り工房で、営業を担当してみませんか?」
「……えっ?」
「新しい取引先を探したり、商品の紹介をしたり、販売先と相談したり。今回みたいに、商品に合った売り方を考えてほしいんです」
ミレーナは目を丸くした。
「それって、あたしにぴったりの仕事じゃない?」
「そう思っています」
「でも、魔道具の知識はまだ少ないよ?」
「商品については俺が説明します。ルシェリアさんにも店頭での使われ方を教えてもらえばいい。最初から全部知っている必要はありません」
「そっか……」
ミレーナは少し考えたあと、顔を上げた。
「やりたい!」
「本当ですか?」
「うん! あたし、昔から商売が好きなんだ。両親の店を手伝って、お客さんに商品を紹介して、喜んでもらうのが楽しかった」
「小さい頃から手伝っていたんですか?」
「そうだよ。最初はテーブルを拭いたり、お水を運んだりね。大きくなってからは注文を聞いたり、店の前で呼び込みをしたり。新しい料理を出すときは、お客さんの反応を見るのも好きだった」
「それで、今も営業の仕事をしたいんですね」
「うん。両親の店は大好き。でも、あたしはもっといろんな商品を、いろんな人に紹介してみたいんだ」
ミレーナは少し照れたように笑った。
「今回みたいに、自分が見つけた商品を誰かに喜んでもらえると、すごく嬉しいの」
「それなら、ぜひ力を貸してください」
「こちらこそ! よろしくね、アルトさん!」
ミレーナが手を差し出す。
俺はその手を握った。
「よろしくお願いします」
「よーし! 月灯り工房の営業担当、ミレーナ・クレイン! 頑張っちゃうよ!」
「頼もしいですね」
ルシェリアが微笑んだ。
「ただ、アルトさんが作れる量にも限りがありますから、最初は少しずつ取引先を増やしましょうね」
「分かってるよ。まずは近くのお店から!」
「それなら安心です」
「アルトさん、次の商品も期待してるからね!」
「もちろん。売り先が見つかったら、俺も商品開発に力を入れられる」
「うんうん。いいチームになってきたね!」
ミレーナの笑顔につられて、俺も笑った。
月灯り工房に、また一人仲間が増えた。
◇
その日の夕方。
三人で工房の作業台を囲んでいた。
「さて、次の商品を考えよう」
「もう次ですか?」
ルシェリアが少し驚いたように尋ねる。
「果実の恵みの取引が始まったからね。今度は冒険者向けの商品を作りたい」
「どんなもの?」
ミレーナが椅子を引き寄せた。
「冒険者は荷物が多いだろう。食料に薬草、野営道具に予備の装備。長い依頼になるほど、持ち運ぶものが増える」
「確かに。私も遠征のときは荷物の整理に苦労します」
「だったら、荷物をまとめて収納できる道具があれば便利だと思うんだ」
「魔法の収納袋、ということですか?」
「そう。見た目は普通の袋だけど、中にはたくさんの荷物を入れられる」
「それは売れそう!」
ミレーナの目が輝いた。
「冒険者だけじゃなくて、商人や旅人にも需要があるよ。うまく作れたら、かなり人気になるんじゃない?」
「俺もそう思う。まずは試作品を作ってみよう」
俺は作業台の上を片づけ、頭の中で形を思い描いた。
丈夫な革。
大きく開く袋の口。
内部に広がる収納空間。
能力を発動する。
「《オールクリエイト》」
淡い光が集まり、作業台の上に革袋が現れた。
「できた……!」
ミレーナが身を乗り出す。
「見た目は普通の腰袋ですね」
ルシェリアが手に取った。
「でも、中は広いはずだ」
俺は小さな木箱を袋の中へ入れた。
続けて布を一枚、工具を一本。
袋の外側は、ほとんど膨らんでいない。
「すごい。本当に入ってるんだ」
「よし、取り出してみよう」
俺は工具を取り出そうとした。
ところが、手に触れたのは木箱だった。
「あれ?」
木箱を取り出す。
次に布。
最後に工具。
入れた順番どおりだ。
「……もう一度やってみる」
今度は工具、布、木箱の順番で入れた。
木箱を取り出そうとする。
しかし、最初に出てきたのは工具だった。
続いて布、最後に木箱。
何度試しても結果は同じだった。
「なるほど……」
俺は袋の口を見つめた。
「入れた順番にしか取り出せないみたいだ」
「最後に入れた物を先に出すことはできないんですね?」
「そういうことになる」
ミレーナが袋を受け取り、試しに中をのぞいた。
「たくさん入るのは便利なのにねえ」
「冒険中に必要な道具をすぐ取り出せないのは困りますね。急いでいるときほど、使いにくそうです」
「容量は十分だ。袋そのものも軽い。だけど、取り出す順番を選べない」
俺は腕を組んだ。
便利な部分はある。
だが、冒険者向けの商品として売るには、この欠陥は大きい。
「また、ひと癖ある商品ができちゃったね」
ミレーナが苦笑する。
「でも、まだ失敗と決めるのは早いよ」
「アルトさん?」
「果実の恵みだって、最初は回復ポーションとしては使いにくかった。でも、別の使い道を見つけたら商品になった」
俺は収納袋を手に取った。
「今回も同じだ。欠陥を無理に直そうとするんじゃなくて、この特徴が役に立つ場所を探してみよう」
「そうですね。私たちで考えてみましょう」
「うん! こういうの、あたしも好き!」
三人で収納袋を囲む。
けれど、そのときはまだ、誰も具体的な使い道を思いつかなかった。
俺は袋を作業台の端に置いた。
「少し時間をかけて考えよう。焦って売り出す必要はない」
「はい。まずは安全に使えるか、もう少し確認しましょう」
「それと、誰かに見てもらうのもいいかもね。あたしたちだけじゃ思いつかない使い方があるかもしれないし!」
「それはいい考えだな」
俺は収納袋をもう一度見つめた。
大容量で、軽くて、丈夫。
ただし、入れた順番にしか取り出せない。
この欠陥を必要としてくれる人は、本当にいるのだろうか。
その答えを探すのが、次の仕事になりそうだった。
月灯り工房に新しい仲間が加わり、少しずつ商売の形ができてきた。
そして今度は、俺たちの発想が試される番だった。




