第八話 リューちゃん、余計な記録はやめましょう
学園の庭に来たはいいものの、いろんなものが竜巻によって吹き飛ばされていた。
「盛大にやってくれてる」
庭には大勢の生徒やら教師が、必死に竜巻を止めようとしていた。そこには、ゼノや、グレースが率先して生徒に指示を出していた。その中心に向けて、私は髪を押さえながら足を進める。
「リィルティ様!」
いち早く私に気付いたグレースが、金色の巻き髪を揺らしながら駆け寄ってきた。
「お越しになってくださったのですね!」
「今はどういう状況なの?」
「先生方と一緒に竜巻を止めているところですわ」
グレースの言葉に私は竜巻を見上げる。まだ、魔法初心者の新入生が出した竜巻だからなのか、相当滅茶苦茶なことになっていた。それに、よく見ると中には人がいる。きっと新入生だろう。
だが、魔法初心者であってもこのような滅茶苦茶な竜巻は、あまり出せないんじゃなかろうか。しかも威力が強い。これはなかなかの新入生だ。もしかしたら、珍しいものが大好きなウェトゥンに目をつけられてしまうかもしれない。
「滅茶苦茶ねぇ~」
私の呟きに、グレースが頷きながらもやや怒ったように口を尖らせる。
「ええ、魔力の制御がまるでなっていませんの! 風というより、ただの災害ですわ。暴風の中心には近付けませんし、誰が止めようとしても逆に吹き飛ばされてしまう有様で……」
そこへ、風に押されながらも必死に踏みとどまるゼノが、鋭い声で割り込んだ。
「リィルティ! 学園長はなんと言っていた?」
「『主犯は~?』って、フォーク咥えながらケーキを食べてたわ」
私の言葉に返ってきたのは、風の音と共に漏れた短い溜息だった。
「……やはり、まともに機能していないな、あの学園長は」
「そのために私が代わりに来たんでしょう? 大丈夫、ここからは私に任せて」
私は、ゼノの肩を掴み後ろに下がらせ、竜巻に近付いた。
容赦なく吹き荒れる風が、私の頬を切るように通り過ぎる。普通の人間なら、竜巻の中に入ることなんてできない。だが、私は既に人間を捨てた身。だから、竜巻なんてどうってことない。まあ、ルークが張った防壁があるからだと思うが。
だが、ゼノたちが風に飛ばされそうになっているあたり、あまり意味をなしてなさそうだ。
「リィルティ! 無謀だ!」
「そうですわ! いくらリィルティ様でも、危険すぎます!」
強い風の中で二人の叫ぶ声が聞こえてくる。
「猫嫌いの学園長に頼まれるくらいだもの。そんな猫を救えるのは、私しかいないでしょう?」
自嘲気味にそう返しながら、私はさらに一歩、風の中心へと踏み出した。どんどん近付くにつれて、すすり泣く声が聞こえてきた。
小さな影が、ぐしゃぐしゃになった制服のまま竜巻の中心で膝を抱えていた。年の離れた新入生だろう。暴走する魔力に怯え、恐怖で泣いている姿はもはや敵ではなく、ただの助けを求める子どもだった。
「大丈夫、もう怖くないわ」
私は、静かに新入生の少年の前でかがみ込んだ。彼は、一瞬だけ私を見つめながら固まった後、再び泣き始めた。
「こ、来ないでください……! 僕……!」
声にならない叫びとともに、再び魔力が暴れ出そうとするのが分かった。そのたびに風が鋭さを増し、周囲に積もっていた瓦礫が浮き上がる。
「ふふ、大丈夫よ。だってほら私は強いから」
私は優しく微笑み少年の頭にそっと手を伸ばした。その瞬間、真上から落ちてきた瓦礫をもう片方の手で振り払う。
それによって瓦礫は粉々に砕けて散り、風がそれを巻き上げていく。多分、普通の人間なら手を骨折させているだろう。だが言っただろう? 私は人間を捨てた身なのだ。この程度で骨折などしていたら戦場で生き延びていない。
そんなことを思いながらも、驚いて目を見開いた少年にもう一度微笑んでみせた。
「ね、怖くないでしょ?」
「……っ、う、うぅ……っ」
少年が盛大に泣き始め、私のお腹に顔を埋めた。その光景がとても懐かしく思えたが、今はそんなことを言ってはいられない。
少年の魔力はまだほんのりと暴れかけていた。だが、もう制御不能というほどではない。抱きしめる私の腕の中で、彼の魔力も鼓動も、少しずつ落ち着いていくのが分かる。
私は、彼の背中をそっと撫でながら小さく囁いた。
「泣いてもいい。でも、泣いたらそのぶんだけ前を向けばいい。そうしたらきっと強くなれるから」
私はそうやってあの時代を生きてきた。
少年は驚いた表情をしながら顔を上げた。そして、再び泣き出した。涙と鼻水まみれで、制服についてしまいそうになっていた。
少年の背中を撫でてやると、竜巻も自然と落ち着いていき、やがて消滅した。すると、遠くの方からグレースの声が聞こえてきた。
「リィルティ様っ!!」
駆け寄ってきたのは、制服の裾を握りしめたグレース。彼女の金色の巻き髪が乱れるほど全力で走ってきたのは、きっと初めてだろう。
「ご無事で……! 本当に良かったですわ……!」
そう言って、私の腕に飛びつきそうな勢いだったが、しっかりと少年を抱いているのが分かったのか、寸前で止まり、何故か睨みつけていた。
続いて、ゼノが一歩後ろから現れる。眼鏡越しの視線が、私と少年を一瞥しほんの少しだけ口元が緩んだ。
「まったく、無茶なことをする」
「でも、これで竜巻は消えたでしょ?」
私がそう言うと、ゼノは肩をすくめ軽く溜息をついた。
「……確かに、結果としては最善だった。だが、方法が問題だ」
「そうですわ。リィルティ様、今度からはわたくしたちにも、ちゃんと相談してくださいまし。心臓に悪いんですのよ……」
グレースが両手を胸に当てて、しゅんと肩を落とす。その様子が愛らしくて、私はふっと笑った。
「それはごめんなさい。でも、あの竜巻は私が止めたほうが早かったはずよ?」
私がそう言うと、ゼノは苦々しい顔で眼鏡を押し上げた。
「……悔しいが、その通りだ。AやBランクであっても、中心にすら近付けなかった。教師がいたとしてもだ。あの規模の暴走は異常だ」
「ええ。わたくしも、風に巻き上げられてスカートが……いえ、とにかく、何度も危うかったですわ」
グレースが小声で余計な一言を呑み込むのが見えて、私は思わず吹き出してしまう。
「ぷっ……! あははっ……!」
もう、ダメだ。我慢しようと思ったのに、二人の真面目すぎる顔が頭から離れない。笑うつもりはなかったが、不思議と私の中にいる別の私が耐え切れなかったのか、表へと出てきてしまったらしい。
ゼノは相変わらずきっちり眼鏡を指で押し上げながら、風の規模や魔力量の統計を真剣に分析しようとしてる。グレースはグレースで、巻き上げられたスカートの話を必死に無かったことにしようとして、耳まで真っ赤になっている。
「ほんと、真面目よね、あなたたち……ふふっ、もう可愛すぎてたまらないわ」
私がそう言うと、ゼノが一瞬だけ目を丸くしてそれから咳払いで誤魔化した。
「……可愛いとか、軽々しく使うものではない。俺は真剣にだな……」
「わたくしも、決してふざけたつもりでは……。リィルティ様! 今、鼻で笑いましたでしょう!? ええ、確実に!」
「あははっ! 本当に可愛い!」
私が肩を震わせて笑っていると、後方から聞き慣れたちょっと高めの声が響いた。
「はいはーいどいてどいてー! 被害状況確認、暴走魔力記録、ついでにリィルティの記録も取りたいから!」
バタバタと駆け寄ってきたのは、緑髪を風になびかせたリュカ。いつもながら、腕にはしっかり魔導端末を抱えている。
「キーラン! リィルティを取り押さえて!」
いつの間にか、私の後ろにいたキーランが抱きしめる形で腕の中に閉じ込めた。
「キーちゃん? 何してるの?」
「リュカの手伝い」
そう、この二人はとても仲がいい。授業もほとんど二人で参加していたり、私が課題に追われてほぼ部屋に閉じこもっている間にも、二人が差し入れを持ってきたりしてくれる。それくらいに仲がいいのだ。
キーランに関しては、私かいないだのなんだので、よく魔力を暴走させることもあるが、多分私が構ってあげられないだけで、その他に理由はないのだと思う。
そんなことを思っていると、リュカが目を光らせながら光の速さで、被害状況や魔力の記録を端末に打ち込んでいた。
そして、それが終わったのか私に振り向いて興奮した様子で口を開いた。
「これは、学園の歴史内において史上最大の出来事だっ! リィルティが心の底から笑った回数が六百五十回! そして学園の歴史が六百五十年! これは本当に凄いよ!」
その話は初めて聞いた。そもそも、私の笑った回数を正確に記録しているだなんてとんでもない記録係だ。というか、私はそんなに笑っていたのか? あまりにも嘘みたいな記録で思わず疑ってしまう。
それよりも、この学園って六百年以上も続いていたのか。ルフェイ家はとんでもないな。
「リューちゃん、いつからそんな恐ろしい観察をしていたのかしら?」
私がじとりと睨むと、リュカはまったく悪びれた様子もなく堂々と胸を張った。
「入学初日から! リィルティは『学園最大の異常値』って、先生たちの間でも話題だったしね。観察対象として最適だったんだ!」
「うーん、何だか複雑な気持ちねぇ」
「俺も、その日からリィルティの下僕になると決めた」
キーランがさらりととんでもない発言をしても、リュカは「はいはい」と流すように片手を振った。
「キーランは黙ってて。そういう発言は記録が面倒くさくなるから。それに、あとで誤解されるし」
そう言ってリュカは、魔導端末を抱き抱えると真面目な顔でこちらを見た。
「というわけで、リィルティ。君は一旦生徒会室へ連行~!」
「え?」
目を丸くした私に構うことなく、リュカはくるりと背を向け、片手で指をくるくる回しながら号令をかける。
「キーラン、連行よろしく~!」
「了解。抱っこでいいか?」
「いいよ~」
リュカの言葉にキーランは、にっこりと笑ってふわっと私を抱き上げた。
「キーちゃん? 抱っこはダメだって言ったでしょ?」
そう言っても、キーランはまるで聞こえていないかのように、ご機嫌な顔で私を抱えたまま歩き出す。
「これはもうダメね」
私はそのままキーランに抱えられて、生徒会室へと連行されていった。
それが、風紀と秩序に基づく「正しい処置」かどうかは、さておき。




