第五話 壊したらどうなるの?
「それで、ルーちゃん?」
私の言葉にルークはほんの僅かに椅子を引き、後退りながら両手を前に出す。そんなルークだが、ほんの少し口元が緩んでいるのが分かる。
「リィ、リィルティさん。落ち着いてください」
「落ち着いてるわよ? いつも」
からかうように笑いながら私は机越しにさらに半歩、身を乗り出す。
ついさっきまで、禁術や遺物、時を越えた存在の話をしていたというのに、まるでその空気は霧のようにどこかへ消えていた。
私は指をぴしっと立て、じっとルークを見つめた。
「黙って勝手にいなくなるとは、何事か!」
よく「あの者」がふざけてすることを真似してみた。
生徒会長という立ち位置になると、授業を受けるのも自由になる制度がある。もちろん、副会長であるゼノも例外ではない。
だが、彼は真面目すぎるから自由なルークと違って、ちゃんと授業に出席している。本当に偉い。ルークなんか、暇さえあれば私のところに来て、買い出しやら散歩に誘うくらいだ。
ルークはしばしの沈黙のあと、小さく肩をすくめた。
「リィルティさん、この僕があなたのことを一度たりとも、忘れたことなんてありますか?」
「うーん、ないわね。あなたって、集会のときも、私のために席取りしてくれるし。寒い日はブランケットも持ってきてくれるし。私が寝坊したときは、朝ごはん抜きで泣きそうな顔して待っててくれるし」
私は指を折りながら数え上げてみせた。すると、ルークは少しだけ顔を赤らめて、口元を覆うように咳払いした。
「リィルティさんは本当に、からかうのが上手ですね」
「からかってなんかないわ。本当のことだもの」
「まったく、あなたって人は……」
ルークは溜息をつきながら、頭を片手で押さえた。やがて、ルークは立ち上がり私の目の前まで来た。
「リィルティさん、手を出してくれませんか?」
「手?」
私は言われながら、手を差し出した。
「帰ったらすぐに渡そうと思っていたんです」
そう言って、ルークは私の腕に綺麗なブレスレットをつけた。それは、小さな貝殻がついており、透明に輝いていた。
「これってブレスレット? とても綺麗ね」
「港町で、加工して作って貰ったんです。どうしても渡したくて」
私は手首を上げて、光に透かすようにブレスレットを見つめた。小さな貝殻は、まるで水滴のようにきらめいていて、とても綺麗だった。
「ありがとうルーちゃん。大切にするわ」
「はい。あなただけに作ったものですから、壊されたら泣いてしまいそうです」
「じゃあ、もっともっと大切にしなくちゃね」
私はルークに向かって微笑み、わざとらしく手首のブレスレットを揺らしてみせた。
「でも、ルーちゃん。また追跡魔法とかかけてないわよね?」
「はい、もちろんかけましたよ?」
即答で言われた。私はブレスレットを見下ろし、まじまじと見つめた。確かに小さな貝殻の中に魔力を感じる。
「あなたといい、リューちゃんたちといい、この時代の人たちはどういう思考を持っているの……?」
千年前の私なんて、戦うことと守ることに精一杯だったし、贈り物なんて眼中になかった。
それでも、この時代に来てから多くの物を貰った。見たことのない物だったり、彼らの手作りだったり。
「リィルティさん、今の時代ではこれが普通ですよ。それに、これは僕なりの愛ですから」
そう言って、ルークは微笑んだ。
確かに千年前と千年後では、だいぶ違ってくる。やはり、これほどにまで愛情表現が豊かなのは、時代が大きく変わったってことか。いや、そもそも贈り物に追跡魔法をかけることがこの時代では普通だというのか? 本当にこの時代は凄いな。
私もこの時代に来たのなら、合わせないといけないのだろうが、「愛」ってそもそもなんなのかよく分からない。
分かっているふりをしているだけで、実際は何も分かっていない。はぁ、やはり戦場にいすぎたからだろうか。戦場のど真ん中で、いろんな種族が戦い合うのを見ていたが、敵の頭の首を取った者の喜ぶ声が上がったときは更に分からなくなった。
あのときの記憶を今でも覚えている。敵の頭の首を取った者が喜べば、周囲では歓声が響いていた。
『やったぞ!』
『敵将を討ち取った!』
『勝ちだ! 勝ちだ!』
血だらけの兵士たちが武器を掲げ、まるで祭りでも始まったかのように叫んでいる。私はその様子を、大剣を地面に突き刺したまま眺めていた。
敵の頭が死んだ。だから喜んでいるというのは分かる。だが、感覚としてはよく分からなかった。だって、その頭にも部下がいたはずだ。家族だっていたかもしれない。誰かにとっては大切な存在だったはずなのに、その死を喜ぶという感覚が私には理解できなかった。
もちろん戦争だから仕方がない。私だって数え切れないほど敵を斬った。だが嬉しいと思ったことは一度もない。いや、なんの理由もなく斬ることに嬉しいと感じることこそおかしな話だが、そんなことで斬ったことはない。
あのときもそうだった。歓声の真ん中で、私はただ首を傾げていた。
『女傑様! 勝ちましたぞ!』
頭の首を持ちながら、人間の将軍が興奮した様子で駆け寄ってくる。
『そうか』
『敵将を討ち取ったのです!』
『そうか』
『戦争が終わるのですぞ!』
『良かった』
すると将軍は、何故か微妙な顔になった。失礼な、ちゃんと喜んでいるではないか。戦争が終わるのは良いことだ。私だって嬉しい。
ただ、その嬉しさは敵が死んだからではなく、これ以上死者が増えなくて済むからなのだが。
どこから飛んできたのか分からない一本の矢が私の脇腹に刺さったとしても、無言で矢を引き抜き血が出たとしても、あのときの私は、ずっと不思議でたまらなかった。
だが、私がその中の誰かの仲間の一人だったのならその意味が分かったのかもしれない。まあ、分かる必要すらないと思うが。
結局、千年前も千年後も分からないことばかりだ。愛もそう。恋もそう。人の心もそう。
ただ一つ分かることがあるとすれば――。
敵将の首を取ったときよりも、こうして誰かから貰ったブレスレットを眺めている今の方が、ずっと心が穏やかだということだった。




