第四話 生徒会長の分際で!
「研究も課題もだいぶ進んだことだし、仮眠でも取るか」
私は小さくあくびをして、積み重なった本と資料の山を横目に机に突っ伏した。いつもの図書塔の奥の隅。人気のないこの場所は、私にとって居心地の良い避難所みたいなものになっていた。
次第にまぶたがゆっくりと重くなって、意識がふわりと霞んでいく。
◇◆◇
――どれくらい眠っていたのだろう。
ぼんやりと目を覚ました私は、手を伸ばして背中を伸ばすようにぐーっと伸びをした。軽く肩をすくめると、何か柔らかい布の感触があって、私は少しだけ首を傾げた。
「……ん?」
目を凝らして見ると、私の背中には誰かの制服の上着が掛けられていた。私のものじゃない。しかも、ほんのりとあたたかい。
「誰が……」
不思議に思って顔を上げると――
「目が覚めましたか?」
その声に私は一瞬、時が止まったように動きを止めた。
そっと視線を向けると、向かいの席で本を読んでいた彼が顔を上げた。ウェトゥンと同じ長い銀髪に穏やかに微笑む金の瞳。そこにいたのは、ウェトゥンの弟であり、生徒会長のルークだった。
私は勢いよく立ち上がっては、椅子をきぃっと引きずる。ルークは少しだけ目を細めて微笑みながら、本を閉じた。
「何日ぶりですかね、リィルティさん。顔を見るのは」
「まったく、黙ってどこかに行くだなんて。冷たいエルフ」
少しむくれたように言う私に、ルークは苦笑した。
「冷たかったのは、海風のほうですよ。港町は想像以上に寒くて、正直参りました」
「……港町?」
私は首を傾げた。そんな話は聞いていない。そもそも、ルークが学園を空けるなんて、滅多にないはずだ。あったとしても、ウェトゥンも一緒に行くはず。
「兄上に頼まれて行っていたんです。ある商団の動きを追っていて」
ルークは椅子に背を預け、静かに息を吐いた。
「表向きは交易商団。けれど裏では、魔導具や禁術の取引、千年前の遺物の収集に関与している疑いがあって」
――千年前の遺物。
その言葉が頭の奥を突いた。さっきまで読んでいた書物の断片が、まるで記憶とリンクするように浮かび上がってくる。どうして今になって、遺物を探し求めているのだろう。
「その商団……何か見つけたの?」
私の問いに、ルークはほんの一瞬だけ視線を逸らした。だがすぐに、真っ直ぐに私の目を見つめ返してくる。
「ええ。ただの噂話ではありませんでした。彼らは、確かに意図的に何かを探していた。しかも……それは、ごく限られた者にしか分からないはずの情報だった」
限られた者にしか分からないはずの情報。その詳しい話は、私にしかきっとできないことだ。そんな情報をどうして彼らが知っている?
千年前からやってきた人間なんて、私しかいないはずだ。いや、絶対にいないはず。時を越えることは普通ならありえないのだから。私だって、未だに受けきれていない。
千年という時間はあまりにも長すぎる。私が知っている者たちは全員土に還り、当時の記録も失われ、残されたのは曖昧な伝承と、ぼやけた記憶の断片だけのはずだった。
「まさか、私以外にも……」
ぽつりとこぼれた私の独り言に、ルークの表情が僅かに揺れる。
「兄上と僕の間で話していたのは、何らかの形であの商団ができ、そして何者かがあの商団を懐柔させて動き出しているのでは、ということです」
「……つまり?」
「リィルティさん、あなたの存在は言ってしまえば、『この時代にはいないはずの存在』です。けれどもし、あなたと同じように、何かに導かれて千年を越えた者がいたとしたら?」
ルークの言葉に私は考え込むかのように、指を口に当てた。私の場合、争いが終わった戦場内で時を越えてやってきた。
傷だらけの体で、なおかつ戦いで負傷した者たちが私に向かって手を差し伸べる、その光景は今でもはっきりと覚えている。
やがて私は、気が付けばこの時代にいた。傷だらけだった私を見てウェトゥンたちは驚いただろうが、それくらいに急だった。だが、そんなことはどうでもいい。
「もし、私と同じように時を越えた者がこの時代で何かを企んでいるのなら、私は容赦しない」
たとえ誰であろうと、この平和な時代を戦火の時代に戻そうとするのなら、根絶やしにしてでも潰す。
すると、私の言葉にルークは驚いたように目を見開いていた。
「リィルティさんは、本当に千年前に生きた人間なんですね」
「あら、信じてなかったの? 私はあなたたちに助けられたから、本当のことを言ったのに」
私はわざとらしく、溜息をついてやれやれと首を横に振った。
「いえ、信じていましたよ。兄上も、あなたが嘘をつくような人じゃないって」
「ふふ、当然よ。私は嘘なんてついたことないもの」
ルークはくすりと笑い、少しだけ肩の力を抜いたように息を吐いた。
「それでも、あなたのような人がこの時代で、どうしてこんなにも自然に馴染んでいるのでしょう」
「自然にって……私は結構、頑張ってるのよ? だって、あなたたちの使ってる言葉も、魔導具の扱いも、全部千年前とは違うんだもの」
思わず口をとがらせる私に、ルークは少し驚いたように目を瞬いた。
「……そうでしたね。僕たちは、リィルティさんが『いること』に慣れすぎていたのかもしれません」
「四年もいればそうなるわ」
最初は私の口調は、こんなものではなかったってことを、リュカたちは知らないだろう。勢いで「あの者」の真似をしてみたが、自分でも驚く程に定着してしまった。そもそも、自分にこんな演技の才能があったとは思いもしなかった。遠い昔で、こんな才能を開花していたら、さらに気味悪がられていたかもしれない。
だがこの時代ではそうでもしないと、みんなが困惑してしまう。というのも、今の私の性格はほぼ千年前のとある「友」の性格を真似しているだけだ。あの者は、不思議なほどに千年前の人間とは思えないほど、「現代」じみていた。
だから、その「現代」じみた口調を真似て、今の時代に合わせるようにしたのだ。
今こうして、友の性格を借りて好き勝手にやっているが、私の勢いは間違っていなかったと改めて思った。だって、そうでもしないといつしか「あの人」を忘れてしまいそうで、怖いから。
そして何よりも、この学園の者たちに怯えられる心配はないのだから。




