6 絵皿と影
俺はなぜ、またそこに行ったのだろう。
理由がわからない。あの陶工の最後の笑顔が頭にこびりついて離れなかったせいかもしれない。
だからといって、行ったらどうなるというのか?
あれから1ヶ月。その日は俺の非番の日だった。
最近は俺にも休日がある。アノスタコビッチが邸宅から出る必要のない日などに、カルーニエットは代わりのカルーネンを派遣して俺に休みをよこした。
つまり、そういう待遇を与えても顧客から文句が出ないほどに、俺の市場価値は上がっているということだ。
俺の値段は、俺自身が買い戻すことはもはや不可能というしかないほどに高騰していた。
奴隷‥‥‥
自由がないとは‥‥、自らの意思を押し通すことができないということなのだろう。
俺は今、高い酒も飲める。女もよりどりみどりだ。俺に狙われたら、そいつにはもう明日がない。俺は何もかもを力で奪い取ることができるようになった。
それでも俺には自由がない‥‥。
あの陶工は、ずっと金もなかっただろうし、最後はアノスタコビッチに利用されたあげく俺に殺された。
それでも‥‥あいつは、俺なんかよりずっと自由だったんだろう。
またあの笑顔が浮かんだ。
そんな益にもならないことを思いめぐらせながら道を歩いている時だった。あの陶工のことを聞き回っているガキを目撃したのは。
浮浪児の少年のようだった。
なぜそんなやつが陶工を探す?
俺は気配を消して後を尾行た。
はたして、その少年は陶工の作業小屋の中に入った。
俺は、中が見通せる位置の物陰に隠れてそいつの行動を観察する。
少年は皿のカケラを拾うと、それを大事そうに布に包んで汚い袋の中に入れた。
間違いない。
あの件を探っていやがる。
おそらく諜報系のカルーネンだろう。そんなニオイがする。ちょうど俺がカルーネンを始めた頃の年恰好だ。
雇ったのは、誰だ?
アノスタコビッチの敵であることは間違いあるまい。どのようにしてか、ヴァイオレット嬢に対する策略を嗅ぎつけたのだ。
そして、「探れ」と命令されてあいつはここまでやって来た。
すでに少年は感づいたとみていい。優秀なやつだ。
殺すしかない。‥‥と思ってから、俺は自分の足元が揺らぐ感覚を覚えた。
‥‥‥‥‥‥
俺は何を考えている?
何のために殺らねばならない?
俺は貸し出し先から殺しの依頼も命令も受けていないのだ。あのクソ親父がどうなろうと、カルーネンである俺には関係がない。
俺は少年をどうするつもりなのか、はっきりとわからないまま後を尾行た。少なくとも命令したやつが誰かくらいは突き止めなければなるまい。そうでないと、俺のカルーネンとしての信用が下がる。
‥‥‥‥‥‥
それに何の問題がある? 価格が下がれば、俺自身が買い戻ししやすくなるだけではないか——。
‥‥‥買い戻して、自由を得たら‥‥‥
俺は何がしたいんだ? 押し通すべき意思は、どこにあるんだ?
欲しいものがない。‥‥‥押し通すべき意思が見当たらない。
そんなものは、もう10年も前にどこかに無くしてしまった‥‥。あの少年の年頃に持っていたはずの夢や希望は、ポケットの中でボロボロになった紙屑のようになってしまった。
もう‥‥‥終わりにしよう。
アノスタコビッチを殺し、カルーニエットを殺して。何もかもぶち壊して‥‥世界を終わりにしよう。
殺気が、漏れたらしい。
少年は暗い路地へと道の角を曲がった。尾行に気がついたようだ。俺もその路地の入り口に立つ。
月明かりの降り注ぐ広い通りと違って、路地の中は真っ暗だった。
夜目が効くのか? と思ったが、どうもそうではないらしい。懸命に気配を殺しているのがわかる。
見えるぞ、俺には。おまえの気が——。怯えて、潜んでいるその気が。
俺は路地に入った。




