5 陶工
「このような美しい皿には、どんな料理を盛れば良いのかな?」
アノスタコビッチが陶工に聞いてやる。
料理の盛り付けなど陶工が知るわけもなかろうが、こんなふうに貴族から言われれば作り手としては嬉しいであろう。
アノスタコビッチはこういう人の心を盗るような発話が上手かった。
「旦那様。これは料理を盛る皿ではございません。飾り皿でございます。目で見て楽しむものでございます。」
陶工はバカがつくほど正直な目でそう答える。
「ふむ。しかし、料理を盛らねば皿ではあるまい。これを活かすような盛り付けができる料理人を‥‥」
「それはいけません、旦那様。このような色を出すために私は特別な焼き方をしておるのでございます。その焼き方では顔料が完全には皿に定着しませぬゆえ、顔料に含まれる毒が油や熱い料理に溶け出してしまいます。旦那様のお体に障りますので、そのような使い方はなさらないでくださいませ。」
アノスタコビッチはその陶工の答えに満足したような笑みを浮かべた。
「さようか。ならば日々目で味わうことにしよう。ここにある皿を全て譲ってくれぬか。これで足りるかな?」
アノスタコビッチは金銀の入った袋を陶工の前にずしりと置いた。
陶工は目を丸くしている。
「こ、こ‥‥これは‥‥! ありがとうござります!」
「しかし、これは皿ばかりだな‥‥。どうかな? ティーポットやティーカップなど、ひと通りのセットも作ってはくださらぬか、先生。」
「セット‥‥でございますか?」
先生と呼ばれたことに陶工は頬を少し染めながら、しかしもう一度念を押した。
「お茶などは嗜まれたりしませんよね? この絵付けは‥‥」
「貴族の館というのは美術館でもありましてな。わがコレクションにこれほどの美が加わるというのは、望外の喜びでありますよ。」
アノスタコビッチは作ってほしい食器の一覧をさらさらと紙に書いて、それを陶工に渡した。
それから頬を染めている陶工の目をのぞき込んで言った。
「皆をびっくりさせてやりたいのでな。お披露目までは黙っていてくだされよ?」
何をやる気だ、アノスタコビッチ?
1ヶ月後、俺は1人だけであの陶工の作品を受け取りに行くようアノスタコビッチに言われた。
「他に見られるなよ。あれをヴァイオレット嬢に贈る。」
そういうことか‥‥。
この1ヶ月、ああいう焼き物を作る方法を知っている者が他にいるかどうか調べるように言われていたから、何かを企んでいるとは思っていたが‥‥。
だとすると‥‥あの陶工は‥‥‥
「作品を受け取ったら、あの陶工には事故にあってもらおう。」
俺は荷を運ばせるロバ1頭だけを引いて陶工の工房へと向かった。陽はすでに西の山端にさしかかっている。
「お待ちしておりました。全て割れぬように包んであります。」
陶工は俺に包んだ陶器を渡しながら、嬉しそうに話す。
「この道を歩いてきてよかった。料理を盛れないようなものは皿ではない——などと言われながらも、美しいものを作りたくてずっと研究を続けてきました。それが、このように高貴のお方に認められるとは‥‥。私こそ望外の喜びでございます。これまでの人生が報われたようでございます。」
陶工は本当にいい笑顔をしている。
その人生がここで終わることも知らずに——。
馬鹿‥‥だろうか?
これを、愚か‥‥と呼ぶべきだろうか?
少なくともこの陶工の人生は、美しいモノを残した。
俺は用意してきた嗅がせ薬を布に染み込ませ、にこにこと笑っている陶工の鼻を押さえた。
「え‥‥?」
という声を最後に、陶工の体から力が抜けた。
俺はぐったりした陶工の体を毛布に包んでロバの背中に乗せ、近くの川まで運ぶ。
すっかり暗くなった川のほとりで毛布を解き、陶工の手に酒瓶を握らせる。
うつ伏せにして川の中に押し出すと顔の下からしばらくの間ぷくぷくと泡が出ていたがやがてそれも止まって、陶工の体はゆっくりと流されていった。
俺は工房に戻り、暗くなった小屋の中に空の酒瓶を2本転がす。
作品の入った箱を縄でロバの背に掛け、前金の残りを回収していると、1枚だけ包んでない皿があった。
月明かりで見るだけでも十分に美しいそれを、あの男はどうして渡す荷の方に包まなかったのだろう?
失敗作だと思ったのだろうか?
俺には、その差などわからない。
陶工の翳りのない笑顔が瞼に浮かんだ。
俺は、なんだか無性に腹が立ってきて、その皿を地面に叩きつけた。




