2 カルーネン
俺のカルーネンとしての初仕事は13歳のときだった。
とある貴族の世継ぎの護衛として派遣されたのである。
だが現場に行って知らされたのは、託された仕事は護衛ではなく暗殺だということだった。
その貴族の家では、2つの勢力が争っていた。
世継ぎを産んだ正妻の一族一派と、それより少し前に生まれた妾腹の兄君を世継ぎに推す一派だ。
兄君を推す一派は、事あるごとに正妻の息子を廃嫡して兄君を世継ぎとするべきだと当主に迫っていた。
現世継ぎである弟君は評判の愚者であるから、このままではお家は衰退してしまう——というのである。
だが俺の見るところ、弟君は愚かなのではなく、今の貴族社会の常識から少し外れているだけだった。
むしろ感覚が合理的である分、いざ戦争になれば指揮する軍は強さを発揮するだろうと思えた。
常に現実的に動かねばならぬカルーネンの基準からいえば、優れているのは弟君の方で、兄君の方は見た目賢そうに振る舞っているだけの小物に見えた。
ただ、今の世は平和で戦争らしい戦争はない。少なくともその貴族の領地の周辺では小競り合いもなかった。
当主がいちばん恐れなければならなかったのは、この内部対立が武器をとっての内戦に発展することである。
悪いことに兄君を推す勢力の方が大きく、それゆえに彼らは自分たちの正義に自信を持っていた。
困りきった当主が俺に託した仕事が、元凶たる兄君を消すことだったのだ。
「息子が悪いわけではない。悪い男でもない。‥‥ただ、あれが生きている限りあれを推す者たちが収まらぬ。家が治まらぬ。」
当主はそう言って嘆いた。
治めるのがおまえの仕事だろうが。
その道理を胸の内の袋に仕舞い込んで、俺はどんな表情も見せずにただ一言を発する。
「御意。」
それがカルーネンだ。
実際に間近で見てみると、兄君は好青年ではあった。
善良で、小心者で‥‥周りの期待に応えようと懸命に賢そうに振る舞っていた。
こんな家に生まれず、町の庶民の子として生まれていれば、誠実な工人か何かになって事もなく一生を送ったのだろう。
俺は馬の鐙に仕掛けを施して兄君を落馬させた。
落馬直後、彼は乗っていた馬に踏まれて命を落とした。そういう体勢で落ちるように俺が仕掛けたのだ。
俺の胸のどこかがずきりと痛む。
俺はその痛みを胸の内の袋に仕舞い込んだ。そうした感情を表に出していては、カルーネンは務まらない。
これでいいんですよね? 師匠——。
奴隷といえど、カルーネンになれば働きに応じてわずかだが給金が出る。それは仕事への意欲を駆り立てるためのものだ。
この初仕事にも金が出た。
その金は13歳の俺には希望そのものに見えた。
暗殺の仕事は護衛よりも歩合がいい。
この金を貯めていけば、やがて俺は自分自身をカルーニエットから買い戻すことができるだろう。
それからずっと、俺はカルーネンとして真面目に務め上げるようにした。
多くはカルーニエットの護衛としての戦闘だったが、俺の力を見込んだ暗殺の仕事も多く入った。いや、意図的に入れてもらえるように仕組んですらいた。
暗殺の仕事の中には、俺から見てもそれが正義だと思えるものもあれば、どう見ても酷いとしか思えないものもあった。
しかしどちらの仕事も、俺の感情は表には表さない。
殺気を消すのと同じように、俺はそれらを胸の袋にしまい込んで誰にも気取られないようにした。
そうでなければ、カルーネンとして信頼されない。
俺はそうやって金を貯めて、いつか自分を買い戻して自由の身になる日を夢見ていた。
その希望のみで袋の口をしばり留めて、俺は戦い続けていた。彼らは‥‥そのための犠牲だ。
どんな生き物も、何かを喰らって生きているだろう? そこには正義も不正義もない。
俺はカルーネンとして標的を喰らって生き抜き、カルーネンではない俺として自由の翼を手に入れる。




