第79話 『んのぅっ?!』
桔梗の取った皿を見てサチエ言った。
「それは、『ベースドエッグ』です。それが、桔梗さんの『好み』なんですね。あくまで見た目だけですけど」
「『好み』?いや、適当に取っただけだから別に好みとか」
「じゃぁ、こちらをお召し上がりください」
そう言ってサチエが桔梗に差し出したのは『オーバーハード』。両面焼きだ。つまり、ベースドエッグと違って、キミの膜はピンク色でもなければ潰れて黄色をしている。半熟ではないのだ。
サチエが桔梗の持っている皿を引っ張るが桔梗の手は離れない。
「・・・」
「なぜ、受け取らないのですか?適当に取ったんですよね?なんでもいいんですよね?」
桔梗の動きが止まった事に、間髪入れずにサチエがたたみかける。
「どれも同じ卵です。どれも同じフライパンで焼いてます。みんな同じです。でも、桔梗さんは無意識にベースドエッグを手に取りました。そして、私が今差し出しているオーバーハードを拒んでいます。
つまり、見た目で、直感でベースドエッグを美味しそうと思ったのです」
「いや、料理長が焼いてくれるのがいつも大体こんな感じで・・・」
「まぁ、育ってきた味っていうのもありますよね。しかし、世の中には半熟や生の黄身が嫌いという方もいらっしゃいます。そういう方はオーバーミディアムやオーバーハードを頼みます。つまり、慣れもあるでしょうが、ベースドエッグが桔梗さんの好みなんです。もし半熟が無意識に好きでないのなら先ほど言ったオーバーハードを選ぶでしょう。ですからちゃんとあるんですよ、自我」
「目玉焼きで自我ってわかるのかなぁ」
「じゃぁこちら食べます?オーバーハード」
渡された皿を受け取らない桔梗。
なぜ受け取らないのか。受け取れないのか。考え始めた。
そして、一つのあることに自身で気づいた。
「そうか、なんかこんなどうしようも無いことでも、ちゃんと考えると、『嫌』とかいう感情があるんだね」
「どうしようも無いとは卵に失礼なっ!」
「ごめん、ごめん、そう言う意味じゃないよ。割と簡単にわかるって意味。そっか、俺ってそうだったんだ」
「むしろ今までどうやって自分を押さえてきたのですか?」
「無視してたんじゃない?」
「それで健康的で聡明なのですから恐ろしいものですね。普通は頭おかしくなりますよ」
「そうなの?」
そう言いながら、桔梗は少し嬉しそうに近くにあった醤油を掛けて目玉焼きを早速食べ始めた。
「たまに黄身が硬いの出されたけど、そういえばパサパサしてたんだよね。それ、ちょっと『嫌』だったんだと思う」
「そうでしたか」
「俺は、ベースドエッグが『好き』なんだね」
「多分、そうだと思います」
「そっか。わかると思った以上に簡単だったんだけど、ここに至るまでが長かったなぁ」
「・・・大変だったでしょう。多分、今、必要なかったのに無理やり掛けさせられた、きっっったない度の合わないメガネを外したような感覚では無いでしょうか」
「気持ちがクリアになったって感じだから、そうかな。俺、メガネかけたことないからわからないけど」
「気持ちを無視すれば、無駄に怒ったりしません。だから問題になったら騒動になったりしません。疲れもしないでしょうね。
ですが、それは"自分の気持ちを無視しても良い"という理由にはなりません」
「皆が皆、自分の意見を主張したらそれは大変だよね」
「だからこそ、人は勝手なのです。そして、他人と比べない、他人を変と思わない、人に強要しない。
そして、言わなくても良いので、自分の意見は自分で認識しておく事です。
大人はそれをしなくなるそうです。
他人の意見を、自分の意見にしようとする様です。
だから大人は老けていくんです。自由な人って若々しく見えません?
"大人"なんて言葉は、誰かが人を操作したいがために作り出した言葉です。
大人って、聞き分け良くて、頼り甲斐があって、誰かの安心に繋がる存在ですよね。
でも、そんな責任なんて負いたくないです。少なくとも私はですが」
「視点が新新しすぎるよ」
「嫌悪しました?」
「ううん、まったく。面白くていいと思う」
少しため息のように吐き出した桔梗。リラックスしたとも取れる。
「・・・まぁ、他の方はなんか勝手に思い込んで色々ドツボにハマってました。拘りがないのは良いことの方が多いと私は思いますよ。私はですけどね。ほら、『絶対コレじゃなくちゃダメ!!此れじゃなくちゃ嫌だ!!』っていうことがないじゃないですか。自分にも他人にも良いですからね」
「絶対、”コレじゃなくちゃダメだ”って譲れないモノに出会ってみたいもんだな。スポーツとか成績順位とか、二位でも一位でも特に関心ないし。順位より、自分が楽しめたかが大事だろう?だから、そう言うものに出会ってみたいね」
「いつか、『絶対にこの人と結婚したい』ってのめり込んだ女性に振られている所を是非見てみたいモノですね」
「・・・あ、俺もそれ見てみたいかも」
「揶揄い甲斐のない男ですね」
「あ!サチエいた!おはよう!腹減っちゃったよ!飯運べばいいの?!」
調理場に紅葉がやってきた。
サチエを見つけてはすぐにお腹がすいたと申告してきた。
「紅葉さんおはよう御座います。はい、ここにある目玉焼きをどうぞ運んで下さい。今スープもよそりますから。それで朝食を頂きましょう」
「了解ー!」
「落とさないように!!」
「急に怖いんだけどっ?!」
紅葉が目玉焼きを運びに行っている最中、次は双葉がやってきた。
「おーっす、サチエおはよう。スープ運べんだらもう食べれるんだって?」
「おはよう御座います、双葉さん。はい、それでもう食べれますから」
「オッケー、任せて・・・ところでさ、サチエ。昨日、製図台の端にワイシャツ引っ掛けちゃって破れちゃったんだよね・・・縫って!!」
「また制服破いたんですか?!今日は忙しいと言うのに?!」
「ごめんってー!頼むよー!スープは運ぶから!」
そう言って、四角い大きなトレイでスープを持って行った。
「さて、火の元の確認もいたしました。おかわり用のパンを持ってさぁ食堂に行きましょう」
サチエの声かけに、桔梗も椅子から立ち上がった。
「サチエ!俺の校章———」
「楓さん、おはよう御座います。ブレザーの胸ポケットの中に入ってたので、ローテーブルの上に置いておきました」
「そうか、助かった」
廊下に出たところで、桔梗がサチエが持っていたパンを代わりに運びだした。
「どうされたんですか?皆さんに料理を運んでもらって私全く仕事してませんけど?」
「いや、そろそろサチエしか出来ない仕事が降ってきそうでね・・・」
なんのことだろうとサチエが思いながら廊下をそのまま歩く。途中、階段への入り口を通る。
何やらバタバタと騒がしい音がしてきた。
「サチエっ!!おはよう!!」
「んのぅっ?!」
八重がサチエに突っ込んできた。
「ほらね、サチエにしか出来ないでしょ?」
「桔梗さん、そう言う時は私が突っ込まれないように先に一言あるべきなのでは?」
「あはは、確かにそうかも」
「なんの話してるのよー!おはよう、サチエ!」
「八重さん、おはよう御座います」
「ねぇ!今日サチエ一日うちにいるんでしょ?!後で私の部屋でお話ししましょうよ?!」
「八重さん、私は仕事でここにきておりましてですね?」
そんな女子二人を置いて、桔梗は先へと行く。
「これだけ忙しかったら、たくさん食べるサチエでも痩せちゃうかも知れないね」
「あ、桔梗もそう思う?俺もさ、サチコちゃん働き始めた時より少し痩せたなって思ったんだよね?いや、本当にちょっとだけ思うけど!」
桔梗の独り言に、同じように朝食を食べにきた椿が言った。
「・・・俺は、”痩せちゃうかも”って言ったんだよ。”ちょっと痩せたかな?”なんて思ってないよ。何、椿はそう思ったの?わかるの?」
「ややや!合宿から帰ってきた時にも思ったんだって!ほら!お前たちはずっと一緒だったから分からなかったんだろうけど、俺はしばらくみてなかったからさ!?つか、履歴書の写真と比べるとだいぶ痩せたんだよ?!」
椿がベストの内ポケットからサチエの履歴書を出した。
確かに、写真の方が顔の肉付きがとても良い。
「わざわざ履歴書引っ張り出してきて確認するなんて気持ち悪いなー」
「お前っ?!コラっ?!でも何も言い返せない!!」
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そして、時は進み年は明け・・・———
クリスマスもお正月もバレンタインも、イベントはバイトで神部家の屋敷にいたサチエ。
強請られ、クリスマスパーティーや、お雑煮、そしてチョコレートを使ったお菓子を沢山振る舞う羽目になった。
どれも全部、計画や下準備にも時間がかかるものばかりで、さすがのサチエも辟易としていた。
「今日のパーティーが終わったら私は新年度までお休みを頂きますからね」
年度末の三月。
神部家の他の屋敷で、この春卒業をした者たちの祝いのパーティーが開催される。
そして、そこに、神部の生まれではない者が一人・・・メイド服を着た者がいた。




