第76話 『・・・頂くわ』
「留学前もちょっとこうやって体調が安定しない時があってね。でも、留学中はあまり問題無かったのよ?」
「海外から帰られて、安心して緊張が溶けて体調が・・・と言うこともあります。
さて、ピザまんの他に、ご存知のあんまんも肉の入った中華まんもありますよ」
テーブルに、持ってきた袋から中身を取り出して食べる準備をするサチエ。
「全部食べたいわ!」
「仰せのままに」
さらには小さいまな板とパン切り用のナイフも取り出した。
「準備がいいのね・・・」
「それが、メイドです」
「すごいわ!椿なんて足元にも及ばないわ!」
まな板の上で半分に切られる肉まんたち。
そして、八重の分は皿に乗せて、キッチンペーパーも一緒に渡した。
「頂きます」
「ピザまんはわかりませんが、あんまんと肉まんはそこまで消化に悪くないと思います」
「大丈夫、胃は元気なのよ」
そう言って、キッチンペーパーで掴んだ半分の肉まんを食べた。
「うん、これはこれで美味しいわね!」
「何よりです
で、八重さんは何が気掛かりなんですか?」
「・・・随分直球でくるのね」
楽しげな雰囲気が一転して少しだけ刺々しくなった。
緊張感が漂うが、お互いを敵視しているわけではない。
本当に、ただの緊張だ。
「私に話せればの話ですが。言うだけで気持ちが軽くなる事って意外とあるんです」
「それが、なんだか自分にもわからないのよ。それでいて体調があまり良くないから困ってるの。お医者さんにも診てもらったけどなんら問題はないわ。むしろ健康優良児そのものの数値だって話よ」
「それは困りましたね」
「そう、困ってるのよ」
「でも、お心当たりは?」
「ないわけじゃないわ。でも、外的要因じゃなくてメンタルからくるだなんて思いたくない自分がいるのよ。それに、自分では消化し切れていると思ってたし・・・」
「そうですか、では、問題は姿を変えてもう八重さんの中に刷り込まれているという事ですね。だから気付けないんでしょう」
「刷り込み・・・?え、ちょっと待って。貴女、何を言っているの?」
「良いです、大丈夫です。このまま少し私とお話し致しましょう。答えたくなければ答えなくて結構です。答えても良いと思ったものだけ答えてください」
「貴女・・・どういう・・・」
「多分ですが、大丈夫ですのでおまかせください」
そう言って、散々八重に『早く直しない』と言われた、レンズに傷がついたままのメガネのブリッジを指で上げた。
・・・———
「ほら、私たちはほとんどが幼稚園から大学までエスカレーターですから。変なイチャモンつけるご令嬢とも、どちらかが転校しない限りはずっと同じ学校へ通うのよ」
「確かに私ほどではありませんが、八重さんも結構な言われようだったのですね。やっぱり女と言う生き物は・・・」
「私は特別かも。ほら、他の女子が注目している憧れの的である、楓・桔梗・櫻と一緒に暮らしている訳だから。妬みよね」
「ですが、それなら八重さんの取り巻きになれば、楓さん達の視界にも入れますし、良い人アピールもできるのでは?お近づきになりたいのなら、八重さんに当たるよりかは近寄るために利用した方が懸命だと思いますけどね。戦略の話です。実際に八重さんを無碍にしたら私が直接出向いて手を下すかもしれません」
八重の幼い頃からの話を聞いた。
やはり、周りの同級生から少し嫌がらせを受けていた。
しかし、嫌がらせと言うほどなのかどうなのか、微妙なところである。明らかに棘のある言い方をされるが、まぁ別に個人の感覚によるし・・・などと言う範囲の棘だ。
チクチクとしたその痛みは、続いているのに感知できなくなってしまう。そう、麻痺だ。
サチエはここで話題の方向性を変えた。
「で、この部屋の装飾は全て八重さんの好みですか?」
「え?好みっていうか・・・もう高校生になるしと思って、少し大人っぽいものにした方がいいかと少し入れ替えたのよ」
「お好きなんですか?」
「好きかどうかっていうか・・・雰囲気があるじゃない?この年から先のことを考えて大人っぽいものにしておいた方がいいかと思ったのよ」
次に別の装飾へとどんどん話を移す。
「あのライトは?」
「あれはお母様の趣味よ」
「ベッドの色は?」
「学校で話が出た時に、みんなこの色だっていうから、そういうものかと思ってピンクから変えたのよ」
「・・・髪留めの趣味は?」
「派手すぎない物よ。あまり目立たないもので揃えてあるわ」
「・・・机の上の、学校へ持っていくようなあのペンケースやその他諸々は・・・?」
「効率重視、目立たないもの、高価な物は避けてるわ」
「・・・下着の上下の統一は・・・」
「全部一緒に決まってるでしょ?違うのなんてつけられないわ!」
段々とわかってきたサチエ。
「八重さんの解答には、一言抜けてます」
「・・・どういうこと?ちゃんとした答えでしょ?」
「いいえ、抜けてます」
「何がよ?」
「全部最初に、『人がとやかくうるさいから』が抜けてます。
つまり、今私が質問した答えに、”八重さんの本心”は一つもないんです」
意外な言葉を言われて八重は一瞬止まった。
「そんなことないわ!」
「あります。全部、どこにも”八重さんの本心”がありません」
「あるわ!!」
「あるにはあります。でも、八重さん自身もわからなくなってしまってるんです」
「何ってるの?!よくわからないわ!」
「ほら、わからないのでしょう?」
自分の頭の良さを顧みて、なぜ自分がサチエの言っていることが理解できていないのかと考え出した八重。
「完膚なきまでに叩きのめしたと言っていた相手に八重さんが”屈してる”なんて思っていません。ですが、毒されてます。なぜそんな八重さんの事を悪くいうやつを庇うのですか?」
「・・・行動で示す他ないのは、何か口を開いて自分の意見を云えば、相手が卑屈にわざと捉えて被害者面するからよ。『私の勝手でしょ?』って言っても、『はいはい、どうせ私たちの事はブスだと思ってるんでしょ?言わなくても態度でわかります。そんな事思うなんて失礼極まりない』って」
「ほう・・・」
「いつもそうよ。『こう思ってるんでしょ?』『こうだと思ってるんでしょ?』勝手にそうやって人の事を決めつけたり思うなんて失礼すぎる。見た目が少し良くて成績がいいからって、何を思っても許されるなんて大間違いだって。そう言われるの」
「ふむ」
「だから、”思わないように”したの。よく言わない?『人の事を悪く思わない方が良い』って。その方が心が綺麗な人だとかなんとか良く本に書いてない?」
「書いてありますが、私との解釈は違いますね」
「え?!うそっ?!」
「まぁ、私の解釈が八重さんに合うかどうかは別の話です。
ですが、ここまで聞いてよくわかりました」
そう言い、ここで一息ついた。
持ってきたペットボトルのミルクティーを飲む。
「あー!またそんな甘そうなの飲んで!知ってるわよ!市販の紅茶ってとってもお砂糖が入ってるんでしょ?!」
「ですが、とっても美味しいですよ。もう一本ありますがお召し上がりになりますか?」
「・・・頂くわ」
サチエが八重の目の前でペットボトルのキャップを開けた。
小気味よい音がしたボトルを受け取った八重。
「さて、どうして八重さんの心までブスに制限されなければならないのですか?」
唐突の質問に、もらった紅茶を飲むのを忘れて八重は答える。
「だって、腹立つじゃない・・・私、何もしてないのにとやかく言われて」
「そんな性格ブスに付き合ってたら、八重さんだって同レベルだって思われますよ?それで良いなら良いですけど」
「いやよ!!」
「じゃあ、もう周りのブスがなんと言おうと八重さんは気にしないで我が道を進んでください。人の心の中をですね、『○○とか思っているんでしょ?失礼ね、心の汚い人ね』なんて言うブスが言ったり思う『綺麗』の称号をもらったってなんも嬉しくないです。
だって、ブスが認める綺麗って本当に綺麗ですか?」
「・・・でも、いつも綺麗な言葉を使って、どんな時でも良い言葉を使う人って美しいと思うわ。そう言う子、実際にいたし。その子はきっと自分が何を言われても、心の中では相手に対して暴言を思う事なんてないのよ」
「それはその人の生活環境や性格、触れてきたモノで構成されてるわけです。でも、八重さんは八重さんです」
「幼稚園からずっと一緒の子よ!!」
「それでも!!神部の男性方をみてればお分かりになりますでしょう!みなさん生まれた時から一緒だと言ってても全然性格も顔も違います!思考パターンが似ているのは、同じ経営の講義を受けているからでしょう。壱葉さんと双葉さんが良い例です!!双子で同じ場所に暮らしていたって、あれだけ見た目も話し方も思いやりの形も全部全部違うじゃないですか!」
言われて八重はハッとした。
そうだ。血の繋がった双子でさえも他人かのように思う時がある。それくらいに違うものだ。
いくら幼少期から一緒でも、生活環境が一緒でも、人は全員『他人』だ。
「別に、八重さんはその人になりたいわけじゃないんだとは私も思います。
ただ、その方のように・・・八重さんが”良いな”と思う、俗にいう品の良い方が近くにいて。
周りのブスが示すのがその品の良い方に当てはまるって思ったら・・・こうすれば良いのかーくらいに思いますよね。やろうと思って、出来ないなんて事は無いんでしょうから」
「そうよ、私は大抵の事はできるわ・・・」
「出来ることと、やりたくない事を一緒にはしないで下さい。《できれば良いけど、やらなくても問題ない事》ばかりですよ。世の中は」
そう言って、喋って乾いた喉を潤すために甘い紅茶をまた一口飲んだ。




