第75話 『いいえ、ピザまんです』
「あ。なんでサチエがわざと太ってんのか聞くの忘れた」
執事室で双葉がふと口にした。
「失礼な奴だな、そんなことわざわざ聞くな。読み取れば良いだろう」
部屋のデスクでファイリングされている書類を見ている楓。
「楓も十分失礼だね!」
金木犀の香りが薄れてきた頃。
執事室でサチエの会話がまたも繰り広げられていた。
「・・・美人なんじゃないか?痩せたサチエが」
桔梗が相変わらず本を読みながら言った。
「まさか」
「桔梗。お前、サチエにいくらもらったんだ」
「君たち酷いね」
「可愛くないとかじゃなくてさ!サチエはその辺どこにでもいる中央値の外見だよ!」
「でも、俺たちは今のサチエしか見たことないじゃないか。痩せたらかなり変わるんじゃないか?そう言う人いるんだろう?・・・楓何その顔」
「お前のプラス思考に驚いてる」
男だからだろうか、思ったことを口に出して少し話してはみるものの、必要以上に深追いはしない。
「じゃ、桔梗。俺この本借りていくから」
双葉が桔梗が座るソファーの前のテーブルにあった数冊の本のうちから一冊を手に取った。
「どうぞ」
相変わらず本から視線を移さずに了承の返事をした。そのまま双葉は執事室を出て行った。
部屋に残った二人。
会話がなくなる。
と思われた。
「太ってる時にされるイジメより酷いイジメってなんだろうね」
「絶対にサチエに聞くなよ」
「聞かないさ。でも、サチエから話してくれるなら聞いても良いよね?」
「お前、本当に食えない男だよな」
「男に食われてもね」
軽口が始まった。
「他の女に現を抜かすな。自分の彼女だけ見てれば良いだろう」
楓の口からついて出た言葉だった。その言葉に桔梗が目を見開いた。
最近では何かと表情が崩れることが多くなった。
「・・・それさ、なんか前にもそんな様なこと誰かに言われたんだけど誰が言ったの?俺、彼女今いないけど」
「あ?嘘つけ」
「いないからさ、俺はサチエと付き合っても良いんだ」
「寝言は寝てから言え、そんなつもりもない奴が。相変わらず頑固なくせに掴みどころのない奴だな」
「褒めてもらえて光栄です」
「ぶっ飛ばすぞ」
・・・———
「ねぇ!!なんで!どうして!絶対痩せたら綺麗で可愛いわよ!!」
「お茶会の時もお伝えしましたが、綺麗でも可愛くもないんですよ。まぁ、肌は綺麗だと自負してますが」
「でもだって!」
「でももへちまもありません」
「でも!でもでも絶対に魅力的だと思うのよ?!」
八重とのお茶会の数日後。
サチエが楓の部屋を掃除している。
掃除をしているサチエの側で八重がまとわりついている。
そして、サチエの外見についてまたも熱弁していた。
「ちょっと小耳に挟んだの!少し前まで嫌がらせされてたって!アナタ、清潔感はとってもあるんだもの!少しスリムになればきっとみんなアナタに群がるわ!!」
「そうなったら面倒ですね」
「群がるって意地悪するために群がるわけじゃなくて!アナタが人気者になれるってことよ!!そっちの”群がる”って意味!」
「いーやー、そうとは限りませんよ。憶測はあくまでも憶測ですから」
「なんで中々理解してもらえないのかしらー!」
八重の必死さにサチエが気になって聞いた。
「なぜ、八重さんご自身の事ではく、ただのメイドの私の事をそこまで気にかけるのですか?将来は美に関するプロデュース的な事を目指していらっしゃるとか?」
あまりにも食いつく八重に、サチエが思い当たった事だった。
「違うわ!将来は神部のただの秘書でいいの!」
「でしたらなぜ?」
「だって女の子は綺麗で可愛くなりたいし、それでいた方がお得なことが多いのよ?!それに、ちゃんとしていないと”いいかげんだ”とか”ズボラ”だとか言われるでしょ?!」
女の子は大変だ。
男の子、男性も身だしなみに気を遣う事は勿論大変だが、女性は気にしなければいけないとされている項目が多い・・・という世の中の風潮になっている。
髪の毛は少し茶色に染めていた方が垢抜けて気を遣っている感がある。
爪はネイルをしている方が気を遣っている感がある。
すっぴんはむしろ失礼で、軽く、そして綺麗に化粧をするのがマナーである。
30代は膝上スカートは履かず、膝下の物を選ぶ。
ハートモチーフのアクセサリーは20代まで。
学生などまだ子供であっても、『子供っぽい服』だと同じ年齢の学生から馬鹿にされることもある。
と言う時代を誰かが作った・・・または、誰かのそう言う思想や発信でそう思っている人もいる。
「なるほど、八重さんはその生まれながらにお綺麗で可愛らしい見た目が故に、常に完璧に整えてないと周りから重箱の隅を突くように妬みを言われてきたのですね」
「そうなの!!アナタもきっと似たようなものでしょ?!」
「似て非なるものです」
「なんで〜!!絶対に同じだわ!!だから!だからこそ!アナタも整えてれば絶対に誰にも文句言われないわ!!私は諦めなかったわ!完膚なきまでに文句を言う女を黙らせてきたの!!それはもう気持ちよかったわ!」
「”完膚なきまで”・・・!流石、神部家のお生まれ」
「ちょっと馬鹿にしたでしょ!?」
なんとも楽しそうな会話である。
テンポ良くキャッチボールが続く会話だが、内容的に進んではいない。
ずっと、同じ内容のやりとりだ。
サチエを痩せさせたい八重と、八重を軽くあしらうサチエ。どちらも対して心にダメージを負っていないからこそこの会話を続けられる。
どちらかが負担に思えば、関係性までもが悪くなってしまうような内容だ。
だからこそ、この会話を時折廊下で耳にする神部の男子高校生は少々ヒヤヒヤものである。
「隙を見てポシェットのお菓子を寒天ゼリーに変えてもらっちゃおうかしら!」
「寒天ゼリーは料理長にでも頼むのですか?それはそれは何味なのか楽しみですね」
「あ!でも自宅に帰ってから沢山食べてたら意味ないわ?!」
「やっとお気付きで」
「もう!アナタいっそこの屋敷に住みなさい!!そしたら食事管理もできるのにー!」
・・・———
秋の風。
冷たく吹く風は少し乾燥してきた。
夏から秋にかけて、急な気温変化がある年には体調不良者が出る。
今年は急に夜に冷え込むことが多い。
金木犀の樹木からオレンジ色が消えた頃、サチエのバイトへの持ち込みの食事が、暖かい肉まんになり始めた。
「え?八重さん体調不良なんですか?」
出勤して、仕事前の挨拶のために執事室にきたサチエは驚いた。
「そうなんだよー!あれだけうるさくてピンピンしてたってのにずっと寝っぱなしだよ。目は開いて起きてても、体勢的に起きてる・・・というか座ってる時間は少ないらしい。寝ながら本読んでたりとからしいし」
「・・・さぞかし心配でしょう。執事の椿さんだとて、寝ている女性の部屋に入るわけにいかないでしょう。心配で心配で夜も眠れないとその目の下のクマが仰ってますよ」
「いや、マジでさ。医者じは常駐してるからいいっちゃいいけどさ、医者が見ても問題ないって言うからまた理由がわからずで心ぱ・・・いやっ?!別に?!うるさいのが静かになって清清してますけどっ?!」
「今は私しかいませんから別にそんな見栄とか貼らなくていいですよ。・・・見栄ではないか?意地?
で、それを私に言うって事は、部屋に行って来いって事ですか?話し相手になって、その後報告しろという意味でお間違いないですか?」
「さっすがサチコちゃん!話が早いねぇ!」
「はい、椿さんはやはり八重さんがお好き・・・と」
「なんのメモ取ってんの?!」
———コンッコン
「こんにちは。サチエです」
いつもより猛スピードで各部屋の掃除を終わらせたサチエは、八重の部屋に来た。
「入って頂戴」
少し覇気のない八重の声。弱めの声を初めて聞いたサチエ。ゆっくりと扉を開けた。
「失礼致します。体調不良と伺いました。が、もし可能であれば、私めを話し相手にして頂けないかと馳せ参じました」
「馳せ参じるっていつの時代よ。大丈夫、少しなら話せるし、ちょうど人と話したかったの。よろしくね」
「さらに大丈夫でしたら、本日は肉まんを持ってきました。大丈夫です、直前にパントリーで温め直しております」
「肉まん!!コンビニのかしら!初めて食べるわ!!」
「・・・普段は高級中華店の肉まんでしょうね。ですが、コンビニも結構イケますよ。それに、きっと食べた事ない味もありますでしょうから」
「肉まんかあんまんでしょ?」
「いいえ、ピザまんです」
サチエが椅子とテーブルを持って、ベッドに腰掛ける八重の側へと向かった。




