第73話 『来週ポッキーの新作出るんです』
「案外、本当にお会いしないものですね」
九月も過ぎ、秋本番となった十月。
夏よりも柔らかくなった日差しと、時折涼しいを通り越して少し冷たい風が吹く。
神部の学生の学園祭も無事に終わった。
今日も毎日と同じようにサチエはバイトに勤しむ。
屋敷に帰ってきたという、薫子曰く天使のような可愛らしさの【神部 八重】。
サチエは、数週間経つがまだ一度も会っていない。
思いの外会わない事に、ほっとしながらもサチエが楓の部屋で呟いた。
「あれは会わない方が良い。心配をよそに元気だ。空元気かどうかはわからないが、うるさい。とにかく煩い」
「紅葉さんとどっちが煩いですか?」
「紅葉が引くほど八重が煩い」
「お会いしなくて良かったです」
楓が最近疲れ気味だとは思っていたが、もしかしたらそれが原因なのだろうか。と思ったサチエは、まだ会っていないことに感謝した。
「・・・サチエ。お前の学校の学園祭はいつなんだ?」
自分達の学園祭の事で割と頭がいっぱいだった楓。学園祭以外でも、いつも通り家業の事は行う。講義も今まで通りだ。しかし、サチエも同じ高校生。大体の学校が秋に学園祭を行うだろう。サチエの高校も学園祭くらいあるだろうと今気付いた。
「私の学校ですか?明日ですけど?」
何でも無いようにサチエが言った。
「・・・お前何やってるんだ」
「見てわかりませんか?窓枠の掃除してるんです」
「違うだろ?!学園祭の準備は?!」
「そんなもの終わってますよ。私の担当は学園祭までに”メイド服を仕上げる事”です。もう縫い終わってるので問題ないです」
「いや!明日催し物に出るんだろう?!」
「いえ、出ません。学校にも行かなくても問題ないです。あ、でも行かないと休み扱いになるので出席とる時間は学校行きますけど」
学園祭に興味がなさそうなサチエ。楓は不思議に思った。
「サチエ、お前合宿の時だって夜食や花火と楽しそうにしてただろう。薫子や蓮と出掛けもするし、夏の間は祭りに良く行ってたらしいじゃないか。
催事が好きなんだろ?」
「催事は好きですが、私があの学校で楽しめると?」
サチエは、いじめのターゲットにされていた。今はいじめは無いにしろ、特に仲の良い友達がいるわけではない。
「友達なら作れば良いだろう」
「校章の副作用で、今はまだあまり話しかけられません」
「まあ、そのうち誰かと何事もなかったかのように話して仲良くなれるだろう」
「仲良くなったら遊びに行く回数が増えるので、シフト減らしますね」
「今のままでいい」
「横暴」
・・・———
神部家の庭の金木犀が香り始めた10月。
独特な花の香りと秋の香りが共に漂う夕暮れ、屋敷のとある廊下でそれは行われていた。
一人の女学生が、小太りのメイドの前に立ちはだかるかのような圧を掛けている。
「・・・どうしてそんなに綺麗なの?すっごくキメが細かい!!メガネもブランド品だわ!なのにどうして傷がついているの?色々と勿体無いわ!!」
「・・・」
廊下で執り行われる睨めっこ。
ついに、サチエが【神部 八重】と邂逅した。
———数分前
換気がてら金木犀の香りを部屋に取り入れようと、サチエが担当の部屋を猛スピードで回っていたその時だった。
階段から廊下へ神部 八重がやってきたのだ。
「あら」
初めて八重を視界に入れたサチエ。可愛いと言われる薫子が嫉妬するのも仕方ないかもしれないと思うほどに、白く、美しく、可愛い女性がそこに立っていた。
「っ失礼いたしました。以後気をつけます」
ぶつかりそうになった事に詫びた。そう言い、すぐに仕事に戻ろうとしたサチエ。そこを八重に掴まったのだ。
「待って!貴女が”サチエ”さんでしょ?!」
「いかにも。アルバイトでメイドの”サチエ”と申します。初めまして。あと、敬称は不要です」
「みんながサチエさんの話を良くしてるのよ!でも中々会えなくて、私会うのを楽しみに・・・」
「そうでしたか、皆さん無駄口叩くほど余裕なのですね。あと、敬称は不要です」
八重は口を閉ざした。神部の男子高校生が話をしているサチエに会って見たかったと言い掛けた。
最初は会った嬉しさで喋っていたが、サチエを視界に入れて色々認識すると八重の中に沢山の思考が行き交う。
「待って?!髪の毛の艶がとんでもないわ?!髪タレントくらい綺麗・・・っ!」
突然自身を褒められてサチエも驚く。
「・・・ありがとうございます。きっと使っているシャンプーが髪に合っているのでしょう?」
「それだけじゃない・・・!貴女香水つけてないわよね?じゃぁなんの香り?!髪の毛?!ボディクリーム?!」
「おや?天使の目が狩人の目になりましたね・・・?」
サチエが初めて八重を目にした瞬間の『天使』の面影が少しずつ薄れてきた気がした。
八重は今、目を見開いている。
———
「これだけ綺麗なのに!勿体無いわ!健康的に痩せればもっともっと素体を活かせるのに?!あっ!ちょっと待って?!このポシェットは支給品じゃ無いわね?!私物ね?!待って!中に入ってるのお菓子じゃない?!これ食べてるから体型がふっくらするのよ?!食べないと体力持たないのかしら?!もしそうだとしたら仕方ないわよね・・・でもそれなら体質改善すればいいんだわ!!」
マシンガンのように次から次へと八重の口から言葉が出てくる。
「いえ、体力がもたないわけでは無いです。これは、毎時間のストレスリセットの為の重要品です。少しのストレスも溜めたく無いので、こうやって持ち歩いて自分を労ったりしています。まぁ、もちろんお腹も空きますが・・・」
クイッとメガネの位置を正しながらサチエが言った。
「じゃぁ!食べても良いからもっともっと動いてエネルギー消費すると良いわね!体にもいいし!」
「結構この仕事は体力を使います。なので、今バランスがちょうど良いんです」
「ちょうど良かったらきっともう少しスレンダーよ!!もったいないわ!!絶対可愛くなるのに!!」
「私は見た目はどうでもよくてですね———ッハ!しまった!仕事の途中ですので失礼いたします。窓開け任務が途中でした、失敬っ!!」
「あっ!ちょっと待ってサチエさん!!」
最後に叫びながら颯爽と仕事に戻ったサチエ。語尾は小さくしか八重に届かなかった。
「敬称は不要ですーーー・・・!」
・・・———
「おや、蓮さんじゃないですか。昨日ぶりですね。メールですけど」
「やぁサチエちゃん。ちょっと呼ばれちゃってね」
「俺ですか?屋敷で経営学受ける勧誘ですか?」
「多分ね」
数日後、蓮と屋敷で会ったサチエ。
メールでのやり取りはしているが、直接会うのは久々である。
「なんか、帰ってきた八重に凄く気に入られてるんだって?」
「気に入られているは語弊がありますでしょう。しかし、何かどこかに興味があるみたいです。痩せさせたい模様です」
「珍しいね。八重が他人の容姿に口出しするんなんて。言われる事はあっても八重が人に言う事なんてなかったのに」
言いながら、廊下で出会った二人は執事室まで一緒に歩く。途中時々会話をする。会話をしない時間もあるが、特に二人は気にならない。薫子を含めて三人は本当に仲が良くなった。
———それを、遠くから眺める者が二人。
「いいなぁ、蓮。サチエさんとあんなに仲良くて。俺も合宿の時にもっと仲良くなりたかったんだけどなぁ」
「じゃあ柊からもっと話かければ良かったのに」
「柳!!見てたでしょ?!基本、楓たちが一緒にいてなかなか話かけるタイミングがないんだから!花火の時とかちょっとした隙を伺うので精一杯だったよ!そもそも合宿本当にキツいし、てか柳!合宿でほとんど誰とも喋ってなくない?」
「うん、・・・俺はそれでいいの」
サチエと蓮の後ろの角の壁から、蓮と柳が覗いていた。
「俺たちの部屋の掃除担当はなかなかサチエさんにならないしさ。あれ絶対わざとだよ。俺、言ったもん!俺の部屋もサチエさんにお願いしたい!!ってそうしたら楓めっちゃくちゃニヤニヤしながら『ダメだ』って冷たく言ったんだよ?!」
「何そのモノマネ。似てる」
柊と柳の視界の先では男女二人が自然に会話をしている。
「そう、だからしばらく屋敷に通うんだ。毎日じゃないけどね。学校終わったら屋敷に寄って話聞いたりちょっと講義を見学してみたりしてそれで帰るんだ」
「そうでしたか」
「だから、行く日は連絡するからサチエちゃん一緒に行こうよ。学校近いんだし」
「そうですね。そうすればコンビニに寄って新商品を二人で試しながら屋敷に行けて効率も良くて一石二鳥ですね」
「ね?」
「来週ポッキーの新作出るんです」
仲睦まじい二人の会話をまだ盗み聞きする二人。
壁の角に触れる指に力が入る柊。
「うわぁ!!約束を凄くスマートに取り付けたよ?!」
「柊、そろそろ課題しようよ」
「待ち合わせて学校から屋敷に来るって!!途中コンビニ寄るんだって!!」
「まぁ、コンビニはちょっと魅力的だよね・・・」
「もう完全にデートじゃん!!」
「それはちょっと違くない?」
「それは楽しみだね。サチエちゃんポッキー好き?」
「お菓子全般好きですね。そして、そろそろ敬称不要ですよ」
「じゃぁ、”サチエ”だね」
「はい」
「羨ましいっ!!!」




