第68話 『それ楽しいの?』
『「———双葉さんと櫻さんこそが、萩さんに託した事をとんでもなく後悔しているのでしょうね」』
サチエの言葉が最初理解できなかった萩。
それからいくつか浮かんできた事をそのままサチエにぶつけた。
「それは、僕なんかに託した事が間違いだったって事・・・?それとも、僕の指の事を後から思い出して、なぜ頼んでしまったんだって後悔してるって事・・・?」
「後者です。あのお二方、特に萩さんには何も怒りや疑問を抱く表情も素振りもしておりませんでした。あの二人が誰かに対して敵意や不信感があれば私は気付きます」
「つまり・・・」
「あの場でベビーカーを受け取る役として名前を呼んだことを後悔してるのは二人って事です。ピアニストの名前を呼んでしまった事で反省でもしてるんじゃないですか?」
「話したの?」
「いいえ?」
「・・・じゃあ、それこそ憶測じゃないか・・・。それにあの場面では僕の名前を呼ばれても仕方ない。僕しかいなかったんだから」
「だからあの二人も萩さんの名前を呼んだんだと思いますよ。でも、その後何も言ってこないって事が何よりの証拠です。実は知らないところで嫌がらせとかされてるんですか?違いますでしょう?誰も、何も言ってこないんですよね?」
「うん・・・」
「楓さんを筆頭に、何かあったら問答無用で文句言ってくる人たちですよ。言われないってことは、言う必要がないって事です」
「つまり呆れられ」
「違いますねー、ベビーカーを受け取らないことよりも萩さんの指をみなさんが大事に思ってるってことですよー、そろそろお気づきになってくださーい」
そう言って、サチエは2本まとめて花火に火をつけた。
「タブルッ!!」
「まさか・・・」
「だから、小さい頃に周りの他人がぶつくさうるさく言ってた事は私はわかりません。しかし、今、萩さんの周りにいる人はちゃんと萩さんの才能をわかってるから、尊重してるから、あなたが指を大事にしている事に何にも言わないんです。まぁ、双葉さんと櫻さんは咄嗟に呼んでましたけど。
神部の皆さんが、萩さんの指を大事にしているから誰も何も言わないんです。
違いますかーー?」
最後、大きな声でサチエが言った。
「そうだね、その通りだよ」
「ごめん、名前呼んじゃったのはマジで咄嗟だった。申し訳ない」
櫻と双葉が建物の影から現れた。
「二人とも・・・!!いつから聴いてたの?!」
「サチエがラムネ食べ始めた時くらいかな?」
「ごめん、聞くつもりはなくて・・・花火が見えたから純粋にやりたいなって思ったんだよね・・・」
双葉と櫻がバツが悪そうに言う。
「ほら、言った通りでしょう?」
「でも!話を合わせて僕に気を遣ってるだけかも———」
「そんな面倒なことはしない。ここにいる全員・・・サチエは知らないが、神部の者は全員お前の指の方が大事だから言わないんだ。もし、萩がピアニストではなく俺たちと同じような存在であの時に手を出さなかったら俺はお前を完膚なきまでに責める。もっとも、もしピアノをやっていないお前だったなら、手を差し伸べただろう?」
楓が後から出てきた。
「ほら、言いましたでしょ。だから、良いんですって」
「だって、なんか情けなくない?男らしさもなく、自分の指ばっかり気にしてる男って・・・」
「お前がそう思うな。立派な指だろう。俺にはピアノは弾けない」
「弾けなさそうな顔してますもんね」
「少しは弾けるっ!!」
「そっか・・・よかったぁ〜・・・」
萩がその場で顔を伏せて安堵した。
「よく、『指の一本や二本折れた所で・・・っ!って切羽詰まった場面で言いますけど、あれは本人が自分の指よりも優先したい大事なモノがある時です。
萩さんは、萩さんの指が大事。神部の皆様もあの場で萩さんの指が大事だと思った。だからもう全部良いんですよ」
そう言いながら、サチエはまた新しい花火の入った袋を開けた。
「まぁ、よそ様はわからないけど、神部は皆そう思ってくれてるって事だよね」
またも少しだけ涙が浮かぶ。
「さぁ、夏の思い出を作りましょう。みんなでワイワイと楽しく花火をするのです。声かけないと後からうるさそうなので紅葉さんたちにも声を掛けましょう」
「じゃ、俺皆呼んでくるね」
「頼んだ」
「俺もう先に始めてるから!サチエ!これどっちに火をつけるの?!」
「双葉さん、それは紙じゃない方に火をつけるのですがそもそも線香花火と言って他の花火が全部終わった後にしんみりな気持ちでやる花火です」
「それ楽しいの?」
「はい、とっても」
そう言って、萩には火花が激しく飛び散る新しい花火を数本渡したサチエ。
「僕も、”タブル”でやっていいの?」
「火傷には気をつけてくださいね。皆さんが大事にしている『指』ですから」
「ありがとう、サチエさん」
・・・———
「エイトファイヤーーーーー!!!」
紅葉の声が庭に響く。
「なんでエイト?」
「全部の指の間に一本ずつ花火挟むと合計で8本だからじゃない?」
「ダブルなんて生ぬるいって話か」
「あいつ人生楽しそうだよね」
結局、高校生全員が庭に集まって騒ぎ出した。と言っても騒いでいるのは主に紅葉だけだ。
「初めて手持ち花火やった・・・すごいね!!サチエさん!!」
柊が花火に負けないキラキラとした笑顔で隣のサチエに話かける。
「はい、きっとみなさんは花火と言ったら”打ち上げ花火”なのでしょうけど。手持ち花火も良いもんです」
「うん!中学生の時の合宿は本当につまらなかったんだけど、今年はすごく楽しい!なんか色々事件もあったけど。あと、萩の件もなんか解決?したみたいだね!ありがとう!」
「・・・ほぅ・・お気づきになりましたか」
「うん、わかるよ」
そう言って優しそうな顔をした柊。いつもはただのニコニコ顔だったのでサチエは意外だった。
「まぁちゃんと話してみれば大した事ないって事例は結構あります。萩さんは心配性だったのでしょうね。他人が見たらとやかく言うかもしれませんが、何があっても神部の方が彼を見放すとは思えませんでしたし」
「内容はわかるような気もするけど、こっちからわざわざ話を切り出すのもなって思ってたし・・・サチエさんに話しにきたんだね。それはそれでよかった」
「まぁ、みなさんが結果オーライというのでしたらそれで良いです」
「ありがとう。じゃ、萩の所に行ってきまーす!」
「いってらっしゃいませ・・・———で、桔梗さん」
「ん?」
サチエが柊とは反対側にいた桔梗に話しかけた。
「双葉さんや櫻さんはともかく、貴方が”萩さんしかいないのにベビーカーを道路に投げた”のは、萩さん意外の誰かが受け止めてくれる勝算があったのでしょう?」
「言うね、サチエ」
「紅葉さんが転んだ後も追いかけてきていた事を、足音でわかっていたのか・・・本当にただの賭けだったのか・・・萩さんが受け取る可能性も捨ててなかったのか・・・どれですかね」
「途中まで紅葉が来てたのはわかってたけど・・・絶対に投げても大丈夫だって思ったのは・・・」
「思ったのは・・・?」
「サチエが自分で『諦めない!!』って言ったんじゃないか。自転車のベルをあれだけ鳴らして」
「・・・つまり私が間に合うと・・・?」
「最後の最後で嬉しい誤算だったよ。おかげで確信に変わったよ」
「なんと、相変わらず食えない男ですね」
・・・———
翌日
「朝から運動かー、昨日の花火は夢だったのかと思うよー」
朝食にしては少々重く感じるだろうが、体力強化の合宿のメニューとしては推奨される鶏肉を大量に頬張りながら紅葉が言った。
「楓、秘書の返事はどうだった?」
紅葉が高校生らしく昨夜楽しい思い出とこれからの苦痛を言ったあとに口を開いたのは桔梗だった。
「あぁ、議題に上げておくと言ってた。今日確認に誰かが来ると言っていた」
「なんの話ー?」
「昨日の工事現場の話だ」
「あぁ!!あったね!そんなこと!昨日の花火が刺激的で忘れたっ!」
「・・・」
楓と柊が話すと持っている雰囲気があまりにも違う。
「ブフッ」
「サチエ、笑わない」
「無理ですブフッ」
「ん”ん”!!あと他に気になることもあるから全部言っておいた」
「あぁ、了解」
楓と桔梗で話が進む。
「え?他にも気になること何かあったの?」
「俺が個人的に気になっただけだ」
「何なに?!気になるー!あと桔梗が『了解』って言ったのも気になる!なんで?!楓が何を気になったのか知ってるの?!それともわかっ——」
「柊、静かに食べよう」
「ええー!菊は気にならないのー?!」
「良いんだよ、俺たちは気づけなかったんだ。あとは任せるしかないだろう。手が必要なら言ってくれるだろうし」
「菊って大人だねぇー・・・」
「ま!しっかり食べてまずは午前の運動に備えましょ!」
双葉の言葉で大半の意識が午前のトレーニングに向いた。
「サチエ」
「おや、まだ食堂に楓さん残ってらしたのですか?」
食堂のテーブルを拭きに戻ってきたサチエ。
部屋には楓がまだ居た。
「サチエ、お前昨日工事現場の写真撮ってただろう?全部俺にくれ」
「見てたんですね」
「当然だ」
「PHSから進化したAirH"の AH-K3001Vで撮影した写真を送り致しましょう」
「携帯電話2台持ちか・・・」
「はい、給料が良いので。それより楓さん」
「なんだ?」
「昨日の件、単発とかただの事故じゃなさそうなんですね」
「残念な事にな」
サチエから送られた写真を見て、楓の眉間に一層皺が寄った。




