第63話 『俺『一平ちゃん』!!!』
「かぁーーー!!マジあり得ない出来事だったよ!もう今年の夏休みの一番の怖い思い出確定〜」
紅葉が夕食の牛ステーキを食べながら言う。
「まぁ・・・あれは今年というより高校生活・・・いや、十代で・・・いや、一生に一度でいいあんなもの」
「壱葉に同意ー」
メガネの位置を直しながら苦い顔をして言った壱葉。そして、コーンスープを飲みながら双葉が頷いた。そう、あのような光景は何度も見たくないものだ。
「みんなヒーローみたいに凄かったねぇー!感心しちゃった!」
あっけらかんと話すは”柊”。纏っている空気が明らかに違う。この中で一番陽気だ。
「あら?何かあったんですか?」
トヨさんがお替わり用のお肉をテーブルに置きにきた。
「サチエから聞いてませんか?」
「いいえ?サチエちゃん、帰ってきてすぐに『埃まみれだから』って着替えたら直ぐにご飯の用意してくれて・・・の今だからね!特に聞いてないですよ!」
サチエが話しているだろうと思った楓。
そんなサチエは今さらに追加のコーンスープの鍋を持って来た。
「・・・サチエ、自転車とはいえお前も疲れただろ。早く食べ」
「食事の準備をしながらチーカマを一袋食べてます。お気遣いありがとうございます。間もなくご一緒にお食事頂きます」
「そ、そうか・・・?」
「サチエ!!チーカマ全部食べちゃったの?!俺も食べたかった!!」
「1本は私が頂いちゃったわ!」
「トヨさんなら許すっ!!」
「「「チーカマってなに?」」」
・・・———
「あらまぁっ!!やだねー!そんなことあったの!!」
事の一連を聞いたトヨさんも驚いた。
目をひん剥いている。
「そういうのって、ひょんなことから起こるのよねぇ〜。私も何かうっかりしないように気をつけないと!
あっ、そうね。そう言えば、ここの建物の掃除をしている時からちょっと周りで何かしら起こってたみたいだから!・・・でも事故なら防ぎようがないわよねぇ〜?」
「・・・何かあったんですか?」
この時期は確かに帰省や旅行で人が増える。しかし、増えると言ってもごった返すほどに近所に何かがあるわけではない。
テーマパークもなければ、大型のショッピングモールはもちろん、娯楽施設も今の所はない。別荘から割と距離れたところに、保育園と小学校がある。その隣では広い敷地に公園が建設中だ。そう、まだ建設中なのである。
不思議に思った楓がトヨさんの話に食いついた。
「えぇ!なんか、この辺に事務所を構えてる建設会社が深夜に鍵壊されて入られたりしただとか!」
「空き巣か」
「不審な車が何度もこの辺を周回してたとかも聞いたわね!」
「・・・」
「トヨさん、それいつですか?」
次に桔梗も気になりだした。
「私がその話を聞いたのは先週よ!」
「先週ですか」
トヨさんの答えを聞いて考え込んだ楓と桔梗。
「何?なんか思い当たる節でもあるわけ?」
あまりの考え込みに、双葉は二人の思考を読み取ることもしない。そもそも今は疲れと空腹がピークでそれどころではない。
「そんな事よりあったかいうちに肉食いなよ!!食わないなら俺食っちゃうよ?!」
「紅葉、みんなにも聞いてから食べなって」
・・・———
・・・———
———コンッコン
夜、サチエの部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
本を読みながらお菓子を食べていたサチエ。
目線は本のまま、手を伸ばしてお菓子を摘む。マシュマロを口に放り込んでから返事をした。
「いらっしゃいませ———紅葉さん」
「サチエ様!サチエ様!!本日も至極真面目にトレーニングをした紅葉くんは!今日も今日とて夜にお腹が空きました!!」
部屋に入ってくるなり大きな声で弁解から始まった。
「別に迷惑だなんて思いませんよ。むしろお腹空いて具合が悪くなる方が問題です。しかし紅葉さん、ここで問題があります」
「なんだとっ?!」
「なかなか買い出しに行けません故に、トヨさんが出勤時に買ってきてくれる献立の材料しか今の所ありません。よって、本日も夜食は私が初日に持ち込んだインスタントしかございません」
「何ラーメンでしょうか!?」
「サッポロ一番、チキンラーメン、一平ちゃ」
「俺『一平ちゃん』!!!」
「じゃぁ、俺もそれを貰おうかな?」
「ヒィっ!!その声は・・・?!櫻!!」
「サチエにおんぶに抱っこだな?」
「櫻!!人は図々しくないと生きていけないんだ。サチエに迷惑をかけるとわかっていても!!それでも俺はお腹が空いて寝られなかったんだ!!
ほら!今日だって一瞬だけどベビーカーに一番先に辿り着いただろ?!あれは昨日のラーメンを食べてなかったら多分無理だったね!」
「おもちゃ投げられて手離してたけどね」
キラキラと輝く笑顔で、紅葉にトドメを刺す。
「言うなよアレかなり恥ずかしかったんだぞっ?!」
「そんなことより」
「そんな事?!」
「歩き方も普通、痛がる素振りもなし、何事もなかったかのように自転車に乗って帰ってきた。その後すぐにご飯まで作ってたけど・・・サチエ。ちょっと気になるくらいには体痛んじゃないの?」
櫻が部屋に入ってきて座っているサチエの隣に腰掛けた。
「他の方にも聞かれました。大丈夫です。大丈夫というのは、痛みは多少ありますが、傷や強い打撲はないという事です。処置が必要なものはありません」
「そうか。なら良いけど」
「俺とサチエだけ大惨事だったもんなー!」
「さて、良い時間です。調理場に行って今日のお夜食を食べましょう」
「待ってましたー!!」
「これ持っていけば良い?」
櫻がテーブルの上にあった大きめのビニール袋を指差した。
中にいくつものインスタント食品が入っている。
「はい、ありがとうございます」
「あっ!サチエさん!時間ちょうどだ!本当に凄いメイドさんだ!」
天真爛漫な柊が調理場でサチエたちを迎えた。
「え?柊・・・だけじゃない!!えっ!?全員いるじゃん?!」
調理場には高校生全員が居た。
「みなさんの今朝の空腹に殺されそうな顔を見たらかわいそうになりましたので、私から声を掛けさせて頂きました。食べたい方は22時に、調理場に集合・・・と」
「俺言われてないんだけど!!」
「紅葉さんは言わなくても来ますでしょう」
「サチエ甘いんだよ!!この地獄の合宿を生き抜くにはサチエから手を差し伸べて貰うのを待ってるんじゃなく、俺のように野生の図々しさをココで培わないと———」
「さぁ、みなさんどうぞ。食べたいものを選んでください」
「焼きそばは俺のだからー!!」
三口コンロが二つ・・・つまり、火口が六つ。
鍋も六つ並んでいる。
みんな『これがインスタント麺か』『実際手に取るのは初めて』『硬いよ?!麺なのに硬いよ?!』と口々に初めての感想を溢す。
「良いですね。みなさんの初めてのインスタント体験を間近で観察できて面白いです」
「動物みたいに言うな」
昨日既に、インスタント食品初体験をした楓は、今日はもう落ち着いている。
「私も小学生の時、翌日学校が休みで親と夜更かしをした時には作ってもらったものです」
「・・・サチエの親はモデルだろ?」
「ですから母は食べませんでしたけど。母が作ってくれて、父と妹と私で食べたものです。・・・こういうのも、きっと良い年になったら良い思い出になるんですよ。覚えてれば」
「・・・今日は昼のインパクトが強かったからな」
サチエと楓が話していると、壱葉が寄ってきた。
「昨日は・・・これを食べていたのか・・・」
「あぁ、まぁ全員お腹が空くかどうかわからなかったから声を掛けなかったんだ。今日はサチエから全員に声を掛けたから良いが、十数名分となるといくらインスタントとはいえ大変だろうな」
「・・・そう、ですね。しかしやはりこの時間にこのような物を食べて良いのか葛藤します」
「・・・壱葉さんは、双葉さんと全く似てないかと思いましたがそうでもないですね。双葉さんも昨日お腹が空いたと言いながらも食べて良いのかとか罪悪感がとか背徳感がとか散々言ってました。似ていらっしゃいますね。その後完食してましたけど」
「いや、私は医者を目指している・・・!その観点からしてこのような夜中にしかもこのハイカロリーなインスタント食品を食べるのは体に些か」
「大丈夫ですよ、大丈夫、大丈夫。空腹時に分泌されるホルモンは体に良いとは聞きますけど、我慢しすぎて低血糖だとかなんとかでエネルギー切れになる方が良くないですよ。みなさんあれだけ動いたんですから」
「しかしっ・・・!」
——— グゥー・・・
反論していた壱葉のお腹が鳴った。
「ククッ・・・!!ククッ・・・!お前説得力ないなっ・・・!お腹が鳴ってるじゃないか・・・!」
楓が笑う。
「っ・・・!!やはり・・・頂きます・・・」
耳まで真っ赤にした壱葉がサチエにチキンラーメンの袋を両手で差し出した。
「覚悟してください。美味しくてやみつきになりますよ」




