第62話 『んのおおおおーーーーーー!!!!!』
一行の隣をガタガタと音を立てて通り過ぎて行った物がある。
ベビーカーだ。
その光景はちゃんと見えているのに理解ができない少年達。
———、一瞬の間
「追え!!全員行けっ!!」
楓の声に、全員が全力疾走の後で疲弊中な事も忘れて立った。
しかし
————パタパタッ!!
「あー!!」
「赤ちゃん乗ってるのー!!」
「ゴロゴロしてるー!!」
坂の上から小学校にも上がっていない子供達も一緒になって走ってきた。
拙く、左右に揺れながらも一生懸命に走るが到底追いつく訳ない。
そもそも、小さな子供が急な勾配を走るなど危険極まりない。
「危ないからだめだよ!」
先にベビーカーへ走り出したのは、楓、桔梗、櫻、紅葉、双葉、壱葉、萩の七人だ。
残りの人数で子供を止めた。
サチエも自転車に乗った。そして坂道の下ではなく上にいる親達の方を向く。
まだ気づいておらず、大人だけで楽しくお喋りをしている。
サチエは目一杯酸素を吸い込んだ。そして
「親ぁあああああーーーーーー!!!」
その場の何よりも大きい音を出した。
その声に大人も気付いた。そして、一人の大人が気づく。
「えっ?やだっ・・・!!ベビーカーはっ?!」
「下ぁああああーーーーー!!!」
本当に手短に状態を伝えたサチエはペダルを漕ぎ出した。
男子高校生で運動能力が高いメンツが走っているとは言え、自転車の方が早い。自身の体重を思いっきり乗せてペダルを漕ぐ。
すぐに楓たちに追い付き抜かした。ベビーカーへも後少しの距離だ。
勝利を確信した紅葉が思わず口を開いた。
「よっしゃぁーー!!サチエっ!!頼ん———」
その瞬間だった。
後ろ向きに坂を下るベビーカー。
子供の顔は、追いかけてくるサチエ達の方を向いている。状況がわからず楽しそうにしている赤ちゃんがキャッキャしながら手に持っていたおもちゃを投げた。
ブンッーーー!!
「っ?!」
ーガチャンッ・・・
ドシャァアアアアア———!!!
投げられたプラスチックのおもちゃはサチエの自転車の前輪のスポークに挟まった。
そのまま回転した車輪。挟まったおもちゃが他の部品にぶつかる。前輪は回れない。勢いついていた自転車は、前輪が急に止まったことにより後輪が上がった。
サチエが自転車ごと縦に半回転した。
「ホグワァーーーーッ!!!」
「サチエっ?!」
全員が目の前で半回転したサチエを見た。
ズザァアアアアア!!!
勢い止まらず、道路を滑るサチエ。
——サチエ、脱落——
「私はいいです・・!!ベビーカーをっ!!」
「わかった!!」
「楓まじかよっ?!」
サチエの言葉通りにサチエを放って楓はそのまま一番にベビーカーを追う。
急勾配なだけあり、ベビーカーも勢いが増す。この先は急カーブとその下は崖だ。
「このまま行ったらカーブじゃん!ガードレールで止まんないで崖下まで吹っ飛んじゃうよ!」
双葉が気づいた。
「いや、ベビーカーの方が低いからぶつかっても超えることはないだろう!!」
「櫻!このまま行けばっ!もっと速度が上がるから実際どうなるかっ!」
「壱葉の言う通りかなっ・・・!ベビーカーは止まってもベルトしてなければ赤ちゃんがっ投げ出されるかもっ!」
「お前達黙って走れ!!」
「うおおおおお!!!その前に止めるっ!!!!」
紅葉が一番に躍り出た。手にはギターストラップを持っている。無理やり輪っか状にした。
ベビーカーの持ち手には荷物をかける為か、はたまた折り畳んだ時に必要なのかフックがついている。
「あのフックに引っ掛けるっ!!!」
「マジ無謀!!」
「止める時勢い気をつけてっ!!」
双葉と櫻の言葉はもう耳に届かない。集中した紅葉が一番ベビーカーに近づき、ストラップを投げた。
———スルッ・・・パチンッ
「ヤッタァァアア!!引っ掛かっ」
「だぁっ!!」
ブンッーーー!!
「ぶへっっ!!!!」
今度は赤ちゃんが紅葉めがけて大きめの車のおもちゃを投げた。
顔面に直撃した。
折角ギターストラップがフックにはまったのに、紅葉は顔におもちゃがぶつかった衝撃でストラップを手放してしまった。
「痛ェエエエエ!!!!クソッ!!離しちまったぁ〜〜〜!!!!」
痛さに失速する。
——紅葉、脱落——
残りの六人でベビーカーを追う。
この急勾配は歩いたり自転車に乗っている人は少ない。下から人が来て助けてくれるのは期待できない。
いくら車通りが少ないとはいえ、一台も通らないのが良いのか悪いのか、ベビーカーは何にも邪魔されることなく先の急カーブまで順調に進む。
殆ど差がなく6人が全力でベビーカーを追いかける。
急カーブまであと100メートルを切っている。
「この速さでぶつかったら流石に止まったとしても衝撃がヤバイって!!」
「だから黙って走れっ!!」
ー90メートル
ー80メートル
ー70メートル
ようやくベビーカーに一行が追いつきそうになる。
楓と桔梗が先に手が届きそうな距離まできた。
ガードレールまであと30メートル。
先頭の二人がベビーカーへと手を伸ばした。
ギリギリなんとかなりそうだと全員か確信をしたその時だった。
「間にあっ・・・左ーーー!!!!」
視野が狭くなっていた。
カーブから自転車が出てきた。
双葉の声虚しく、自転車とベビーカーが接触をした。
そして、自転車とベビーカーが吹っ飛んだ。
「———!!」
誰しもが起こった事態に衝撃を受けた。
———ジリリリリッ!!!!
「諦めないっ!!!!」
サチエが籠の曲がった自転車で追ってきた。自転車のベルを鳴らし続けていた。それが全員の意識を戻した。
その音に反応したのはやはり楓と桔梗の2人だった。
目でやり取りをした二人。それぞれ自分の近い方に向かった。
自転車に乗っていた人が、ぶつかったはずみでよろけてガードレールから落ちそうになった。そこを楓が掴む。続いて壱葉も手伝う。
ベビーカーに近かった桔梗。
ベビーカーは坂で加速した勢いと、自転車にぶつかった衝撃でガードレールを超えた。
下は崖だ。
「櫻っ!!双葉っ!!」
桔梗が二人の名前を叫びながらガードレールを悠々と超えた。
超えながらも手は後ろの二人へと差し出している。しかし顔は落ちていくベビーカーの方しか見ていない。
桔梗の考えを一瞬で察知した櫻と双葉。
桔梗が身を乗り出すから二人で支えろという意味だ。
「無茶考えるなっ!!」
身長の高い双葉が先にガードレールに足をつけてから手を伸ばす。そして桔梗が差し出した手を掴もうと身を限界まで乗り出す。桔梗はもう宙に浮いている状態だ。
———ガシッ!!
双葉が桔梗を掴んだ。でもまだ桔梗はベビーカーを掴めていない。
あと少し、もう少し———
ベビーカーを掴みたいのにどこにも届かないっ———その時
ふわっ・・・
ベビーカーが落ちる方向と反対に戻ってくる物があった。
紅葉のギターストラップだ。
それしか掴むものがない桔梗は思いっきり手を伸ばした。
ッギュッ———!!!!
「掴んだ!!!!」
「櫻ぁああ!!」
「ごめん、お待たせっ」
双葉より身長の低い櫻は、ガードレールの内側からでは双葉が限界まで手を伸ばした先の桔梗まで届かない。
ガードレールを超えて桔梗を掴む必要があるため、一瞬だけ出遅れた。
でも、間に合った。二人で桔梗を目一杯引き上げる。
「終わりじゃない!!反動で返ってくる!!!!」
ベビーカーを掴んだはいいが、このままだと崖の壁にぶつかる。
言うが早いが、反動を使い桔梗がストラップを引っ張り上げてそのまま道路側へベビーカーを投げた。
「「萩っ!!!!」」
双葉と櫻に呼ばれた萩。
自分に降ってくるベビーカーを見た。そして受け止めようとした。
が、足が止まってしまった。
「「萩っ?!」」
ベビーカーは重力に従って素直に落ちてくる。
萩の足は動かない。
萩の顔の前を、落ちるベビーカーが通過した。
「どけぇーーーーーー!!!!!」
「んのおおおおーーーーーー!!!!!」
ベビーカーが地面につく直前、二人分の叫び声と共に地面を這う影が見えた。
紅葉とサチエだ。
二人の上に、ベビーカーが落ちた。
・・・———
・・・———
・・・———
「ちゃんと子供を見てください。親も人間で旅行が楽しいのはわかります。
人の親なんだからとか、命がかかってるとか重いことを言ったり、罪悪感を煽りたいわけでもないです。いや、ちょっとは罪悪感を感じて貰いたいですね。
とりあえず、この言葉は私自身の十何年後かにブーメランかも知れませんが、あえて言います。
ちゃんと子供を見れないのなら産むな。あなた達だけの話ではないです。子供がかわいそうです。なんでこんなに小さい子供達がベビーカーを追っかけて大人がべちゃくちゃ喋ってるんですか。なんか冷静に喋ろうと思ったのに腹が立って——」
ベビーカーや子供から目を離した大人へ、サチエが話を始めた。
話というより、もはや説教である。
子供やベビーカーを親たちに引き渡した一行。親からは謝罪をされたが何故か喋り始めたサチエ。
「サチエ、もう良い。帰るぞ」
「おや、珍しい。文句の10や20、むしろ完膚なきまでに叩きのめしそうな楓さんが帰りたがるなんて」
「予定外の事態に流石に疲れた。もう良いだろう。早く戻るぞ」
そうだ。予定より一本多く行ってたのだ。もう動けなくて、本来は休憩を十分に取ってからもう一本行うはずが、下り坂とはいえまたも全力疾走をしたのだ。
満身創痍だ。自転車から転げ落ちて滑ったサチエ本人もだが。
「サチエー!!早く飯食いたい!!」
「ここで長居をするのは得策ではないと私も思います」
タイプの全然違う双子にも言われ、サチエは切り上げた。
潰れた籠にジャグを入れて自転車にまたがった。
神部の全員が歩き出したのを見て、最後にサチエが大人たちを振り返って一言。
「・・・良い休暇を」
少し傷のついたメガネのレンズが光った。




