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神部家のメイド、サチエです。 〜清掃員からメイドになりました〜  作者: 杉崎 朱


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第59話 《神部 紅葉という男 2》


 クラシックのCDを学校でも聞くからと嘘を言って、ウォークマンを買ってもらった。

 楽譜が読めるようになりたいからと、同じ屋敷の同じ歳のピアノの弾ける奴に音階を教えてもらった。

 




 それから少しして、バンドを組んで音楽をやりたいとは親と家の者に打ち明けた。

 でも、誰も良い顔をしなかった。




 環境だ。


 俺の好きなものを良しとしない環境にいる以上、俺がバンドを組む事を良いと言う大人は多分いない。あ、じいやだけは別だ。


 中学生になって神部の教育の内容も変わった。

 日々の思考が将来を左右するという心理学みたいなこともやった。


 それを学んで尚更わかった。


 神部では、この環境では、俺はずっとやりたいことをできないままなんだ。




 そう思ったけど、どうして良いかは分からなかった。

 みんなが名前を聞いて驚く学校に通っていようが、成績がそれなりに良かろうが、俺は結局中学生。義務教育すら終わってない。義務教育が終わったからってすぐに音楽ができるわけでもない。それで食べていけるわけでもない。


 でも、環境を変えなくちゃ、なんとか変えなくちゃ、神部の家の環境は俺の敵だ。



 ずっとそう思っていた。




・・・———

・・・———




・・・———




「これが、君たち神部の中核の人材に課された天命だ」





 中学生に上がって数ヶ月経った時、神部からとんでもない話しをされた。


 一族の、大事な、浮世離れした使命だ。


 俺もだけどみんな硬直した。


 全員が『コイツ何言ってんの?頭大丈夫?』と思った事だろう。



 その事実を聞いて、より神部の会社に対して真摯に向き合う者もいる。

 でも俺は、その事実を軽んじる訳では無いが、音楽の方が大事だった。

 だから、その一族の大事な話を聞いたあとに再度話をした。結果はまぁ想像していた通りだ。


『大事な話をしたのになぜわからない』

『うまく行くわけがない』

『子供の言う事だ』


 外野がウルセェのなんのって。



 





 どうして神部に生まれただけで神部に将来を捧げなくてはならないのか。

 いや、確かに1分1秒全て捧げる訳じゃないのはわかってる。会社に勤めても土日祝日のお休みはちゃんと・・・いや、俺たちの親は会社の重役だ。


 あの親たち碌に休んでないじゃん。平社員はもちろん休んでるけど。なんだよ、神部ってブラック企業じゃん。


 でも、一族の秘密を知った以上は、親たちが忙しいのも納得できてしまった。

 忙しいのが嫌なんじゃなくて、俺が生きたいのはその道じゃないっつーのが問題なんだよね。


 楓も櫻も当たり前の様に神部の会社を継ぐって思ってる。

 俺はそうじゃない。


 蓮は小学校の途中でこの屋敷を出て行った。

 俺は蓮の親が賢いと思った。神部の秘密を教える前に子供たちを救済したんだ。


 もちろん、神部がオファーを出している以上は蓮がその気になればいつでもこの屋敷も戻ってこれる。でも、戻らないことだってできる。

 つまり、蓮は神部で生きる道の他に、数え切れない程の将来を選べるんだ。


  親を悪く言訳じゃないけど、俺もそうして欲しかった。そうしたら、こんなに外野からとやかく言われることもなかっただろうに。


 そうやって考えながら、ずっと我慢しながら、門限を破りながら音楽を続けて行った。





 そして、中学校3年生の冬、俺は屋敷を出た。





・・・———





 それからは快適だった。


 親のカードで勝手にやっているのはほんのちょーーーっとだけ罪悪感があったが、それでも解放感と自由が凄く嬉しくて楽しかった。

 特に冬休みの最中はずっと好きなだけ音楽をやってられる。

 学校には通いながら、終わったら逃げるようにして門から出る。最初は中学生が一人で夜に歩いていたりホテルにいると通報されるだろうから、蓮の家や友達の家にお世話になった。


 それから、蓮のお父さんに話をつけてもらって、ホテルに泊まったりしてた。


 

 



 ちなみに、中学の卒業式の後、櫻の髪の毛の色をピンクに染めたのは俺だ。

 俺が50日間家に帰らない事が出来たら櫻の髪の毛を名前と同じピンク色に染めてやるって言ったんだ。あいつ、絶対にできないって思ったのか了承してやんの!


 まずブリーチした櫻が傑作だった。日本人じゃないみたいに綺麗な感じに仕上がってた。

 んで、その後ピンクを入れたらそりゃもう本人も驚いてたよ。


 今思えばピンクじゃなくてブリーチした白の状態でしばらく過ごしてもらっても良かったかも。


 あぁ、そんなことはよくて———


 




 高校に上がって、続いた5月晴れから梅雨に入る頃だった。

 夏服が欲しくて一度屋敷に帰った。


 そうしたら、なんか雰囲気が変わっていた。

 空気が違う。


 屋敷で会った楓や双葉もなんか違った。学校じゃ割と猫かぶってる神部の奴ら。まぁそれでもたまに不機嫌なのが滲み出てる時もあるけどね。

 俺が屋敷にいた時に見たみんなは、ただ神部に就職する事をプログラムされた機械みたいな奴らだったのに、なんか目が違う。


 あー、でも、他の執事や親父の手下たちは変わらない。


 俺を見つけちゃ閉じ込めてきやがって。

 変わったのは気のせいじゃないと思ったんだけど、何がどう変わったのか自分でも分からないまま、とりあえず閉じ込められた部屋の窓からカーテンを伝ってまた逃げた。





・・・———





 桔梗に呼び出されて公園で待っていた。

 バンドメンバーと気晴らしに水風船で遊んでいた。

 また高級自転車で来たな、桔梗め・・・と俺は迷うこと無く———

 

 考えたばかりの必殺技を繰り出した。



『スーパートルネードウォーターバルーーーン!!!』




 ーーーバシャァァーーー!!!




 

 おい、待て。桔梗じゃないぞ。なんだこの女。


 そうして、サチエに初めて会った。


 

 


 恐ろしことに、この女は神部の俺たちに屈することはない。俺たちを”男”として見ている節もない。


 『説得だなんて。私はただお話しにやってきただけですよ』

 『クビならクビでいいですよ』

 『二番煎じで、在り来たりです。突き抜け感は最早ありません』



 今までって言っても俺はあんまりメイドと話した事はないけど、誘惑されただの、迫られただのと話を聞く。

 そんな、聞いてきたメイドたちとは正反対で・・・違う意味の失礼を羅列する。


 ・・・?


 この女が今、神部で『メイド』をしている?


 楓も、双葉も、櫻も、あの薫子も、蓮も。

 みんな、この女が神部に来てから変わっている。


 神部がこの女を屋敷に”まだ置いている”。あろうことか、”俺を連れ戻せ”とか言った。




 俺が、屋敷を出た時と、()()が違うんじゃないのか?




 だから、その日のうちに戻ることを決めた。



 確かに、このまま帰らずにいると言う"突き抜けたエピソード"は持っておきたい。

 でも、二番煎じだとぶっ叩かれた。いや、俺だってわかってるよそんなの。


 でも、同じ武器でも強めの武器なら持っておきたかったんだけど・・・どうにも今の神部が気になった。









・・・———


・・・———



 戻ったら会うだろうと思ってはいたけど、思いの外早かった。


 薫子の叔父だ。



 屋敷内で会わないように気をつけてはいたのだが、多分おじさんはおじさんで俺のこと探してたっぽいな。見つかった途端に食ってかかられた。





『そんな見た目でほっつき歩いて碌に勉強もせんでお前は神部の恥晒しだ!!!』


『なぜみんなと同じように出来ない?!なぜまだ音楽を辞めない!?そんなものやってて何になるんだ?!』


 よくもまぁ、親族とはいえかなり遠い・・・最早、他人の子供にこんな事が言えるわな。

 俺は呆れながら聞いてた。


 

 文句は止まらず、薫子やサチエにも飛び火した。

 何が気に入らなくてこんなに騒ぐんだこのおじさんは。


 このおじさんがこうやって屋敷で騒いでいるうちはダメかな。こう言う人が一人いると、たとえ俺を応援したいと思ってくれた人がいたとて言いづらいだろう。

 一緒に文句を言われる。現に自分の姪の薫子にもこの調子だ。



 もちろんこのおじさんが毎日この屋敷にいる訳じゃないけど、でも来るたびに身構える自分も凄く嫌だな。でも一度帰ってきた以上、また家を出るのは、それこそ”逃げ”になる。


 この状況をどうしようと考えた。桔梗も多分何か考えてるだろうけど・・・あいつうっすら笑ってんだけど?





『・・・ちょっと』


 という言葉をサチエが挟んだ。そして、あろうことかサチエは

『じゃぁ私とディベート致しましょう。そうです、議題は———





 ———髪の毛についてです』



 信じられない言葉を放った。宣戦布告だ。コイツ・・・俺が言うのもなんだけど頭大丈夫か?!でも神部がサチエに何か期待しているのも確か・・・そしてサチエとおじさんの話は進んだ。そうしたら更に思いがけない言葉が出てきた。



『人の将来の夢をなんで純粋に応援出来ないんですか?』



 その言葉を聞いて、なんか張り詰めていた気持ちが落ち着いた。



 そうか、俺。



 ()()()()()()()()()この言葉が聞きたかったんだ。


 ただ、応援して欲しかったんだ。

 出来る出来ないとか、神部がどうとか・・・まぁ神部に就職するのが大事な事なのはわかってるけど。


 ”やりたい”って言った事に対して”頑張れ”って言葉が欲しかったんだ。



 それを、この付き合いが一番短いサチエに解らされ、尚且つ言われてしまうとは。



 そうか、多分、似て非なる事だけど、皆んなサチエに”この感覚”を教えてもらって変わったんだ。

 その変わった俺たちの話を聞いた会長が、サチエを任命したんだ。


 サチエは直接会長と話してはないけど、会長をも変えたんだ。


 


 『自分のやりたい音楽を、”頑張りなさい”』



 だから直接言いに来てくれたんだなぁ。




 どこにでもいるタメの女子なのに、凄ぇなぁ・・・サチエ。






・・・———


・・・———



「あれ?誰か写真撮る人居たっ・・・あぁ、スライムじゃん?」


「なんでお前もカメラのフィルムケース見ただけで”スライム”ってわかるんだよ。ってかサチコちゃんが材料買ってきたんだけどフィルムケースだけ使って中身はどこに———・・」


 後日、執事室に行ったらスライムがあった。



 スライムは俺もちょっと前に作った。

 バンドメンバーの弟がスライムを学校で作ったって聞いて、超楽しそうで同じ材料買って大量に作った。


 なんか、大したことないのにスッゲェ楽しかったんだよな。

 公立の学校じゃ、授業でやるところもあるとか。


 きっと、俺がバンドをやってなかったらスライムとは出会わなかったとこの時まで思ってた。

 でも、サチエがスライムをこの屋敷で作ってくれた。



 今まで、神部で禁止されてたり遠ざけられてたものが、サチエを伝ってどんどん入ってくる。





『確信してるからですよ。大丈夫だって』





 サチエが言ってくれたこの言葉。


 俺も、できる気がしてきた。




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