第57話 『いいえ、キャバ嬢は3,000円以上です』
———合宿前日
「と、言うことで。サチコちゃんに重大発表があります」
「合宿行かなくて良いのでしたら電話くだされば良いのに」
「ちっがーう!!合宿には絶対に行ってもらうからね?!だって他に誰も行けないんだから?!」
執事室で今日も響く椿の声。
「で?なんでしょう」
「・・・」
「椿さん。私早く今日の掃除を始めたいんです。あと、廊下の電飾のネジが緩んでいたのでそれも締めなければなりません」
椿がなかなかに口を割らない。
「早く言ってやれ。別に誰に何の問題もないだろう?」
執事室の椿のデスクの椅子に座っている楓が呆れながら言う。
「だって・・・!!こんな金額を俺の口から言う日が来るなんて・・・!!」
「もういいです。誰に何の問題もないなら私にも問題ないですよね」
呆れたサチエは、いつものメイド服の裾を翻して執事室を出ようとする。
「あー!!待ってー!!言う!言うんだけど・・・!あー!サチコちゃんのシフトが減っちゃったらどうしよう・・!!」
「シフトが減ったら・・・?」
椿が口走った。
サチエがバイトのシフトが減る理由があるとすれば、ここに嫌な人が存在するか、もしくは金銭的に”稼ぎすぎて”シフトを削るという事だ。
「・・・つまり、時給が上がるとっ?!」
サチエの眼鏡が光った。
「気づいたっ?!〜〜〜ッ!!この間会長に会ったんでしょ?!その時にサチコちゃんが言ってた事を『感心、感心』とか言って時給上げてって言うんだよ?!サチコちゃんそもそも時給高かったのにこれ以上高いとシフト減らすしかないじゃん!!」
サチエにいてもらわないと執事の仕事が間に合わない椿。
しかし、時給が上がれば上がるほど、サチエはシフトを削らなければならない。
一番割を食っているのは椿である。
「そうですね、合宿も行けないかもしれませんね」
「そういうこと言わないでっ?!合宿は絶対に行ってもらいます!」
「合宿のあとは?」
「・・・シフトは要相談で。ってか、サチコちゃんそんなに稼ぐ必要がもう無いって言ってたよね?!」
一旦、学校での嫌がらせが止まっているサチエ。
そのため、私物の窃盗や破壊がなくなったので買い戻すためのお金がもう不要。そもそもバイトをする理由が無い。
それでも薫子との話で何となく神部でメイドのバイトを続けている。
「まぁ、遊びも買い食いのお金も問題ないですし、学費も親が出してくれますので特段私自身時給が上がる事は扶養関係以外では問題ないですね。
そうですね、三ヶ月連続で越さなければ良いんです。毎月8万ギリギリで稼げば良いですね。
・・・あ。でしたらこの際、免許を取りましょう。中型自動二輪の免許を今年中に取って、18歳になってすぐに車と大型自動二輪の免許を取って、車も買えればもう満足ですね」
「サチコちゃんの時給なら免許代なんてすぐ貯まっちゃうよ・・・」
「だが車を買えば、駐車場代、燃料代、車検代に保険代・・・維持費が掛かるから良いんじゃないのか?ウチなら上がった時給で簡単に稼げる。逆に、車を買ってしまったら学生のうちは神部以外の給料だと長時間働かなくちゃ痛手だ」
楓は満足そうに言った。サチエが今立てた目標を本当に実行するのなら、神部に居続けることがサチエの負担軽減にもなる。そう、神部から離さない良い手だと思ったからだ。
「・・・その金額って、清掃員に戻っても適用されるんですか?」
「お前、そんなにメイドの仕事が嫌いなのか・・・?」
デスクで少しふんぞりかえるように座っていた楓が前のめりで質問してきた。
「いえ、そう言うわけではありませんが」
「不吉なことを言うな!驚くだろう?!」
「俺の仕事が増えてもう息をすることすらままならないからそういうこと言わないでサチコちゃん!人助けだと思って!!?」
「ま、その件は合宿帰ってきてからで良いではないですか。私はいつも通りの仕事を今からして参ります。ちゃんと、楓さんの部屋から始めますよ。では行って参ります」
「あ・・あぁ・・・」
「サチコちゃんに翻弄させられる俺たちっ・・・!!」
「フォッフォ!」
・・・———
「お部屋にいらっしゃいましたか」
「あ!サチエいいところに!明日からの合宿の荷物全然まとまらないんだけどどうすれば良い?」
紅葉の部屋の掃除にきたサチエ。
部屋の主はスーツケースと格闘をしていた。
「せめて、片面ずつ服とそれ以外で分けて下さい。精密機械なら服と服の間に入れても良いですが。あと、洋服は圧縮袋を使うと良いですよ。今から買いに行ければですけど。服は丸める方もいますし、丸めないでデットスペース作らずに重ねていく人もいます」
「流石!じゃぁ、一旦全部出そう!」
「先に掃除をいたしますので、終わったあとに広げて下さい。その方が置く場所が綺麗ですから」
掃除を半分終えたサチエ。
今は少しの換気と窓拭きをしている。
「この手持ち鞄と、スーツケースと、あと合宿の時は・・・このギターにするかなっ!」
大きい独り言を言う紅葉。
「・・・ギター持っていくんですか?」
「もちろん!時間がある時は触ってないと落ち着かないし」
「合宿に行かれるのは良いことだと思いますが、いつも一緒・・・だったのかどうかは存じ上げませんが、バンドメンバーの方たちは良いのですか?夏休みなんて朝から晩まで練習できる良い機会だと思ってましたが」
手は止めずに雑談が始まった。
「まぁ、確かにね。でもさ、他のメンバーだって流石に家族と過ごしたい奴だっているだろう。自分以外のメンバーが集まって練習してるって言うのもなんか寂しかったり、置いてかれてる感じがしたりしたらかわいそうじゃん。
俺ならそう思うし」
「紅葉さんの合宿の時間というのは、他のメンバーのバンド以外の大事な時間と言うわけですね」
「まぁな!・・・あのさ、サチエ」
「はい?」
丁度窓を拭き終わったサチエが振り返って紅葉を見た。
紅潮させており、サチエを真っ直ぐに見ている。
「ありがとうございました!!」
「私は、少なくとも合宿が終わるまではメイドを辞めませんが?」
「違うっ!そうじゃない!!」
”ありがとうございました”と丁寧に過去形で言われたことで、自分がお役御免になったのかと思ったサチエ。
「そうですよね。時給上がるって話を先ほどされたばかりでしたのに突然の解雇は驚きますね」
「この間のだよ!会長と薫子のおじさんが居た時の!・・・改めて言うと本当ちょっと、流石の俺も恥ずかしいんだけど・・・でも!恥ずかしいから言わないとかじゃなくて、ちゃんとお礼言わなくちゃって思ってて」
「なんの事です?髪の毛ディベートがそんなに嬉しかったですか?」
「なんでわからないかなぁ?!それともサチエも恥ずかしくてわざと言ってる?!」
はて?何のことやら?と頭の上にクエスチョンマークを盛大に浮かべていそうなサチエ。痺れを切らした紅葉が自ら説明をした。
「言ってくれたじゃん!!『人の将来の夢をなんで純粋に応援出来ないんですか?』とか!
『紅葉さん。音楽頑張ってください。その大きすぎる夢、応援してます』って!」
「あぁ。それにしても自分でもはっきりとは覚えてないので何とも言えませんが、一字一句覚えてるんですか?」
「見た光景を映像でちゃんと覚えてるよ!!嬉しかったんだよ!!家の人はほとんど言ってくれなかったから!!」
「いやいや、三人ぐらいは応援してくれてましたでしょう。忘れちゃかわいそうですよ」
「・・・まぁ、いたかもしれないけど。最近は全然誰も。ただの問題児扱いしかされてなくて」
「まぁ問題児でしょう」
「ストレートな意見!!」
立って向かい合わせに話していたが、紅葉がソファにどかっと座った。
サチエにお礼を言えたら緊張が解けて安心したようだ。
「親や身内には恥ずかしいから音楽の事言わないって奴もいるんだよ。その気持ちもわかる。でも、俺の場合は言わなくちゃダメだと思って言ったは良いけど誰も応援してくれなくてさ。そりゃ神部だからね。わかっちゃいたけど、もうちょっと応援派の人間がいてくれるかと思った。でもダメだったね」
「直接言わなくても、心では応援している方はいらっしゃると思いますよ」
「多分じいやとかね」
「わかってるじゃないですか」
「じいやは昔から俺たちの味方だから。多分、楓が社長にならないって言っても、じいやはそれを応援すると思う」
「まぁ、桔梗さんもいらっしゃいますしね」
「楓も桔梗も社長やらないって言っても、じいやは」
「櫻さんもいらっしゃいますしね」
「楓も桔梗も櫻も社長やらないって言って」
「蓮さんがもしかしたらやるかもしれないですしね」
「ダァーーー!!」
「だから、何とでもなるんですよ。ですが、他の皆さんは神部で働くと御自身で決めた人たちです。紅葉さんは、紅葉さん御自身が音楽で食べていきたいと決めたんです。良いじゃないですかそれで。
周りはとやかく言いたいんですよ。特にハゲ殿様みたいな方は。放っておけば良いんです。
だって、結局うまくいってますでしょ?」
「まぁ、わかんねぇよ。俺、音楽で食べていけるか決まってねぇし・・・」
「はいはい、大丈夫です大丈夫です。何とかなります。問題ありません」
「何でそんな雑?!この間の応援姿勢はどこ行った?!」
「確信してるからですよ。大丈夫だって」
その言葉に紅葉は驚いた。
「・・・確信?」
サチエは、『紅葉がこの先音楽で食べていけると信じ切っている』と言うことだ。
また、サチエから嬉しい言葉をもらって上機嫌になる紅葉。
”欲しかった言葉”ではなく、それを上回る言葉だ。
「人の言葉が力になるって、根拠のないただの綺麗事だと思ってたけど・・・そうでもねぇんだな」
「何か言いました?」
「別に!!そういえば、サチエ時給っていくらになるの?サチエの時給が上がるって椿が大騒ぎしてたけど」
「どうやら1,750円になるようです」
「めっちゃ高っ!!何?!水商売並みじゃん?!」
「いいえ、キャバ嬢は3,000円以上です」




