第55話 『”チキンラーメン”が良い!!』
「お前っ・・・!!馬鹿にして!!いい加減にしろ!!」
当然のごとく、自分の髪の毛を馬鹿にされたと思ったオジサンは更に怒り狂う。
「私言いましたよね?これはディベートです。
髪の毛の話題を先に挙げたのはそちらですよ?薫子さんの髪型の何がいけないんですか?似合っていて可愛いじゃないですか。長い髪の毛を美しく保つのって大変なんです。たまには切ったりして整えないといけないんです。お分かりになりますよね?
そちらだってケアしててもそうなったんですよね?」
オジサンが怒りに任せて一歩前に出たが、サチエも一歩前に出た。
そう、”絶対に引かない”という意思表示だ。
冗談めかしに色々と言うサチエだが、今回は普段に比べると少々熱が入り過ぎている。
最悪な事態にならないようにと、この先に起こりうるパターンを幾つも想像しながら、桔梗はサチエの言うことを少し楽しみにしているのが顔に出ている。
「会社だって、誰が建てたって良いんです。貴方みたいに所構わず怒り狂う経営者じゃなければ良いのでは?きっと薫子さんなら優秀な冷静な経営者になれますよ。神部の事業と肩を並べる必要も無しです。自分の会社なら、自分の好きにすれば良いのです。
なぜ、”ただの叔父”である貴方が薫子さんの将来に口出しを?立派な立派な将来の夢じゃないですか?応援するべきでは?」
「サチエ!!もう言うなっ!!」
双葉がサチエの心を読んで先手をかける。口を塞ごうと長い手を伸ばしたが———
「それともお怒りの本当に原因は、薫子さんが切り捨てた髪の毛が御所望だったのでは?」
「馬鹿ーーーーー!!」
間に合わず。
「貴様!!いい加減にしろ!タダじゃおかないぞ!!」
オジサンは顔を真っ赤にして怒っている。
勿論、サチエは引かない。
オジサンの言っている事は、”オジサンが勝手に想定した未来とズレている事に腹を立てた”からなだけであり、本来、紅葉も薫子も言われなくても良いことだからだ。だからこそ、サチエは許せなかった。
「オジサン、さっき言いましたよね。
『周りの意見に感化されることなんか十分にあり得る。それこそ、今日出かけている最中に隣で信号待ちをしている人間の一言で人生が変わる事だってある。
人の意見というのはそれほどまでに強力だ。悪い奴の影響を受けたに決まってる』
その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。
貴方のその一言で、私たち人生経験の少ない学生は酷く傷付きます」
「傷つくだとっ?!お前が何を言う!!」
「まだ私のターンです!!」
遮り返したサチエ。
「貴方のその言葉で人は傷付きます。でも、貴方の言葉で救われる人だっています。薫子さんが悪い影響を受けたと思ったのなら、貴方がまた良い言葉をかければ良いんですよ。
そもそも、人を自分の思う通りに動かそうなんて烏滸がましいですけどね」
「何も知らない癖にっ!!神部の生まれで優秀な者を各子会社のトップに配置すれば経営がやりやすいだろう!?そう言うこともわからない子供が私に口ごたえな——」
「そんな薄っぺらい事情でしょうか?貴方が知らない他に何かもっとちゃんとした理由があるのでは?
まぁ、おっしゃる通り、私は神部の事情は一切知りません。
が、そもそも紅葉さんのご両親は音楽に関しては『辞めてほしい』などと言っていないと聞いてます。辞めさせろと言うのは貴方だけの意見なのでは?
でしたら、もはや他人の貴方が辞めろだのなんだの言うのは違うのではないでしょうか?
紅葉さんが言ってたように、本当に『紅葉さん以外の神部の方は自主的に会社を継ごうとしている』なら紅葉さん一人くらい好きにしても良いんじゃないですか?
紅葉さんがいないと神部は倒産しちゃうのですか?そんな脆弱な企業なんですか?」
「お前に何がわかるんだ!!」
「私はわかりませんけど、貴方も同じでしょう。紅葉さんの親でもないんですから」
「私は神部の中の一つの会社を任されている!!お前たちと立場が違うんだ!意見が違って当然だろう!!」
「立場が違うのはわかってます。ですから、ここで言う”立場”は、貴方は紅葉さんの親ではないんです。
会社で重役をやっていて社会経験が豊富であることと、人様の家の子供の将来をとやかくいうのは全く別物です。
今の貴方は、ただただ若者の将来にイチャモンつけてるだけです」
「イチャモンではない!!神部の中核の教育を受ける責任と義務をだなっ・・!!」
「なぜ他人の子供にそこまで執着するんですか?自分のお子さんが『神部の中核の教育』を受けてない事への劣等感ですか?
貴方がすべきことは、その熱意を自分のお子さんに向ける事なのでは。紅葉さんの将来がどうなろうと貴方に何一つマイナスの要素はないはずです。
優秀らしい紅葉さんが音楽を辞めて神部にきたら、それはそれで会社も助かるでしょう。音楽で成功したのならそれはそれで良いじゃないですか。
人の将来の夢をなんで純粋に応援出来ないんですか?」
その言葉を聞いた紅葉は自分の異変に気づいた。
心の中の何かが崩れた事を感じた。
自分でもあまり認識していなかった心の奥底にしまった堅く張り詰めた物に気づいたからだ。
「どうして、紅葉さんに『頑張れ』って誰も言わないんですか?どうして応援しないんですか?こんな快適な家を出る程に頑張りたいって言っているのに」
「なんで・・・」
サチエの言葉に反応したのは紅葉だった。
「私が、オジサン・・・貴方の立場ならこう言います」
そう言って、紅葉の顔をみたサチエは、相変わらず笑いもしないが真剣な顔と謎に説得力がある猫目を”キッ”と向けてこういった。
「紅葉さん。音楽頑張ってください。その大きすぎる夢、応援してます」
「なんで・・・!!一番付き合いの短いサチエがっ・・・!!
なんで会ったばかりのサチエが!!俺が言って欲しい言葉を!!そんな簡単にわかるんだよっ!!!」
心底悔しそうに、瞳に涙の膜を張った紅葉が言った。
———パンッパン
「はいはい、そこまで」
乾いた手の音がその場に聞こえた。
廊下の先には執事長とサチエが初めて見る老人がいた。
老人と言っても、おじいちゃんおじいちゃんしておらず、恰幅が良さげだ。
「じいちゃん!!」
櫻が驚いた。
彼の”おじいさん”と言う事は———
「かっ・・・会長っ!!」
神部の会長である。
突然の会長の登場にオジサンは慌てふためく。
「屋敷の廊下でこんな話をするもんじゃない。他の者が気を遣って仕方ないだろう。
さ、解散だ。各自、持ち場に戻りなさい」
会長の一言で、その場の空気が締まった。
そして、皆自分の部屋に帰ろうと一歩を出した。
「あと、紅葉」
ここで会長が紅葉を読んだ。
少し目の赤い紅葉。
罰が悪そうな顔をして、持っていたギターのストラップを無意識に強く握った。
「おかえり。良く帰ってきたな」
「・・・はい。少し前に」
目線は斜め下だ。
「自分の人生だ。自分で責任を取りなさい。高校生のお前にはまだその責任を負わすのは早いと思った。
上手くいかなかった責任を転嫁する癖がついては困ると思ったから、最初はまだ我々の敷いたレールに乗ってもらおうと思っていた。
だか、それは私たちのエゴイズムだったな。
彼女の二番煎じにはなってしまうが・・・
”音楽、頑張りなさい”」
会長の言葉に、下を向いていた紅葉の顔は弾かれたように前を向いた。
そして、眉間いっぱいに皺を寄せ、なんとか涙がこぼれないように必死で応答した。
「———っ・・・!!はいっ!!」
「・・・では、私も帰ると——」
「貴方様はどうぞこちらへ。このままお返しするわけには行きませんので・・・」
オジサンは、執事長に捕まれて会長と一緒に消えていった。
・・・———
・・・———
・・・———
『持ち場に戻りなさい』
会長の一言で、サチエも途中だった紅葉の部屋の清掃を再開した。
「俺もラーメン食べてみたいな」
桔梗が、サチエの昼食のラーメンの話を思い出して呟いた。
「あのね。今そんな話じゃないの。何がどうなってあのオッサンが騒いで結局大事になったのか俺に事情聴取されてるのよ。わかる?」
”一連の始終を聞くように”と執事長の指示の元、椿も紅葉の部屋に来ていた。
「食べに出かけるのは難しいでしょう。ラーメン初心者でしたら、個人的にはカップからの入門をおすすめします」
「あぁ、知ってるけど食べたことはないんだ。どこのメーカーがいいの?」
「どこの会社も企業努力が素晴らしいです。でうが、一つあげろと言われると、我が家の贔屓は日清食品です。カップヌードルが王道です。鍋で茹でるインスタントなら———」
「”チキンラーメン”が良い!!」
ここ最近で一番ご機嫌な顔をした紅葉が割って入ってきた。
屋敷を出て自由に暮らしていただけある。お菓子もインスタント食品もよく知っている。
「が、おすすめです。熱湯注いで待つだけタイプの人もいますけど」
「じゃあ今度こっそり作ってよ」
「仕方ないですねぇ」
「君たちここでそんなこと喋って空気読む気もなきゃ内緒にする気もないでしょ」
「「ふふん」」
サチエと桔梗が同時に鼻で笑う。
「じゃぁ合宿の時に食べようぜ!!」
「あれ?紅葉合宿行くの?」
「サチエも行くし、ラーメン食えるなら行く!」
「仕方ないですねぇ。五袋入りのを買っておきましょうか」
「ねぇ?!君たち?!俺の話ちゃんと聞いてっ?!」




