第54話 『———髪の毛についてです』
屋敷に響く声に、部屋から人が顔を出す。
サチエと桔梗が紅葉の部屋から廊下に出た。小走りで声の発信源へと向かう。
途中で櫻や双葉も部屋から出てくる。
「オジさん来てるんだ・・・」
「あー、今日急に会議が決まったって朝じいやが言ってたなぁー・・・でもおじさんが来るとは思わなかったけど」
合流して廊下の角を曲がると、ギターを背負った紅葉。そして、その紅葉の向かいに薫子の叔父がいた。
「はいはい!おじさんストップストップ!!」
「なんだお前!邪魔をするな!お前たちが必死に勉強してるのにこいつはまだ音楽なんてやってるんだ!!腹が立たないのか!?」
その場に到着次第、すぐに双葉が止めに入った。しかし叔父さんは止まらない。
他の学生を自分の味方にして、紅葉を敵として認識させるつもりなのだろうか、紅葉を責める。
「なぜみんなと同じように出来ない?!なぜまだ音楽を辞めない!?そんなものやってて何になるんだ?!」
「オジさん、ちょっと落ち着いて下さい」
櫻も紅葉と叔父の間に入る。しかし、止まらない。
やりとりを見て、サチエは思ったことを口に出した。
「桔梗さん、あれはもう性格やいろんな複合的要因がありすぎる人ですね。きっと止まらないでしょう」
「でも、止めないとだよね。どうしようか」
二人が止めに入っても、話を聞かずに怒鳴り続ける中年男性。
言われている紅葉本人の目は輝きを失っている。
その冷めた目は、先日サチエに水風船を当てた人とは別人のように感じられる。
その光景を見ながら、サチエと桔梗は考える。この騒動を治める手段を。
言葉が良いのか、それとも物理的に止めに入るのか。
短い時間の中で考える。
そんな最中、紅葉が口を開いた。
「俺、別に必要ないでしょ?」
静かな声に、周りが驚いた。いつもの明るさはない。目と同じように声も冷たい。
「社長候補は楓。桔梗だっている。蓮が帰ってくるかもしれない。櫻もいる。
壱葉と双葉は神部から多分外れるけど、それでももっと沢山一緒に経営学学んでるやついるじゃん。
しかも、俺みたいに反抗せずに、神部を継ぐって当たり前のように自主的にやってる奴らだよ。
俺一人くらい神部にいなくったってイイじゃん。
何がそんなに悪いの?」
その言葉に、紅葉の周りの三人が止まった。
少し距離を空けて見ていたサチエが桔梗に思わず言葉をこぼした。
「正論ですね。少なくとも、親以外はグゥの根も出ないです」
「サチエ、黙って」
隣の桔梗を見るサチエ。
少し焦っていそうに見受けられるが、これは次の手を考えている顔だ。自分の次の手や、ハゲ殿様が更に怒り出すだろうからどのように収めようかと考えている。
「(私が何もしなくても良いのでは?そもそも私はただのメイド。最初から桔梗さんに任せて良いのでは?むしろ私はなんでココに来た?)」
戻ろうかと一歩後退りをしようとしたら桔梗に腕を掴まれたサチエ。
驚いて隣の男を見るが、顔と目線は相変わらず紅葉の方を向いている。
その癖、視界の端で捉えたのか、立ち去ろうとしたサチエを捕まえた。
相変わらず食えない男だと思っていたら、またも大きな声がした。
「・・・メイドッ!!お前が紅葉の音楽を辞めさせる話だったろう?!屋敷に戻ってきたがコイツは辞めてない!!やっぱり出来なかったか!!お前はメイドをクビだッ!!」
矛先が変わり、次はサチエも巻き込んだ。
「お前は楓の部屋にいた時から気に食わなかった!!
なんでも見透かしたようなその顔!!何も知らない子供が生意気だ!!
クビだクビ!!言われた事ができない奴はクビだ!!会長に進言する!!」
突然の怒りようにもサチエはあまり動じなかった。
言っていることが突拍子もなく無茶苦茶だからだ。
「どうぞ。私は何も困りませんので」
「そういう大人を馬鹿にした態度が腹立つと言っているんだ!!まだわからんのかっ?!」
これは収拾が大変だとばかりに桔梗が周りから見えないように笑った。
目の前のオジサンが言ってる事は、会社の為ではない。自身が納得いくように物事が進んでいない事へのただの八つ当たりである。
桔梗もサチエもそれをわかっている。
誰か大人がきてこの場を収めてくれないかとサチエは思う。以前は執事長が来てくれた。
しかし、今、運良く来てくれるとは限らない。
そもそも、ここに来るまでの間、部屋から顔を出す人は居たが、部屋から出ることは無かった。
来たのは双葉と櫻だけだ。
皆、このオジさんが面倒だと知っていて、近寄らないのだ。
「(誰か来い、誰か来なさい、よしわかった。お願い致します。どなたかいらしてくださいませ)」
サチエが心の中で唱え始めた。
そのサチエの願いが叶ったのか、奥から小走りする音が聞こえてきた。
絨毯の為、音で判別がつきずらいが———
「女性の足音っ!」
「サチエ?」
「なんの話だっ!!」
「叔父様!!何をそんなに他所の屋敷で怒ってるの?!落ち着いて!!」
薫子だ。薫子が屋敷のサチエの元へ遊びにきたのだろう。
そこで罵声が聞こえてきた為、走って止めにきた。
「薫子?!お前もだ!!」
「え?!」
標的が今度は薫子に変わった。
「神部の男に取り入れもできず!!中核にも入れず!!あとなんだその頭は?!なぜ髪の毛を切った!?淑女たるもの髪の毛は長くしておくべきだ!!
大体!最近では、『将来は自分でも会社を建てたい』とかなんとか言ってるらしいじゃないか?!中核に入れない者が会社なんて建てられるわけもないだろう?!大体女は会社なんて建てなくて良い!!何を馬鹿なこと言い始めた?!コイツか?!
この音楽馬鹿の影響でも受けたのか?!」
「叔父様!今は私の事はいいじゃない!!髪の毛も会社を建てる事も今は普通の事よ!!
紅葉は関係ないわ!」
「関係ある!音楽馬鹿の影響じゃなきゃ誰だ?!このメイドか?!周りの意見に感化されることなんか十分にあり得る!それこそ、今日出かけている最中に隣で信号待ちをしている人間の一言で人生が変わる事だってある!!
人の意見というのはそれほどまでに強力だ!!悪い奴の影響を受けたに決まってる!!その髪の毛も全く似合ってない!!品性のカケラもないっ!!」
姪に対して躊躇いもなく言う。
特段、この叔父と薫子の関係性は悪くない。むしろ、薫子の親のところに良く顔を出すこの叔父だ。
それなのに、今はこのように罵倒している。
本人の中でよほど気に食わないらしい。
「おい、おっさん。言って良いことと悪いことがあんだろうが」
叔父の偏見に、紅葉が口を挟んだ。
「ほら!!お前がこうやって周りに悪影響を及ぼしてるんだ!!今は私と薫子が話をしているんだ!だからこういう奴はダメなんだ!まず手始めに勉強に不要な音楽を辞めろ!!薫子がおかしなことを言うようになったものお前が原因だろう?!」
「だから紅葉は関係ないわっ!!」
「じゃあメイドか!!お前が髪の毛を切っても良いと思うようになったのはメイドが原因か!!」
「サチエも違うわ!これは私が自分で———」
「なぜ髪の毛を切った?!嫁の貰い手がつかないぞ!!」
なりふり構わず叫ぶ。
双葉も櫻も、あまりの意味不明なオジサンの主張に一歩引き距離を取った。
しかし、その一歩引いた二人とは逆に、立ち向かった者が一人———
「・・・ちょっと
人の容姿の事を言うなら、私が相手になります。貴方がまず初めに言ったのですから、言われても文句はありませんよね?じゃぁ私とディベート致しましょう。そうです、議題は———
———髪の毛についてです」




