第52話 『俺!ヨックモック好きーー!!』
「それにしても、紅葉が一回の話し合いで屋敷に戻るなんてね!サチエなんて言ったのよ?」
「特には。保護者のところに帰った方が良いですよ的な事を言ったぐらいです。なんかそれが心に刺さったとか刺さらなかったとか」
「当たり前のことだね?」
「意味不明だわ」
原宿の明治神宮近く。ベンチにて三人が座ってクレープの続きを食べる。
「そうだわ!コレ食べ終わったらこの道まっすぐ歩いて表参道まで行ってみましょうよ!」
「その間に食べ物屋さんありますかね?」
「薫子、行ってもいいけど表参道ヒルズがオープンするの来年だよ?まだ工事中だけど」
「良いのよ!ただ歩くだけでも!それにオープンしたらどうせ人でごった返して歩くのも大変でしょうから今のうちに歩いて見ておくのよ!」
「あっ、そのままヨックモック行きましょう。シガールを沢山買うのです」
「近くのデパートで買えば良いじゃない」
「『青山本店』で買うから良いんですよ」
食べるスピードが一番早いサチエは、既にクレープを食べ終えて立ち上がった。
青山まで歩いて、好物の一つであるヨックモックのシガールを買う為に準備運動を始めた。
「今夜はヨックモックパーティーですね」
「今日食べるの?!」
薫子が声を上げ、蓮がクレープを吹き出しそうになった。
「ありがとうございました!」
「コチラこそありがとうございます」
翌年開業予定の大型商業施設の横を通り、薫子の希望である道を歩き切った。
サチエの目当てのお菓子も買い込んだ。
店員の爽快な挨拶と笑顔に、サチエも丁寧にお辞儀をして礼を告げた。
「俺さ、中学校の時に来た時はさ、表参道ヒルズ着工前の建物がただただ囲ってあっただけなんだ。
人によっては、蔦が蔓延してるのは綺麗じゃないって感じるかもしれないけど、趣があって俺は好きだったんだよね」
なんでもない話だ。
「あ、それなら私も。ライブハウスに来た時に時間が余っててこの辺うろついた時に見ました。
私も蓮さんと同意見です。古いですけど、良い味出してました」
「わかる?嬉しいなぁ」
「私見た事ないわ。殆ど来ないし。と言うか、サチエ誰のライブ来たの?」
何度でも言う。なんでもない会話だ。
しかし、こんなたわいもない話をするのが学生だ。
見て感じた事を口に出す。自分の意見や気持ちをそのまま述べる。
人に気を遣い、相手を思いやる言葉遣いを大人はするが、子供は思った事を口にする。
そして、相手の言葉に然程左右されないのも子供特有である。
大人になると、相手の一字一句に過敏になるものだ。
意味のない、中身のない会話は『無駄』と称され、思った事も口に出来なくなる。
その事を、何処かで知り得て、同じ学年の人より理解のあるこの3人。
最初は歪み合ったり、途中からは偶然の鉢合わせから始まったが、今では3人共が居心地が良いとさえも感じ始めていた。
しかし、そんな平穏は続かずに機械音と共に崩れ去る。
———ピリリリッ
「電話が鳴ってますね」
「誰のかしら?私のじゃないわ?」
「俺のでも?」
「私です」
ポケットから出した携帯電話のサブディスプレイを見るサチエ。しかしまだ開かない。
「出ないの?」
「出ても良いわよ?切れちゃうわよ?」
「この着信音は不吉な予感です」
薫子と蓮が顔を見合わせた。
不吉とはなんだろうと首を双方が傾げた。
そんな2人にサチエが開いた画面を見せる。
「うーん」
「確かにその名前は今は見たくないわね」
・・・———
「サチコちゃん!!早く出てよ!!遅いって!!」
サチエの携帯電話を鳴らすこと1分。ようやく持ち主がボタンを押してくれたようで、耳元から『サー・・・』と相手の周囲の雑音が耳に入って安心と同時に文句が出た椿。
『椿さん、携帯電話と言うのは相手の状況を分からないまま掛かるんです。
出れる出れない、出ないも私の勝手ですよ』
「冷たい事言わないでよ!緊急事態なんだって!どうせアイス食べてたんでしょう?!」
『失礼ですね。クレープ食べてヨックモック買ってたんですよ』
「『失礼』がどこを指してるんだかちょっとわからないけどとりあえず緊急事態なんだって!!」
『はい、なんですか?どうぞ』
電話口の相手の女子高生の方がとても落ち着いている。
普通、大人の職場の男性が慌てたり急用だと言えば、少しは緊張したりするものだろうが、サチエからは一切感じられない。
「8月のお盆の週に、強化合宿があるの!!それについてきて欲しいんだ!!」
『申し訳ありませんが、8月の後半シフトはまだ未定です。母が2週間程海外に出張になりそうで、家族みんなで行こうかって話が出てるんです』
「ジーザス!!なんで?!」
『そもそも強化合宿とはなんでしょうか。頑張って強化してください』
「強化するのにサチコちゃんが必要不可欠!!」
『薫子さん、蓮さん、強化合宿ってなんですか?』
『え?聞いたことないな?』
『私も知らないわ?経営学をどこか別の場所で缶詰でやるんじゃなくて?』
『それって私要らないですよね?』
『まぁサチエは経営学関係ないからね』
『”合宿”って言ったら、合宿中のご飯とか、合宿場の掃除とかじゃない?サチエちゃんに頼みたいんじゃないの?』
電話の向こうで喋っている声を聞き、椿が激しく同意した。
「そう!!それそれ!合宿中のご飯だよ!主に!!ってか買い出しもだけどさ!!いつもと違う時期になったから一緒に行ってくれる人大人がいないんだよ!みんなお盆休みだから!!」
『私もお盆休みで尚且つ子供です』
「お願いだから!」
『ですが、先ほども申し上げましたが、母の仕事で海外に行きますもので。もうほとんど決定事項なんです』
「一応お母様に聞いてきて!お願い!」
『・・・仕方ないですねぇ。聞くだけ無駄でしょうけど一応聞きます』
そう言って、サチエは電話を切った。
「どうでしたか?」
通話が終わったと判断し、執事長が椿に問う。
「家の都合でその時期は海外に行く予定らしいけど、一応打診はお願いしました。・・・マジでサチコちゃんがきてくれなかったらもう打つ手がないよ!!今から臨時でメイドとかコック雇っても無理でしょ?!」
「これなら、サチエさんが仰ってましたように、とりあえずで良いのでメイドを採用しておくべきでしたね」
「くそー!でも料理が出来るメイドさんとは限らないし!!でも部屋の掃除と洗濯ぐらいはできれば料理は全部外部からの手配とかでぎりぎりいけたかもしれないけどでも今からじゃ流石に厳しいかもしれああああーー!!もうっ!!」
「フォッフォ」
一人執事室で荒れ狂う椿をみて執事長は笑った。
手助けはできるが、これは執事室全体の仕事のようであり、椿に直々にきた調整の話である。執事長は、椿がどのように話をまとめられるかを査定する必要がある。
「まぁ、あとは椿さんが運を持っているかどうかですね。楽しみに結果を待ちましょう」
「じいや!!他人事だと思ってぇ〜〜!!!」
・・・———
「幸枝ちゃん!本当にごめん!!」
「・・・今回は椿さんの運が強かったか」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
サチエの自宅。リビングで大人の女性が一人、女子高生のサチエに頭を下げている。
女性は、サチエの母の会社の社員。
なぜ頭を下げているかと言うと・・・
「じゃぁさ!!ねーちゃんの分の飛行機のチケットがないって事はさ!ねーちゃんだけフランスに行けないってコト?!」
「グフォワッ!!!」
「弟よ、そうハッキリと言わなくて良い。ほら、お前がトドメを刺してしまったから床に突っ伏してしまったではないか」
急遽決まったサチエの母の出張。期間は二週間。そして、現在は夏休みと言うこともあり、家族全員で母の出張に旅行がてら行こうという話になっていた。
会社で家族全員の航空チケットの手配をしたのだが、サチエの分だけが取れていなかったのだ。
申し込みが漏れたのか、何がどうなったのか理由は不明だ。とにかく、サチエの航空券だけないのだ。
「日程はズレますが、今からすぐに新規で申し込んで取ります!!」
床から顔を上げた社員。もう涙が止まらない。言って、すぐにパソコンを開いてインターネットに接続しようとした。
「流石のサチエも、フランスまでの距離を一人で来いって言うのは私も不安だわ・・・まぁ、それでもこの子は大丈夫でしょうけど。なるべく近い日程・・・空いてるなら近い時間で取って貰えるかしら?」
サチエの母は特段怒っているわけではないが、珍しく『どうしたもんかしら』という顔はしていた。天真爛漫な母が見せる珍しい顔に、サチエの妹と弟はこの状況をなぜか楽しんでいる。
「かしこまりました!!只今・・・」
「待ってください」
チケットの取り直しをサチエが静止した。
「あらサチエ、流石に一人じゃ怖いかしら?」
止めに入った娘を驚いて見る母。動いた顔と一緒に、綺麗なピアスと綺麗な巻き髪が揺れた。
「いや、違う。今回は私の負け。私、こっちに残る」
「どうしたのサチエ?!」
「お姉ちゃん行かないの?!」
「ねーちゃん!!外国の飯食わなくて良いの?!」
「まぁまぁ、皆さん落ち着いて。ゆっくり話をしましょう。お茶菓子もあることです。
さぁ、今日青山の本店で買った『ヨックモック』のシガール。これを食べながらにしましょう。
・・・ふぅ、私はどうやら日本に残らないといけないみたいですね」
「俺!ヨックモック好きーー!!」
「サチエが残るならパパも残るっ・・・!!」
「あらヤダ!!パパいつからいたの?!」
「・・・朝から家にいたよ・・・」




