第51話 『原宿に銀だこないんですかね』
「椿ー、サチエ今日から出勤じゃなかった?部屋の換気とかなんか色々何もやってないんだけど?」
執事室に来た双葉。
もう夕方になる。それなのに、今日から出勤と聞いていたサチエが来ていないと確認をしにやってきた。
朝出勤して、8時間労働の後に夕方には帰宅するシフトだ。
扉を開けて最初に目に入ったのはテーブルの上の品物だった。
「・・・何これ?」
執事室のローテーブルには、沢山のお菓子があった。箱菓子が多く、どうも土産っぽい。
「鳳梨酥・・・フォンリー・・・スー・・パイナップル?あ、何これ台湾の銘菓じゃんこれどうし———」
手にとって顔を上げた。
そこには椿と桔梗。そして、メイド服ではないサチエ。
そして紅葉がいた。
「てぇーーー!!紅葉じゃん?!え?!サチエが連れて帰ってきたの?!待って、えっ?!」
明らかなる動揺。
「ただいま!」
「おかえりっ?!」
その様子を見て桔梗が声を上げて笑う。
「くはははははっ!!なんかもう、拍子抜けしちゃうよね!紅葉、あっさり帰ってくるんだからさっ・・・!!」
「いや、サチエの威力と桔梗の手引きの凄さでしょ・・・え、マジで?」
「双葉さん、私の威力とは」
桔梗が笑い、双葉が驚き、椿があっけにとられている。
双葉が見るに、紅葉が不貞腐れている様子がないことから、サチエが上手く話を持ちかけたのだと思っていた。
「私は何も言っておりません、神部の闇をお話ししただけです」
「むしろ何、その闇って」
「なので、ご自宅に戻ってきたのはあくまでも”紅葉さんの意思”です」
「なんで戻ろうって思ったの?」
「多分だけど、サチエと話してると、なんかこう・・・自分の殻を破れそうっていうか。なんていうんだろう。新しい発見がありそうっていうか・・・とにかく世界が広がりそう的な?!」
「わからないようでわかる気もする。でも、勉強増えるし、楽器の練習だって時間減るじゃん?」
「その辺はうまくやるよ。いや、うまくやらない。
とにかく未成年の俺は、まだ保護者のいるところに毎日帰ってきた方がいいっていうからさ」
「今更何あたり前の事言ってんだお前」
「いいじゃん!周りの大人を”親”とか”神部”とか”幹部”とか”役員”って呼び方するけど、”保護者”って久しく聞いてないなって思ってさ。”保護者”って、あぁ、俺たちのこと”保護”してくれる人なんだって。なんかちょっと目覚めた」
「悪い、何に目覚めたのか俺にはわからない」
「いいよ、とにかく俺は目覚めたんだ。一応この屋敷からしばらく学校に通うしちゃんと帰ってもくる。つまり生活するわけだ。これで、サチエがとやかく言われることはなくなるだろう?」
「そうだね、まずサチコちゃんの安全が確保されればね」
「そうですね。じいやも鼻が高いです」
「まぁ、それに関しての責任は私は一切——ほぐっ!」
「ね、これでサチエが安心してこの屋敷でまだメイドをしてくれるね」
サチエは最初からこの件がどう転んでもなんとも思っていない。自分には一切責任がないと感じているという正論を口にしようとしたことに気づき、桔梗に口を塞がれた。
なんとなく感動的な空気でまとまったこの場に水を差さない為だ。
「・・・なんで二人して『離せ』と『黙れ』って心の中で言い合いしているの?」
・・・———
「じゃあ!一応屋敷には戻るけど条件があるからその話をこれからするから!」
「はい、紅葉さん。じいやができることでしたら」
「はぁ?!お前この後に及んで何言ってんの?!そもそもお前はごめんなさいの一言はないわけ?!」
自身はこの後は不要だと感じたサチエ。
「では、私は今日は紅葉さんのお部屋の掃除だけしますね」
「待って、あと俺の部屋もやってって!」
「双葉さん、換気っていうのは窓を開ければ誰でもできるんですよ」
「いや、あの絶妙な力加減と換気加減がだな」
「じゃぁ、紅葉の部屋に案内するよ」
「桔梗さん、よろしくお願いします」
屋敷に差し込む夕焼けが赤い。明日も晴天だなとサチエは思いながら廊下を歩く。
神部家の屋敷の窓は二重窓だ。それでも蝉の声が聞こえる。
あぁ、夏も本番になったなと、これからの予定を思い出しては少し顔がにやけるサチエ。
明日には隣町でお祭りがある。ラムネと串焼きが楽しみなのだ。
そして明日からもう八月である。
夏休み開始からトップスピードで謳歌しているサチエ。
もうあと31日したら夏休みも終わりか。と、7月末の特有の一時の寂しさに一瞬駆られる。
そんなサチエの表情を見た桔梗が話かけた。
「何か楽しい予定でも?」
「はい。明日は隣町のお祭りで食べ歩きます。今日で7月も終わりかと、一瞬センチメンタルになりましたが、まだまだお祭りもイベントもあります。
薫子さんと蓮さんとも食べ歩・・・遊ぶ予定がありますので、今年の夏はとても楽しみですね」
「へぇ・・・。楽しそうだね。俺も一緒に行け・・・あれ、サチエ夏休み中の課題って終わったの?宿題って言うの?」
「課題・・・?」
「あ、サチエの学校はないのかな?夏休みの宿題」
「・・・忘れてました」
サチエにしては珍しいと桔梗は思った。しかし、サチエとてただの人間だ。たまにはこう言うこともあるだろうと思ったその矢先
「一つだけ終わってません」
「むしろ他は終わったの?夏休み入ってからすぐに海外旅行行ったんだよね?」
サチエの眼鏡が光った。
「桔梗さん、夏休みの宿題は何も終業式に受け取る訳ではないんです。あらかじめ各教科の教師がヒントみたいなのをこぼしたり、学期の最後の授業で言うんです。つまり」
「終業式前に既に終わっている・・・と?」
「えぇ、おっしゃる通りです」
「やっぱり面白いね、サチエは。はい、ここが紅葉の部屋だよ」
「でも、一つ宿題が残っていた事を思い出せました。ありがとうございます。では、このお部屋も30分で仕上げて参ります」
そう言い、キリッとした顔つきで紅葉の部屋の扉を開けた。
そして、閉めた。
「では、このお部屋は1時間で仕上げて参ります」
「悲惨な状態だったんだね」
・・・———
・・・———
翌日。
サチエは今週はもう出勤をしない予定だ。
昨日は紅葉の部屋だけの掃除で終わった。いや、紅葉が家に帰ってきただけで大収穫である。
「いいんじゃないか?別に経営の講義に出なくても。俺と桔梗が良いって言えば別に他の者も何も言わないだろう」
執事室のソファーで足を組みながら楓がピシャっと言い放った。
「いやいやいや、ダメでしょう。
講義出ない、食事はみんなと別、夏休みサチコちゃんが出勤した時に屋敷に居たらそのうちの1時間貰う、防音室優先使用権限、1日1回自由外出!
それでもお前許せるの?!楓が許せるなら良いけどっ?!」
「・・・」
「ほら!!許せないんだろう?!だから言ったじゃんか!!あんな無茶苦茶な紅葉の条件なんて飲めないって!!」
「1日1回の自由外出を俺たちも出来るなら飲む」
「無理に決まってんだろ?!」
「まぁ、自由外出の件は追々自分でなんとかする。一旦はこれで良いじゃないか。
全部一度にやる必要は無い。まずは紅葉が帰ってきただけで十分だ」
「あのオッサンはなんて言うか知らんけどね〜」
「会長は紅葉が帰ってくれば良いだろう。外野は騒がせておけ。で、再来週の強化合宿の件はどうなった?サチエに打診したか?」
「え?」
執事室の時間が止まった。
互いに見合う男二人。
「桔梗から言われただろ?今年は8月最終週からお盆の週にずらすって。その間の合宿場の炊事洗濯掃除をサチエに頼むんじゃなかったのか?」
「・・・」
「お盆の週になるからいつもの人たちは出勤、付き添いが出来ない。だからサチエに頼むようにって話だったろ」
「・・・」
「"忘れてた"以外の言い訳なら聞いてやる」
「失念しておりました」
「同義だ」
「自転車の手配してたら忘れたのっ!!」
「なんの話してるんだ?」
・・・———
・・・———
夏祭りに行き、たらふく食べて幸せなサチエ。
連日、どこかのお祭りや、チェーン店で好きなものを食べまくる。
一学期の間に稼いだお金はまだたんまりある。加えてお小遣いもあるため、人の二倍食べるサチエでも困らない。
「原宿と言ったらクレープよね!!」
薫子と蓮とサチエで今日は原宿に繰り出した。
「それにしても、薫子さん。ボブも似合いますね」
「私は可愛いからなんでも似合うのよ」
「そう思います」
「サチエ、褒めすぎると調子に乗るからほどほどにね」
ロングヘアーを、バッサリ切った薫子。
しっとりとしたお嬢様の見た目から、軽快ではつらつとした雰囲気に変わった。
「見た目だけの話です」
「中身も褒めなさいよ」
「でも、私にとって良い感じに変わりましたよ」
「そうでしょう?」
買ったクレープを食べ歩きながら話す。
そんな三人を道ゆく人が見る。
三人と言うより、蓮をみている人が大多数だ。
「見た目がいいのも困りものね。クレープ食べてる姿をまじまじとみられるのはいい気がしないわ」
「クレープもいいですけど、甘いもの食べたらしょっぱい物も食べたいですよね。ソースぐらいの濃さが良いのでたこ焼きが良いですね」
「お昼ご飯食べたばっかりじゃないの!そのデザートのクレープでしょ!」
「原宿に銀だこないんですかね」
「無いわよ!」




