第50話 『さ、”おっとっと”をお召し上がりください』
「まぁ、桔梗さんが全部言っちゃったんでもう隠す事も何もないです。私たちが今日来た理由はそういうことです。
まず、紅葉さんが屋敷に戻らない理由を聞いてもよろしいですか?」
サクサクとサブレーを食べながら話すサチエ。
「待て。まずなぜ鳩サブレーなんだ!!この場合は肉の方が良いだろう!ローソンのからあげクンとかさぁ!」
「途中にローソンがありませんでした。あと、これは私の家に届いた母宛のお中元を持ってきたものです。美味しいでしょう」
「うん、まぁ、俺も好きだけど肉食べたかったなぁ」
「後で買いに行きましょう」
サチエから受け取った鳩サブレーの封を切った桔梗と紅葉。
桔梗は袋の外から大きく割って、サブレーを食べ始めた。一方、紅葉は手を使わずにそのまま齧り付いた。
齧り付いた一口を嚥下して、紅葉が語り始めた。
「いや、ほら。・・・格好良いじゃん。アーティストって、若い頃から突き抜けてる生き方が後に良いエピソードになるっていうかさ。中途半端ってなんか嫌で」
「え、そんな理由だったの?寝る間も惜しんで練習したいのが一番じゃなくて?」
「それも理由の一つだけどさ!一流でめちゃくちゃ売れてて格好良いバンドマンってなんかみんなそういうエピソードがあるじゃん?!」
「なるほど・・・突き抜けが格好いいって感覚だったのですね」
「なんだよ!笑えよ!でも!俺が有名になったら絶対家に帰ってないエピソードだって良い感じになるに決まってんだよ!!」
暑さのせいかと思われそうだが、自分で言っていて少し恥ずかしく思ったのだろう。紅葉の顔が少し赤い。耳はもっと赤い。
「いいえ、笑いません」
「・・えっ」
本当に、クスりとも笑わないサチエ。
馬鹿にされなかった事に紅葉がドキッとした。
「全然です」
理解者が出てきてくれたと感じた。
「二番煎じで、在り来たりです。突き抜け感は最早ありません」
「馬鹿にしてたんかよ!!」
・・・———
「突き抜けるエピソードが欲しいのでしたら、二足の草鞋をやり遂げた方の突き抜けエピソードじゃダメなんですか?」
サチエが提案をした。
神部で経営の勉強と、将来会社に勤めながらミュージシャンをしろという結構ハードな提案だ。
「無理だね。俺がもう神部で勉強する気が全くないから」
「では、勉強はそっちのけでも、とりあえず帰ってきてはいかがですか?家にいながら、監視の目をくぐり抜けて毎日バンドの練習をしていたというのも良いエピソードになるのでは?」
音楽を辞めさせる話は多分蚊帳の外。サチエは兎に角紅葉を屋敷に連れ戻すことを優先して話しているんだなと桔梗は残りのサブレーを食べながら飲み物を飲んだ。
目線と体の向きは公園の子供たち。耳だけはサチエと紅葉に向けている。
「それじゃ納得しないだろうよ。警備の数増やされて毎日脱走が大変になるだけじゃん」
「講義も、適当に受けているふりをしていればよいではないですか。もう一つノートを用意して、歌詞を書きだめしておくとか」
「・・・保険みたいで嫌なんだよ」
ここでボソッと紅葉がつぶやいた。
紅葉の呟きに、桔梗も顔を向けた。
「俺はどう転んだってもう『神部』に生まれた以上、食いっぱぐれも行き場に困って野宿することもない。どれだけ俺が不出来だったとしても、路頭に迷う生活なんてないんだよ。そもそもそんなに不出来じゃねぇし。だから、俺はバンドマンだろうが、このまま適当に生きてようが、そもそもの人生の土台が『将来安定』なんだ。
それに加えて経営の中核に入るような事があれば、なんかこう、安定以上の裕福が確約されてて。そりゃ責任も着いて回るけど。ってかそもそも音楽で食ってくし、なんかこう・・・」
「スリルがないと?」
「そういうわけじゃねぇ。まぁそういう生き方が好きな奴もいれば、好きでもないのにぎりぎりの生活を余儀なくされてる人もいる。あぁ、バンドマンじゃなくてもな。
俺は音楽が本当に好きだから、それで食って行きたいって思っているのも本音。あと、後戻りできないようにして自分を追い込んでるのもそう。なんか、それで釣り合いが取れる感じがするっていうか。他にもなんかまだ沢山思ってることあ」
「うわっ!!出ましたね!!神部の方の陰湿な部分!!」
サチエが大声を上げた。両腕を自身の掌でさすって悍ましいを表現している。
「何?!何がいけないの?!」
「あーやだやだ、神部の人特有のですね。これはもう”神部病”と名付けましょう」
「あー!なんだそれ!お前いじめみたいなこと言って!!あれだよ!苗字に『菌』付けて触られたら『○○菌だー!』ってイジメと同じだぞそれ!!」
突然始まった小学生レベルの会話に、桔梗の顔もポカンとした。
そして、気になって話に割って入った。
「サチエ、『神部病』って?」
「これはですね、神部の皆様が無意識でお持ちなんですよ。刷り込まれです。
紅葉さんは、そもそもが安泰の人生が確約されている自分をわざとギリギリの状態に追い込んで、やっと他の人と同じ土台に立とうとしてるんです。
神部の皆さんなんかどこか必要以上に心配だったり、罪悪感だったり、使命感だったり、なんか負債感情抱えてるんですよ」
まぁ、そんなの世の中の人みんな抱えてますけど、神部の人たちは環境が環境なのか、大人な悩みを早くから抱えてますよね。
なんて、二枚目のサブレーの封を切りながらサチエは簡単に口走る。
「紅葉さんは、『みんなと同じ苦労をしないとトップミュージシャンになってはいけない。苦労しないと他の人に悪い』とか思ってるんです。多分。
だから、突き抜けたエピソードになりそうと言えばなりそうですが、要は自分も『苦労をした』というエピソードがあって初めて他の人と対等だって思ってるんです。でも、親のお金を使っている以上結局楽はしてますが。
苦労すれば、許されるとでも思ってるんですよ」
聞こえによっては強い口調だ。
桔梗は変わらず足を組みながら話を聞く。
言われた紅葉が立ち上がってサチエを見た。
しばらく無言だ。怒ったのだろうかと桔梗は思い、紅葉に声を掛けようとした。
「もみ」
「そうかも知れない」
「え」
「だって、エピソード的にもその方が良いだろうしさ。あと、俺才能あるし、良い仲間たちだから絶対売れる自信ある。
絶対トントン拍子に行くし!!だから、なんか苦労してないとダメかなって思って。
いや!別にそれだけじゃねぇけど!?」
「だから神部病なんですって」
「何それ?!みんななんか罹ってんの?!」
「はい、私がお会いした方の大半が罹っておりました」
「ちょっ!!喋るのにエネルギー足りない!!もっと鳩寄越せ!!」
紅葉がサチエの鞄に触れた。
「不躾な。もうサブレーは食べちゃいました。ポン・デ・リングは椿さんにあげちゃいましたし」
「なんであのもちもちあげちゃうんだよっ?!」
「なんか不服そうな顔してらしたんで?」
「あいつ、なんか可哀想になってきた」
「さ、”おっとっと”をお召し上がりください」
「これ全然腹にたまんねぇじゃんよ」
・・・———
「へぇ、楓も、双葉も、紅葉も、そして例の薫子もねぇ。中身はそうだったわけか。サチエ大したもんだ。だから俺の事も頼まれたってわけか」
おっとっとを食べながら、時折指についた塩を舐めながら紅葉が言う。
「別に、私が何かしたわけじゃないです。話しているうちにご本人がなんか思うところがあって考え方を変えただけです。だって、生きてきた年数は一緒ですから。違う環境で育った意見が新しく加わって、なんかこう・・・価値観の計算でもし直したんじゃないですか?」
「面白い例えだな。で、俺と話してこいと」
「私は話すことはできますが、別に紅葉さんの意思を曲げたくてきたわけじゃないです。伝えにきただけですから」
サチエも同じように時折指を舐める。塩だけではなくきっと美味しいと感じるパウダーも指についている。
舐めた指が美味しい。
「伝えに?何を?」
「未成年は、保護者の元に毎日帰るべきです。貴方のように誘拐される可能性がある大企業の御子息なら尚更」
「なるほど、警察官みたいなこと言うね。でも、やっぱり一般的にはそう思うわけだ」
足を組み替えた桔梗が静かに話を聞いている。
おっとっとは食べず、飲み物だけを口にしている。
今度の目線は水浴びをしている親子へと向けられている。
「後は?音楽を辞めさせろに関しては?」
「特に何も。それは私がどうこう言える事ではないです。なんあらあのハゲ殿様も紅葉さんの人生の選択に口を出すなんて烏滸がましいんですよ」
「へぇー・・・」
紅葉が更にサチエに興味を持った。
紅葉に近づく女の子は、神部の名前と紅葉の見た目。そして『バンドマン』更には家出中というちょっと悪くて格好いいという面に惹かれている者ばかりだ。
一方サチエは、最初の挨拶と、神部病と表現した時以外にまともに紅葉の顔すら見ない。しかし、しっかりとした受け答えと自身の意見を述べる様子に紅葉は面白くなってきた。
「いいよ」
「何がです?」
「屋敷に戻ってもいいよ。それも今日から」
公園内を見ていた桔梗が驚いた顔で紅葉の方を振り返った。




