第49話 『なんで鳩サブレー?!』
「なるほど。だから”ズボンで”と言う事だったのですね」
「うん。バイクの免許を誕生日迎えて内緒で取ったは良いけど、まだ一年経ってないから二人乗りはできなくてごめんね」
「大丈夫です。自転車は大好きなので」
「それは良かった」
神部家の裏門のようなところにあるは2台の自転車だ。
これから自転車に乗って紅葉のいるところまで二人で行こうという事だ。
ただ———
「明らかに高級な自転車ですよね。しかも電動ですか。私たちの年代で乗ってる人あまり居ないですよ」
「サチエさんのはね。俺は筋力落ちないように電動じゃないけど」
「行きはいいですけど、帰りはとんでもない上り坂ですが?」
「だから良いんじゃないか」
神部家は高台の一番上にある。
かなりの勾配のキツイ坂だ。自転車で上がる者は居ないだろうに、サチエの目の前の男はその坂を登るのを楽しそうにしている。
「変態ですね(頑張ってください)」
「多分、本音と建前が逆になってるかな。さ、紅葉も今向かってるだろう待ち合わせ場所に行こう」
そう言って、スポーツウェアを着ている長い足を後ろに振り上げて自転車に乗る姿はスマートだ。
『この人と自転車に乗るのか』と注目を浴びそうな気がしたサチエ。何メートル距離を取りながら走ろうかと考えながら自転車に跨った。
・・・———
到着したのは大きな公園だった。
「サチエさん、もう少し先に大きい広場があるから先に行ってて?俺は自販機探して飲み物買ってから行くから」
「あ、でしたら私が」
自分が買って行くと、購入を名乗り出たサチエ。だがしかし静止された。
「自販機で飲み物を買うなんて、俺たちはなかなか出来ないから。こう言う機会にやってみたいんだ」
「かわいそうに(では、思う存分楽しんでください)」
「多分、本音が出てるかな」
桔梗の言っていた方向へ自転車を引いて向かうサチエ。
大きい公園だ。近隣の方、子供、車の駐車場もある事から少し距離のある場所からの来訪者も伺えた。
緑が茂る公園。
ここ数日で聞こえ始めた蝉の鳴き声。
晴天。
子供の遊ぶ声。
家族で楽しむ声。
木々で見えずらい角をサチエが曲がる。
ちょうど桔梗も後ろから追いついた。
その時だった。
「スーパートルネードウォーターバルーーーン!!!」
ーーーバシャァァーーー!!!
「サチエッ!!!」
桔梗の数メートル前に居た、サチエの顔に水風船が直撃した。
・・・———
「まさか桔梗がメイド連れてくるなんて思わないだろ!!」
「1人で行くとは言ってない」
「2人で来るとは思ってない!!あーあーごめんごめん!!これ使ってないタオルだからほら!!」
顔に水風船を喰らった水浸しのサチエ。
投げた犯人は《神部 紅葉》だ。
友達と数人で公園で水風船を投げ合いながら桔梗を待っていた。
今は友人達とは距離を取り、桔梗とサチエと3人だけの空間だ。
本題に入るまで少し時間が掛かる。
「それにしても今後はちゃんと対象の人物の顔を確認してから投げた方が良い。自転車だけで判断するのは早計だろう?」
「だってこれお前の好きなブランドの限定モデルたろ?!バカみたいに高いヤツ!!
こんなの買うのはプロかお前くらいしか居ないんだからそう思うだろ?!しかもよく見たら電動とじゃん!」
「人に自転車を貸すんだ。これくらいの良いものじゃないと失礼だろう」
「コレだから!!こんなちんちくりんが乗る自転車なんて1万円ので十分なんだわ!!屋敷から来たんだったら確かに電動の方が良いのはわかっけど?!」
「こら紅葉、サチエになんて失礼」
「そうですよ桔梗さん。私も高級だろうとは思ってましたけどそんな高級車を貸し出されたら帰りの運転は緊張するじゃないですか。ちんちくりんにはただの電動で十分なんです」
「あの、サチエ?今君は貶されたんだけれど?紅葉と俺のどっちの味方だい?」
「私は、今回の自転車に関しては世の中の中央値、または過半数の味方です」
「ぎゃあははは!!面白れぇっ!!!」
赤い髪色の少年がとても楽しそうに笑う。
気品がなさそう見えるが、立ち振る舞いの何処かにはやはり現れる。
そんな彼を見てサチエは『あぁ、彼もやはり神部の人間なんだな』と感じた。
「で?!メイドなんて連れてきてどうしたんだよ!!」
変わらず楽しそうに紅葉が話す。
「まずは自己紹介だ。
コチラが、神部 紅葉。俺たち同級生のうちの1人。従兄弟だよ。
そして、コチラが 秋 幸枝さん。少し前から神部のうちの屋敷でメイドをしてくれている」
「桔梗さん、先程は緊急事態もあり私の名前を呼び捨てにしてくださいましたね。この機会に、どうぞ他の皆様と同じように呼び捨ててください。
その方が安心します」
「えっあ、そうだったかな。じゃあそうしようかな」
「じゃあ!俺も『サチエ』って呼ぶ!」
「初めまして・・・ではないですが、メイドのサチエと申します。呼び捨て歓迎です」
人見知りをしない紅葉は、早速無意識にサチエとの距離を詰めた。
「で?最近良く連絡くれてたよな!
蓮が心変わりしただとか、楓が機嫌良くなったりだとか!」
「あぁ、屋敷の空気が前より少し良くなったよ。それでも戻ってくる気はないか?神部の子供が家に帰らないでふらついてるなんて知れたら誘拐のいい餌だ」
「あんまり苦労してないからなぁ。まぁ、人ん家とかホテル泊まってるんだから大変なわけないけどな。特に後付けられてるとかもないし」
サチエは紅葉から渡されたタオルで顔を拭きながら話を聞く。
化粧はしていないので思いっきり拭く。
紅葉は近くの水道まで歩き、また新しい水風船を作っている。
「あとさ、こうやって遊べないじゃん。
勿論基本はバンドの練習に充ててるけどさ。青春とか自由とか、あと型破りな行動は今後の活動に必要なわけ。
歌詞によくあるだろ?
盗んだバイクで走り出す事は流石にしないけど、テストの裏に夢を書いて紙ヒコーキ作ったり、長い長い下り坂を自転車で二人乗りしながらブレーキ目一杯握ってゆっくり下るとかさ!
想像で使ってもいいのかも知れないけど、俺は経験したいわけだよ。
公園行ったり、水風船で遊んだり」
「メイドにぶつけたり?」
「国民の1割も共感しないじゃんそれ」
桔梗が茶々を入れた。
クスッと笑いながら紅葉も返答する。
「でもさ、連れ戻せって言われたんだよ。ここにいるサチエが」
「桔梗さん、ネタバラシ早過ぎます」
「ウソ?!なんでメイドが?!」
「しかも、音楽を辞めさせろってあのうるさいオジさんのオプション付きで」
「そこまで言っちゃうんですか。私来た意味ありませんね」
「出たよまたそういうの」
桔梗から全てを言われた紅葉は少し不貞腐れながらも、今までも言われてきたのか特にそれ以上不機嫌が増すことはなかった。
「サチエ、あんたもハズレくじ引いたな。俺を説得しろだなんて」
「説得だなんて。私はただお話しにやってきただけですよ」
「本当かぁ〜?神部に弱みを握られてて、『紅葉を連れ戻さないとクビ!』とか言われてるんじゃないの?」
「クビならクビでいいですよ」
「桔梗、この子ちょっとよくわからない」
「サチエはこの間一旦辞めたばっかりだからね。特に神部に未練とかないし」
「待って、お前たちがよくわからない」
薫子の件を知らない紅葉からしたら、辞めたバイトやメイドが復職など今までにないケースだ。
桔梗が要約して紅葉に伝えると、それはそれは大笑いした。
「ウケル!!マジでウケルはそれ!!薫子引っ叩いておいて今は仲良しとかお互いどういう神経してるの?!いやいや、貶してるんじゃないから!強者だよ!メンタル鋼でしょ?!サイボーグかよ!なんで腹立たないわけっ?!」
櫻も同じことを以前思った。この話を聞いた紅葉もだ。
なぜ、薫子に散々悪く言われたのに許せたのか。なんとも思わないのか。自分を批難した人間をこうも易々と簡単に許せるのかとごく自然な疑問を紅葉はサチエにぶつけた。
「薫子さんとは会って間もないです。だから彼女は私のことなんて見た目以外微塵もわからないんです。私が何が得意で、どんな思考で、どんな性格かなんて。
この見た目が貶されやすいのはわかってます。でも、だからと言って面と向かって貶すには、私は薫子さんに対して何もしてません。
そう、何もしてないんです。
悪いことも、良いことも。
だからこそ、この容姿でメイドという存在・・・神部の男子高校生たちの周りにいることに、『薫子さん自身の問題』を私にぶつけてきたのです。ただの八つ当たりです。
八つ当たり、は、当たられた方にはあまり非はないんです。あまりですけど」
その言葉に紅葉は驚いた。
「・・・ちゃんと、考えるタイプなんだな。直感と思考の両方タイプだ」
「で、とても暑いので桔梗さん。その3本あるペットボトルの1本は私が頂けるという事でよろしいですか?喉カラカラです」
「あ、はい。どうぞ」
「頂きます」
そう言って受け取ったサチエは、勢いよくキャップを開けて一気飲みした。そして、自身の背負っていた鞄からゴソゴソと中身を取り出した。
「さて、水分補給も大事ですが、固形物も食べないとですね。そうぞ、鳩サブレーです」
「なんで鳩サブレー?!」




