第47話 『・・・どこでその情報を?』
「こんなところでそんな深い事を勝手に話していいんですか?」
「問題ないよ」
パートの佐藤さんを通じて、料理長にアイスの持ち出し許可を取ったサチエ。
今は夕食前の休憩時間の為、誰も居ない調理場の隅でハーゲンダッツを冷凍庫から探している最中だった。
隣には、制服を着た桔梗がいる。
調理場に入る所から一緒についてきてサチエにずっと話かけているのだ。
「で、執事長が言われたと。『アキ サチエというメイドに、紅葉を屋敷に連れ戻して、音楽を辞めさせろ』と」
「そう。その言葉を会長から言われたんだって。でも、じいやはサチエさんには荷が重い話だと言ってなかなか言い出せないらしいよ。だから、『紅葉を連れ戻すように言われた』とだけサチエさんに言ったんだ。
誰が任命されたかは伏せたまま。
じいやが大変そうだったから俺がちょっと勝手に介入しちゃおうかなって」
「と、いう事を全部私に喋ってしまっている桔梗さん」
「ははは、そう。だって、いきなり紅葉と引き合わせられたってどうしようもないでしょ?『この人何企んでるの?何が目的?』ってただ俺のこと疑うだけでしょ?」
「ええ、おっしゃる通りです」
出たな。食えない男の一面。とサチエは頭の中で思いながら、視線は冷凍庫の中間に位置する目当てのアイスを見つけた。
「大丈夫、音楽を辞めさせろっていうのは神部の外野のうるさい頭上の寂しいオジサンが言ってるだけだから。会長は、ただただ紅葉の安否が心配でちゃんと家に帰って来ればいいって事だろうし」
「あぁ、もしかしてこの間楓さんに怒鳴り込んできたハゲた殿方ですか。そう言えば、この件に関しての紅葉さんのご両親のお気持ちは?」
「もちろん、幾つもある子会社を継いでもらいたいだろうけど、我が子には好きに生きてもらいたいってタイプの人だから。多分、どう転んでもなんとも思わないと思う。それば紅葉の本心なら」
「じゃあ、要は『屋敷に毎日帰ってくるように』すればいいわけですね。ハゲ殿方の意見を無視するとすれば」
淡々と話すサチエ。嫌そうにするかと思っていた桔梗には意外だった。
「・・・こんなの重荷じゃない?」
「どうして?任命された事と責任の所在は別でしょう?」
だからこんなにも平然としていられるのかとここで桔梗が納得をした。
「そういうところ好きだな」
「出ましたね、色男の一面」
ケタケタとサチエが笑う。こういう事を軽く言ってのける軟派な一面があるが、”色恋とは無関係の意味”だという事をサチエはわかっている。
「竹を割ったような性格というか、物事をとても分けて考えてる。とても同じ高校生とは思えない。神部の高校生だって、これに関しては気を揉んでるよ。じいやですら、サチエさんにいうのは可哀想って思ってる。
でもそう、俺もサチエさんと同意見。
これに関しては任命した会長の責任だからね」
「おっしゃる通りです。私がヘマをして紅葉さんがさらに屋敷へと寄り付かなくなったとしても、そんなのは赤の他人のただのメイドを指名した会長がいけないのです。まぁハゲの殿方が大方私の事を覚えていてなんか嫌がらせのように言ったのでしょうけど」
「じゃあ、紅葉とは会ってくれるんだね?」
「明日から5日間は家族旅行ですので、その後から開始でしたら。あぁ、でも夏休みの間はそもそもシフトが減りますけど」
「大丈夫。十分だよ」
そう言って、サチエの後ろへ回り込み、冷凍庫からアイスへと手を伸ばした桔梗。
一般的にこれは『バックハグ』をするのかとドキドキするシチュエーションだ。
サチエの左肩に自身の左手を乗せ。右手で冷凍庫内のアイスに手を伸ばした。
桔梗とサチエの距離が一気に縮まる。
———ッガッ!!!
「桔梗さんいけません。ハーゲンダッツの許可は1つしか取っておりません」
「だめかー、サチエさん、俺の腕折れちゃう」
「私が窃盗犯にされかねませんので今のところはご遠慮を」
サチエが桔梗の右腕を渾身の力で握り、手からアイスを振り落とさせた。
「その技は、私以外にご利用くださいませ」
ニヤリとしたサチエの顔に、桔梗が珍しく”手強い女”と思った。
・・・———
・・・———
・・・———
「さぁ!今日から旅行よ!!みんな準備はいいかしら?!」
「はーい!」
「オッケー!」
「万端」
秋家のリビングに集合している。
母の呼びかけに応えるは、末っ子長男、次女、そしてサチエである。
「あら?パパはどこへ行ったの?」
「ママ、パパならママの後ろにいるよ」
「やだパパ!!存在感薄いんだから!」
秋家は天真爛漫な母が中心の家である。
そして、今日から五日間、家族旅行へ行く。
「それじゃあ行くわよ!!レッツゴー台湾ー!!」
母の声を合図に、リビングからゾロゾロと玄関へと向かう一向。
「俺、毎日夜市に行く!!父ちゃん連れてって!」
「毎日かぁ・・・」
「ママ!洋服いっぱい買おう!!トレンド先取りだよ!」
「勿論よ!」
その光景を、一番後ろから眺めるサチエ。
そして彼女は誓った。
「西門街の『阿宗麺線』を食べまくるっ———!!あと鼎泰豊の小籠包!!」
ここ最近で一番楽しそうな顔をしたサチエだった。
・・・———
「コーヒー頼む。アイスで」
「じゃぁ俺も」
「俺はアイスティーかな」
「俺はホットティーで」
「・・・」
秋家が飛行機で台湾に着く頃、終業式を終えて屋敷に帰ってきた神部の学生たち。
執事室で各々勉強をしている。
狭くない執事室だが、男子高校生が五人もいると流石に圧迫感がある。
「自分達の部屋でやれば?!」
楓たちから飲み物の注文を受けた椿だが、慣れぬ光景に先に文句が出た。
「各々の部屋で勉強したら、それぞれに呼ばれて飲み物の準備をしなくちゃいけないんだ。これならまとめて聞いてまとめて準備してまとめて持って来ればいいんだからむしろ楽だろう?」
「ごもっともなのが更にムカつくっ!」
バンッ!と作業をしていた机を叩きながら椿が立ち上がった。
文句を言いながらもパントリーへと向かい飲み物を用意しに向かう。
「大体!楓がメイドの面接で全員不採用にするからいけないんだからな?!サチコちゃんだって、とりあえず雇ってみれば良いって言ってたのに!!あの人材レベルは今後———・・・」
ぶつくさと言いながら部屋を出て扉が閉まった後も何か聞こえる。
しかし、誰一人それに反応するものはいなかった。
「壱葉がここにいるの珍しいね」
先ほど、飲み物の注文を言わなかった神部 壱葉。双葉の双子の兄である。入学してからこの面々と一緒にいる事は少なかった。
朝は他の者より早く登校し、帰りは外部の塾に寄って帰ってくる。
「夏季休暇の間は、外部の塾は休んでまたみんなと同じ新しく始まる講義を受ける。だからだ」
「あーそうなの!じゃあ夏休みの間は一緒にいられるんだね!でも残念、サチエのシフトは減っちゃったんだなぁ」
「私はメイドに左右されない。問題ない」
「面白いんだけどなぁー、壱にもサチエの面白さが伝われば良いのにねー。桔梗さえサチエを面白がってるのに」
そう言って、向かいソファーで何かの図鑑を読んでいる桔梗を見ながら双葉が楽しそうに言った。
「・・・桔梗がか」
「それにしても壱はいいよね!外部の塾通ってるからさ、ちょっとした自由時間とかあるわけでしょ?車待ってる間とかさー!コンビニとか寄れちゃうんでしょ?ね!”ガリガリくん”っていうアイスあるの知ってる?!」
「どこでその情報を・・・。あぁ、それなら小学生が食べてたな」
「食べると痩せるの?!」
「・・・どこでその情報を?」
「あー、サチエ五日間休むって言ってたけど今頃どこ行ってるのかなぁ」
「海外旅行だって言ってたよ」
双葉の呟きに、櫻が事前に聞いた情報を教えた。
「海外かー!どこ行ってるんだろうなー。韓国で焼肉かな。サチエに焼肉って似合うよね」
双葉が想像を話して楽しんでいる。
そんな時、急に楓が話題を変えた。
「桔梗。紅葉とサチエの件はどうするんだ」
双葉の妄想トークで明るかった場の空気が一瞬にして固まった。
「あぁ、サチエさんが旅行から帰ってきたら時間もらうように言ってあるよ」
「紅葉とメイド・・・?どうして?」
桔梗の返事に一連の話のまとめを知らない壱葉の口から思わず言葉が飛び出た。
「あぁ、メイドのサチエを指名してきた。”紅葉を連れ戻して音楽を辞めさせろ”と」
「何故言ってくれなかった・・・!」
主従関係のように見える楓と壱葉。
壱葉が楓にすがるような目で言った。
「すまない。タイミングが合わなくて今になった」
「・・・それは、私も外部にいたり一緒の車に乗らない事が多いから・・・」
「はい!はい!暗くならない!サチエがいないとすぐに空気がピリピリになるんだからさぁ〜!ほら!楽しい夏休みが始まるんだから!みんなもっとテンション上げてっ!!」
パンッパンッと手を叩き乾いた音を執事室に響き渡らせた双葉。
「ほぅ、お前は明日から一週間みっちりやる経営学と、今年上期の収益率のグラフ解説がそんなに楽しみなのか?」
「・・・お、俺、収益率の方は出なくてもいいんじゃないかなぁ〜・・・ほら、建築士だしっ?!」
「双葉が楽しみにしてたって講師に言っておいてやるよ。今、メールで」
「楓余計なことしないであの講師俺のこと大好きだからマジで次会うのが怖いからぁっ!!」




