第44話 『何、じゃがりこって? 』
「申し訳ない」
「いや、俺も配慮が足りなかったよ。ごめんね」
「いや!蓮は悪くない。俺、自分がちょっと怖かったよ。あの時。感情に支配されて———蓮は大丈夫?俺と話すの嫌じゃない?」
「大丈夫だって」
クスッと綺麗な顔で蓮が笑った。
———翌日。
櫻の私室で話すのは、部屋の主と蓮の二人。
しかし、部屋にはもう一人いた。サチエだ。
今日もテストの返却と解説だけだったサチエと蓮。
またも下校途中にバッタリと会ってお昼ご飯を共にした。そこで先日、櫻が蓮に掴みかかろうとした件を蓮から切り出されたサチエ。
桔梗との邂逅もあり、すっかりと櫻と蓮の一瞬の険悪な空気の場面を忘れていた。
ファミレスでハンバーグと山盛りポテトを食べた後、二人で神部の屋敷へと向かった。
「そう言うのあるよ。大丈夫。俺だって友達と喧嘩して殴り合いとかしてきたから。ほら、一般の学校だと色んな人がいるからさ」
「だけど・・・!!」
「考え方もそれぞれだってわかってる。自分がわがまま言ってるって自覚もある。それに、多分、櫻たちは重大な何かを背負わされてるんだって思ってるから。だから俺みたいな何も知らない奴がわがまま言うと気に食わないよね」
「・・・——えっ?」
櫻の目が揺らいだ。動揺だ。
「何かは知らない。でも、多分何かあるんだろ?俺が聞かされてない何かが」
「どうしてそれを・・・」
「勘だよ。結構良い線いってるでしょ?」
「・・・かなり」
「やっぱりねぇ。俺たちはそれを知らないからさ。みんなが抱えてる、背負ってるその秘密を」
蓮がソファに座りながら、自分の後方で掃除をしているサチエの方を向いた。
サチエはキッと猫目で蓮を睨む。
『私を巻き込むな』の合図である。
「サチエももしかして・・・!」
「何か有るだろうとは蓮さんと話してます。しかし、何かは知りませんし、知りたくもありません。多分、知ったら最後。飼い殺しになりそうな気がしておりまして」
「・・・うん、多分そうなると思う」
「「マジか」」
櫻の素直な返答にサチエと蓮が同時に反応した。
・・・———
屋敷の廊下を二人で歩くサチエと蓮。
二人して『あちゃー』という雰囲気がダダ漏れである。
「ほら、聡明な蓮さんの予想が当たりましたよ。どうしてくれるんですか全く!」
「あるだろうって確信してた反面、”そんなもの無ければいい”って思ってはいたんだけどなぁー。”ある”っていう確信の方があまりにも強かったのかな」
「そうですよ、思いの強い方が現実化するんです。確信なんてしてたらその現実がやってくるんですよ!
いつだってそう、主人公チームの方が想いが強いからライバルチームに勝つんです」
「それね。絶対負けちゃうでしょって場面でも、”負けたくない!勝ちたい!”って強く思ってる方が結果勝っちゃう法則ね」
互いに好きな漫画に例えて話す。
「これ以上私を巻き込まないでくださいね。何か知ってしまったら薫子さんの言うとおり、もう二度と辞められなくなりそうなので」
「知らないままでも、サチエちゃんはずっと神部にいる気がするんだよな」
「ですから、そう言う、確信めいた、強い思い込み、禁止ですっ!!」
「でも、これでわかったよ。
楓も双葉も櫻も桔梗も。みんなその”重大な秘密”を抱えて、それを守りながら自分の人生を生きようとしてるんだよね」
「・・・ですが、多分重大過ぎて今は本当に潰されるか何とか持ち堪えるかの瀬戸際なのでしょう。私がメイドになった当初、楓さんが色々と詰め込んでパンク寸前・・・いや、もうあれはパンクしてましたね。そうなる程だと言うことです」
「みんな顔にはあまり出してないけどそれなりに大変なんだろうね。本当、他人事で申し訳ないけど」
「楓さんの部屋にまで怒鳴り込んできた禿げた方がいらっしゃいました。おそらく、ああ言う方はその重大な秘密を知らないのでしょうね」
「きっとね。だからこそ、本当に大変だと思うよ。俺は・・・恵まれてるんだろうなぁ」
重大な秘密を知らされない事へ、有り難さを感じた蓮。
一般的には秘密にされると仲間はずれにされている感覚がある。
しかし、あまりにも重大な事は、知れば知るほどその責務や真実の重みに潰されることもある。
他の高校生たちが背負っており、自分が背負っていないことへの感謝の気持ちが芽生えた。
「多分、その秘密を知ってたら俺、今の学校にも通えてないし、漫画もアニメも見れなければ自由に出かけることもできてなかったんだよね。・・・はぁーーー!!だったら櫻からしたらそりゃ俺のこと腹立つわけだよねー」
「でも、それは仕方ないことですし、誰が良いとか悪いとかじゃないですから。色んなことが重なったり、色んな人の思いがいくつも重なって出来た今です。
蓮さんがいつか知ることになったとしても、今の今は知らずに楽しく過ごせている事、神部から連れ出してくださったお父様に感謝ですね。今はそれだけでいいのでは?」
「・・・サチエちゃんは神部の良心だね」
「親になった覚えはありません」
「わかって言ってるでしょ。『良』い『心』の”りょうしん”だって」
・・・———
・・・———
「ほら。脱ぐでしょ?」
「まぁ、その方が時間短縮だと思ったからね」
「お前ら馬鹿だろう。どうして同じ家にいてこんな違いがある?」
双葉の部屋の掃除にきたサチエ。
話しているのは部屋主の双葉、そして桔梗と楓だ。
先日の『メイドが部屋にいるのに服を脱ぐのか論争』だ。
「やっぱり楓が硬いんだってば!確かに相手を気遣うことはすんばらしいよ?!でもそこまで俺たちが気を使わなくても良くない?サチエなんて最早俺が脱いでても、その場に俺が存在してないかの如くだからね?!」
言って、夏服の前を開ける。
厚手の特殊な制服だ。一枚で十分に暑いのか中にインナーも着ていない。
つまり、裸である。
「ほらサチエ!」
「何見せてる?!」
サチエは呼ばれても特に双葉を見ない。わざと視界に入れない・・・と言うわけでもなく、普通に掃除中に視界をずらせば双葉が目に入る。しかし特に視線を止めたりするわけでもない。
そう。本当にそこに存在していないかの如くである。
「サチエさんの態度が一般的じゃない?まぁ中には少し見てくる人もいるかも知れないけど」
「俺もそう思うー」
「違う、これはサチエだからだろう?!次のメイドがサチエと同じとは限らないだろう?!」
「え?サチエの次のメイドとか雇う気あるの?」
双葉のその言葉に、サチエが反応して楓を見た。
「・・・形式上、しないとサチエと口約束契約違反になるからな」
「めっちゃ、渋々って感じだね」
桔梗が笑う。その桔梗の顔を見てサチエはほっこりとする。面は良い。中身は知らんがと思いながらすぐ手元の掃除を再開した。
「あ、そういえばサチエ」
「はい」
「蓮はどうした?櫻の部屋まで一緒にいたんだろう?」
この三人は、櫻が蓮に掴みかかろうとした事を知らない。つまり、今日、櫻と蓮がなぜ一緒にいたのか本当の理由を知らない。
「はい、でも、もう蓮さんはお帰りになりました」
「こっちに顔を出せば良いのにー」
「まぁ、屋敷に住むことを前向きに検討してくれてるんだ。顔合わせる回数だって増えるだろう」
「へー。あの蓮が。楽しみだね」
「で?」
窓枠の掃除をしていたサチエの後ろに楓が立った。
「・・・何でしょう」
「何の話をしてたんだ。櫻の様子が最近ほんの少しだけおかしかった。それと蓮が今日来たのは関係があるんじゃないのか?」
「知っていたとしても私から言えることはございません。私はメイド、ただのお部屋掃除とクリーニングを配布する生き物です」
「サチエ、本当口堅そうだもんね」
言いながら、楓に追い詰められそうなサチエを、ソファに足を組んで座りながら眺める双葉。
助ける姿勢は見られない。
「俺たちだから大丈夫だ。なんの話だ?」
「いいえ、皆様が仲が良いのは知ってますが、それでも個人情報やプライバシーやらのなんとかかんとかもありますでしょう。それに、余計なことを口外しないという誓約書も書いてます」
「それは外部に向けての誓約書だ」
「じゃぁ、人としてです。人として、勝手に人の話は致しません!では!小休憩頂きます今日のおやつはじゃがりこですので!!あー楽しみー」
壁にいるサチエを追い詰めたつもりだった楓だが、するりと逃げられてしまった。
「なっ?!なんでこの隙間をすり抜けられるっ?!」
「サチエ待ってじゃがりこ俺も食べたいっ!」
「何、じゃがりこって?」




