第43話 『そう言う隙も、良い男の条件ですよね』
椿の話も途中に、サチエは早々に仕事に取り掛かろうとした。
神部の高校生たちはみんな屋敷に帰ってきてはいるものの、自室にはまだ戻っておらずそれぞれの用事を済ませている。
それならばといつも通りに楓の部屋から掃除をしようとしたサチエだが、桔梗に止められた。
「サチエさん、俺、午後は講義と外出があるから今しか部屋にいないんです。俺がいる間に掃除をお願いしても良いですか?」
「・・・いらっしゃらない時間に掃除をした方がよろしいのでは?部屋に人がいると気が散りませんか?」
ニコニコとして表情を崩さない人だとサチエは思った。多分、本音を表に出さないタイプか、もしくはこの笑顔が張り付いてしまったタイプか・・・そんな事を考えながら受け答えをする。
「サチエさんと話したいんです。みんなが興味を持ってる事に、珍しく俺も興味を持ったから」
「そうですか。見た目以外に面白い所は特に無いのですが、でしたら今から伺います。あと、敬語も敬称は不要です。”サチエ”と呼び捨てになさってください」
「徐々にそうします」
またもにっこりと笑った。
「では、普段と同じように掃除を始めて参ります。何か気になる事をしていたら遠慮なくお声かけ下さい。改善点もあればすぐに対応します」
そう言って、窓を開けてハンディータイプのモップを取り出して壁の埃から払い始めた。
その様子を見ながら鞄を置く桔梗。
そのままソファに腰を下ろし、しばらくサチエの動きを見ていた。
元々、毎朝桔梗自身でそれなりに整えているベッドもサチエの手にかかるとホテルのベッドかと思うように綺麗になる。部屋の四隅の細かい場所の埃も注意深く拭き取る。
躊躇いもなくクローゼットを開けて中を整理整頓する。
テーブルや椅子も手際良く拭く。
ゴミ箱とクリーニングに出す制服が入っているボックスから中身を取り出して一度部屋から出た。
部屋の外に置いてあるワゴンに乗せて再度部屋に戻ってきた。
「失念しておりました。お飲み物何かご用意いたしますか?」
”失念していた”という割には悪びれる様子もなくサチエが淡々と伺う。
「じゃあ紅茶をもらおうかな。あと、糖分を補給したいから何かあれば持ってきて貰えると」
「かしこまりました。では、クリーニングの戻りに持ってきます」
そう言って部屋を出て行こうとしたサチエを呼び止めてソファから立ち上がった桔梗。
「あ、待って!クリーニング出すなら今着てるこの制服も!」
言いながらボタンを外して脱ぎ始めた。
「まさかのっ——」
呼び止められたサチエが振り向き止めに行こうと踏み出した時には遅かった。ボタンを外して既に上半身に何も纏わない桔梗がそこにいた。
「おい、サチエ!今日はなんで俺の部屋じゃなくて桔梗の部屋から———」
タイミングよく、楓が来た。サチエの掃除の順番が変わった事に疑問を持ち探していたのだ。そして目にした光景に目を丸くした。
「・・・どう言うことだ?」
「無罪です」
「え、クリーニングを頼もうと?」
上半身裸の桔梗に向かって両手を伸ばして向かっているサチエと言う不審な構図に楓が眉を寄せた。
・・・———
「つまり、私は無罪で、桔梗さんがクリーニングに今着ている制服も出してもらいたいと脱いだ所だったのです。私は無罪で、それを止めようとしただけです。私は無罪で・・・あれ、有罪なら辞めれる・・・?違う、警察に突き出されては元も子も」
「いい、最初からサチエは疑ってない」
「楓どうしたの?」
「俺のセリフだ。なんでメイドの前で服を脱ぐんだどいつもこいつも。よりによって桔梗!お前も脱いでたとはっ!」
「それってそんなに怒られること?」
桔梗がキョトンとした顔でサチエに聞いた。
「可愛らしいお顔で聞かれましても、この件に関してはしっかりとお伝えしなければならないですね」
「俺、可愛いかな?」
「今のは可愛らしいですよ。普段は凛々しく、少々喰えなさそうな節も感じますが」
「・・・あはははっ!!」
サチエは本音を交えて桔梗にジャブを打った。
意外にも桔梗は一瞬間を空けて、その後に盛大に笑い始めた。その笑った顔にサチエの警戒心が謎に溶けた。
「(・・・この人もしかして・・・?)」
桔梗に対して抱く不信感の原因の仮説が浮かんだ。
「おい、今はそんなこと話している場合じゃないだろう。今までもメイドの前で服を脱いでたのか?だったらそれが事件の原因でだなっ・・・!」
「まさかっ!そんなことある?メイドってそういうの暗黙の了解でしょ?だって私室に入って管理するんだから。部屋の主がいることだってあるんだし。ね?」
「だから、それが今の女子高生や女子大学生には伝わってない。暗黙の了解では無いって事だ」
「まさか?」
桔梗はまたもサチエを見た。
「全員が全員とは言いません。しかし、目の前で脱がれたら理性がぶっ飛ぶ人もいるって事です」
「・・・それ、本当ですか?」
「ですから、全員ではありませんが。それに、今のようにチャーミングに笑うと女性は喜びます。そして桔梗さんのその肉体。その着痩せに隠れた高校生とは思えない肉体を見たら、併せて事件が起こる確率は格段に高くなるかと」
「サチエ、お前桔梗に甘くないか?」
「いいえ、事実しか言ってません」
楓とサチエが話している中、桔梗は考えた。服はまだ着ていない。
「・・・つまりは、今までのメイドが接触、迫ってきたりした原因の一部は俺たちにあるって事?待って、楓はメイドの前で脱がないの?」
「脱ぐわけないだろう。変質者か」
「わざわざ外で待たせてから着替えて渡すのって時間もったいなくないかい?それならその場で脱いで渡した方がメイドも時間短縮になるだろう?」
桔梗の話はあくまでも時間効率をメインに考えた場合である。楓が反論した。
「時間を考えればそうかもしれないが、モラルやマナーがあるだろう。それに、そこまで時間を気にする程に部屋の掃除数が多いメイドはサチエくらいだ。今までのメイドはどれだけ煽っても2部屋が限界だ。こっちも時間内に5〜6部屋掃除をしてもらうのは早々に諦めてる。そもそも制服の数は十分に足りてる!」
「なんだ、じゃあ体見せるだけのサービスをしてたって事か。掃除の部屋数が多いだろうからって気を遣ってたんだけど・・・ね?」
「私はもっと沢山の部屋掃除をしなければならないので今みたいなスピードですと助かります。しかし、助かることと、問題が起きる起きないは別のようです」
ここでも、認識の違いがあったかと楓はため息をついた。
自分は、『メイドの前で裸になる』事をマナー違反だと考えていた。しかし、他の神部の者は違った。双葉もサチエを含むメイドの前で服を脱いでいた。
それが絶対的な原因とは言わずとも、複数のうちの一つの原因にはなるだろう。だが、他の者は、着替えや裸を見るのですら仕事のうちの一つで『慣れろ』と言う。
「サチエのように何も感じない人間もいれば、裸体を複数回見ることで別の感情が生まれる者だっている。間違いが絶対に起こらないように我々だって気をつけなければいけないだろう?」
「・・・でも、本当に可愛くて好みの子だったら良いよね?だってアプローチだし。ね?サチエさん?」
「私は何もお答えすることが出来ません。そう思いますが。ですが、規約がありますからねぇ・・・」
「サチエ!お前ちゃんと答えてるじゃないか!どっちの味方だ!!」
サチエは驚いた。将来の神部の社長候補である楓は堅実でどこまでも規律にこだわる人間。真面目と目標に進む為の強欲さを現したような人間だ。
そして、その楓と高校生までの間に社長の座争いをさせられた桔梗。きっと頭の良さは大差ない。
同じような教育を受けてきたにも関わらず、同じ社長の座を期待された者同士でもここまでモラルに対する意見が違うのかと。
神部が次期社長として欲しかったのは、楓のような芯が”愚直”な人間だったのだなとサチエは考えた。
「なるほど、桔梗さんはそっちタイプでしたか。喰えない男と言いましたが、少しニュアンスが違いますね。他の神部の男性陣より群を抜いて余裕がありますね」
「それは、桔梗以外は余裕のない人間だと言う意味か?」
「違います。そう言うところですよ楓さん。”桔梗さんに余裕がある”と言うだけで、”他の人は余裕がない”だなんて言ってません。きっと、逆の立場だったら桔梗さんはなんとも思いませんよ」
「・・・お前なんか今日ムカつくな。好みの女性だったら部屋で服脱いで誘惑しても良いって言ってるんだぞ、お前が庇ってる男は」
「そう言う隙も、良い男の条件ですよね」
「サチエ!やっぱり桔梗に甘いぞ!!」
「はははっ!!皆んながサチエさんを気にする理由がわかってきたよ」
このようにして笑う顔は年相応のただの男子高校生だ。
「(しかし、普段の表情の下にはやはり喰えない何かがある)」
運よく自分には少し内面を見せてくれたが、多分にこの男———”厄介者だ”。
サチエは考えを気づかれないように、クリーニングとお茶入れに行くと言いその場を離れた。




