第41話 『プチ・・・?』
自室に戻った櫻は混乱していた。
「(なぜ、蓮に手を出そうとしてしまったのだろう。
蓮に手を出して何がどう変わるって言う話だ。何も変わらないどころがただ面倒ごとが増えるだけだろう)」
サチエがあの時に顔を見せてくれなかったら。昨日のサチエの言葉がなければ。
櫻の頭の中で”タラレバ”が付きまとう。
『でも、そんなに切羽詰まって急いで何かする必要性はないと思います。むしろ急ぐのは危険です。』
自分は何か急いでいたのだろうか。サチエにはやっぱりわかっていたのだろうか。
ソファで項垂れながら、思考も止まることなく垂れ流しである。
「お待たせいたしました。落ち着きましょう。今日たまたま買ってきたジャスミン茶です。屋敷にはもうハーブティーはないので、高級な品物ではありませんがこちらをお召し上がりください」
飲み物を持ったサチエが部屋に入ってきた。
先ほど、執事室の異様な空気を読み取ったサチエは、すぐさま櫻を連れ出して自室へと来た。そして、落ち着くように飲み物を用意した。
「今日は、ベイクもありますから」
そう言って、チョコレートのお菓子をテーブルに置いた。
「サチエは、さっき俺が蓮に手を出そうとした事わかってるんだよね」
「・・・そんな気配を感じただけです。ただの勘です」
「大した勘だね。頂きます」
ハーブティーを飲んで少し落ち着くと、自分のしたこと、しようとした事を冷静に考えて己に対して恐怖心を持った櫻。
「俺・・・あのまま蓮の事殴ろうとした」
「そうかもしれませんね」
「恐ろしい。相手の言い分も聞いてないのに、自分の感情に支配されて人に手を挙げようとした自分が・・・サチエも、俺が怖い?」
櫻が、サチエの方を向いた。しかし、目は見れなかった。
もし、『怖い』と肯定されたとき、目を合わせていたら、その時自分は今よりもっと怖い思いをする様に感じたからだ。
「・・・いいえ、全く」
「でも、このまま話してて、俺がまた感情のコントロールをできなくなったら、今度はサチエに——」
「大丈夫です」
「何を根拠に・・・!」
「大丈夫です。私は、手を上げられたとしても櫻さんを怖いと思うことはないです」
「・・・何言ってんの?」
「だって、今の櫻さんは、普段と違う櫻さんだからです」
「でも、俺は俺で」
「ですから、そもそも何かあったから昨日私に話しかけてくれたんですよね?何か困ってるんですよね?困ってる人が混乱したりすることなんてよくあります。普段ならしないことしてしまうことあります」
「そんなのは報道されている犯罪者を庇う発言と一緒じゃないか!!」
「はいそうです。私は、犯罪者全てを軽蔑する気はありません」
「・・・俺、犯罪者?」
「違います」
「じゃあ」
「はい、軽蔑する理由はもっとないです。少し、ご自分の決めたルールに縛られている様ですね。とりあえずチョコレート食べてください。話はそれからです」
・・・———
櫻は己の話した。
曽祖母からの遺言のような言葉。
他人に迷惑を掛けないこと。
それなのに、周りの同じ歳の者が、言っていた意見を平気ですぐに変える。人が大変になるとわかっているのに意見を言う。意見をすぐに変える。何なら今までやっていたことをすぐさま捨てて行動を変えてしまう。
その度に、その影響を受ける、困る関係者達の顔を見てきた。
嫌そうな顔をしたり、怒ったような顔をする人もいた。迷惑が見て取れる。それなのに、なぜ自分の意見を押し通そうとするんだとここ最近ずっと考えていた事を素直に告白した。
・・・———
・・・———
「なるほど。そういう事でしたか。櫻さんも、薫子さんと一緒です」
「えっ?!俺と薫子と一緒?!」
「はい、もちろん、話し方や態度などは違います。でも一緒なのは”自分以外の人の目”を気にしてるわけです。あー他人を気にし過ぎると言う点では双葉さんと似てますね」
「今度は双葉とっ?!」
自分の性格と正反対のような薫子や双葉と似ていると言われ、櫻はいよいよ意味がわからなくなってきた。
「・・・あれです。テンションとか、話し方とかじゃないですよ、似てるって言うのは。あくまでも、”他人を優先している”所です」
「俺も双葉も他人を優先している気はしないけど・・・」
「いいえ、結果的に他人を最優先してるんです。双葉さんは、人の心がわかってしまう人ですから、その人が不快に思わないように先回りして行動するんです。確かに、その人が嫌な思いをしなければその場の空気が良いまま保たれるのでご自身も安堵はするでしょう。でも、”本当はどうしたいのか”という自分の気持ちは二の次です。この間言ってやりました。
櫻さんも同じです」
サチエは、キッと目を見張って櫻をみた。サチエの綺麗な猫目が櫻の目を捉えた。
「意見を変えたりすることを戸惑う。意見と共に行動を変える事なんてさらに戸惑う。なぜ戸惑うんですか?
ネズミたちのいる夢の国に行こうとして、山梨に進んでいたのがわかった時点で千葉に道を変えればいいだけじゃないですか?そのまま山梨に行ってしまったり、更には静岡まで行っちゃった方が問題では?」
「いや、道と一緒にしても仕方ないよ。これは違うから
・・・蓮が言ったんだ。サチエがいるならこの屋敷に”住む”だけならいいかもしれない。考え直すって。でも、神戸での経営学を含む他の座学を受けるかどうかは別だって。それは虫が良すぎないか?」
「そうですか」
「薫子も、あれだけ騒ぎ立てて迷惑かけたのに、今ではケロッとして遊びにきてる。俺には信じられない。別に薫子が嫌いって話じゃないんだ。けどまぁ、結構びっくりしてる。サチエにあんな事まで言って・・!何でそう、今までと違う事をしている、言っている事になんの罪悪感も引け目も感じないで堂々と行動できるんだって・・・!」
「続けてください」
段々櫻が言いたい事がサチエの中で形を成していく感覚がした。しかし、まだパーツが足りない。続きを促した。
「蓮の件に関しては、この間のサチエと一緒に来た時にも言ってた。ずっと、親子共々この屋敷に住むことに対してよしとしていなかった。それなのに、”サチエがいるから”だけで、そう簡単に意見が変わっちゃうのかって・・・いや、変わること自体を咎めてるんじゃない。確かにサチエは面白いから」
「どうも」
「でも、その、なんていうか・・・ずっと拒んできたものを人一人で意見を変えたい気持ちはわかるけど、でもそれをスルッと・・・何の躊躇いもなく言えるのが・・・自分の意見をまっすぐに言えるのは良いと思う!だけど、ずっと拒否をしていた事を許可とか認めたりするのに、そんなにいきなり言えるのかって・・・!大体、蓮は自分の親と話してないんだ!親子で出ていって、今は蓮だけで決めようとしている!」
「その話の流れだと、蓮さんを呼んだ神部の人たちの計画と違うから、”迷惑が掛かる”と櫻さんは思っているんですよね?」
「・・・」
「ほら、だから、結局自分以外の他人”相手がどう思うか”を一番に気にしているんです。
自分がどう思って、意見を変えたい。行動を変えたい。でもできない。何故そんな意見を変えられる?
『周りが迷惑に思うかもしれないのに?』
が、櫻さんの考え方の根本なんです。結局は他人の思いを優先してるんです」
「迷惑が・・足枷?」
「櫻さんは自分の気持ちがわからないんじゃないんです。
自分の意見を言えないわけでもないんです。
言った先の相手のまだ見ぬ反応に怯えて言えないんです。自分の意見全部が、誰かしらに迷惑をかけるかもしれないからと思っているから」
「だったらどうすれば良いんだ。人に迷惑をかけるってわかってて・・!」
「・・・曽祖母様のそのお言葉と考え。櫻さんを縛るだけの呪縛になるのなら
【捨てましょう】。
大変失礼ですが、曽祖母様の”迷惑をかけるかもしれない”のお言葉は、”櫻さんの足枷”なんです」
サチエにはっきりと言われて櫻は衝撃を受けた。
どうして思ったことをそのまま愚直に言えるのか。
どうして意見が変わった事を悪びれもせず言えるのか。
どうして今までしていた事と違う事をいきなり行動できるのか。
目の前のサチエも、どうしてこのようにすぐに方向転換できるのかと櫻は考えた。
ここに来てやっと気づき始めた。
先にある、『人からの目、人の迷惑』を一番に感じて他人優先していた事に気づいた。
そう、他の人は『人からの目』を気にしながらも、己の欲が迷惑になるとはあまり考えていない。
サチエも同じだ。『櫻さんの足枷になるなら』と言った。
「櫻さん、人の気持ちは足枷なんです。思いやりは大事ですけど、こればっかりは仕方ないんです。一々考えてたらキリがありません!!思いやりと迷惑は最早セットです!」
「人に迷惑をかけちゃいけないって昔から・・・」
「曽祖母様からの大事な言葉なのはわかります。ずっと大事にされてきたんでしょうね。でも、曽祖母様も、櫻さんの事を思って言ったのです。
その言葉を”櫻さんの人生に生かして欲しい”と思って言ったんです。可愛い櫻さんの足枷になるようなこと、言う人でしたか?」
「そんなことはない!!でも!だとすれば!”人に迷惑をかけない”って何なんだ?!」
「受け取り方の問題ですよ。人に迷惑をかけないと言う基準は人それぞれです。
朝、パンを用意したら『ご飯が食べたい』と言われた。それを迷惑を思うかどうかは人それぞれです!」
「え・・・?用意したものを別のものを所望されたら、用意した方は迷惑じゃないか?」
「でも、勝手に用意された側としては、『なんだよ、作る前に聞けよ』って勝手に用意されて逆に迷惑なんです」
「なんだよそれ!じゃあもうどうしようもないじゃないかっ!俺は目の前にいる人に迷惑をかけないようにってずっと・・・!」
「はい!!ですからそれは曽祖母様のお言葉の理解度がちょっとまだ足りてないのやもしれませんね!
その素晴らしき神部の精神は20歳以上から徐々に適応開始しましょう!適応開始は5パーセントからにしてくださいね!100パーセント人の為に尽力しようとか思わないでください!私たちはまだまだ子供です!」
ハキハキと、しかし少しばかりぷりぷりしながらサチエは櫻に言った。
「しかし・・・!」
「うるさいですね!!わかりましたよ!隠してたプチあげますから!!」
「プチ・・・?」
「ブルボンの素晴らしき商品です」




