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神部家のメイド、サチエです。 〜清掃員からメイドになりました〜  作者: 杉崎 朱


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第40話 《神部 櫻という男》




『人に迷惑をかけないようになさいな』




 曽祖母から言われたこの言葉を、お守りのようにしてきた。

 

 《神部 櫻》である俺は、大企業である《神部ーKAMBEー》の現会長の直系卑属だ。


 小学校に入る前まで、曽祖母が大層俺を可愛がってくれた。


 この、神部で生きることの大変さ、そして、一人の人間として生きていく事の大変さと大切さ。

 それを教えてくれた言葉が『人に迷惑をかけないようになさい』だった。


 俺を思いやっての言葉だ。


 だから、俺は、人に迷惑をかけないようにしてきた。

 

 それが、正しいと思っている。


 しかし、それが、最近何かがおかしいと感じ始めた。


 多分、きっかけは随分前からだったのかもしれないけど、もうよくわからない。



・・・———


・・・———




 ———中学三年時。





「だから!俺は!バンド組んで!めっちゃ有名になるから!!もう神部の勉強はやらない!!」



 講義室で神部のいつもの面子が教本に向かっている。これから講義が始まろうとしている時だった。

 神部 紅葉が椿ではない他の執事に一方的に怒鳴りつけている。


「いけません。バンドの練習をお辞め下さいと申しているのではありません。講義を受けた後はご自由にしていただいて構いません。両立してくださいとお父様から言付かっております」

「両立だぁ?!そんな事知るかよ?!学校の勉強で十分だろ?!あの学校だって偏差値高いんだ!普通に卒業すれば余裕で世の中で生きていけるってんだよ!」


「世の中ではございません。神部で生きて行く為です」

「そもそもアーティストだから不要っ!!」


 神部の教育の一環である独自の講義の時間が勿体無いと言う紅葉。

 その時間もバンドの練習に充てたいと彼は言っている。


 しかし、執事がそれを認めない。



「紅葉。やるなら部屋の外でやれ」

 楓が言う。


「へいへい、みんなもやりたいことあるならやったほうが良いよ?俺はバンド組んでめっちゃ売れてお金も稼いで全国ツアーしまくるからさ!!」

「そりゃ立派だわ。頑張って頂戴!」

「双葉ぁああ!!馬鹿にしてんだろっ!!」


 戯れ合いが始まった。また執事がその戯れ合いを止めようかどうしようかと困っている。


「ほら紅葉、困ってるよ」

 思わず声に出してしまった。


「櫻っ!!お前はいつもいい子ちゃんしやがって・・・!!よし!俺がいつかこの家から50日間逃げ切ることができたら、お前の髪の毛を名前の通り”桜色”のピンクに染めるからな!!」


「はいはい、どうぞ。50日間なんて逃げられるわけないだろう。大体どうするんだよその間の食事とか」

「なんとかするんだよ!!自力で!!いや、金は親のだけどさ・・・そうじゃなくて!!俺は決めたことや言ったことに責任持って挑戦するんだって!!例え結果はダメでも挑戦するの!!これ大事だから!!」


 そう言いながら鞄とギターを持って部屋から出る。それを追いかける執事。その執事は心底面倒そうな顔をしていた。


 それはそうだろう。主人からは、息子である紅葉を講義に出席させるように言われているのに、その息子は今からサボろうとしている。


 どっちが悪いわけでもないのに板挟みだ。酷くかわいそうに思えた。


 なぜあんなに大人が困っているのに、紅葉は自分のわがままを貫き通せるんだといつも思う。バンドに限らず、紅葉は小さい頃から学校外に友達を作り、神部の言いつけをことごとく破ってきた男だ。


 喧嘩をして、他の子に怪我をさせたこともあった。

 入ってはいけない場所に入ってたまたま巡回中の警察官に見つかって怒られた事もあったらしい。


 その度に、親が頭を下げて回り、他の神部の大人も色々と走り回る。


 どこそこの家に行かなければ。

 菓子折りを持っていかなければ。

 誰か菓子折りを買ってきてくれ。


 みんな、事が済めばほっとした顔をするが、最中は本当に大変そうな顔だ。




 そうか、だからひいおばあちゃんは俺に教えてくれたんだ。


『人に迷惑をかけないようになさいな』


 紅葉の周りの大人は大変そうだけど、俺はわがままを言わないからか、俺の周りの大人は割と穏やかな顔をしている。そうか、俺が自分の意見を言わなければ、みんな穏やかでいられるんだ。迷惑がかからないんだ。







「どうぞ、新しいボールペンです」


 ボールペンを使い切ってしまい、新しいものが欲しいと伝えたら、いつも通りの青いボールペンが支給された。

 確かにここ数年、俺の私物は青が多かった。しかし、最近は緑色が良いなと思いはじめていた。


 新しくボールペンを頼んだ時、色を選ばせてくれるかなって思ったのだが、最初から青を渡されてしまった。しかし、別にボールペンの本体が何色でも問題ない。


 インクは黒だし、描きやすければ、持ちやすければ良いだろうと納得した。実際そうだ。


 しかし、何かが引っかかった。どうでもいいことのはずなのに。


『次は緑色のボールペンが欲しい』


 そう言えば良いだけだ。そうすれば次は青ではなく緑のボールペンを用意してくれるだろう。

 しかし、すれば『じゃあ本当は今も緑色のボールペンが良かったのだろうか』と気を揉ませてしまう。


 だから言い出せなかった。何か言えば、目の前の人に困った顔をさせたらいけないと思ったからだ。

 そう、迷惑をかけてはいけない。俺がこのボールペンを気に入ればいいだけの話だ。





・・・———



 中学三年の二学期が終わり、冬休みが始まった。


 クリスマスは屋敷の大勢と食事をし、年明けも迎えた時、事が起こった。



 初詣のあと、紅葉がいなくなった。



 一瞬、誘拐を疑われたのだが、紅葉の部屋の通学用の鞄、教材、ギターが無くなっていた。

 しかも、冬休み中の今、制服も無いと来た。


 家出だ。


 屋敷はてんやわんやしている。

 俺たちは他の同級生達より早く携帯電話を持たされていた。


 しかし、紅葉は執事達のみならず親の電話にも出ない。



 神部の子供達は誘拐される危険性がある。紅葉以外がいなくなったら真っ先に誘拐が疑われるが、紅葉に限っては早々に家出と判定された。


 一族の大半が広間に集まっていた。そこに紅葉の親もいた。

 酷く難しい顔をしていた。そして言った言葉は


『息子が申し訳ない。少し、自由にさせてあげて欲しい』


 そう言って他の神部の面々に頭を下げた。

 他の子持ちの親は寛容で、大丈夫ですよ。気にしないでと温かい言葉をかけていた。


 俺の親も笑っていた。

 自分の親にあんな顔をさせなくてよかった。迷惑かけないで良かったと思った。


 その安心に、ひいおばあちゃんの言葉を守っていてよかったと思った。


 なのに、まだ何かが引っかかる。




・・・———




 そんな事を積み重ねて、高校生になった。



 薫子が屋敷に来ては嵐のように暴れ、サチエに強く当たり迷惑をかけた。それなのに今はケロッとしてサチエとつるんでいる。


 ずっと離れて過ごしていた蓮が突然戻ってくると言い始めた。しかも理由はサチエがいるから。今の屋敷が楽しそうだから。


 そんな理由?


 周りの同じ年の我々や、大人を巻き込んだ。そして、サチエに暴言まで吐いた薫子。でも、今はみんな受け入れている。薫子自身、暴れて人に迷惑をかけた自覚がないのだろうか?反省や罪悪感は生まれなかったのか?



 蓮も蓮だ。今までオファーを出していたのに全く頷かなかったと聞いていた。

 それが、サチエがいるからという理由だ。当初の神部からのオファーの理由を知らないわけではないだろう。能力を神部で生かして欲しいからだ。


 その為に、神部で一緒に俺たちと勉強をして欲しいと言う希望だ。希望に添えないなら神部の屋敷に住むことは断り続ければいい。


 なのに、神部で働くことをさておき、サチエやみんなが楽しそうだから戻りたい。これ、周りの人間が聞いたらどう思うか?


 それに、蓮は【神部の秘密】を知らされてない。


 重責を背負わずして、良いところだけなんて、周りからしたら腹が立つ。知らされないで一人幸せだけを味わわせる環境を作るのなんて大変だ。そんなのは迷惑以外のなんでもない。


 気になって気になって仕方ない。


 なぜ、()()()()()()()()()()()()()のに、みんな自分の希望を述べる事ができるのだろうか。



 到底理解できない。


 人の困った顔を認知できないのだろうか。



 そんな穏やかな自問自答ではなく、心の奥底に生まれてしまった闇に落ちそうな感情。


 突発的に蓮に掴みにかかろうとした。


 自分でも一瞬の感情が止められなかった。


 そんな時、前日に相談した彼女の顔が奇跡的に現れた。


 彼女の言葉も蘇った。



 ただ、顔を見ただけなのに、心が落ち着き、落ち着きすぎて、意気消沈してしまった。




 俺は、何処で何を間違えたのだろう。

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