第37話 『ちびタコです』
サチエが最後に屋敷に来てから1週間と数日。
今、執事室の椿の目の前には待ち望んだサチエの姿があった。
「サチっ・・・!!サッ・・・!!サチコちゃん・・・!!!」
「サチエです。椿さん前に一度だけちゃんと『サチエ』と呼んでましたよね?もうこの間違いは故意と言うことでよろしいですか?」
「え?恋?」
「お邪魔いたしました」
ソファから立ち上がろうとするサチエ。
「待って待って!!本当嬉しい!マジ感謝でもどうして?!」
相変わらずの茶番が繰り広げられる。
「感謝して。私がサチエと話してこの屋敷に戻ってきてもらったのよ」
「そもそも薫子ちゃんが原因でしょ」
「うるさいわね」
「フォッフォ」
執事室には椿と執事長。そして、サチエと薫子の四人が居た。
現在はまだ午後二時。普段のバイトの入り時間よりかなり早い。そして、楓たちはまだ学校である。
サチエは薫子と待ち合わせをして一緒に神部の屋敷に来た。
二人とも試験期間が終わり、今はテストの返却期間だ。毎授業時間、返却された解答用紙の解説を聞いているだけの期間。
学校は今日も午前中で終わった。
サチエと薫子は待ち合わせをしてお昼ご飯を一緒に食べてから屋敷に来たのだ。
いつもクラスメイトと行っていたなんの変哲もなかった筈のファミレス。薫子には今日のファミレスはいつもと違う様に感じた。とても楽しかったのだ。
薫子の纏う雰囲気も変わり、とても自信に満ちて周りの人間の目線や意見は以前程気にならなくなってきた。
「てかいつの間に?!サチコちゃん、蓮とも知らない間に会ってるし、薫子ちゃんとも和解してるし・・・どんだけ『神部ホイホイ』なの?!」
「それ、聞いたことあるわ。なんで私たちが害虫に喩えられないといけないのよ」
「サチエです」
執事室のソファでサチエは畏まって座っており、薫子は足を組んでいる。
向かいに座った椿は、サチエに一枚の紙を出した。
「これ、退職届。受理してないからね。今ここで破るよ」
「はい、かしこまりました」
そう言って、椿はビリビリとサチエの目の前で破った。
「・・・一度退職届を受理して、新しく雇用契約書を書いて貰えばよかったのに」
薫子が呆れた顔で言った。
「なんでよ。面倒じゃん。退職を受理しない方が全部楽に丸く治るじゃん」
「退職を受理して、”メイドとして再雇用”すれば良かったのに。契約書がない以上、口約束の方が優先じゃないの?メイドが見つかったらサチエは清掃員に戻るんでしょ?」
「・・・っは!!!そうだった!!」
「時、既に遅しですね」
「そうよ、もう手遅れだからそれはダメよ」
「じいやー!!!」
「フォッフォ。まぁ、サチエさんが戻ってきてくださったのです。次のメイドもサチエさんの様な人材が好ましいので、ゆっくり決めさせて貰いましょう。その間くらいはサチエさんも待ってくださいますよ」
「五年かけてメイド見つけるから!!」
「「仕事おそっ」」
「いえいえ、これはご縁の話です。良縁に巡り合えるそのタイミングまで、お待ちください」
「執事長がそうおっしゃるなら。でも五年は長過ぎます」
そして、サチエの再雇用が決まった。
「はぁー!!本当良かった!サチコちゃん戻ってきてくれないなら、もう神部の秘密を無理矢理聞かせて外に出れないようにするしかないかと思っちゃったじゃんー!これでもう楓に指折られるかもって怯えながら寝なくて済んだわー!!」
「何よ、神部の秘密って。裏金でもあるわけ?」
「・・・秘密・・・ですか」
「えっ?!いやぁ!ほら!別に犯罪級じゃなくたってどの家にもそれなりに秘密とかあるでしょ?!気にしないの!!」
「えー!怪しいー!やっぱりなんだかんだ同学年の私たちが分けられてるのってその”秘密”が一番関係してるんじゃないの?!」
「ない!ない!!本当は秘密でもなんでもないから!!」
双葉ではない為、椿の心の内を察することが出来ないサチエ。
しかし、椿がぼろっとこぼした”秘密”と言う単語。
サチエの頭の中に、つい先日蓮と話した光景と内容が鮮明にフラッシュバックした。
《神部(あの家)には、信じられない程の”重大な秘密”があるかも知れないって事だよ。そして、俺はそれを知らない。多分、俺がこうやって気ままに一般の生活をできているのは、その”重大な秘密”を知らないからだと思ってる》
「(この家、何かある———・・・)」
そう思わずにいられなかったサチエ。
絶対にその話を聞いて”神部”に縛られないようにと意を決した。
「さて、私は楓さんたちを迎えに行くと致しましょう。サチエさんと薫子さんもご一緒しますか?」
執事長が襟元を正しながら言った。
「いいえ、私はサチエの勤務時間までここでお菓子パーティーするの」
「ここをなんだと思ってるの」
文句を言いながらも、サチエが戻ってきたことが嬉く口元を緩めながら椿が言った。
・・・———
・・・———
梅雨明け近づく今日この頃。
サチエに新品同然に直してもらった夏服を着た双葉が学校から屋敷へと帰ってきた。
今日は学校の課題と、家から課された経営学の講義がある。一度部屋に戻って教本を持って講義室へと向かう予定の双葉。
部屋に行くが着替えはしない。
課題や講義を受けている最中は、気を緩めることが出来ない。双葉にとって制服とは”ON"の自分が身に纏う”戦闘服”のようなものである。よって、双葉はずっと制服を着たままである。
自分の部屋に入っても、気を緩めてはいけない。そう自分に言い聞かせながら扉を開けた。
「お帰りなさいませ。双葉さん」
「ぎゃぁあああああーーーーー!!!」
「いや!だって今日戻ってきてるって誰も教えてくれなかったし!?」
「執事長が迎えに行かれたでしょう?皆さんのお迎えの前に、私は今日既に屋敷にいましたよ」
「だから、誰彼構わずいつも読むわけじゃ無いって。むしろ読まないときの方が長かった時もあったっていうか・・・あー嬉しいけど超びっくりした」
そう言いながら自室の椅子にドカッと座った双葉。
切らしてはいけないと思っていた緊張がいとも簡単に切れてしまった。
「あー!サチエが戻ってきてくれて気合いが入るような、気が抜けたような」
「もう一回辞めましょうか?」
「マジ勘弁して」
「おい!!サチエいるかっ?!」
「楓さん、おかえりなさいませ」
「やっと帰ってきたか・・・!」
双葉の部屋に飛び込むように帰ってきたのは楓だった。
「なんでサチエが戻ってきたってわかったの?」
「部屋が綺麗になってた」
「それ椿が聞いたら泣くぞ」
「事実だ」
「あ。やっぱりサチエがいた」
次に来たのは櫻だ。
「櫻さんもおかえりなさいませ」
「サチエもおかえり。部屋が綺麗になってたからすぐにわかったよ」
「皆さん、椿さんにはそれ言わないで差し上げてくださいね」
・・・———
「サチエちゃん良かったわー!もうみんなサチエちゃんの行方を気にしてばっかりだったみたいよ!」
「佐藤さんも、お久しぶりです。やはりこの時間が最高ですね。労働の最中の休憩の雑談と間食」
労働法とは別に、小休憩の取得をするように言われているサチエ。
自分で区切りの良いところまで終えた時に取っている。
今日は休憩の時間が被り、一週間弱振りに調理場のパートの佐藤さんに会えたのだ。
「ささ、佐藤さん。こちらをどうぞ」
「あら!今日もありがとう!これは何かしら?」
「ちびタコです」
「一週間ちょっとでは、流石に屋敷の中は変わらなかったですよね?」
「そうね、特に大きな変化はないわね!ただ、サチエちゃんが居なかったことが原因かどうかはわからないけど、櫻さんの様子がちょっと違うって執事長さんが言ってたわ?ご飯は全部食べてくれてるみたいだけど?」
意外な人物の名前が上がった事に一瞬ピクっと眉尻が上がってしまったサチエ。
「・・・櫻さんがですか?先ほど会った時は特に何も感じなかったですが」
「じゃぁ、サチエちゃんが戻ってきて解決だったのかしらね?」
櫻は、楓や双葉と違って感情を全面に出さない。意見は言うが、いつも控え目な印象をサチエも持っている。
「・・・いえ、ちょっと注意してみます。ありがとうございます」
「サチエちゃん、なんだか皆んなのお姉さんみたいよね!サチエちゃんと話すとみんな元気になるの!さすが”お姉ちゃん”ね!あら!!実際長女で大変なのよね?!ごめんなさい、嫌だったからしら?!」
「いいえ全然。”お母さん”じゃなくて良かったです」
「あははは!やだそれ面白いわぁ〜!!」




