第36話 『5/8チップです』
サチエがいない屋敷。
楓、双葉、櫻だけが少々物足りなさを感じている。
桔梗は特に変わらない。
今は朝食の時間だ。
食堂。長いテーブルが部屋の真ん中に置かれている。白く、クロスが張られた綺麗なテーブルだ。
卓上には朝、屋敷内で焼かれたパン。シェフたちの作ったバランスの整った野菜や肉が並べられている。
普段、朝食の時間帯はまだ目が覚め切れておらず、そこまで会話はしない楓たち。
特に、桔梗から会話を切り出す事は滅多にない。しかし、今日は珍しい事にその桔梗が口を開いた。
「あのさ、メイドのサチエさんの件。そんなに彼女に戻ってきて欲しいの?」
「あぁ。サチエは仕事を責任持って行う。
ちゃんと気が使える人間だが、”俺たち”に対しては変な気を使わない。こちらも気が楽だ。多分今後あのタイプは二度と出会えないぞ」
「優先したり、気遣いも凄いけど、必要以上に俺たちのこと崇拝したりとか下心とかないからね。"お金が欲しい"に関しては下心じゃなくて全面に出てるから。本当、気が楽」
「俺も二人と同意見かな」
三人の回答を聞いた桔梗。
少し考えて発言した。
「じゃあさ、そんなに戻ってきて欲しいなら、もう完全に首根っこ捉えちゃえば?」
「どう言う意味だ」
桔梗の提案に、楓がすぐさま反応した。
ピリッとした空気が、一瞬食堂に漂った。
神部の次期No.1とNo.2の二人だ。この二人の間ではたまにこのような空気になる事が起こる。喧嘩ではない。しかし、なんと表現して良いのか周りも困る程だ。
結局、”口喧嘩”や、酷い空気に耐える事から”我慢大会”等と呼ばれている。
「あの事話して、うちに抱え込んじゃうっていう手もあるよ」
【あの話】
その言葉に双葉と櫻は言葉なく目を見開いて驚いた。
二人の行動と空気が完全に凍った。
「それはダメだ。お前何を言ってる」
「だから、手もあるよってだけ。あの話しを知ったらもう他へはいけない。強制的に、一生神部で働くことになるでしょ?首根っこ捉える事と同義だろう」
「お前、あの話を口外する事がどれほどの・・・!」
「サチエさんに話すことにリスクはないだろう?それだけ三人が欲しがっている人材だ。でも、サチエさんからしたら、負荷が大きいかも知れない。でも、そのケアをちゃんと行うのなら、彼女に話してウチに取り込んでしまえば良い。っていう手もあるよってだけの話」
「お前鬼畜だな」
楓が顔を引き攣らせながら桔梗に言う。
「・・・じゃぁ、そこまでしては欲しくないって事だね?だったら諦められそうじゃない?」
良かったね。と、サチエに対しての執着心を手放すように仕向けていた桔梗。
「違う、サチエは欲しい。しかし、そこまでして手に入れたいと思う程、相手の人生を軽んじてない。一生神部に縛り付けるっていう選択肢は流石にないだろう。それでは傲慢すぎる。だからこんなにも考えているんじゃないか」
「でもまぁ、本当に欲しかったらその手もあるよって事。でも、それだけ縛り付けるなら嫁に貰うくらいの覚悟がないと言わない方がいいと思うよ。ね?結婚までは考えられないでしょ?もう諦めれば?」
「お前なんでそんなにサチエを屋敷から遠ざけるんだ?」
「サチエさんを遠ざけようとすると、皆んなの本音や希望が出てくるからだよ。そこから解決策や手段を考える方が良いだろう」
「お前、人思いなんだろうけどカマかけるような言い方するの辞めろよ」
「カマかけたんじゃない。本音を知るための手段だよ。でも放っておいてもいんじゃないか?そのうち全然別の方向からとかアシストがあるかもしれないし」
そんな会話が繰り広げられている食堂。
双葉と櫻は将来のTOP2の会話を聴きながら静かに朝食を食べ終えた。
そして、どうにかサチエが戻ってきますようにと心の中で願うばかりだった。
・・・———
「どうぞ、私のおすすめのオーザックです」
「俺のおすすめお菓子もどうぞ、ピザポテトです」
「美味しいですよね。他にもポテトチップスで思い出深いのがあったのですが販売が終了しました」
「え?なんか終わったのあったっけ?」
「5/8チップです」
「確かに最近見ないっ!!」
今日も下校途中でばったり蓮と会ったサチエ。
「(今までは、顔と名前を知らなかったから気にかける理由が一つもない。しかし、恐らく、日頃からすれ違ったりはしていたのだろう)」
そう思わずにはいられないサチエ。
一緒にコンビニに寄り、お互いにおすすめのお菓子を買って公園のベンチで間食を始めた。
まさか神部の人間とおすすめのお菓子の交換をするなんて夢にも思っていなかったサチエ。屋敷の神部軍団は、知らない事が多すぎる。もちろん、それは一般家庭の生活で触れる話題であって、それ以外であれば神部の学生達の方が博識だろう。
だからこそ、一般家庭で育った者同士のこの共通話題を話せる神部の者と出会えた奇跡が少し嬉しいサチエ。
しかしそこで疑問が出た。
「そういえば、聞いて良いことではないとは思いますが、何故蓮さんはあの屋敷に住んでないのでしょう?」
「思ってる割にしっかりと聞くね。ああ、親が別で住みたいって言ったんだ。俺が小学生の時に」
「・・・なら、他の神部の方も、ちゃんと経営の勉強はしているのですから、たまには外に好きに出かけたりしても良いと思うのですが。
お菓子も好きなものを食べ・・・るのは、まぁ私のようなふくよかボディリスクがあるのでなんとも言えませんが、雑誌、漫画なんてのは見ても良いと思うのですがね」
「全部の雑誌が見れないわけじゃないよ。多分、大人向けの週刊誌は読ませてもらえると思う」
「逆にそれはダメなのでは?」
「ほら、どの企業が何してるとか色々書いてあるじゃない。それがゴシップでも構わない。根拠があるないの見定めも必要。火のないところに煙はたたない。そういう視点から週刊誌と新聞は小学校の時からOKだったよ。みんな読んでなかったけど」
「アダルティなページはどうするんですか」
「ははは!確かに!
俺さ、神部のあの屋敷に戻ってこないかって度々打診されてるんだ。あの屋敷に生活の拠点を移したり、出戻りしている人もいるからさ。でも、楓や桔梗の様に本当に中核になる人間は絶対にあの屋敷から出してもらえないんだよ」
「学校も送迎付きみたいですからね」
「そう。多分、外の世界とか、神部が良しと判断した物以外に触れる事を徹底的に避けてるって感じ」
「・・・漫画も、過激なものは教育上に良くないとかそう言うやつですか?アダルティは良いのに」
「多分ね。俺は一般家庭と同じ生活していてもなぜかまだ屋敷から『戻ってこないか?』って声が掛かる。そこが気になるんだよね。俺だけが特別なのか・・・」
「なんのお話でしょう?」
途中から自身の中の疑問を話し始めた蓮。
サチエも流石に話の流れについていけなくなった。
「神部(あの家)には、信じられない程の”重大な秘密”があるかも知れないって事だよ。そして、俺はそれを知らない。多分、俺がこうやって気ままに一般の生活をできているのは、その”重大な秘密”を知らないからだと思ってる。
楓、桔梗、櫻と・・・壱葉と双葉はどうかなぁ・・。でも前三人は、その”重大な秘密”って言うのが存在するのなら、多分知ってるんだと思う」
「だとしたら、内容は分からなくても”重大な秘密”が"ある"ことを蓮さんがわかってしまった。と言う事がバレたらマズくないですか?」
「そうかもね。だから、サチエちゃんも気をつけなね。神部を上手く使うことはあっても、秘密を強制的に知らされて縛られないようにね?」
「なんですか、その突然の雑さ」
「雑だけど、心配してるんだよ」
・・・———
サチエが最後に屋敷に来てから数日。
サチエを呼び戻す理由がない椿は手指をグーパーして動かした。
「大丈夫、俺の指、まだ・・・折られてないっ・・・!!」
デスクワークをしながら、時折自分の指の稼働確認をしている椿。楓に指を折られると言われた恐怖が残っている。特に寝ている時が怖いのだ。
誰もが助けを求められるように、執事は部屋の鍵を施錠して寝ることはない。
とは言っても、内部は全員家族、親族だ。内乱が起きない限りは問題ない。本当にただただ家が大きすぎるだけで大家族なだけである。
しかし、今は楓の機嫌を損ねると本当に指を折られかねない。もはや内乱だ。施錠出来ない故の恐怖に支配され早数日。
「・・・仕方ないっ!もうサチコちゃんを神部家に無理矢理連れ戻すにはアレを話すしかっ・・・!!」




