第35話 『ハロハロください』
「ハロハロください」
「はい、あとハロハロですね〜!ありがとうございます!お会計635円です!」
7月。
梅雨明けはしていないが本日は晴れ。
すぐ近くに夏の気配を感じる今日この頃。
サチエはコンビニの冷たいデザートを注文した。
「・・・うまっ」
店内のイートインコーナーで食べるサチエ。今は13時。実のところ、本日から期末の試験が開始された。そう、連日午前中は試験だが午後は帰れるのだ。
特段、普段の授業を聞いていればそれなりに点数が取れるサチエ。テスト勉強は不要だ。
だからこそ、試験前でも変わらずバイトを続けられた。
「(今日はハロハロを食べて、スーパーで買い物をして、早めに夕飯を仕込もう。先にお風呂掃除をして、その後アニメを見よう。妹の期末テストは来週から。弟は7月中旬まで全部午後まで授業がある。私だけがパラダイス先取り状態だ)」
ふふふと自分のこの先の予定とアイスの美味しさで幸せいっぱいのサチエ。
携帯電話を取り出して新着メールの確認をする。母だ。
『サチエ!忘れてたんだけど、明日小学校お弁当なの〜!!お弁当用の』
ーーーツンッ
見ている途中に画面が真っ暗になった。
電源が切れた。
「(しまった。昨日充電しなかった)」
仕方ない。とりあえず先にハロハロを美味しいうちに食べるサチエ。そして、しっかり味わった後に、コンビニの前にある緑色の公衆電話へと向かった。
「OK、OK、明日はお弁当だから冷凍食品買っておくって事ね。OK」
携帯電話を持ってからめっきり使う事がなくなった公衆電話。
一昔前、分厚い月刊少女雑誌の全員応募者サービスなどで好みの漫画の扉絵のテレフォンカードを手に入れたものだ。
取っておきたい気持ちと、テレフォンカードなんだから使いたいと言う気持ちが攻めぎあった過去。やはり使ってみたい衝動に勝てなかったサチエ。
用もないのにわざわざ公衆電話へ行き、テレフォンカードが吸い込まれる様を見て、ばあちゃんの家に電話をしたものだ。
携帯電話が普及して学生までもが持っているこの時代。公衆電話のボックスに入る事があるなんて・・・と謎の感情に囚われた。
そして、その内側二つ折りのガラス扉から出ようとしたサチエ。
しかし、次の人があまりにも近くで待機しておりかなり出ずらい。
「あの、私の幅だと少々出ずらいので・・・」
「やぁ」
故意に出入り口を塞ぎ、揶揄って来たのは昨日出会ったばかりの《神部 蓮》だった。
・・・———
「ガストと言ったら、"山盛りポテトフライ"な私です」
「わかる。絶対に頼む」
2日続けて蓮とファミレスに入ったサチエ。
双方これから昼食だと話が出た。そして、特に誰かと約束もしていない。ファミレスで共に食事を摂ることにした。
「そう言えば、俺たち学校近かったんだよね。忘れてた」
「そうでしたね。放課後の活動範囲が被ってるんですよね」
この時間は、未就学児童とその母親である主婦達の会合。サラリーマンの昼食。そして、自分たちと同様に、試験期間中で午前で下校する高校生で賑わっていた。
「俺はハンバーグだな」
「私はグラタンを」
注文して改めて周囲の席を見たサチエ。
同じ高校生は、男子グループの利用、女子グループの利用と別れており、男女で入店したのは自分達だけかと考えていた。
男子はワイシャツのボタンが上から二つ開き、ネクタイも緩く結ばれている。
女子はもシャツのボタンが1つまたは2つ開き、ネクタイは男子同様に少し緩め。リボンも紐を目一杯伸ばして着用している。
皆、ウエストを折り曲げてスカートを短くしている。
料理が来るまでの間、女子は携帯電話をイジりながら喋る。ストラップがごちゃごちゃとついている。一昔前のギャル、ガングロギャルがつけていた程の量はないが、それでもジャラジャラと音がする程度には付いていた。
そんな中、サチエは第一ボタンまで閉め、リボンもきっちりとしている。夏服の時期なのでブレザーは着ていないが、ベストの着用、そしてスカートは折っておらず膝丈だ。
ほとんどの学生が着崩している。
サチエの向かいに座る蓮も、第二ボタンまで空き、赤いネクタイが緩くぶら下がっている。
神部の高校生は制服の着崩しなど論外。このようにラフな学生と話をするのは初めてのサチエ。
結局は神部の人間だと何故か安心をし、それに加えて今は一般家庭と同じ暮らしだと聞いた為、話も合う蓮とそのまま普通に出かけていたが、ハタと我に帰る。
「(・・・まいった。迂闊だった。もし自分の学校の生徒に見られたらこれは恰好の嫌がらせネタに———あぁ、あの校章のお陰様でしばらくは大丈夫だったんだった。おお、双葉さんの校章様様よ・・・)」
そんなことを考えていた時、また女子高生の一行が入店した。今度は珍しく、着崩していない学生たちだ。
デザインした者が喜びそうな程に、アレンジされないまま品の良さが溢れている。その一行が、サチエの横を通り・・・過ぎずに一人だけ立ち止まった。
「あら?蓮じゃない?久しぶりね?・・・
———えっ?!メイド?!」
「これはこれは、薫子さん。どうもこんにちは。そして、先日はどうも」
薫子だった。
薫子は友人に、先に席に行くように言い、その場に立ち止まった。
「こちらこそどーも。あなた達いつ出会ったのよ?蓮は全然あっちの屋敷には寄りつかなかったんじゃなくて?
メイドも出勤前のデート?楽しそうね」
「もうメイドではありませんよ」
「は?」
「ただの、無職のサチエです」
・・・———
「何よどうしてもう辞めてるのよ、私まだ何もやっても言ってもないわよ」
「薫子さんが何かクレームだとか抗議をする以前に、私は既に、あの日あの時あの場所ですぐに考えて覚悟を決めたんです。いいんです、最初からそのつもりだったんです」
「名曲の歌詞を引っ張り出してんじゃないわよ」
薫子が話している間にも、『頂きます』と唱えてからセットのサラダを食べ始めるサチエ。
「あなた随分お金に執着があったらしいじゃない?高時給でやってたんでしょ?そんな簡単に手放して良い職じゃなかったんでしょ?」
「ですが、不幸中の幸いと言いますか、薫子さんが付けてくださった校章のお陰で、私学校で誰にも嫌がらせされなくなったんで。もう働かなくて良いんです」
「何がどういう経緯?!?!」
「ありがとうございます」
サチエは薫子に頭を下げた。
発端や理由はなんであれ、学校で受けていた他人からの攻撃が無くなったのだ。
別に、元々大して気にしてもいないが、無いなら無いに越したことはないのは誰しもそうだろう。
一方、次にサチエに会ったら、文句の1つや2つは言われる覚悟をしていた薫子。
しかし、まさかこんなに早く会うなんて想定外だ。
おまけに窃盗の濡れ衣を着させようとした相手に感謝までされた。
先日の自分との言い合いも含めて、薫子はサチエが普通じゃないと感じた。
レベルが違うなどそんな話ではない。次元が違うのだ。そもそも比べる対象ではないと今明確に理解した。
完全に最後の最後まで吹っ切れた薫子。
今度は、薫子なりの、サチエへ敬意を表する言葉を掛けた。
「私もサチエって呼ぶわ。あなたも"薫子"と呼び捨てて」
「いえ、致しません」
秒殺。
「それじゃ対等にならないじゃない!!」
「私のはクセです。なら、薫子さんが呼び捨てなければ良いのでは?」
「私も"サチエ"って呼びたいの!!いいわ!コレは命令よ!
この間の件、不問にする!信じられないんだったら誓約書も書くわ!私を呼び捨てなさい!それで全部丸く治るわ!」
敬意が瞬時に何処かへ消えた。
「いえ、不問にしなくていいですよ」
「貴女ね?!私だってちょっとくらい善い人振っても良いでしょ?!"懐が深い人"にさせなさいよ!」
「えー、私別に屋敷に戻りたいわけじゃありませんし」
「ならこの間のを暴力沙汰にするわ。されたくなければ、私を呼び捨てする事!あと、メイドとして屋敷に戻りなさいよ」
「なんて不器用な人なのでしょう。可哀想なので少し譲歩して差し上げます」
薫子は素直じゃない。サチエの早々の退職と、態度を見て、自分のした事に改めて罪悪感が生まれた。
その罪悪感を取り消したくて、"今まで通り"に戻れるように提案をしたのだ。
「・・・くくくっ!!!あははははは!!!あの薫子がっ・・!!」
2人のやり取りを見ていた蓮が、お腹を抱えて笑った。
「・・・で、戻りなさいと強制したものの、私は慈悲深い人なの。だからサチエ、貴方に選ばせてあげるわ。
きっと、次に神部に戻ったらもう辞められないわ。その覚悟があって?」
「まさか、辞めたくなったら辞めますよ」
「良い度胸ね。少しだけ猶予をあげるわ。来週、一緒に神部の屋敷に行ってみんなに説明しましょう?」
「慈悲深いなら神部に戻る事も無しで、全部チャラで良いじゃないですか」
「慈悲深いと共に欲も深いのよ!!一週間後よ!サチエも今試験期間なんでしょ?!その間は見逃してあげるわ!」
「あぁ慈悲深い慈悲深いこと。試験勉強しないので関係ありませんが」
「早く連絡先教えて頂戴!!」
「本当、仕方ない人ですね」
純粋に、屋敷に戻ったサチエを含む今までと同じ人間関係とその環境に、自分も加わりたいと思った薫子。サチエに崩して貰ったとは言え、まだ自分の中の凝り固まった価値観のカケラと再構築は済んでいない。
が、あの騒動を起こした自分を否定しなかったサチエ。自分の偏見を気付かせてくれたサチエ。あまつさえ感謝してきたサチエ。
今日また、このように普通に会話してくれるサチエに興味を持った。
そう、薫子に新たな欲望が生まれた。




