第34話 『フォッフォ』
「さて、どうするか」
サチエと蓮の邂逅の流れを聞いた後、楓が考え込んだ。
そう、蓮は今日神部に話し合いで呼ばれた。呼んだのはここにいる学生たちの親世代だ。
しかし、楓も同席する。しかし、楓はサチエが屋敷に居る今、サチエを納得させる時間が欲しい。
現在は17時30分。これから話し合いをすると確実に19時を回る。
サチエは、家族の夕食の準備があるため、バイトも18時30分には上がり、帰宅をする。
楓の為に時間を過ぎて待たせる事は出来ない。
「いいよ、俺と櫻でサチエを説得するから!」
双葉が名乗り出た。
「と言いますか、まだ新しいメイド決まらないんですか?」
そう。サチエがメイドになってから割と時間が経っている。梅雨は明けていないがもう7月だ。
「あぁ!募集結局かけてないか・・・ら・・ら・・・あららら・・・」
椿がサチエの質問に対して答えている最中に気づいた。
「あ、これ、言っちゃいけないヤツだっけ・・・?」
「お前本当に馬鹿だな」
「なんで言っちゃうの椿!」
「・・・」
そう、新しいメイドの募集は、実は少し前に楓が執事長に言って取り下げたのだ。新しいメイドは、条件を厳しくしても続々とやってくる。しかし、サチエと同等の人材は来ないと早期に判断した楓が、募集を取り下げたのだ。
次のメイドが決まってしまったら、サチエは清掃員に戻ってしまうから。
「なるほど、だからいつまで経っても新しいメイドが入ってこない訳ですね?」
「サチエ、早まるな」
「何も早まってません。早まって焦ってるのは楓さんの方です」
珍しく楓の目が泳いだ。
執事室に居ながら、先ほどからずっと気配を消している執事長のじいやは、珍しく目にした楓のその表情に笑みを浮かべた。
「じいや!笑うな!!」
「楓が”じいや”だってー!超久々に聞いたわー!」
「マジで焦ってるよ」
「こら、揶揄わない」
「フォッフォ」
「へー、なんか、今のこっちの屋敷って楽しそうだね」
その言葉にサチエ以外の全員が驚いた。その時
———コンッコン
「恐れ入ります。楓さんと蓮さんはこちらにいらっしゃいますか?皆様お揃いです。お話し合いを始めたいと専務方が仰ってます」
「今行く!じゃあ双葉と櫻!頼んだからな!!必ずサチエを説得しろ!!ほら、蓮行くぞ」
「はいな」
呼ばれて、楓と蓮が部屋を出た。
そして残された者たちで話し合いが始まるかと思われた。
「よしサチエ!!なんでも言ってこい!薫子のことは俺たちで——」
「では最初にお伝えします。先日の双葉さんの校章の威力が凄まじく、私の快適な学校生活が始まりました」
「ん?そう?そりゃ良かった?で!薫子のことは俺たちが——!」
「櫻さんはご存知ではないと思うので説明します。まず私がアルバイトを始めた切っ掛けは、学校で嫌がらせを受けて、私物を捨てられたり壊されたり盗まれたからです。それを親から貰ったお金を使って買い直しをしたくないからバイトを始めたんです」
「えっ。重・・・」
「嘘でしょ?!じゃあ俺の校章でかなり・・・ってかなんでそんな酷いことされて学校側に相談とかしないわけ?!」
「ですから、もう終わったことです。もう嫌がらせも無くなりました。おかげさまで」
「ん?うん、良かったよ?俺の校章がお役に立てて何よりです?」
「なので、バイトをする必要が無くなりました」
・・・———
19時過ぎ。
楓と蓮が並んで歩く。向かう先は鞄を置いてきた執事室だ。
「気が変わって良かったよ」
「まだ確定じゃないよ」
「確定じゃなくても、頑なな否定から”考えてもいい”への変化は物凄い。どんな心境の変化だ」
「・・・言わなきゃダメ?」
「別にいいが。どんな理由でも、蓮がこの屋敷に戻ってきてくれるなら。それが蓮の意思ならば全員嬉しい」
「どんな理由でも?」
「どんな理由でもだ。どのみち教えてくれないんだろう?」
「今は、特にね」
神部 蓮。この屋敷の生まれで楓たちと同級生だ。
しかし、彼は小学校の途中で他の屋敷へと引っ越した。そして、屋敷から一軒家へと更に住まいを変えた。
そう、蓮の親が【神部】と違う生活を希望したからだ。その為、神部の生まれでありながら、小学校途中から一般家庭と同じ生活をするようになった。だからこそ、アニメやドラマも知っている。サチエとは他にも少年週刊誌の話で大いに盛り上がった。
そんな蓮は、頭脳明晰だ。是非とも神部の中枢に欲しいと度々オファーを出していた。しかし、いつも返事は親子揃ってNGであった。最後に打診したのは中学校三年生の秋。そして、高校生になって夏の前の今、再度打診すると、”考えてもいい”に変化した。神部からしたら祝杯ものだ。
「今の生活がすごく気に入っているんだろう?」
「そう、だから戻るにしたって俺の学生生活を変えるつもりはないよ。それに、他にも条件がある。まだ付け足したいなぁ・・・。その条件を飲んでくれるなら、神部で働くかは別として、まずは”ここに住んでもいいよ”」
「・・・そうか。いい返事を期待してる。じゃぁ俺は部屋に戻るから。またな」
「うん、またね」
そう言い、廊下で別れた。
蓮がドアをノックして入った執事室。誰もいない。執事長は他の部屋で、椿は蓮を送るために車を玄関に回している最中だ。
歩みを止めずにソファーに置いた自分の鞄を持った蓮は、ボソッと呟いた。
「サチエちゃんに興味が湧いたから、この屋敷に戻って良いと思った・・・なんて言ったら、楓はどんな顔するだろうなぁ」
独り言を言いながら、クスッと笑った。そして、入室から退室まで、流れるようにして執事室を出た。
誰もいなかったはずの執事室のキャスター付き椅子が動いた。
偶然、蓮が部屋に入ってくる直前に、机の下にボールペンを落としてしゃがみ込んでいた櫻。
ボソッと呟いただけの蓮の言葉は、窓も空いていない、雑音もしないこの部屋の中では櫻の耳に届いた。
その言葉に驚き、机の下から顔を出せなかったのだ。
なぜ、そんな簡単に自分の意見を変えられるのか。
なぜ、そんな簡単に決めて行動を起こせるのか。
なぜ、そんな簡単に自分の気持ちをすぐに従え(る|のか。
そして、『知らない』と言うのは有利で、強くて、狡く、羨ましいと感じた。
その言動に、蓮・・・というより、櫻は自身の心がわからなくなった。
・・・———
翌朝。
おなじみの黒塗りのワンボックスカーの中では昨日とはまた違う、どんよりとした空気で学校へ向かう男子高校生たち。
「サチエに!もうお金はあるから働く必要がないって言われたら仕方なくない?!なんでサチエの家もそれなりな金持ちなんだよ!ビンボーで良かったのに!!」
「でも、金銭が好きな奴に変わりはない。時給を上げるか・・・?」
「釣るより、正当な働く理由を作った方がいいんじゃない?」
双葉、楓、櫻が車に揺られながら話をする。桔梗は変わらず窓の外を眺めている。
「おい、桔梗も何か良い案を出せ」
「俺は会ったことも話した事もないからなんとも言えないな。彼女に合った策の方がいいだろう?一般的には良心を責めるやり方をするのがいいと思うけど、性格を知らない俺からは何も言えないかな?」
「良心を責めるっ・・・!それだ!・・・で、どんなのが良い?」
「なら、逆に問題視されてる薫子を出汁に使うか?」
双葉と楓が真剣な顔で話す。
「未来の経営者の言葉とは思えないんだけど・・・あのさ、ちょっと気になることがあって」
櫻が、サチエの話の最中におずおずと切り出した。
昨日の連の言葉だ。
「サチエの事か?」
「いや、蓮の事なんだけど。昨日たまたま独り言聞いちゃってさ・・・
『サチエちゃんに興味が湧いたから、この屋敷に戻って良いと思った・・・なんて言ったら、楓はどんな顔するだろうなぁ』って言ってたんだ」
その言葉の意味を、それぞれがどのように受け止めたかはわからない。
そして、今まで関心を示さなかった 神部 桔梗すらも、その言葉には興味を持った。




