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神部家のメイド、サチエです。 〜清掃員からメイドになりました〜  作者: 杉崎 朱


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第32話 『え?!切るっ?! 』



「ちょーーーっ!!待ってダメだって!何言ってんの何やってんの?!

 このまま帰ったら明日からバイトこないつもりでしょそんなのダメだからぁああー!!!」


「離してください。御令嬢引っ叩いた私がこのままのうのうとバイトを続ける方がおかしいでしょう。あれですか?罰として一定期間無償で働いたら許してくれるとでも言うつもりですか?」


「それ良いじゃん!それで良くない?!良いじゃん良いじゃ」

「良いわけないでしょう。

 そもそも、今回の件は私が双葉さんに言って、双葉さんから楓さんに言ってもらったんです。

 薫子さんは、"皆さんのそばに居たいことが目的の一つだろうから、この屋敷に暫くいれば気が済むのでは?"と」


「本当、ある意味気が済んだよねっ!」


「私も気が済みました。では、お世話に」

「ダメだって!!」

「アッ!椿さん!部屋の窓になんかありますよ?」


「はぁ?!」


 言われて椿を部屋の窓を振り返った。本当に何か紙が窓に貼ってある。

 すぐに近寄り紙・・・書類を手に取った。見覚えのある書類・・・


「退職届・・・秋 幸枝。———ちょーーー!!サチコちゃん何をっ——!!」


 椿が振り返ったが既にそこにサチエはいなかった。





・・・———










・・・———



 翌朝。雨の音でサチエは起床した。

 雨雲も厚く、本当に朝かと疑いたくなる程に空は暗い。


 サチエは今日から無職だ。


 いや、学生の身分なので”無職”と言うのはどこか違うが、どこにも”雇用されていない身”だ。



 久々のバイトのない日。高校入学して少しの間しか味わっていない。

 起きて、髪の毛を櫛でとき、いつもの三つ編みを結った。


 さて、新しいアルバイトを探すぞ。と、意気込みながら制服を着た。





 先日の双葉の校章のおかげか、学校生活が格段に快適になったサチエ。

 文句を言ってくる人もいなければ、楓が懸念していた『媚を売ってくる』人もいない、それはそうだろう。別にサチエ自身がその校章の持ち主ではないからだ。

 

 それでも、”後ろ盾がある人間”として再認識された可能性がある。


 いつも通り学校へ登校する。門では上級生たちがサチエを見つけてはクスクスと笑っている。しかし、その笑っている上級生に同級生が近寄り耳打ちをした。


「えっ!?はっ?!マジで言ってのそれ?!」

「先輩!声大きいですって!」

「だってあの学校の校章とか・・・」


 同級生と言っても、サチエのクラスの人ではない。もう同級生にはバッジの話が知れ渡ったのだろう。楓の言った通りだとサチエは思った。

 そして、今のをきっかけに上級生たちにも徐々に話が回るのだろうかと考えた。


「(自分の事と関係ないのに、人の興味関心とはすごい力を持つ。さて、今日は何を食べようかな。バイトもないし今日くらい豪華に食べてもいい。食べながら新しいバイトを———)」



 サチエはそこで気づいた。



 ———もし、このまま特に嫌がらせが起きなくなるなら、アルバイトをしてお金を稼ぐ必要はないのでは?———


 

 そう、サチエのアルバイトを始めたきっかけは、”嫌がらせにつき破損した私物”を()()()()()()()()()()()()()為だ。


 長い目で見れば、今回の校章の話を忘れた頃にまた嫌がらせが復活する可能性もある。しかし、少なくともしばらくは嫌がらせが止まる。うまくいけば、在学中は嫌がらせが起こらないかもしれない。


「(そうすれば、無理して毎日バイトする必要はない。アニメを見れる、裁縫も出来る時間が確保できた・・・?これはもしや・・・



 パラダイスッ!!!)」



 そう思ったサチエは足取りが急に軽くなり、昇降口まで浮き足立った。あまりの軽やかさに、サチエを大して知らない生徒がその光景を見て一瞬ビクついていた。



「(これは、薫子さんと双葉さんに感謝案件ですね。まぁ、もうお礼も言えないですので心の中で10回唱えておきます、ありがとうございますありがとうございますあり・・・)」



 そう唱え、昇降口で最近買い直した上履きに履き替えた。






・・・———



 ——同時刻——


「なぁ、言ったよな?」


「ハイ」


「今日の今日で辞めるわけじゃない・・・みたいな事言ってたよな?」


「ハイ」


「連れ戻せ。代わりのメイドが見つかってない」


「あー!でも、薫子ちゃんの家から何言われるかわからないし・・・」


「そんなの勝手に言わせておけばいい。人の屋敷に来てメイドを侮辱し放題だったんだ。突っかかり始めたのも薫子だ。サチエが叩いたことなんて大したことない」


「大したことはあるよ?!」




 車内は重苦しい空気が漂っている。

 黒塗りのワンボックスカーの運転手は椿だ。普段は専属の運転手がいるが、今日は楓の指名で椿が運転をする。


 今は登校時間。


 神部の高校生たちが車に乗って登校だ。



「なんで俺がいない間にそんな事になってんのさ!!サチエが辞めるとかあり得なくない?!」

 続いて口を開いたのは双葉だ。昨日の一件を、今聞いたのだ。

 一番後ろの後部座席から身を乗り出して言う。


「へぇ、見てみたかったな。そのサチエさん」

 そう言うのは神部 桔梗。部屋の掃除を数回してはもらったが、まだサチエ本人と会った事はない。

 真ん中の座席に座り、興味がなさそうに足を組んで窓の外の景色を見ながら言う。


「そんなに大事にならないと思うけどなぁ。ちょっと会長に俺から連絡しておくよ。サチエは・・・叩いたのは誉められたものじゃないけど、人間としては悪くないでしょう」

 櫻の一言に、椿は神を見つけたかの如く縋る。


「櫻さまーーー!!どうぞ!!どうか!!よろしくお願いいたします!!!」




・・・———



 夕方。

 朝降っていた雨は止み、薄い雲の間から太陽が時折顔を出す。


 駅付近の店立ち並ぶ商店街にサチエは居た。


「(マック、モス、サイゼ、ガスト・・・デニーズ・・・いや、コンビニのお菓子食べ比べという手もある。落ち着きなさいサチエ。大丈夫、これからは高校生活・・・いえ、専門学校または大学に行くとしても学生の間はもう好きな放課後に好きなお店に行けるのだから。では、まず手始めに全然行けていなかったファミレスからにしよう)」


 サチエは久々の何もない放課後だ。


 桜の花が散った後はすぐさまアルバイトを始めた為、ファミレスには来ていない。今までも妹と弟を連れて晩御飯を食べに行っても良かったのだが、夜遅くに三人で出歩くと可愛い顔をした妹と弟は狙われかねない。


 サチエが体を張ったところで二人同時に守ることは難しいのだ。


 それに、家では出かける前と翌日分の炊事、掃除がある。結局は家にいることが一番効率が良いのだ。しかし、それでも妹に学校帰りに食材の買い物をさせている。


 もちろん毎日ではないが、中学生が日頃からスーパーに寄って帰るとはどうなのだろうか。自分の食べるお菓子だけを買うわけではないのだ。


 そう、自身こそ高校生なのに家事を担うことに疑問を持たないサチエ。

 しかし、このように時間ができたからには目一杯好きなことを楽しんでバランスをとっているのだ。お腹いっぱい食べた後に今日はサチエがスーパーに寄って帰る予定だ。



 そして、サチエは今日の自身の幸せはファミレスにあると確信し、入店をした。


 その時。


「んのっ?!」


「あっ!マジか!ゴメン!!」


 ファミレスの入り口の二重扉の中扉の間ですれ違った男子学生の団体の一人の服に、サチエの髪の毛が絡まってしまった。


「なんとっ・・・!!」


 三つ編みでまとまっており、更にはサラサラな髪質のサチエの髪の毛。

 今まで絡まった事、引っかかった事などほとんどない。


 慌てふためく男子学生は同じ高校生だろう。大層品が良い顔つきだ。しかし、神部の高校生たちとは着ている制服が違う。サチエも知った割と近場の都立高校だ。

 

 自身の髪の毛の絡まりに驚いた後は、その御尊顔に驚く。最近顔のいい人との出会い運が良いな。なんてことを考えていた。


「え?ちょっとコレどうすればいいの?髪の毛触ってもいい?」

「いいえ、ご配慮感謝いたしますがお気遣いなく、今すぐ切ります」


「え?!切るっ?!」

 

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