第30話 『ちょっと喋りすぎて喉乾いたんでキリリ飲みます』
「・・・!!何であんたなんかに庇われなくちゃいけないのよ!!」
「庇っているのではありません」
恐らく、自身の中で何かが壊れてしまった薫子。その薫子に対して返答するサチエだが、回答は些か冷たく受け取れる。
「善人ぶって!!みんなそう!!いい人振って私からみんなを取っていく!私が欲しかったものを遠ざける!!どうして私が一番なのに!一流になるはずなのに!!邪魔するの!!みんなどうして私の邪魔するの!!私が一番可愛いのに!!どうして他を見るの!!どうして!!」
「薫子落ちつけ」
楓の言葉は薫子には届かない。
「・・・薫子さんはたまにこの様になるのですか?」
サチエは今も身じろぐ薫子を押さえている櫻に聞いた。
「俺は、初めてかな。ここまで取り乱した薫子を見るのは・・・」
「俺もないぞ」
「そうですか。では、私が原因の様ですね」
ふーっとサチエは軽くため息をついた。
「(多分、これはメイドを辞めればいいって話でもなさそうだ。メイドじゃなくて清掃員だとて、これ以上この私がこの屋敷にいることを良しとしないだろう。
神部のなんでも持っているお嬢様なのに、一番じゃないと自分を許せないなんて不憫すぎるな。まぁ、関係はないのですが・・・いや、ここの高時給バイトを手放さなくちゃいけないのなら無関係ではなくないか?)」
「サチエ?どうしたの?」
櫻の心配をよそに、サチエは薫子と楓の間に入った。つまり、薫子の目の前だ。
「サチエ、櫻が押さえているとはいえ近づくのはあま———お前まさかっ!!辞めっ———」
サチエの行動に気づいた楓。ハッとしてサチエを掴もうとした時には遅かった。
———パチンッ!!!!!
サチエが薫子の頬を平手打ちした。
「っ!!遅かったか」
「サチエ何してるの?!」
「サチコチャーンッ!?」
「あー、もう信じられないです。まさか女性の頬引っ叩く羽目になるとは。私の人生で初めてです。昔癇癪起こした妹ですら引っ叩きたくても引っ叩かなかったんですから。私のハンバーグを内緒で全部食べた妹にですよ?でも、それからは私の言うことは全部聞く様になりましたし、いわゆる空気の読める子になりました。
あぁ、『殴られたアンタも痛いだろうけど、殴ったこっちも痛いんだからね!』のセリフを実感してます。叩き慣れてないですから特にですね。痛いっすね。
と、言いますか薫子さんは———」
「・・私・・・殴・・られた・・・の?」
目の前の薫子の怒りは一旦治った。平手打ちの衝撃が大きく、現状を理解できていない様子だ。
「・・殴られ・・た・・・?」
「殴ってません。叩いたのです」
「今まで・・・!誰にも・・・!!パパにもママにも殴られたことないのにっ・・・!!」
「どこぞのパイロットですか。そんなことは良いんです。はい、楓さん、櫻さん、椿さん、あなた達が証人です。ただの、いちメイドが屋敷の人間に手をあげました。暴力を振るいました。私はクビです。でも警察は呼ばないで下さいね。もし呼んだらこっちも対抗します。常日頃から誹謗中傷を———」
「待てサチエ!!何故こんな事をし・・・いや、そうだな。最終的に暴力は良くないが、会うたびに誹謗中傷だ。怒って当然だな」
「・・・でもサチエ。叩いたのはわざとでしょう?叩く必要なかったのに。薫子の為でしょ?」
《薫子の為》
その言葉に薫子の収まっていた怒りが再沸騰した。
「これが?私の為?私の為って何!!何が私の為なのよ!!私は私の為に殴られなくちゃいけないの?!どう言う意味よ櫻!!」
「目を覚ますためって事?!」
「椿は静かにしてて」
「・・・お前、解雇される為にワザと叩いたんだろ」
「それが私の為だって言うわけ?!」
「結果的にこれで私はこの屋敷に要られません。クビですから。あなたの希望通りでは?結果、貴方の為になるじゃないですか。痛い思いはしてもらいましたけど」
「痛い思いをしたいんじゃない!!私が一番になることが私の希望なの!!それの何がいけないの!?一番じゃないと認めて貰えないんだから!!だから一番じゃないといけないんでしょ?!」
起こったことが1から10まで全て気に入らない。子供のわがままと何も変わらない事を薫子がいう。
頭の良さなど伺えない程言っていることがまだ滅茶苦茶だ。話が通じないかもしれないと思いながらも、サチエは口を開いた。
「薫子さん、それは貴方が『一番以外は価値がない』って思っているからですよ。自分の心の内が外に反映されてるんです。願いは叶ってますよ。『一番以外は価値がない世界』そして、あなたは『自分が一番じゃない』と思ってる。だから自分に価値をつけられないんです。一番じゃないから。
誰が言ったんですか?一番以外は価値がないと。連れてきてください。三発殴ります。今度こそ、グーで行きますよ」
「だって、一番以外は・・・意味ないじゃない。一番だから・・みんなが凄いって思ってくれるんじゃない・・・。一番可愛いから!!みんなに好きになってもらえて・・・!!」
「では、例え話をここで。この世で一番可愛いのが薫子さんです。そして、世界中の男が薫子さんだけが可愛いと認めて好きだと言います。一番以外はどうでもいいと。そうしたらどうです?そうしたらもう人類繁栄しませんよ?みんな薫子さんだけを求めて他はいらないんですから。
そんなのどうです?おかしくないですか?気持ち悪くないですか?
可愛いとか、綺麗とか、多くの人の意見はいらないんです。みんなの一番じゃなくて、一番大事な人の一番になれれば良いと思いません?」
「・・・なんでよ。みんなに好かれて、尊敬された方が気持ちが良いじゃない」
「考えてもみてください。不特定多数の知りもしない、全く好みではない、さらに言うと生理的に受け付けないような人から好かれてみてください。行き過ぎてストーカーされてみてください。気持ち悪いでしょう」
「・・・それは・・・!!」
「そんな人の一番になってみてください。面倒なことばかりで憂鬱ですよ。大体、世の中には沢山の女優、俳優、モデル、アイドルがいます。同じ顔はいないでしょう?あと、アイドルグループだと『なんで君、アイドルやってるのその顔で?』って思う人いませんか?」
「・・・いる。私の方が可愛いのに」
「そう、そういう顔の人もアイドルをやってて、なおかつ熱狂的なファンがいるんです。まぁ、下心があるかもしれませんよね、。ファンが少なそうなメンバーをずっと応援して認知してもらえればもしかしたら・・・!を狙う人がいないとは限りません。
でも、ただの一人もファンのいないメジャーなアイドルグループのメンバーはいません。つまり、世界的に美人、可愛い、格好いいと顔の造形的に、肉体の美しさ的に言われてたとしても、『世の中の人の共通の好み』ではないです。褒められる見た目ですが、”好み”とは違うんです。
わかりますでしょ?ミニチュアダックスみたいな足の短い女性でもちゃんと結婚してるんです。足が長くないといけないなんてことないんです。短い足が可愛いって思う人がいるんです。短い足でも”この人の中身がとても素敵だから”って思う人がいるんです。見た目も大事ですが、中身も大事ですし、絶対的な愛される見た目っていうのも存在しないんです」
「でもっ・・・!!」
「ちょっと喋りすぎて喉乾いたんでキリリ飲みます」
「何でこのタイミングよっ!!」
そう言い、持参したペットボトルのオレンジジュースをゴクゴクと飲み始めた。
周りはサチエの喋りに圧倒された。よくもここまで口が回るものだと。あと、喋っているのは本当に高校生かと疑問が浮かぶものも居た。
楓も櫻も椿も口を挟まなかった。これは、薫子とサチエの問題・・・いや、薫子本人の問題だ。しかし、きっと一人では難しいであろうこの心の問題を、サチエが今こじ開けてどうにかしようとしてるように見えたからだ。
「一番になっても本当にみんなが自分の”欲しいように”振り向いてくれるとは限りませんよ。遠い存在だとか崇められて誰も近寄ってこなくなったらどうするんですか?お友達がいないなら良いですけど、いらっしゃいますでしょう?いないんですか?学校帰りに一緒に遊ぶお友達」
「・・・望んでないけどなんか構ってくる子たちがいるわよ」
「大事にしたほうが良いですよ。相手から寄ってきてくれる友達は。これだけ拗らせてる薫子さんと一緒にいてくれるんだからきっとずっと一緒にいてくれますよ。媚びを売れとは言いませんが、大事にはした方が良いと思いますよ」
「やかましいわね?!同性の友達の事は良いのよ!!男の人の方が大事よ!!頭良くて一番じゃないと男の人に馬鹿にされて相手にしてもら」
「何言ってんですか?大抵の男性は、女は馬鹿の方が良いんです。頭の良いい女は馬鹿を装うんです。馬鹿っぽくしてた方がモテます。あくまで”っぽく”です。本当に馬鹿は敬遠されます。何の為にそんなに一番になりたいんですか?薫子さんの幸せは、”一番”をとれば確約なんですか?」
「・・・」
言葉に詰まる薫子。サチエの言葉の通り、自身の幸せは一番をとれば確実・確約だと思っていた。しかし、これだけ言われて、自分の中の何かが揺らいだ。
「自分より頭が良い女性は、男性の支配欲を満たせません。神部の男性は頭が良すぎるので例外です。一般の男性は賢い女性と一緒になって幸せな暮らしを・・・できる男性は少ないんです。まぁ、ウチの父がそうですから。高学歴なのに学歴のあまりない母の方が経営能力が高くてしょぼくれてます」
「・・・あっそう」
全てにサチエが回答し、薫子が完全に制圧された様にも見える。薫子の中では、緊張の糸が切れたかのように荒れ狂う心が急に静まり返った。そして、櫻に抑えられていた体の抵抗をいつの間にか辞めていた。




