第27話 『二度とこの屋敷に近づくな』
扉が開いた。ノックの音はしていない。
サチエは立ち上がって声をかけようと口を開けた。
ノックもしないで部屋に入って来たという事は部屋の主人だ。そう思ったからだった。
しかし、一度開けた口は声を出すことはなく塞がれた。
櫻だ。
櫻が、サチエと屈んだまま、サチエの動きを止めて口を塞いだ。
「(何か考えがあるのだろう。楓さんにバレてはならない・・・なんてことはさっきの話からしてないだろう。つまり、楓さん以外の人間がこの部屋に———)」
櫻がサチエの口から手を離した。そして、自分の口元に人差し指を翳す。喋るな。の合図だ。
そのまま櫻が服の音も立てずにベッドの端へ移動した。そして覗き込む。
サチエもゆっくりとその後に続く。
ローテーブルの近くに誰かがいる。人物の線は細い。女性だ。
薫子だ。
メイドの服を着ていない、制服のままの薫子が、ローテーブルに置いてある楓の校章を持った。そして、自分のポケットの中に入れた。
楓に注意されたにも関わらず、薫子は全く同じことを繰り返そうとしている。
その時だった。
——ピリリリリッ!!
サチエの内線子機が音を立てた。
「誰っ?!誰がいるの?!」
その薫子の声を皮切りに櫻がベッドの陰から飛び出した。
「薫子っ!ポケットの中身を確認するっ!」
動きが早い。無駄な動きが一切なく、スマートに駆け寄り手首を捻り上げた。
「櫻っ?!いたっ!!痛いわよ!!辞めて!!」
「動くと余計に痛いからこのまま大人しくして」
「なんで櫻がここに?!しかもなんで隠れてるの?!ってか!っちょ!メイドも一緒になんで隠れてるのよ?!」
「薫子の質問に答える義務はない。それよりもポケットの中だ。コレは立派な窃盗だ」
「なんでメイドと一緒にベッドの奥に隠れてたのよっ!」
——ピリリリリッ
電話は止まらない。
校章の所在確認を櫻がする一方で、薫子は櫻とサチエが一緒にいた事が気に食わない様子だ。
「メイドもなんとか言いなさいよ!!さもないと、櫻を誘惑したって報告するわ!!」
「そんな報告誰が信じるか」
冷たい声がした。この部屋の主だ。ここでやっと電話の着信音が途切れた。
楓がやってきて、薫子の制服のポケットに手を入れた。
自身の校章をバッジを指で掴みあげた。
「なんでココに・・・!講義でしょ?!」
「自分の部屋に戻ってきて何が問題だ。薫子、次は無いって言ったよな?なんでこんな事をした?」
「私の事を陥れたのね?!三人でそうやって仕向けて!!」
言っている事が支離滅裂になってきた。サチエも櫻も陥れてはいない。仕向けても居ない。苦しい言い訳だと二人は思った。
「部屋に校章を置いておけば、また同じことをするかもしれないと少しは頭に過ぎった。ただ、本当にするとは思わなかったが」
「ほら!!やっぱり嵌めたんじゃない!!」
「・・・楓!またってどういう意味?」
薫子が双葉の校章を盗んでサチエの鞄につけた事を櫻は知らない。注意を受けたことももちろんだ。この場で初めて知る事実に櫻は驚く。そして、その櫻を見て薫子は非常に焦る。
「なっ!楓!口外しないって言ったじゃない!!」
「二回目をやっておいてどの口が言う。なぜこんなことをした?なんのために?またサチエの鞄につけるか私物に入れて窃盗犯にするつもりか?」
「〜〜〜っ!!!ねぇ!なんで?!なんでこのメイドをそんなに庇うの?!ただのメイドでしょ?!」
「はい、ただのメイドです」
「アンタ本人には聞いてないわよ!!いたっ・・!!」
サチエの方を向いて怒鳴った薫子は、締められている手首や腕に痛みが走る。
「薫子、話して?なんでこんなことしたの?」
櫻が後ろから優しく言うも、捕まえている手の力が緩む様子が伺えず、薫子はより一層怒った。
「なんでよ?!私が先に聞いてるんでしょ?!なんで今までのメイドは可愛い子も居たのに皆んなクビにして、今回はこんなデブスが重宝されてるのよ?!おかしいでしょ?!なんで皆んなにチヤホヤされてるのよ?!」
「・・・それが、薫子、お前の答えで良いんだな?」
楓が腕を組みながら薫子に言った。
「なんで!!私の何がいけないの?!どうして私もそんな冷たい目で見られなくちゃいけないの!!ねぇどうしてよ!!」
「ちょっと、薫子。話がズレてるよ。どうして校章を盗もうとしたのかって話だから歴代のメイドの話は」
「いいえ。合ってます。それが、薫子さんの答えなのです」
今のサチエの言葉に意表をつかれた顔をする櫻。
呆れた顔の楓。
そして、真顔のサチエ。
悔しそうに、普段の可愛く振る舞っている様などカケラも想像できない程に悔しそうな顔をしている薫子。
「とにかく、これ以上は話すこともない。サチエ、内線の着信があったんだろう?着信に出ないから多分椿がこの部屋に来るだろう。椿に薫子を渡して処分してもらう。メイドの仕事の全然できてなかったしな」
処分という言葉に薫子はハッと我を思い出したかのように顔つきが変わった。悔しそうな顔から困った顔へと一瞬で変わった。
「待って!話を聞いて!!」
「もう十分聞こうとしただろう。話さなかったのはお前だ」
そう言って、薫子の近くに寄った。
「二度とこの屋敷に近づくな」
「なんで?・・・どうして私じゃダメなの?」
「経営者枠なんてもっての外だ。自分の感情を自分で抑えられない人間は経営者になれない」
「いっつも、仲間に入れて貰えなくて・・・」
薫子の様子の変化がおかしいと感じた櫻とサチエ。二人は目を合わせた。様子がおかしいことを楓にも伝えたいが、楓は櫻子を見ており、櫻ともサチエとも目が合わない。
「お前に自覚がないから何度も言う。これは立派な窃盗だ。俺や櫻たちは一緒に育ってきたが、兄弟ではない。それは共通認識だ。そして、他人の部屋に入ったとて、事前に断りを入れた物以外を物色することもない。
お前は面識は何度もあるが、一緒に生活もしていない。兄弟とも思ってない。ただの遠縁だ。それだけなんだ」
「それだけって・・・!」
「だからこそ、無断の貸し借りをしている俺たちと違うんだ。判別のつかない子供じゃないんだ。警告を無視して同じことをしたんだ。興味を引きたかっただけの事だとしても許される範疇を越えたんだ」
「じゃあどうすれば・・・!!どうやってたらみんなの———」
「おーい、サチコちゃん?子機鳴らしたんだけど出なくてさー・・・え?何これ?めっちゃ取り込み中じゃん?!ええ?!櫻それ不審者を拘束するやり方じゃん何やってんの?!」
「不審者というか、窃盗犯だ」
やってきた椿は楓の部屋の状態を見て驚く。そして、楓は椿に直球で物事を伝える。
「えー!嘘でしょ?!また何か盗もうとしたの?!どうしたのさ薫子ちゃん?!」
そう言われた薫子の目には、段々と涙が浮かんできた。
なかなかに面倒な状況だ。そんな中、サチエが発言をした。
「楓さん、万引きと一緒です。その校章をポケットに入れて、"この部屋から出たら"アウトです。
ですが、まだ部屋に居ます。部屋の中に校章はあります。それに、無用心に置かれた24金が大事なので楓さんに届けようとしたのかも知れません」
「サチエ、お前この期に及んで何故庇う」
「情けなんて要らないわっ!!アンタなんかにっ!!アンタなんかにっ!!なんでアンタみたいなのがっ!!」
未だ櫻に抑えられている薫子。
「薫子、サチエに対して失礼だろう」
「櫻!!メイドと会ってから日が浅いのにどうして私よりメイドを庇うの?!」
こんな状況下で、サチエが思うのは『美人なのに不憫だな』という事だった。
「今回の件、不問にしてください」




