第23話 『いいえ、ぷっちょです 』
「はぁーーー、面倒。お前ああ言うの本当に大丈夫なのか?」
楓とサチエが、今日から新しく加えられるもう一部屋に着いた。
部屋の主人は【神部 桔梗】。サチエが事前に渡された写真で確認したところ、顔立ちも良く非常に女性受けが良さそうな顔つきだ。そして、薫子の情報によると『彼女持ち』である。
部屋の主人ではない楓が、さも自分の部屋かのようにソファーに乱暴に座った。先ほどの薫子に相当疲れた様子だ。
「私の学校にはあのようなタイプの人が沢山居ますよ。私の物にちょっかい出すのもあのようなタイプの人です」
「・・・そうか。なぜあのような態度になるのか到底理解できない」
「でも、楓さんも、初めて私を見た時は”太ってるな”と思いましたでしょ?」
「正直思った」
「”太っている”イコール”劣っている”なんです。今の時代。モデルは当たり前ですけど痩せてる子ばっかり。ファッション雑誌も痩せてる子に向けてです。デブの雑誌はほとんどありません。デブもそれなりに存在してるのです。あ、デブ向けのファッション雑誌、これ良い商売になると思いませんか?どうぞ、よければ経営の新しい視点にしてください」
「多少の需要はあるが、憧れはなさそうだな。太ってる人に対しての救済措置としては良いが、結局”痩せてる”事に憧れる人が多いなら販売部数を伸ばせるかは微妙だな。レジに持って行きづらいだろう。欲しくてもレジに持って行くのを躊躇うのではないか?」
「デブが悪いと言う世の中の価値観が変わらない限り難しいですね。新しいお金の製造口的なものになれば良いかと思ったのですが。あ、でしたらデブが受け入れられるような宣伝を流すのは?」
「ちょっと待て、話がズレてるぞ」
経営やお金を生み出せる話になると楓は興味をそそられてしまう。それが、神部と言う大企業の次期社長として推薦された人間である証拠だ。しかし、今話しているのは経営の話ではない。サチエが薫子に強く当たる原因だ。
「”太っている”イコール”劣っている”イコール”何を言っても良い”なんです」
「なんだその価値観は?」
「デブは陰でも陰でなくてもクスクス笑われて仕方ないんです。馬鹿にされても仕方ないんです。人格否定されても仕方ないんですよ。小学生なんて特にですよ?楓さんたちの学校はどうだか知りませんけど。あぁ、薫子さんはまた別の学校でしたっけ?」
「俺たちとは違う学校だが・・・まさかそんな」
「いじめ、カツアゲ、そんなの結構ゴロゴロしてますよ。昭和に比べたらそりゃ少ないでしょうけどね。デブってだけで馬鹿にされます。学力が上であっても、『でもデブじゃん』優しくても『でもデブじゃん』付き纏うんです。そして、デブはいじめても良い、『デブなのがイケナイ』と思っている人がいるほどです。もちろん、人それぞれですけど」
「・・・そこまで言われて、痩せようとは思わないのか?」
「デブの時に受けるイジメの方がまだマシです」
「それだと、太ってなかった時もいじめられてた様に聞こえるが?」
そう言われたサチエは、持っていたハンディータイプのモップを一瞬・・・ピクっと振るわせた。
「———はい。そうです」
・・・———
「あ!今日もお疲れ〜!じゃあサチコちゃん明日も宜しくね〜」
「サチエです。お疲れ様でした」
18時半にサチエはタイムカードを切った。上がりの時間だ。そして更衣室に戻った。そこで思い出す。
「ハッ!!今日ホットスナックいっぱい買ったのに巻き込まれた為に食べれてない」
沢山買った今日のおやつが一つも消費出来てないのだ。
食べれなかったものは仕方がない。帰りながら食べようと思い、休憩室の電子レンジで温めだけして帰ろうとした。屋敷の玄関まであと少しのところにある角でとある人物と鉢合わせた。
「・・・双葉さん」
「今日、ホットスナックいっぱい持ってるんでしょ?今日はあの様子じゃ食べられてないよね?ちょっと俺の部屋寄ってって!」
帰るはずが双葉の部屋に連行された。
「いやー!うまいね!確かにさ、揚げたポテトもこの屋敷で出るけど、塩は薄いしなんかこう・・・違うよね!」
勤務中に綺麗に片付けて拭きあげたテーブルには、現在食べ物が広がっている。
「ソーセージデカすぎない?あ!ちょっと待ってこっちのお菓子も食べる!」
そう言って、楽しそうに次から次へと袋を開けては口に放り込む。多分、このように好き勝手食べることをしたことがないのだろう。子供のように・・・高校生なので子供なのだが、長身のお陰もあり、日頃から”大人”としての扱いを受け、また”大人”に見える彼が年相応に見える。
「この包み何?ガム?」
「いいえ、ぷっちょです」
「何それ?まぁ後で食べるから良いや。サチエが食べてんの何?!まるで味の想像がつかないんだけど!」
サチエが食べているのはアメリカンドッグだ。
「これは、アメリカンドッグと言って、ソーセージの周りに衣をつけてあげてるんです。ホットケーキみたいなパン生地ですよ・・・ホットケーキ知ってます?」
「あぁ、パンケーキとほとんど一緒でしょ?」
「区別としては厚さと甘みが違うとかなんかあるらしいですが、まぁほとんど同じ様なものです」
「ちょっと一口頂戴!」
「いえ、ダメです。私の食べ掛けですから」
「俺そう言うの気にしないから」
そう言って、新しい食べ物への好奇心が勝りすぎている双葉はサチエの拒否を無視した。サチエがアメリカンドッグを持っている手を引っ込めようとした事に気づき、向かいに座っていた体をテーブルの上に乗り上げて手首を掴んだ。サチエも手を引っ込めるが双葉が顔を近づけて目当ての獲物にかぶりついた。
「ねぇー!双葉!櫻が何時に帰ってくるか知ら」
「薫子!屋敷を勝手にうろつくな!椿に言われたばかりだろう?!」
ノックもなしに双葉の部屋の扉が開いた。薫子と楓が部屋に入ってきた。そして、この部屋で行われていた食べ物争奪戦を目にする。しかし・・・
「・・・何やってんのよ!!破廉恥ーーー!!!双葉に襲い掛からないでーー!!誰かーーー!!!」
薫子が悲鳴をあげた。
・・・———
「本当さ、近くにいたのが俺だったから良かったものの・・・薫子ちゃんも、そうやすやすと悲鳴を上げないでね。聞けば、どっちかって言えば双葉がサチコちゃんを襲撃してたんでしょ?」
「よくわからないわ〜?とにかく二人の距離が近くでびっくりしたんだもの!あの距離はダメよ!それにしてもなんで双葉があんなに近づくわけ?!」
「必要性があったからだろ?」
「その必要性ってなに?!」
たまたま近くにいた椿が一番に双葉の部屋に来て、事を収めてくれた。巡回警備員がいるこの屋敷だ。神部の者が声を上げたりすれば、飛んでくる。それに、神部の者が『あの人が襲ってます』などと言えば、その声に従うだろう。つまり、サチエが襲われる側でも、薫子の言葉一つで取り押さえられるのはサチエになってしまう。
「では、私は帰ります。お疲れ様でした」
「貴女待ちなさいよ、話は終わってないわ!なんで勤務時間外に部屋にいたのよ!!双葉も説明して!」
薫子はサチエが気に入らない。なぜ勤務時間外に二人でいたのかを問い詰める。
幸い、ちょうどテーブルに乗り出した双葉の陰に食べ物が割と隠れたらしい。手にしていたホットスナックはもちろん見えなかったし、広げられたお菓子も、薫子には瞬時には何かはわからなかった。一瞬の間にサチエは全てをコンビニの袋に収めたのだ。
「仕事終わったら友達みたいなもんだ。別にいいだろ?」
「異性の友達を自分の部屋に入れるですって?!」
「なぁ椿、楓、やっぱり薫子のメイドの件取り消しにしようよ。俺、こんな襲撃何度も喰らうの嫌なんだけど」
双葉のその言葉に、椿は激しく同意した。しかし、楓は違った。
「いい、気が済むまでやらせろ」
楓は諦めたような顔をしていたが、それを自分が受け入れられたと思った薫子はとても嬉しそうな顔をしていた。




