第22話 『あ、その前にタイムカード押してきます 』
「ダメだ。認めない」
「別に楓の許可なんて要らないわ!会長が良いって言えば良いんだもん!」
可愛く楓に抗議をする薫子。
「だから執事長も言ってるだろう。誰が会長にお前の話を出すんだ」
「楓から出して」
「俺が会長に会えるとでも」
「じゃあ楓のお父さんの社長から」
「父さんはしばらく日本に居ないぞ」
「じゃあ、会長の孫の櫻から」
「じゃあ櫻を見つけて自分で言え」
「ねーーーえーーー!!なんでみんなそんなに冷たいの?!」
今度は楓と薫子が言い合いを始めた。
誰からも歓迎されない薫子は連れてきた付き人にも八つ当たりを始める。
「なんでよ!私がこっちの屋敷に来ればみんな喜ぶと思ったのに!!」
「お嬢様、今日は一旦帰りましょう。また、会長のご予定を確認してから改めてお邪魔しましょう」
「なんでよ!!会長は今日帰ってくるんでしょ!?待ってるから!!会うまで帰らない!」
そんなやりとりの端で、双葉が楓に耳打ちをした。その光景を見てまた薫子が怒る。
「そういえば!さっきそこのメイドが双葉に耳打ちしてた事ってなんなのよ!双葉?!それを今楓に言ったわけ!?なんなのよ!」
薫子の言葉を無視して双葉は楓の顔を見続け、楓は少し俯き考え事をした。
またも無視されたことに薫子は憤怒した。立ち上がってサチエの元へ向かう。
「貴女ね?!何を言ったの!!失礼すぎない?!初対面である私の悪口を双葉に言ったんでしょ?!本当信じられない!あなたの体型すら信じられないのにもっと信じられないようなことするのね?!」
「静かにしろ、薫子」
「だって楓・・・!!」
「経営者枠の話は俺たちからは何も言えない。ただ、そのアピールや会長との接触を図る為に、メイドとして働くならこの屋敷に住んでも良いんじゃないか?椿?」
「え?!俺?!」
いきなり話を振られた椿は驚いた。なんで隣に執事長のじいやがいるのに俺に話を振るわけ?!と全面に出ている。
「メイド・・で住み込み?え?じゃぁサチコちゃんは?」
「サチエです」
「サチエはサチエで今まで通りだ。全員分の部屋の掃除を務めるまで、順当に行っても少しかかる。その間、薫子がその部屋と主人を担当すればいい。まぁ、やれるならの話だ。これなら経営者枠の話が会長の耳に入らなくても薫子がこの屋敷にいる理由になる。経営や労働者の気持ちの理解の一環としてな」
「俺は、それでも良いと思うけど・・・」
楓が提案をしたが、本人である薫子は当初、興味のなさそうな顔をしていた。それが、段々と目に輝きを宿し始めた。
そして、双葉が口を開いた。
「”出来れば”の話だよね。だって、薫子もいつも自分の所のメイドにやってもらってることだからね。それを今度は自分が人にするんだ。出来るかな?」
「双葉だってそこのメイドにやってもらってるんでしょ?!」
「そうだよ?サチエは俺の気持ちにちゃんと全部答えてくれるからね!」
「・・・!!そこのメイドができるなら絶対私だってできるもん!!経営者枠に入るんだからこれくらい出来て当然
だわ!!」
そのセリフを聞き『経営者と労働者は別なんだろうけどなー』と呑気にお菓子を味わうサチエ。
「あれ?!薫子の住み込みメイドが許されるならサチコちゃんも住み込みで働いても・・・!?」
ハッとした椿。屋敷に住み込むのなら、勤務時間が延ばせそうだと閃いた。あれもこれもと仕事を任せようと心躍る様子だったが
「サチエは一族じゃないから無理っしょ。それにサチエの妹と弟の事もあるし。住み込んでくれるなら助かるけど、サチエがそれを望んでないから」
「仰る通りです」
サチエの家庭の事情を知る双葉が止めに入る。サチエとて勤務時間が延ばせるのは収入の増加につながるので嬉しいが、妹と弟の面倒があるのだ。そこは譲れない。
「ちぇーっ」
残念がる椿とは対照に、その会話を聞いた薫子は勝ち誇ったような顔をした。
その顔を見た楓は、言及はせずに話を再開した。
「じゃあやるか?試しに一週間だ」
「一ヶ月だってできるわ!」
「じゃ、あとは執事長と話をつけてくれ。俺たちは行く。サチエ、今日から桔梗か桜の部屋をやるんだろ?桔梗が帰ってきてる。挨拶に行くか?」
「はい、行きます」
楓とサチエが部屋を去りそうな場面で薫子が口を出した。
「待って!そこのメイドさっきから勤務中にお菓子食べてたわ!!楓も知ってるでしょ?!信じられないわ!そんな女はクビよ!!」
しかし、薫子の言葉には対して誰も興味を示さない。
「あ、その前にタイムカード押してきます」
そう言ってサチエが先に広間から出ようとした。
「・・・タイムカードを押してないだと?なぜだ?」
楓の機嫌が斜めになり始めた。
「はい、私の業務と関係のない話し合いです。仕事じゃありません。だからピンキーも舐めてました。そうじゃなきゃ舐めません。だってそんなの舐めてるじゃないですか」
「お前も真面目だな。こんな話し合い、巻き込まれというか貰い事故みたいなもんだろ?そこまで律儀にしなくていいんだよ」
自分の話し合いを『貰い事故』として処理された薫子は、先程までの快心が崩壊し、瞬時に心の中で怒り狂った。
そして、その心情を察した双葉が急いで楓の元へ行き、退室を促した。
誰も薫子を見ていないからこそ、彼女は信じられない怒りの表情をしていた。
・・・———
その後すぐ、執事長と薫子との間で契約を交わし、正式にメイドとして働くことが決まった。そして、付き人を通して、屋敷に引っ越すことが決まる。
その間、楓が椿にとめどなく話す。『立て板に水』状態だ。
「薫子の担当はサチエと違うフロアにしろ。サチエと会わないようにだ。つまり、俺の部屋のフロアには立ち入り禁止だ。一つ下の階を担当させろ。執事室への通路も限定して、サチエと鉢合わせの無い様にすること。勤務開始時間と就業時間、休憩時間もズラすことだ。あと、薫子の部屋の掃除は勤務時間外にさせること。それから———」
「待って!マジで待って!!何!まずなんで薫子ちゃんを”雇う”って話になったの?!そこから疑問!!」
「薫子の目的に合わせてこっちが大々的に譲歩してやったんだよ。なんならこれは薫子にとってのアシストだ。俺たちを悪く思うなよ」
「私の見立ては”多分”ですけどね」
「まぁ、俺もサチエと同感だし」
椿が理解できていないのをわかっていて、サチエも双葉も話を進める。
「待って!俺お前たちが何を思って何を考えて何をしたいのが一切わからないんだけど!そこ勝手に話進めないで!」
「お前は何も知らない方がいい。大人が子供のわがままと癇癪に付き合うとするなんてのは時間の無駄だ」
「いや、付き合わされてるんだけど!!」
椿は一人納得出来ないままだが、この場で自分の味方はいないと悟り、渋々仕事に取り掛かった。薫子を正式に雇うために契約書の作成。あとは今しがた楓に言われた規約をどのようにして薫子に守らせるかを文章にする。
椿が仕事をし始めた事を合図に、サチエも自分の仕事を始めようと部屋を出ようとした。そこでふと気になり質問をした。
「でも楓さん。なぜそんなに私と薫子さんの鉢合わせを避けるのですか?」
「サチエに対しての暴言が過ぎる。会わないに越したことはないだろう」
「お気持ちは大変嬉しいのですが、それでは椿さんが一晩中その説明に苦しみます。私は大丈夫ですので」
既にパソコンに向かってはいるが唸っている椿を見てサチエは言う。
「あ!サチエ!俺に言っただろ!?”自分は大丈夫”は違うって!!サチエもサチエの事をちゃんとだな」
「ねー!椿!私のメイド服ちょうだいな!今日から早速働くわっ!」
執事室に突然入ってきた薫子。
「サイズは3号でいいわ!もしくはSサイズで結構!ウェストが緩くて格好がつかなかったら可愛いベルトも用意してちょうだいね!!」
言いながらサチエのことを見る。私はそんな大きいサイズじゃないの。細くて可愛いの。と思っているのが双葉でなくても分かる顔をしている。
「では、私は残り30分で一部屋掃除して参ります。どちらの方でも良いんですよね?では、櫻さんという方の部屋———」
「櫻はダメよっ!!」
掃除に行こうとしたサチエの言葉を薫子が遮った。
「櫻は会長の孫なの!!会長にアポを取るなら櫻と接触した方がいいの!その機会を貴女に取られてたまるもんですか!」
「・・・では、私は桔梗さんのお部屋に今から伺います」
「ちょっと!貴女こちらを見て言いなさいよ!あと、桔梗は彼女が居るからね!!迫っちゃダメよ!!」
サチエは薫子の方を一切見ず、楓に報告をした。
「あぁ、案内する。一緒に行こう。薫子、サチエに敵対心を持つな。椿、必ず”規約”の説明をしておくように」
「敵対心!?そんなもの持ってません!敵対するものなんて何一つないわ!だって・・・」
喋る薫子を相手にせず、楓はサチエの背中を押して執事室を出た。
執事室には、出るタイミングを逃した双葉、不機嫌な薫子、そして、その薫子に何て説明をしようか悩んでいる椿が取り残された。




