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第127話  あの時の約束





SIDE:ノエル




「――吸血鬼とはなにか、ですか?」



 チーズ入りオムレツと魚のフライが並ぶ朝食の席、私が先ほど料理長にした質問を繰り返すと、バイロンさんはしばし顎に手を当てて考え込んだ。



「ふむ……問われてみると返答に悩みますね。吸血鬼の創造について研究したことはありますが、私は吸血鬼である前にお嬢様の執事ですから」



 哲学的な思考をするにしても『執事とはなにか』を考えてしまうというバイロンさんに、私は神炎で焼いたトーストにバターを塗りながら謝罪する。



「すみません。いきなり変な質問をして……ちょっと自分の在り方に悩んでいまして」



 ちなみにルガット先生やカプランさんも『侍女とはなにか』『騎士とはなにか』を先に考えてしまうため、吸血鬼とはなにかという問いへの答えは持ち合わせていないらしい。


 基本的にこの島の吸血鬼は哲学的な思考を好まないのかもしれない。



「……なるほど、これが【ヴラド系】か……やはり始祖の影響というものは大きいのだな……」



 なにやら毒気の抜かれた顔をして、自分の手料理を口にする吸血鬼たちに憐憫の視線を向けるスティングさん。


 もしや【鮮血皇女】様もカプランさんと同じ脳筋なのかね?


 プリメラーナ師匠もそっちの部類の香りがするし……。


 当てが外れて私が落胆していると、朝練を終えたカプランさんが普通の炎で作られた朝食をモリモリ食べながら首の骨をゴキリと無らした。



「坊主は小難しいこと考えるんだな? 俺たちゃラグナリカ様が錬金術で創った創造物なんだから、対邪神用に作られた生物兵器でいいんじゃねえか?」


「……カプランさんはそういった認識なんですか?」


「ん? ああ、神話的にはそうなってるし、実際に俺たちもそういった仕事をしてきたからな」



 ふむ、対邪神用の生物兵器か。


 そう言われてみると確かにカプランさんは生物兵器のような筋肉をしているし、そのムキムキマッチョな姿は誰がどう見ても強そうだった。


 ……つまり私が目指すべき先はゴリマッチョということか?


 私がじっと見つめると、ドヤ顔で筋肉をピクピクさせるカプランさん。



 いやいやいや、絶対に嫌だぞこんな暑苦しい存在になるとか!?



 試しに私はとなりで巨大なオムレツと格闘するアイリスに確認してみる。



「……ねえ、アイリス? 僕がカプランさんみたいになったらどう思う?」



 アイリスはカプランさんと私を交互に見つめて、オムレツを飲み込んだあと短く答えた。



「嫌」


「おいこら小娘! 嫌とはなんだ嫌とはっ!?」


「なにを言っているんですのお姉様っ!? この筋肉の素晴らしさがわからないのですかっ!?」



 ファザコンの気があるロレッタちゃんは筋肉フェチみたいだが、私が生物兵器級のゴリマッチョを目指す案は他の女性陣からも反対された。



「その考えを今すぐ捨てるのじゃ主君っ! 妾はムキムキに持たれるのとか絶対に嫌じゃ!」



 生首の姿で魚のフライを食べながら焦るシャルさん。



「いち眷属として忠言いたします! ご主人様はバイロン父様のような細マッチョを目指すべきです!」



 マッチョの方向性を変えさせようとするアルフォンスちゃん。



「いや、筋肉とかべつにいらなくない? 私は今のご主人様のぷにっとしたお腹もけっこう好き……ひぃっ!?」



 余計なことを言ったグレースちゃんの顔の横に、アイリスが投げたフォークが突き刺さった。


 というか君はいつ私のお腹を見たの?


 リビングの床でゴロゴロして眷属たちに日向ぼっこのやり方を教えていた時か?


 女性陣から散々な評価を受けたカプランさんが落ち込む中、バイロンさんが話を本筋に戻してくれる。



「筋肉のことはともかく、ノエルくんは吸血鬼について詳しく知りたいのですよね?」


「はい、なんとなくそれを知ることが、自分の成長にも繋がると思うんです」



 モヤッとした自分の心情を告げると、それを聞いたバイロンさんは助言をくれる。



「ならばその直感は大切にしなければいけませんね……君はどことなくお嬢様に似ていますから、それはきっと君が求める真理へと通じているはずです」



 師匠もそうやって強くなってきたのか、カプランさんは確信を持った表情で続けた。



「ノエルくんはガスパルという名を聞いたことがありますか?」


「いえ、そのような名前は――」



 私が素直に答えようとすると、その前にカプランさんが椅子から勢いよく立ち上がった。



「おいっ!? なに考えてんだお前っ!?」



 イケメン執事はそれを片手で制する。



「落ち着けカプラン。シャルティア様がいっしょならノエルくんが解剖(バラ)されることはないはずだ」



 んん?


 なにやら不穏なワードが聞こえたけれど……そのガスパルってどういう人?



「だけどお前……あの御方は七賢者の中でもかなりアレな部類だろ……いや、モンフォール様以外の賢者はだいたい頭がアレだけどよ……そこにこんな歩く研究素材みたいな連中を送り込んだら……飢えた獣の巣に生肉を放り込むようなものだろうが!」


「時には獣の巣に飛び込まなければ、この世の真理は手に入らないものでしょう?」



 べつに私はそこそこ強くなりたいだけで、この世の真理なんてものは求めていないのだが……しかしおーけー、よくわかった。


 ガスパルさんはこの島を支配する七賢者のひとりで、頭のほうがだいぶアレな御方ってことね?


 うむ! まったく会いたくない!


 だいたい七賢者とのコネならば、すでにアイリスがそれなりにまともなアルルさんを捕まえているから間に合っているのだ。


 しかし私のそんな心情を察することなく、バイロンさんはその危険な賢者との接触を勧めてくる。



「いいですかノエルくん? 恥ずかしながら、この島における吸血鬼研究の第一人者は我々ではないのです。まあ、ガスパル様はラグナリカ様の研究を引き継いでいる御方ですから、吸血鬼だけでなくありとあらゆる分野の研究をしているのですが……『吸血鬼とはなにか?』という問いの答えを知りたいなら、彼に訊くのが一番でしょう」



 ……私はただ身近な人を護れる程度に強くなりたいだけなのに、どうして超絶危ない賢者様にまで会いに行かなければならないのか?


 ちょっと相談する人を間違えたかなと思いつつ、しかし相手は父様の上司みたいな人なので、中身が大人な私は紳士に首肯した。



「わかりました。それなら僕はそのガスパルという賢者様を探してみます……会えるかどうかはわかりませんが、今日は話を聞いていただいてありがとうございました」



 口ではそんなことを言っておいたが、もちろん探すつもりなど毛頭ない。


 きっちり影の中にいるメアリーちゃんにも『探しちゃダメだからね? フリじゃないからね?』と釘を刺し、そしてその日の朝の食卓はお開きとなった。


 はー……やれやれ。


 ルガット先生だけでなくカプランさんもバイロンさんも教育熱心で困ったものである。


 こちとら田舎で生きて行ける程度に強くなれればいいのだが、彼らからは私を英雄にでも育てあげようという気概を感じるのだから、この世界の教育というのは底が知れなかった。



 ……というか、そもそもプリメラーナ師匠って吸血鬼で言うとどれくらいのランクにいるのだろう?



 確かうちの父様が【男爵級】とかいう吸血鬼の爵位をもらってて、ルガット先生たちもけっこう偉いみたいだから【伯爵級】くらい?


 そうなるとプリメラーナ師匠は【侯爵級】くらいありそうだから、彼らの頂点にいる【鮮血皇女】様とやらがどれほど強大な吸血鬼なのか、私には想像もつかなかった。


 ん? いや……あれ?


 ルガット先生たちってもっと偉いんだっけ?


 そこらへんのことを考えようとすると上手く頭が回らなくて、私のオツムはやはり権力構造とか、興味が無いことに弱いのだと実感させられる。


 薬学や錬金術のことなら簡単に覚えられるのに、商売や権力のことになるとこれなのだから、まったくピーキーな脳ミソである。



「まあいっか、そういうのはアイリスの担当だし」


「? なんのこと?」


「いや、やっぱり僕は君がいないとダメそうだなって」


「まあ!」



 自分の頭の不思議な構造に思いを馳せつつ、私は腕に抱き着くアイリスたちと朝練の会場を後にする。


 そして家への道を歩いていくと、【学食通り】の途中で半透明の美人に声を掛けられた。



「あっ! ノエルくん! ちょうどいいところに!」



 彼女の名前はレイラさん。


 この島に来てはじめて訪れた料理店【迷板亭】の店主にして、【幽鬼(レイス)】と呼ばれるアンデッドと化した死霊術師のひとりである。


 その言動から察するに、彼女は私を探していたみたいなので、私は紳士的に対応した。



「なにか御用ですか? 支払いが足りなかったなら金貨を追加しますけれど」



 ロレッタちゃんがやたらと行きたがることもあって夕食時に【迷板亭】はたびたび利用させてもらっているため、お金が足りなくなったのかと思って訊ねると、しかしレイラさんは首を横に振った。



「そうじゃなくて! 以前に話してた異界文化の研究者とようやくアポイントメントが取れたのよ! ほら、半月前に面会したいって言ってたでしょう?」


「ああっ!」



 そこまで言われたところで、ようやく私はこの島に来てすぐのことを思い出した。



『――そんなにこの料理が気に入ったなら、このメニューが作られた世界の研究をしている第一人者を紹介してあげようか?』


『――っ!? 是非ともお願いします!』



 新生活でバタバタしていたせいで忘れていたけれど、この島に来た初日にそんなやり取りをレイラさんとしていたのだ。


 ついでに初日に見かけた私の愛車に関しても、その異界文化の研究者とやらに聞けば持ち主がわかるだろうと考えていたので、それはわりと楽しみにしていたイベントだった。


 そんな約束を思い出した私に、レイラさんは折りたたまれた紙を差し出して言う。



「かなり忙しい人たちだから面会の予約は半月後になっちゃったんだけど……ノエルくんの予定は空いてるわよね?」



 口頭で詳しい日付を確認すると、師匠の授業が予定されている前日だったので、私は紙を受け取りながらすぐさまOKした。



「もちろんですよ! レイラさんが苦労して予約を取り付けてくれたみたいですし、万難を排して向かわせていただきます!」


「ああ、よかった……先方にもその日時で大丈夫だと伝えておくから、ぜったい遅れないようにしてね?」


「はい!」



 話を聞く感じだと、かなり時間に厳しい人みたいなので、私は『遅刻厳禁』と頭の片隅にメモをする。


 必要事項の伝達を終え、手を振りながら店の中へと戻っていくレイラさん。



「それじゃあ……解剖(バラ)されないように気をつけて」



 ……んん?


 なにやら直近で聞き覚えのあるワードに私は首を傾げ、そして急いで渡された用紙を確認した。




『講義内容:異世界転生者に関する雑談』

『講師:ガスパル&ファラン』

『受講料:無料』

『日時:満月前夜、午後三時から』

『講義場所:キノコ灯台下』

『参加条件:シャルティアを持つ資格を有する者』

『受講者数:3/3(シャルティアを含む)』

『備考:詳しい講義場所に関してはアルルに聞き給え、君たちを使った実験を楽しみにしている』





「ふぁっ!?」


 ちょっと待って『講師:ガスパル&ファラン』って、片方はとっても危ないと評判の賢者様じゃないですかっ!?


 おまけに私が異世界転生者であることがバレているっぽい講義内容に、私は震える手でそれをもうひとりの『シャルティアを持つ資格を有する者』に見せる。



「ど、どうしようアイリス……なんだか完全に目を付けられてるみたいなんだけど……?」



 七賢者様からの不穏なラブレターを速読したアイリスは、真剣な顔で対処法を考えてくれた。



「今すぐリドリーに連絡して、彼女も巻き込めないか相談してみましょう」



 んんっ! ナイスアイデア!






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― 新着の感想 ―
リドリーちゃんが居れば大体何とかなるやろの精神 物凄く頼られてるなあ…
平穏?あいつならしばらく旅に出るって言ってたぞ!
この悪ガキどもが……w いやまあ、一応保護者ポジション?なので連絡するのは間違いではないが
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