第128話 ルガット先生による吸血鬼講座 ③
SIDE:ノエル
危ない賢者様に目を付けられたことに対するリドリーちゃん返還計画は、わりと順調に事が進んだ。
「お嬢様の授業計画も八割くらいは進んでおりますので、その面会日までには彼女をお返しすることができるでしょう」
この島を訪れてから三週目の今日。
三回目の吸血鬼教育を受けに来た私はルガット先生からそんな説明を受けた。
「ああ、よかったぁ……」
「ええ、これで生きて帰れることは保証されたわね……」
「うむ、あやつがいればまず大丈夫なのじゃ」
前回と同様にアイリスとシャルさんといっしょに紅茶をすすりながら、安堵のため息を漏らした私たちにルガット先生が微笑む。
「ノエル様たちはリドリーを信頼しているのですね?」
「そりゃあもう、彼女には実績がありますから」
これまで幾度となく私の命を救ってきた実績が。
そうして安全マージンを確保した私たちへと、ルガット先生は今日の授業内容を告げてくる。
「それでは諸用も済んだことですし、本日は少しお出かけいたしましょう」
「外に行くんですか?」
紅茶でお菓子を飲み込んで私が確認すると、先生は鷹揚に頷いた。
「ええ、前回の授業でノエル様に最も必要なのは『吸血鬼という種族に対する一般常識』だとわかりましたので、今日は私が教育する他の吸血鬼たちと交流に行きましょう」
ルガット先生の説明に、アイリスとシャルさんも同意する。
「……確かにそれは大切ね」
「……うむ、主君はそこらへん、まったくわかっとらんからな」
しかし最近になって他の吸血鬼との交流が増えてきた私はやんわり疑問を口にする。
「普通の吸血鬼ならうちにも三人ほどいますけど?」
「あの子たちはもう『普通』とは呼べませんから」
……なぜに?
というかそのうちひとりはルガット先生の娘さんなのに、普通じゃないというのはどういうことだろうか?
『うちの子は天才』という親バカですか?
今も暁工房でスマリーを売りまくる三人娘のことに思いを馳せながら、私はルガット先生に促されるまま、いつもの外套と髑髏面を装着する。
「それではまいりましょう」
そう言って先生は懐から赤い板を取り出して、それを目の前の地面へとポイッと放り投げる。
消耗品の道具に徹しているメアリーは、本来なら画面にひび割れを作って新品の購入を促すところだけれど、しかしリドリーちゃんによって機能解放されたメアリーは嫌そうにしながらも形を変えて【転移門】を形成した。
ぷるっ……。
「おおっ! 今回はちゃんと機能しましたね!」
道具が思惑通りに動いたことに喜ぶルガット先生。
どうやら普段は反抗的な感じで付き合っているみたいだが、今回は私の教育があるから協力してくれたのだろう。
苦労しているらしい眷属を軽く撫でて労いながら、私はアイリスたちといっしょに【転移門】を通過する。
空間を跨いだ先では、地下室のような薄暗い部屋に十数名の美少年・美少女たちがいて、彼らは頭の上に不安定な血球を浮かべた状態で坐禅を組んでいた。
「……なにやってんですか、あれ?」
謎の光景に首を傾げる私へと、先生が解説を入れてくれる。
「【血液操作】の修行です」
「……あえて血球を不安定な形にする修行ですか?」
「いえ、彼らは真剣に血球を丸くしようと試みています」
「はあ?」
……いやいやいや、冗談ですよね?
いくらなんでも下手すぎじゃね?
あまりにもお粗末な【血液操作】の有り様に私が愕然としていると、背後で雑談する私たちに気づいた若い吸血鬼たちが振り返る。
「――わ、若様っ!?」
「――ルガット様まで!?」
「――あっ!? 冷たっ!?」
少し意識を逸らしただけで血球を頭の上に落とした吸血鬼たちに、私は再び愕然とした。
え? いや、ちょっと待って!?
君たちちゃんと本気でやってる?
もしや操作しづらい特殊な血液を使っているのかと思って、私が床に落っこちた十数個の血球を再び浮かせると、しかしたったそれだけで室内に大きな歓声が沸き起こった。
「「「――おおっ!!?」」」
続けて若い吸血鬼たちは私の周りに駆け寄って、口々に褒め称えてくれる。
「なんという操作精度! 流石は若様です!」
「床に落ちた血液を回収するなんて、数千年の時を生きた【長生者】並みではありませんか!」
「お、おう……」
ここが前世の学校だったらクラスカーストのトップにいそうな美形の群れから称賛されて、私はちょっと嬉しくなった。
「若様は普段どうやって修行しているのですか!? よろしければ俺たちにコツを教えていただけませんか?」
どうやら本気で【血液操作】が下手くそらしい吸血鬼たちに、調子に乗った私はアドバイスしてもいいかとルガット先生を振り返る。
「格の違いを見せつけてやってくださいませ。これもまた勉強ですから」
……なにやらハードルを上げられてしまったけれど、アドバイスの許可を得たので私は効率の良い修行方法を教えてあげることにした。
「こういうのは慣れだから。自分の影の中で常に【血液操作】してればいいんだよ」
「「「…………はい?」」」
ちょっとなに言ってるかわからないって反応をされたので、私はわかりやすいように影から修行に使っている血球を取り出して見せてあげる。
「最初は一個からはじめて、慣れてきたら二個、三個と増やしていって……」
説明に合わせて血球を二、三個出してあげると若い吸血鬼たちは戸惑いながらも手を叩いてくれた。
「さらに慣れてきたら一〇個、二〇個と増やしていって……五〇個を越えると眷属から苦情がくるから、そこらへんは注意が必要だね」
しかし影から飛び出す血球が二桁を越えたあたりから彼らは硬直し、
「そういう時の解決方法としては血球の形を動物にするとか、眷属たちも楽しめるように工夫すればいいと思うよ?」
最終的にウサギやシカや小鳥の形にした三桁の血液をリドリーちゃんの形にした血液と戯れさせてみると、若い吸血鬼たちは静かに平伏した。
「「「……気安く話しかけてすみませんでした」」」
「謝った!?」
いや、もっと気安い感じでも……なんなら名前とか渾名で呼んでくれてもいいのだが……しかし青ざめて震える若い吸血鬼たちと、ここから友情を育むことは難しそうだった。
それなりに鍛えてきた自信はあるけれど……私の【血液操作】って畏怖されるレベルなの?
これまで私のトレーニングに付き合ってくれていたリドリーちゃんが当たり前のようにしていたから気づかなかったけれど、もしかすると私は修行を頑張りすぎていたのかもしれない。
いや、でもどう考えてもリドリーちゃんのほうが頑張ってるんだよなぁ……。
私の努力が一だとすると、リドリーちゃんは一〇〇くらい努力しているし……。
なんならアイリスだって私の五〇倍くらいは努力していると思う。
と、そこまで考えて私はルガット先生の思惑を理解した。
「ああ、なるほど」
つまりこれは私たちが努力しすぎているのではなく、この島の吸血鬼たちが努力をサボッているということか!
私には母様というそこそこ厳しい先生がいたから修行するのが生活の一部になっているけれど、ここにいる吸血鬼たちは甘やかされて育ってきたのだろう。
新たに眷属となった我が家の三人娘のように……。
ろくに掃除すらできないお嬢様たちのことを思い出し、私はルガット先生が望むことを完全に理解する。
つまり今日のこれは私のための課外授業ではなく、甘やかされて育った彼らのための授業なのだ。
やれやれこれだから都会っ子は。
この【蓋門島】も【表層】はそこそこ田舎っぽいけれど、エストランド領に比べれば十分に都会だからね。
思考回路を生徒から教師のそれにシフトチェンジした私は、目の前で平伏する吸血鬼たちへと語りかける。
「今日の修行はこれで終わりですか? 他にもやるならできる範囲でアドバイスしますけれど」
「「「!? いいのですかっ!?」」」
キラキラした瞳で下から私を見つめてくる美形たち。
「……たぶんこれは」
「……解釈を間違えているのじゃ」
なぜかアイリスとシャルさんにはジト目を向けられてしまったけれど、ルガット先生には止められなかったので、その後も私は彼らの修行に付き合った。
銀が弱点であることを気にする子供がいれば、シルバーアクセサリを愛用することを提案し。
流れる水の上を渡れないという子供がいれば、いいから渡れと背中をぐいぐい押し。
吸血鬼共通の弱点である太陽光への対処法に関しては、毎日の日光浴を笑顔でオススメする。
そんなこんなでこの世界の吸血鬼にも太陽光以外の弱点があることを学びつつ、小さい頃の私のようにボロボロになった子供たちを前に、私は最後に修行の達人であるリドリーちゃんから教わった修行のコツをそのまま教えてあげた。
「――いいですか? 大切なのは気合いです。気合いがあれば大抵のことは乗り越えられます。君たちも今日からは『怠けたら殺される』くらいに思って気合いを込めて、立派な吸血鬼を目指してください!」
「「「ああ……そこは皇女様に似てるんだ…………」」」
なにやら私のアドバイスを聞き終えた子供たちが死んだ魚の目になっているけれど、リドリーちゃんもよくこんな目をしていたからこれでもう大丈夫だろう。
指導を終えてルガット先生のほうを確認すると、先生は目尻に溜まった涙を拭って締めの挨拶をしてくれる。
「ふふっ……よかったですね、精鋭のみなさん。私とお嬢様の関心がノエル様に向いて弛緩していたみたいですけれど……これからも修行は怠れないのだと学べましたね?」
精鋭というのは皮肉だろうか?
ルガット先生に殺気を向けられてガタガタ震える子供たちは、瞳からハイライトを失って懐から取り出した仮面を静かに被った。
いつかグレースちゃんが付けていたのと同じ紅い数字が書かれた仮面の下からは透明の雫が零れ落ちて、床に点々と染みを作っていく。
「泣いているのですか?」
ルガット先生の質問に、子供たちは一糸乱れぬ動きで背筋を伸ばして声を張る。
「「「いえ! これは汗です! 我々は汗腺を作って人間を真似る修行をしておりました!」」」
その答えに先生は満足そうに頷いた。
「よろしい。それでは研鑽を続けなさい」
「「「ハッ!」」」
まるで軍隊のように規律正しく【血液操作】の修行へと戻る子供たち。
その姿にマーサさんに鍛えられるリドリーちゃんの姿を重ねた私もひとつ頷いて、子供たちの修行を邪魔しないように地下室を後にする。
そして来た時と同じようにメアリーの【転移門】をくぐってルガット先生の教室へと戻ったところで、先生は膝を曲げて私と視線を合わせてきた。
「どうでしょう? これで一般的な吸血鬼とノエル様の違いがわかりましたか?」
あまりよくわからなかった私は素直に首を傾げる。
「……田舎者かどうかの違いですか?」
その答えに先生はゆっくり首を横に振り、私の頬を両手で包み込んだ。
「いいですか? ノエル様と彼らの最も大きな違いは『精神力』です。彼らが泣くほど辛いことでも、笑ってこなせるその圧倒的なまでの精神の強靭さ……その点において貴方様はお嬢様にも匹敵する強さを持っているのです」
続けてルガット先生は私の頭を撫でて、なにやら不穏なことを私だけに聞こえるように呟く。
「……だから私は信じておりますよ……ノエル様ならこれからはじまる『賢者の試練』にも耐えられると……」
「……試練?」
そしてルガット先生による最後の授業が終わり、【蓋門島】に真冬の嵐が近づいてきた。




