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第117話  開店準備




SIDE:ノエル



 アイリスと三人娘たちに残りの掃除を任せたあと。


 私は掃除の邪魔になりそうなシャルさんを連れて一階にある空き店舗へと足を運んだ。


 今日は午前中のうちに修行を頑張ったから、午後はさっそく商売の準備を進めることにしよう。


 そう決めた私は『1』と書かれた鍵でオシャレな装飾の施された扉を開けて、はじめて新居の一階部分へと足を踏み入れる。


 正面にある大きな窓から中身が空っぽなのはわかっていたので私はこれまで入る機会がなかったけれど、いちおうリドリーちゃんが掃除だけはしておいてくれたらしく、部屋の中には埃ひとつ落ちていなかった。


 室内は手前にお客さんを入れる広々とした部屋と、奥にバックヤード用の細長い部屋があるだけで、他には何も用意されていない。



「ふむ、見事に空っぽじゃな」


「基本的な【防火】や【硬化】あたりは組み込まれているみたいだけど、特殊な魔法陣も設置されてないね?」



 飲食店なら【害虫避け】とか、酒場なら【消音】とか、こちらの世界にある建物には特殊な効果のある魔法陣を設置することが多いのだけれど、一階部分はそこらへんも手つかずの状態らしい。


 まっさらなキャンバスのような店内に、私はシャルさんを剣に変えて腰に差し、腕まくりして両手をワキワキさせる。



「これはイジりがいがありそうだ!」



 父様から教わった【錬金術】を使えばそういった魔法陣を刻むこともできるので、さっそく私はどんなお店にしようかと妄想を膨らませた。


 このあたりは飲食店が多いから窓枠に【臭気避け】を刻むのはマストとして、昆虫ショップを開くのでなければ【害虫避け】あたりも基本装備と考えていいだろう。


 あとはかつて魔女の家で見た【防腐】なんかも便利ではあるのだが、発酵食品を扱うなら味に影響が出る可能性があるので、そこらへんはお店を実際にはじめてみてから天井あたりに刻むことにしよう。


 ひとつの部分で効果を重複させるなら魔法陣の設計に気をつける必要があるけれど、単体効果ならそれほど気にする必要もないので、私はメアリーから受け取った魔石に魔力を流して、手の中でコネコネしていく。



「ねるねるねるねる、ねるねるねるねる」



 そうして粘土状を越えて魔石が完全に液状化したら、魔石の中に込めた自分の魔力を操って必要な魔法陣を形作る。



「まずは【臭気避け】っと」


「相変わらず主君は器用じゃのー」



 シャルさんに褒められながら私は窓枠に魔法陣を、ジュッ、と刻み込み、周囲の魔力を吸い取ってちゃんとそれが機能していることを確認する。


 大気中を流れる魔素を超えた効果の魔法陣を使おうとするなら別途で魔力の供給源を用意する必要があるのだが、この島は魔素が濃いこともあって【臭気避け】は普通に機能した。



「お次は【害虫避け】だから……この床面積なら七個くらいかな?」



 魔法陣の大きさを目検で測って、メアリーに七個の魔石を用意してもらう。


 地面から這い上がってくる害虫たちを防ぐなら、床全体に魔法陣を敷いてしまったほうが効果が高いため、自ずと魔法陣に使用する魔石の量も多くなった。



「ねるねるねるねる、ねるねるねるねる、ねるねるねるねる」



 実家の近所の森で取れた最低品質の魔石とはいえ、ひとつの大きさが親指の先くらいはあるため、子供の手でコネコネするのはけっこう大変である。


 そうして私が作業をしていると、ちょうど入口の横にある大きな窓の外をひとりの中年男性が通って、



「――なあっ!?」



 私の姿を二度見した。


 まあね……これ、一歩間違えると大爆発する作業だからね……子供が一度にこんな量の魔石をコネコネしていたら、誰だって思わず二度見してしまうだろう。



「あ……あ……あわわわわ…………」



 子供が危ない作業をしていることを心配したのか、おっさんが窓に張り付いて見学をはじめる。


 でも大丈夫。


 親の贔屓目もあるだろうけれど、いちおう父様から【錬金術】の免許皆伝をもらっている私は、この作業が大得意なのだ。


 それに爆発しても再生できるからね。


 そうしておっさんに見守られたまま、私はきっちり七個の魔石を液状化させて、それを空中へと放り投げる。



「のわっ!?」



 おっさんは魔石が爆発するとでも思ったのか、顔を覆って防御魔法を展開させたけれど、私はきっちり魔石に込めた魔力を制御して【害虫避け】の魔法陣を完成させた。


 店内に浮かぶ赤い魔法陣を見て、おっさんが愕然とした顔をする。


 どうだい? けっこう上手いものだろう?



「っ!?」



 よほど驚いたのか、その場で尻餅をつくおっさん。


 そんな観客の反応に満足した私は、板張りの床の隙間から魔法陣を床下へと潜り込ませて、仕上げに家の土台へと、ペタッ、と【害虫避け】を貼り付けた。



「これでよしっと」



 こちらは床下の魔素が枯渇すると機能しなくなる可能性があるから、メアリーに頼んで三日間くらいは観察しておいてもらおう。


 作業時間わずか五分。


 たったこれだけで拡散型殺虫剤を越える効果が出るのだから、【錬金術】とはなんとも便利なスキルである。


 私が作業を終えると同時に、窓の外にいたおっさんも立ち上がり……なぜかおっさんは鬼気迫る勢いで店内へと入ってきた。



「わ、私をここで雇ってもらえないだろうかっ! 店番でも雑用でもなんでもするからっ!」



 唐突な就職活動に私は戸惑った。



「え……なんで?」



 おっさんはそこそこいい身なりをしているし、特にお金には困ってなさそうだったので訊ねると、鼻息を荒くしたおっさんが私にギラギラした瞳を向けてくる。



「君の技を私にも教えてほしいのだっ!」



 やたらと鼻息の荒いおっさんに、私は首を傾げながら質問を続けた。



「教えてほしいって……ただの【錬金術】ですけれど?」



 しかしおっさんは私がそう言うと、天井を見上げるほどに仰け反った。



「そんな【錬金術】があってたまるかっ!? 君が使っているのは【古代錬金術】だっ!」



 ああ、そういえば父様もそんなことを言っていたような……まあ、私はべつに研究者とか学校の先生ではないから、便利な技術なら細かい名前なんてどうでもいいのだが。


 おっさんを雇うべきかどうかは少し悩んだけれど、学校の先生のような雰囲気を持つおっさんは悪い人には見えなかったし、ちょうど買い出しをしてくれる人はほしいと思っていたので前向きに検討することにした。



「給料払えるかわかりませんけど……それでもよろしいですか?」



 普通なら速攻で回れ右されそうな雇用条件に、しかしおっさんは想像以上の反応を返してくる。



「かまわん、海賊相手に魔道具を売れば生活費くらいはどうとでもなる。むしろこの店の経営状況が厳しいのなら私が金を稼いでこよう。君はただ、その技をもっと私に見せてくれればいいのだ」



 雑用係兼パトロンになってくれるという謎のおっさんに、私は笑顔で片手を差し出した。



「ノエル・エストランドです! 今後ともよろしく!」


「ジェフリー・マルクト・ブルーム子爵だ。末永く頼む」



 ふむ、父様よりも爵位が上のお貴族様だったか……。


 子爵と言えばそこそこ偉い人だったはずだ。


 ジェフおじさんは身長一九〇センチくらいあるイケオジで、灰色の長髪の間から覗く青い瞳からしてミストリア王国の出身かもしれなかった。


 そんな偉いお貴族様を雇用してしまっていいのかどうかはわからないけれど、本人がなんでもするとか言っているのだから……私は爵位を聞かなかったことにして雑用を頼んでみる。



「とりあえず調薬をやりたいので、大量に薬瓶を買ってきてくれませんか? お代はジェフおじさん持ちで」


「よし来た!」



 手持ちのお金がなかったのでダメ元で頼んでみたのだが、ジェフおじさんは嬉々として買い出しに行ってくれた。


 便利だな……あのおっさん。


 お店の経営で儲けが出たら、ちゃんと薬瓶代は返してあげよう。


 そうしてホワイトな職場を作ることを心に決めた私は、最低限の特殊効果を加えた室内を見渡して商売の詳しい内容について考える。


 この建物は【学食通り】の上にあるから飲食店を作ったほうがお客さんの集まりはいいかもしれないけれど、現代日本で食べていた美食は既に【迷板亭】で再現されているから、私がここで飲食店を開いたところで儲けを出すのは難しいだろう。


 そうなるとすぐにできそうな商売は、父様に習った【調薬】か【錬金術】を使って、薬か魔道具を販売することになるのだが……少し悩んで私は商売の方針を決めた。



「どんな需要があるかわからないし、まずは薬も魔道具も手当たり次第に売ってみよう」



 店の種類としては雑貨屋になるのか?



「行き当たりばったりじゃなー」



 無計画すぎてシャルさんに笑われてしまったけれど、商品を展示するスペースはたくさんあるのだから、お店の中が物でいっぱいになるまでは好きな物を作って売ればいいだろう。


 そんな方針を決めた私は、影の中にいる眷属へと協力を依頼する。



「メアリー、お店の内装を整えておいてくれる? とりあえず商品を並べる棚と売買用のカウンターがあればいいから」


 ぷるっ!


 さっそく影から這い上がってきたメアリーは、島の周りに浮かぶ廃船や、遠く離れた故郷の森から材料となる木材や石材を転移させ、三十本くらい生やした赤い触手の先端にノミに金槌、ノコギリやヤスリを構えて作業を開始した。



 ギャリギャリギャリ!


 ドドドドドッ!


 ガガガガガッ!



 もはや日曜大工という領域を越えて現場作業みたいな音を出しているけれど、この分なら夕方までには最低限の内装が整うだろう。


 そうして優秀な眷属に仕事を割り振った私は、一階の奥にある細長い部屋へと移動して、そちらでさっそく商品制作を開始する。



「メアリー、【作業モードver8.2】」


 ぷるっ!



 こちらは普段あまりやらない大工仕事とは違ってテンプレートが完成しているので、影から噴水のように吹き出してきたメアリーは一瞬で細長い部屋の壁や床へと張り付いて、私の作業部屋を形成した。


 赤くなった奥側の壁には乾燥させた薬草の入った瓶がズラリと並び、反対側の壁には大きな赤い机と、赤いゲーミングチェアが置かれている。


 机の上の壁にシャルさんを飾り、プルプルした感触のゲーミングチェアに座った私は、クルリと椅子を回転させて薬の材料を確認した。


 趣味となりつつある調薬でよく使う薬の材料は影の中のメアリーに保持してもらっていたため、リドリーちゃんがいなくても問題無く使うことができる。



「【エキナセア草】の粉末はまだストックがあるけど【月桂樹の葉】が残り少ないか……薬瓶の在庫はどれだけあったっけ?」


 ぷるっ!


 私の疑問を聞き、すかさず素材棚の下側を開いて『六』と薬瓶の数を表示させてくれるメアリー。


 やはり買いに行ってもらって正解だった。


 いちおう深海の砂とかをメアリーに取って来てもらえば薬瓶を自作することもできるのだが、高価な薬や特殊な薬を作るのでなければ安価な市販の物でも十分なのだ。


 私は赤い棚から六個の薬瓶を取り出して机の上に並べ、メアリーに光を吸い取らせて机の色を黒く変色させる。



「今日はシャルも手伝ってくれる?」



 続けて机の上に飾った剣モードのシャルさんに神聖気を注げば、



「あふんっ!?」



 彼女は変な声を上げたあとに、蛍光灯くらいの光を放って、黒い机の上がとても見やすくなった。


 うむ、これなら埃の一粒まで見落とさないだろう。


 薬に埃が入るとそれだけで薬効が落ちるので、普段はリドリーちゃんに掃除を頼んで室内を完全なクリーンルームにしてから作業をしているのだが、今は彼女がいないため、代わりにメアリーに部屋の埃を吸い取ってもらいながら作業を開始する。



「【調薬】は久しぶりだし、まずは簡単なポーションでも作ろうか?」



 そう言って机の上に八つの水球を浮かべれば、メアリーが赤い触手の先端に持った薬さじで必要な材料を計量して、八つの水球へと入れてくれる。



「シャル、ちょっと【神聖気】強めにして?」


「ふむ……これくらいか?」


「そうそう良い感じ」



 シャルさんを蛍光灯代わりにして作業していたら気付いたのだが、こうして薬の材料に神聖気を浴びせると薬効が高まるのだ。


 そのまま私はポーションのメイン素材である【エキナセア草】が入った水球を魔法で少しずつ熱していき、沸騰する直前になったところでひとつずつ他の水球を混ぜていく。



「…………ちょ、調薬の神がいる……っ!?」



 集中していたらいつの間にかジェフおじさんも帰ってきていたが、彼は調薬中に埃を立てると邪魔になることを知っているらしく、部屋の入口で静かに私の作業を見学してくれた。


 すべての水球が混ざってできた大水球が薄く光ったところで加熱を止めて、それを六つに分けて机に置いた空き瓶へと落とす。



「……やっぱりリドリーがいないと不便だ…………」



 ここでいつもならリドリーちゃんがチャチャッと神技で粗熱を取ってくれるのだが、制御の面倒な氷魔法で私がそれをやろうとすると薬効にムラができてしまうため、今日は薬瓶にメアリーで蓋をして、少しずつ粗熱を吸い取ってもらうことにした。


 薬の熱が取れたら適当な木片を取り出して、木片に多量の【燐気】を浴びせてから【変形】の魔法で瓶の蓋を作成する。


 そうして処理を施した蓋で出来立てのポーションが入った薬瓶にキュッと栓をすると、息を止めていたジェフおじさんが質問してきた。



「き、君は【死霊魔術】まで使えるのか!?」


「? 少しだけですけど」



 本で読んでシャルさんの適当なアドバイスを元に使っているだけだから本当に少しだけである。


 ポーションが完成したらシャルさんに入れた神聖気を回収し、明かりを消してから六つの薬瓶全体に【燐気】を振りかける。



「……それはなにをしているのですか?」



 なにやら丁寧な敬語を使うようになったジェフおじさんに、私は愛剣から教わった聞き齧りの知識を披露した。



「先ほどまでこの薬には【神聖気】を当てていましたから、最後にこうして真逆の性質を持つ【燐気】を当てて中和しているんです。こうすると【神聖気】に弱い吸血鬼でもこの薬を飲めるようになりますし、【燐気】は『正しく終わらせる力』だから薬効も安定して長持ちするんです」



 創世神が『世界を創った力』である【神聖気】を用いれば薬効を活性化させることができるけれど、うちの父様みたいに【神聖気】を弱点とする吸血鬼は飲めなくなってしまうからね。


 死者に纏わりつく【燐気】はあまりよろしくない力だと思われがちだが、アンデッドがこの力を生み出すのは、世界が【邪気】によって生み出された不自然な死を正しく終わらせようとしているからだろう。


 だから最後にこうして薬の素材に【燐気】を浴びせて正しく終わらせてあげることで、薬品の状態はとても安定するのだ。


 遊び半分で薬を作っていたら偶然発見したこの知識をプロの薬師である父様に披露したら、あまりにも稚拙な知識だったせいか死んだ魚の目になって頭を抱えていたけれど、調薬初心者であるジェフおじさんは逆に瞳を輝かせて見事な土下座を決めた。



「……お見逸れしましたっ! 師父っ!」



 ……この人マジでチョロいな。






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― 新着の感想 ―
何ってポーションを作っただけだか?は違和感多いなろう小説が多い中、ノエルは違和感がない設定なのがすごい。
頭を抱えたのは稚拙な訳じゃなくて情報が重すぎたんだろうなぁ
この方は世界的に有名な錬金術と調薬士でかね? 早速この世界でも波乱を巻き起こしそうで後編が楽しみです。
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