第116話 専属メイドの抜けた穴
SIDE:ノエル
吸血鬼のお茶会から三日後。
つまりは私たちがこの島に来てから一二日目の朝。
アラクネ女騎士による会場崩壊事件とともにお茶会が終わり、我が家には師匠に連れ去られたリドリーちゃんに代わって三人の吸血鬼たちがやってきていた。
カプランさんのところのロレッタちゃんと、バイロンさんのところのアルフォンスちゃんと、ルガットさんのところのグレースちゃん。
見目麗しい彼女たちを私の新たな【眷属】としたことで我が家はプチハーレム状態となっているけれど……師匠の言う通り吸血鬼の眷属というものは自分の子供のように思えるらしく、美少女の姿をした彼女たちといっしょに暮らしても、幸い私は微笑ましい気持ちにしかならなかった。
……たとえ脱ぎ捨てられた彼女たちの下着を目にしても気まずい感情しか湧いてこなかったから、吸血鬼の本能が新たな眷属たちを父親のように認識しているのだろう。
そんな私の複雑な気持ちを察してくれたのかアイリスも彼女たち三人を受け入れてくれて、どうにか愛情深い婚約者の嫉妬は回避できたのだが…………しかし我が家では今、新たな問題が発生していた。
「あなたたちっ! 侍女として家に来たのに、私より掃除洗濯ができないってどういうこと!?」
「「「……め、面目次第もございませんっ…………」」」
リドリーちゃんの代わりにメイドさんになった私の新たな【眷属】たちは、まったくと言っていいほど家事ができなかったのだ。
新居のリビングでエプロンを身につけたアイリスの前で、床をビショビショに濡らした三人娘が正座させられている。
これまで我が家の掃除と洗濯はリドリーちゃんが全てやってくれていたのだが、師匠に彼女が拉致られたことによって、我が家では料理以外の家事全般が問題となっていた。
いやぁ……前からわかっていたことだけど、やっぱりリドリーちゃんの家事能力はとんでもないチートだったよ……だってあの子、この家の掃除と洗濯なんて二十秒くらいで終わらせていたからね……。
そんな一家に一台の大戦力がいなくなってしまったので、今日はアイリスが家の中のホコリ取りを担当して、三人娘には床の拭き掃除を任せていたのだけれど……彼女たちは水拭きという掃除の基本すら知らなかったらしく、ビショビショに濡れた雑巾で床掃除をしていた。
「雑巾はキツく絞ってから拭くの! こんなの誰でも知っている常識でしょう!?」
いちおうアイリスはイザベラさんからひと通りの家事スキルを教わっているし、リドリーちゃんの仕事も見ているため、高貴な身分だけど家事能力は高いのだ。
濡れた床をアイリスに拭いてもらって三人娘たちが涙目になる。
「……み、水拭きってこうやるんだ」
「……潜入工作の修行はまだ受けてなかったから」
「……まったく欠片も知りませんでしたわ」
アルフォンスちゃんやグレースちゃんなら戦力になるかと思ったのだが、どうやらこの子たちはガチでいいところのお嬢様として育てられてきたらしく、ロレッタちゃんに至ってはアイリスに手伝ってもらわないとお着替えすらできないような有り様だった。
まあ、おかげでアイリスがダメな子をお世話するモードになってくれたし、三人娘のほうもアイリスを女主人として認めてくれたみたいなのでよかったんだけど……いささかこれからの暮らしが不安である。
……もしかして師匠はこのためにリドリーちゃんを連れ去ったのか?
数々の修行を乗り越えて万能メイドとなったリドリーちゃんがいると、どうしても普段の生活がベリーイージーモードになってしまうし……これは吸血鬼の子供として与えられた新たな課題なのかもしれない。
リドリーちゃんがいなきゃ生活できないというのは大問題だからね。
つまりロレッタちゃんたちは修行用に付けられた足枷というか、重りみたいなものなのだろう。
今のところあの三人娘は食っちゃ寝して我が家を荒らしているだけだから……。
ちなみに私は最も過酷な戦場であるトイレ掃除担当で、前世の独身生活知識を活かして問題なくミッションコンプリートしている。
ふっ……ここに来て転生チートというものを発揮してしまったぜ!
私がピカピカに磨き上げたトイレには今日の指揮官であるアイリスも大満足してくれたからね。
そうして私がささやかな優越感に浸りながら、意外と仲良くやっている三人娘とアイリスの様子を物がたくさん置かれたリビングのテーブルで【絶影】の修行をしながら眺めていると、となりに並ぶ生首のシャルさんが窓の外を見てワクワクした声を上げる。
「お! 今日もはじまったのじゃ!」
彼女の視線を追って水平線を眺めれば、真昼の大海原ではプリメラーナ師匠とリドリーちゃんが激闘を繰り広げており、そこに嬉々として巨大アラクネ女騎士のレジェスさんが参戦しに来る。
「――入ーれーろーっ!」
「――あっ!? また来たわね!? 性懲りもなくっ!」
「――そいつは私のだっ! お前が独り占めするのは許さんぞっ!」
「――だからこの子はあたしのだって言ってんでしょっ!」
三日前から師匠とレジェスさんからその身を狙われているリドリーちゃんだが、毎日こうして元気な姿を見ることができるので、私たちはあまり彼女のことを心配していなかった。
「――坊ちゃまああああああああああああああああっ!?!?!?」
ときどきこうしてリドリーちゃんのシャウトが響いてくるけれど、エストランド領にいた頃とやっていることはあまり変わっていないので、あの修行の神に愛されたメイドさんのことは放っておいても大丈夫だろう。
修行の神なんているのかどうか知らんけど。
ちなみに彼女の新たな修行はプリメラーナ師匠の相手をすることらしく、もう頭に花瓶は乗せていないけれど、だいたい日に二、三回はこうして海原で戦っている。
ときどきメアリー経由で送られてくるリドリーちゃんからのSOSによれば、プリメラーナ師匠は毎日私の情報やエストランド領の情報を山のように処理しているらしく、研究室に籠もってデスクワークをする息抜きとして、あのような怪獣大決戦をやっているらしい。
たったの一ヶ月で大量の情報を読み解いて師匠は私の授業内容を真面目に考えてくれているのだから、少しの間メイドさんを貸し出すことくらいは許してあげるべきだろう。
……絶対に返してもらうけどね?
小さい頃からずっといっしょにいる私とアイリスはリドリーちゃんがいないと落ち着かないし、掃除洗濯だけでなく、彼女がいないと【収納魔法】も自由に使えないからとても不便だった。
「……いなくなると凄まじく有能さがわかるわぁ…………」
「――せやぁああああああああああっ!! 【海流衝波】っ!!!」
大津波を引き起こしてレジェスさんを後退させるリドリーちゃんは、やはり規格外の才能を持っているのだろう。
そうして我が専属メイド様の偉大さを痛感しながらノミみたいに海上を飛び跳ねるリス獣人の姿を眺めていると、アイリスが三人娘の水拭き指導を締めくくる。
「それじゃあ各自、自分の持ち場へと向かいなさい! 最初は失敗しても、時間がかかってもいいから、できるだけ丁寧に仕事をするようにっ!」
「「「はいっ! お姉様っ!」」」
美少女で面倒見のいいところに惚れたのか、三人娘はアイリスのことをお姉様と呼ぶことにしたらしい。
「……来るぞ、主君」
「……うん」
掃除のために一時的な物置きにされたテーブルの上で、生首になった私とシャルさんは小声で会話する。
完璧に気配を消す私とシャルさんの視線の先では、ちょうどバケツを持ったロレッタちゃんがこちらへと向かってきており、舌ベラをデロンと出して『生首のフリ』をした私とシャルさんは静かにその時を待った。
リビング担当を任されたらしい彼女は部屋の隅に寄せられたテーブルへと近づいてきて、何気なく本やクッションが乗せられたテーブルの上を眺めたところで、そこに紛れた二つの生首に気づく。
「ひゃっ!?」
そして、ビクッ、となったロレッタちゃんは濡れた床に足を取られて、水の入ったバケツを真上に放り投げるのと同時に尻もちをついた。
バケツはくるりと空中で半回転して、彼女の頭へと一〇点満点の着地を決める。
「ほげぇええええええええええええっ!?!?!?」
冷たい水を頭から浴びて奇妙な悲鳴を上げるロレッタちゃん。
「うわ……なんかごめん…………」
……予想以上のコンボが決まってしまったことに私は罪悪感を抱いたが、しかしシャルさんは彼女のことを気に入ったらしく、とても満足そうに笑い出した。
「フハハハハッ! お前さん、なかなかどうして良い才能を持っているではないかっ! んんっ、よかろうっ! 特別にお主を妾の専属侍女として認めてやるのじゃっ!」
勝手に新人メイドたちのイジられ適性チェックを行ったシャルさんを前に、ロレッタちゃんが涙目になる。
「……あ、あんまりですわぁ…………」
ずぶ濡れになって落ち込む新米メイド。
リドリーちゃんよりもドジっ娘属性が強そうな逸材の出現に、アイリスはその整った柳眉を吊り上げてロレッタちゃんの前に立った。
「ちょっとシャルっ!」
「う、うぬっ!?」
「まだ仕事に慣れてない子にイタズラしちゃダメでしょっ! 今日からリドリーが帰ってくるまで、その遊びは禁止しますっ!」
「そ、そんな殺生なっ!?」
……リドリーちゃんがいればロレッタちゃんが涙目になる前に濡れた服を片付けてくれたんだけど……【浄化魔法】だと汚れは取れても水気までは取れないからね。
メアリーに水気を吸ってもらうと服が痛むし……こういうシャルさんの悪ふざけひとつ取っても、リドリーちゃんの存在というのは大きかった。
「うぅ……申し訳ありません……お姉様ぁ……」
メアリーに床に零れた水を任せ、ずぶ濡れになったロレッタちゃんを着替えさせるため、アイリスが手を引いて別の部屋へと連れて行く。
「もう……本気で落ち込まないの。今のは仕方ないから」
これからあの部屋で美少女たちの『てぇてぇ』お着替えイベントが発生すると思うと少し覗いてみたい気もするけれど……そんなことをすれば命の危険があるので(主にロレッタちゃんの)、私は思考を逸らすため、真面目にリドリーちゃんが留守中の生活について考えることにした。
【絶影】の修行を中断し、影から上がってテーブルの端へと腰掛ける。
「う~ん……掃除洗濯もそうなんだけど……リドリーがいないと生活費も引き出せないんだよねぇ……」
家事のほうはアイリスがなんとかしてくれるだろうから、私は当主らしくリドリーちゃんの不在によって生じる資金問題を解決するべきだろう。
「なんじゃ主君? 金欠か?」
「いや、それほど困ってるわけでもないんだけどさ……」
巨大なお財布が拉致されてしまったとはいえ、【迷板亭】には大金を預けてあるし、スティングさんもリドリーちゃんから多額の食材費を渡されていたためアイリスたちの食費に関しては問題ない。
それにやろうと思えばゴリアテまで転移して大量の金貨を持ち帰ることもできるから本気で困っているわけではないのだが……あの資金に関してはチート能力を使ってズルして増やしているものだから、ここらで私は『まともなお金の稼ぎ方』を模索したかった。
……スーパーセレブであるリドリーちゃんがいるとお金を稼ぐ必要性とか感じないから、むしろこれは私の表向きの仕事を見つける良い機会かもしれない。
錬金術師か薬師か、それとも他の職業か。
たとえお金持ちでも無職というのは聞こえが悪いし、この機会に色々やってみてノエル・エストランドのジョブを確定させようではないか!
ちょうど新居の一階に空き店舗もあることだしね。
「よしっ! 決めたっ――」
そしてロレッタちゃんの着替えを終えて戻ってきたアイリスと、部屋の掃除をしていた女の子たちの注目を集めて、私は新たな活動方針を口にする。
「――今日から僕はみんなの生活費を稼ぐために、この島で商売をはじめようと思います!」
私のそんな宣言を聞いたアイリスは、きっちり三秒硬直したあと、乾いた声で訊ねてきた。
「……この島の経済も支配するの?」
……『も』ってなに?




