第118話 暁工房
SIDE:ノエル
初級ポーションの調薬を終えた私は、それからジェフおじさんに買ってきてもらった薬瓶を受け取って他の薬もいくつか調薬した。
胃薬、風邪薬、万能毒消し薬、忘却薬、抗呪薬、精力増強薬……いちおう売れそうなものは片っ端から作ってみたのだが、いつの間にか横にいたアイリスによって忘却薬だけ回収された。
「もう……少し目を離すと変なことしてるんだから……やっぱりリドリーがいないと心配だわ……」
取り上げた薬瓶を眺めながら嘆息するアイリスに、ちょうど精力増強薬の瓶詰めを終えた私は話しかける。
「掃除のほうは片付いたの?」
アイリスは薬瓶を影のメアリーに手渡すと、上の状況を教えてくれた。
「基本はひと通り教えたから後は任せてみることにしたわ。ロレッタは少し心配だけれど……アルフォンスとグレースが二人で面倒見てくれているから大丈夫」
ふむ、それでアイリスはフリーになった私とシャルさんの面倒を見に来たというわけか……。
よほど慌てて追いかけて来たのか、今のアイリスはミストリア王国の高位貴族の証である銀髪を【変色】の魔法で染めることなく、そのまま下の階に来ていた。
一発で常人ではないとわかる銀髪美少女の姿を見て固まるジェフおじさん。
「………………殿下?」
私の作業の邪魔をしないように部屋の隅で置物と化していたおっさんの存在に気づいて、アイリスが冷や汗を流す。
「………………誰?」
そういえばアイリスの姿が死んだ王女様にそっくりらしいことを思い出した私は、誤解を生まないように二人を互いに紹介した。
「あー……こちらはジェフリー・マルクト・ブルームさん。たぶんミストリア王国の子爵で、今はこの店の雑用係として雇った人」
「? なぜ大陸の貴族が、この島で雑用係に?」
私の紹介に折れそうなほど首を傾げるアイリスに、ジェフおじさんがこの島に来た経緯を説明する。
「……イカれたスケルトンに拉致られまして…………」
……イカれたスケルトンってなに?
おじさんの説明はよくわからなかったので、続けて私はアイリスのことを紹介した。
「ジェフおじさん、こちらは僕の婚約者であるアイリス……ちょっと女神の血を引く【半神】で、数年前に王都で亡くなった第二王女様にそっくりみたいだけど、決して本人ではないよ?」
「「ああっ…………」」
気遣いバッチリな私の紹介に、アイリスとジェフおじさんは同時に頭を抱えた。
「?」
……相手が貴族とはいえ所詮は個人商店の雑用係を紹介するだけなのだからフランクな感じでいいかと思ったのだが……もしかして貴族的に問題あった?
しばらくアイリスとジェフおじさんは互いをチラチラ観察してから、先に青白い顔をしたジェフおじさんが口を開く。
「……私は研究職として爵位をもらった世襲権の無い名誉子爵ですので……他人の空似ということにさせていただきます……アイリス様」
「……お気遣い痛み入るわ」
婚約者にまた太ももを抓られてしまったけれど、どうやらジェフおじさんはアイリスを雇用先の店主の婚約者として丁重に扱ってくれるみたいなので、私はその腰の低さに満足してメアリーの作業モードを解除した。
すぐに床や壁に張り付いていた作業スペースが影へと収納され、私は床に置かれた薬瓶を持ち上げて二人へと差し出す。
「それじゃあ自己紹介も済んだことだし、さっそくこれを売りに行こうか」
戸惑いながらもアイリスは薬瓶を受け取って、再び首を傾げた。
「……それはここで売るんじゃないの? メアリーがもの凄い勢いで内装を仕上げていたけれど?」
そのなんともお姫様のような甘い考えに、私はチッチッと指を振った。
「そんな風に売り出してもお客さんは来ないよ。どんなにお店の立地が良くたって、最初はちゃんと足を動かして宣伝しないと」
なにより今はまったく手持ちのお金がないから、とりあえず商品の材料を揃える資金が必要だった。
「……上の三人の一族に売るだけでも儲かりそうだけど…………」
そういう不健全な商売は【リドルリーナ商会】だけで十分です。
ルガットさんたちに商品を売り込んだりしたら師匠の弟子への忖度でとんでもない金額を出して来そうだし。
だから私はジェフおじさんが買ってきた空き瓶用の木箱に完成した薬を詰め込んで持ち上げた。
「いいかい、アイリス? 僕はこの店を真っ当な店にしたいんだ。金貨の複製とか、聖水ビジネスを利用したマネーロンダリングとか、今回はそういうの無しで行こう」
本拠地がミストリア王国の外にあるからって違法なことをいくつもやっているリドルリーナ商会とは別路線で行くことを伝えると、それを聞いたジェフおじさんがまるで悪魔でも見るような視線をアイリスに向けた。
「…………で、殿下?」
「…………違うから……私は殿下じゃないし……これには色々と理由があるから……」
色々な理由とはつまり子供の悪戯である。
リドルリーナ様をお金持ちのスーパープリンセスにしたい。
そんな99%の善意と1%のお茶目から生まれた【リドルリーナ商会】は、もともと私がうっかり複製してしまった大量の金貨を処理するためのダークネス商会だから、やりがいを求めてはじめた今回の商売とはきっちり区別して経営したかった。
だってこちらは私が表向きにやる商売だからね。
ちゃんとリドリーちゃんが洗ったシーツくらいホワイトにしなきゃ。
儲けも真っ黒だがやってることも真っ黒な【リドルリーナ商会】さんとは完全に無関係なのである。
そうして誠実な商売を心がけることにした私が率先して薬瓶が詰まった木箱を運ぼうとすると、なにかと気の効くジェフおじさんが代わりに木箱を持ってくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、師父とアイリス様に持たせるわけにはいきませんから……ところでこれはどちらで売るおつもりで?」
外出用に髑髏の仮面と外套を着込みながら、私は販売する場所を考える。
「えっと……とりあえず店の前で販売してみて……そこで売れなかったら【学食通り】を下っていく感じで。もうすぐ日が暮れて夕食時になりますし、人が増えれば宣伝効果も高いかなって」
私が即興で考えた計画を告げると、ジェフおじさんは少し考えてから助言をくれる。
「それなら木箱か薬瓶に店名を入れたほうがいいのでは? 無印で売ったらただの露天売りと思われるかと」
「……それもそうですね」
肝心なところが抜けていたことに気づかされた私は、真面目に作った商品を売るための店の名前を考えた。
リドルリーナ商会と経営を別にするなら【新月教団】の名前を使うのもやめたほうがいいし……この店は私が趣味で作った物を売る店にしたいから……。
そして名前からして真っ黒な組織とは正反対のイメージを膨らませ、私は新たな店の名前を決定する。
さっそく手の平に宿した【加熱】の魔法で、薬瓶の木箱に文字を焼き付けていくと、それを覗き込んだアイリスが出来立てホヤホヤの店名を呟いた。
「【暁工房】?」
「いい名前でしょ?」
日本語にすれば店名に月が隠れているし、日の出の勢いで躍進しそうな名前である。
今のところ商品は薬品しかないけれど、いずれは自作した魔道具とかも売ってみたいから、職人が手作業で商品を作っているイメージで『工房』とした。
こちらの商会ではリドリーちゃんの商会とは違って細々とした商売をするつもりだからね。
木箱だけでなく薬瓶のほうにもメアリーに取ってきてもらった色ガラスで店名と店の場所、そして『近々開店予定!』と簡単な宣伝を描き、ついでに内装作業中のメアリーに頼んで赤い身体の一部を正面の大きな窓に付着させて『AKATUKI・WORKS』の形にしてもらう。
いちおうこの島でもアルファベットはあまり見かけないのだが、あまりお客さんが来すぎても大変になりそうなので、謎の店と思われるくらいがちょうどいいだろう。
……あれ? それなら宣伝する必要もないのか?
い、いや……まったくお客さんが来なかったらそれはそれで寂しいから、やっぱり宣伝は必要か……。
そうして完全なノリと勢いで真っ当な商売をはじめることにした私は、アイリスとジェフおじさんを連れて外に出て、さっそく商人さんを真似して呼び込みをはじめた。
「新鮮なお薬はいかがですかー。安いよ、安いよー」
「……師父、この薬は決して安くありません」
「え? そう? じゃあ……高いよ、高いよー」
「……ノエル、それじゃあ売れるものも売れないわよ?」
……うむ、商売って難しい。
アイリスには格好つけて偉そうなこと言ったけど……考えてみれば私って、商売系の才能が皆無だったわ……ろくにお金のカウントもできないし……。
致命的なことに気づいた私はジェフおじさんとアイリスを交互に見て、別の作戦を考える。
「……よし、それなら人海戦術でやってみよう。僕は坂の下を、ジェフおじさんは坂の上を、そしてアイリスはここに残ってお店の宣伝をする形で!」
店主らしく指示を出して私が動こうとすると、
「ちょっと待って」
アイリスが片手を上げて私の行動を止めてくる。
続けてアイリスは数本の薬瓶を木箱から取り出すと、影から呼び出したメアリーを椅子の形にして私をそこに座らせた。
「こういうのは女の子のほうが売りやすいからノエルはそこで指揮をお願い。売り子は私とジェフリーが担当するから」
「お任せください、師父」
「あ……そう?」
なにやら戦力外通告を受けた気もするが……アイリスのほうが商売が上手いのは確かなので、この役割分担も悪くないだろう。
指揮官を任された私は座っているメアリーの一部を引きちぎり、それをスマートな形にしてジェフおじさんへと差し出した。
「……これは?」
謎の赤い板を恐る恐る受け取るジェフおじさん。
そんな彼へと私はもうひとつスマートメアリーを作って、実際に使用することで便利な眷属の使い方をレクチャーする。
「このサイズなら長時間眺めても発狂しないのでご安心ください。これの上で文字を書けば、僕とアイリスに連絡が取れますから」
スマートメアリーはエストランド領でもそこそこ使われていたし、連絡先の登録方法とかはメアリーが勝手にやってくれるから、簡単な説明だけでも使えるだろう。
「…………発狂?」
説明したら謎が深まったみたいだが、赤い板に『このように』と表示されたことで連絡手段だと理解したジェフおじさんは、困惑しながらもスマートメアリーを持って坂の上へと売り込みに行ってくれた。
「ふう……ようやく知らない人間が消えたのじゃ」
さっそく言葉を発した人見知りな愛剣を、アイリスがペチッと叩いて指示を出す。
「シャル、ノエルのことを頼んだわよ? 今はリドリーがいないんだから、みんなで協力してノエルを護るの」
「……あやつの匂いは残っとるから大丈夫だと思うがのー」
「「匂い?」」
それを聞いた私とアイリスは周囲をくんくんと嗅いでみたが、飲食店から漂ってくる匂いが強くてリドリーちゃんの匂いは感じなかった。
脳ミソが空っぽなシャルさんは時々意味不明なことを言うので、アイリスは気にせず坂の下へと薬を売りに行った。
私は暇つぶしも兼ねて道行く人外を眺めながらシャルさんに詳しく聞いてみる。
「シャルは今もリドリーの匂いを感じるの?」
「うむ、主君にはみっちりこびり付いておるからなー」
……ずっと同じ家で暮らしてきたから、私の体臭はリドリーちゃんの香りになっているのだろうか?
獣人はそういう体臭で群れを識別するみたいだから、この島でも一目置かれはじめたリドリーちゃんと同じ香りを持つことで、私は今も彼女に護られているのかもしれなかった。
「流石はリドリー……遠く離れていても頼りになる……」
そうして専属メイドさんの有能さに思いを馳せ、私は時おりスマートメアリーを使ってアイリスたちに薬の売れ行きを確認しながら海に沈む夕日を眺める。
うむ、ぜんぜん売れてない。
「……夜にはじめたほうが吸血鬼の若者が買ってくれたかもね?」
「フハハッ! 主君は本当に商才が無いのー」
いくら優秀なリドリーちゃんでも遠く離れた商売までは影響を与えられなかったらしく、初日の売り上げはアイリスが【迷板亭】まで訪問販売して売った胃薬一箱で終了した。
アイリスによれば知らない店の薬というものは、信用が皆無だからまず売れないらしい。
言われてみれば納得である。
見知らぬ人に差し出された薬とか普通は怖くて飲めないからね。
このまま夜まで続けてもいいのだが、流石にタダ働きさせているジェフおじさんをこれ以上拘束するのは忍びないので、また明日三人娘にも協力してもらって残りの薬を売ることにしよう。
とりあえずアイリスが売った胃薬は金貨一五枚になったらしいので、それだけあればしばらくは生活できるだろうと判断して、私は日没とともに初日の商売を切り上げる。
そしてスマートメアリーでメッセージを送って売り子をやってくれていた二人にも終了を伝えたところで、ちょうど近くにいたゾンビ系のお姉さんに声をかけられた。
「あのぅ……」
「はい?」
戦力外と判断された私は薬を持っていないので、何事かと思って赤い画面から顔を上げると……お姉さんは私が手にした赤板を食い入るように覗き込んでいた。
「……それ、どこに行ったら買えますか?」
……こちらは非売品でございます。
そう言って断ろうとした私の手元で、ぷるっ、と赤板が震えて『金貨一〇枚』の文字が表示される。
……え? 販売しちゃっていいの!?
ぷるっ!




